【コラム】宗教・民族から見た同時代世界
混迷深まるイラン情勢を発端と歴史から振り返る
2月末の米軍とイスラエル軍の攻撃に始まるイラン情勢は、依然、行方が見えない。
このような状況で事態を判断するには、その発端を思い起こすことと、関連する歴史を顧みることが、ヒントの一つになるだろう。
発端はまさに寝耳に水だった。現地時間2月28日午前9時、空と海から、米軍とイスラエル軍のハイテク兵器が一斉にイラン国内の1000カ所を超える標的に襲いかかったのだ。
核開発施設、ミサイル発射施設、軍関係施設、政府関係施設がことごとく攻撃され、最高指導者ハメネイ師とその家族をはじめ、革命防衛隊や軍の司令官、政府高官らを含む多数が殺害された。被弾した女子小学校で学童ら170人余りも犠牲になった。
この攻撃を、イスラエルのネタニヤフ首相は同国の「存亡の脅威を排除するため」といい、米トランプ大統領は「イランによる核とミサイルの脅威から米国民を守るため」といったが、それらの脅威が差し迫っていた状況はない。
国連憲章では武力行使が許されるのは、攻撃を受けた際の自衛か、国連安保理の承認を得た場合に限定している。この攻撃はそのどちらにも該当しない。国際法違反は明白である。
作戦に合わせ、トランプ大統領はイラン国民に「行動を起こせ、政権を奪い取れ」と体制転換の檄をとばした。自分の意に沿わない国家元首は武力で排除する。こんな無法がまかり通れば、安定した国際社会の秩序は成り立たない。
しかも、攻撃は、イランと米国の協議のさなか、仲介国オマーン外相が進展の期待を語るなかで行われた。じつは攻撃は数カ月前から謀られていたという。
この作戦が、政権を手放せば収賄、背任、詐欺での訴追が待ち受けるネタニヤフ首相に10月までの総選挙が迫り、トランプ大統領にはエプスタイン文書での疑惑や関税政策での批判が広がるなかで11月の中間選挙を迎える、この「超自分ファースト」な二人の共謀による目くらましの戦争、あるいは票稼ぎ戦争と指摘されるのも、あまりの無法さの故に肯ける。
◆クーデターで潰した民主主義
歴史を振り返ると、似たような出来事が思い起こされる。世にいう「1953年のクーデター」である。
20世紀初頭以来、英国資本のアングロ・イラニアン石油会社は利益の僅か16%をシャー(国王)の分け前とする条件でイランの石油資源を丸ごと手に入れていたが、1951年に政権に就いたモサデク首相は、このような不公正を断ち切ろうと石油の国有化に乗り出した。すると、石油権益の横取りと、併せて、モサデク型資源ナショナリズムの周辺諸国への波及阻止を意図した米国は、英国と謀って、モサデク政権転覆に着手した。
まず、イランを石油市場から締め出して経済的に追い詰めると同時に、モサデク首相を「隠れ共産主義者」とする宣伝で世論離反を図った。カネで集めた暴徒集団に、共産主義のスローガンを叫ばせながら商店の破壊や略奪を行なわせる手法までとった。
併せて軍や王党派をそそのかし、53年8月、首都テヘランの路上に、国王支持派やならず者、野次馬を大量動員し、陸軍の戦車がモサデク首相の住宅を砲撃するなどして、民主的な選挙で選ばれた政府を崩壊させ、ザヘディ将軍を首相にシャー政権を復活させた。
モサデク政権を追い落とした米国は、国王パフラヴィ・シャーを傀儡政権に仕立てあげ、強権支配で国内を抑え込ませる一方、石油収入の殆どを米国の兵器と商品の購入に吸い上げるシステムを造りあげ、さらに、西側諸国とイスラエルの権益を守るためアラブのイスラム勢力に睨みをきかせる「ペルシャ湾の憲兵」の役割を担わせた。
米国の政策とそれに追随する特権層の腐敗に反発した民衆は、しだいに抵抗を強め、ついに1979年、大規模な民衆蜂起を展開してシャー政権を倒し、国外追放されていた反体制指導者ホメイニ師を歓呼のもとで迎えた。現在のイランの成り立ち、「イスラム革命」である。
「革命」の波及を恐れた国際社会はイラン包囲網を敷き、とりわけ、利権を失ったうえ大使館を占拠される屈辱まで嘗めた米国は、敵意を顕わにし、イラン・イラク戦争(80~88年)でイランを痛めつけたのみならず、「テロ支援国家」に指定し、国際社会を巻き込んだ厳しい経済制裁で締めつけた。
苦境に陥ったイランではホメイニ体制の宗教独裁化が進み、89年に跡を継いだハメネイ体制もこれを踏襲し、2002年には核開発が明らかになる。以後、国連決議による制裁強化(05年)や、オバマ米政権の、核開発制限と見返りに制裁を緩和する「6カ国核合意」(15年)や、トランプ大統領(第1次)の一方的な合意からの離脱(18年)や、それに反発したイランのウラン濃縮加速などが続いた。
こうした流れを汲んでの、トランプ大統領再任を迎えての昨年6月の「12日間戦争」や、このたびの事態である。
なお、先に触れた「1953年クーデター」については、2000年にオルブライト国務長官が、09年にはオバマ大統領が、米国の関与を認め、13年にはワシントン大学安全保障公文書館がCIAが主導したことを示す公文書を公開している。
◆殉教がもたらす力は侮れない''''
勿論、イランには、戦争がもたらす体制の変化を期待する人たちも少なくはない。1月には反体制デモが盛り上がり、当局の武力弾圧で数千人規模の死者が出たことも記憶に新しい。しかし、だからといって、かれらも、外から体制を潰して欲しいわけではあるまい。
「民衆の苦痛を見て目を閉じるなら/お前も暴君の共犯者」と歌う反体制ラッパー、サヒレ氏も続ける。だが「救済者を待つな/救済者は君自身、英雄は君自身/君と僕、我らが今の救済者」(「ネズミの穴」 島村一平編『辺境のラッパーたち』)。
もう一つ付言しておきたい。「殉教」は宗教がかかわる政治・社会活動では大きな意義をもつ。とりわけ、イランに多いシーア派は、イスラムのなかでも預言者ムハンマドの孫フサインの殉教に特別な思いを寄せる宗派である。ハメネイ師の「殺害」=「殉教」がイラン民衆の結束や闘志に及ぼす効果は、決して侮れないものであろう。
(2026.4.20)
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