【コラム】1960年に青春だった!(24)

淑女たちの強さ覚えよ、ゴルフは我慢のゲームである

鈴木 康之

 あるときのピーターズクラブでNさんが「コースでナニをする者がいるがアレはいけない」と、だれの顔を見るでもなく独りごちました。もしかしていつかのオレのことかとみんなびくつく空気の中で、ボクもまた然りでした。

 友だちが友だちに声をかけ、輪を広げたピーターズクラブは、渡良瀬・河川敷のパブリック、古河ゴルフリンクスをホームコースにして、毎月第二土曜の朝、アウト・イン5組ずつ計40人の月例会を年間通して開催。はや四半世紀。

 これは金持ちではないボクたちがスコットランドから学んだ方式です。
 セントアンドリュースでは7つほどのゴルフ倶楽部のメンバーが市営コースのスタート枠を年間を通して持って遊んでいます。日本のように何千万円もの会員権を買い、高額な年会費とプレー料金と、プレーの途中腹が空いてもいないのに数千円ものランチ代を払うなどのナンセンスなことはしません。

 お世辞にも美麗とはいえない古河市民会館の一部がクラブハウスです。プレーはセルフで、手引きカートか担ぎです。
 名前を「ゴルフクラブ」としなかった思惑どおり、みんなゴルフ以外のことでもつきあいを楽しんでいる。彼の国の社交コミュニティと同じです。

 旅すがら友だちになった向こうの連中から教わった男英語があります。そのひとつが、気温急変するリンクスランドでの「立ち◯⚪︎◯」。俗語で「slash」というのだそうです。ナイフで食材を、刀で竹を、スパッと斬り下ろすこと。記号にすると分かりやすい。/です。老化とともに半角化 / するわけですね。

 Nさんがいけないと言ったアレとはコレ、/です。
 スコットランドのコースでも/する人が少なくありません。

 有名なターンベリー・ゴルフ&ホテルは仕立てがアメリカナイズされて、全英オープン開催コースのローテーションから外されました。途中に小綺麗な茶店とトイレがあります。これがあちらの守旧派ゴルファーには気に入らないのです。
 ボクはローテーションの他の有名なコースもいくつもラウンドしました。当時は途中に茶店やトイレなどないのがふつうでした。

 18ホールズの連なりのクラブハウスから遠い折り返し地点に、石造りのシェルターがありますが、これは彼の地特有の青空一変暗雲となる強風驟雨や気温低下を凌ぐための避難施設…のはずですが、近づくとプーンと臭います。

 あちらの彼らに言わせると、リンクスコースは男の遊び場なんだ、堪え性のある男の遊び場さ、なに? コースの外れのシェルターが臭う? あれは堪え性のないゴルファー、アメリカ人旅行者の/のせいなんだ、となります。その睨む目が、ジャパニーズもだがね、とこちらに向ってきそうです。

 冒頭のNさんの睨みはまさに堪え性のない男どもを差しています。
 チープな河川敷古河ではススキの中に立って/します。Nさんは、あなたがたは小金井、霞ケ関、廣野のような超名門コースでも木陰に立って/するのか、と攻めてきます。そりゃーあんな名門では恐ろしくてしません。もよおしてきたらプレーを中断、木立の中を茶店まで小走りに行きますよ。

 すると追撃が来ます。河川敷のパブリックコースだからする。名門ではしない。すなわちコースを貧富で差別するのだな。出がけにクラブハウスのトイレでしてきたか、しないできたか、これはゴルフ規則18.3aおよび18.3b、暫定球の処置怠慢と同じ恥ずべき不注意ではないか。…はい、ご説ごもっともさま。

 Nさんは旧財閥系上場企業のトップにまで昇り、学生時代には「ノーブル・スタボーネス」で知られる名門校の運動部で心身を鍛えた、謹厳実直がゴルフシャツを着て、勇猛果敢がゴルフクラブを振るが如しのお人。鉄壁の正論です。

 さらに追い撃ちが来ました。会社で煙草を1時間我慢できないと会議室を抜け出すわがまま者が、飛行機ではアメリカまででも我慢するじゃないか。
 これはボクが脱喫煙の勝ち組に回った当時、よく使った屁理屈ですが、コレと/とは我慢の中身がチト違いませんか、Nさん脇が甘い。

 決定的な一撃は、淑女たちのセルフコントロールを仰ぎ見なさい、です。
 淑女たちはハウスから出る前、水分を摂る量の自制に心掛けている。淑女たちの膀胱の容量は男どもの2割も少ないんだ。
 なのに緊急事態に見舞われても、淑女の本分を忘れず、ススキのブッシュを探そうなどのそぶりも見せず、黙々と茶店やハウスまで耐えに耐えていくのだぞ。
 さらに思うにそういう我慢の日常化によって婦人特有の膀胱炎や感染症に罹りやすくなる危険を冒している。

 まあなんと、Nさんがこんなに婦人科通であり、かつフェミニストであったとは知りませんでした。

 しかし勢いついて話が、膀胱から尿道口までの距離のこと、男性は約17~20cmもあるのに対し、女性は約3~4cmしかないのだぞ、とますます医科専門領域に及んだのでありました。
 ボクはなぜかNさんがテークバックの際、脇が甘くなる癖を思い出しました。
 お言葉ですが、尿道の長さにもかかわらずとは異なことをおっしゃる、尿道まで来たものを溜めおくなんて芸当ができます? そこまで来たら一気に/、これぞ至福のひと時、と反撃したかったのですが、首をすぼめて亀のままでいました。

 男と女の不平等はどうやら、神様がイシュ(男)からイシャー(女)を創造したときの、とても人間っぽいちょっとした手加減に端緒があるらしいとの話。
 それが果てしない不思議、尽きせぬ面白さを生んでいると思うのですが、そう思っているだけではNさんの苛立ちは鎮まりそうにもありません。

 ここは倫理学、精神論だけではなく、とんでもない研究分野の学徒の、まるでイグ・ノーベル賞のような痛快な発想が欲しいところです。同賞には下半身分野のニンマリしたくなる研究が少なくありません。期待しましょう。

 (元コピーライター)

(2021.09.20)
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