【コラム】八十路の影法師
熱中症
竹本 泰則
テレビの画面には「熱中症警戒アラート発表中」のテロップが連日にわたって表示されています。市の防災無線のスピーカーからも注意を促す放送が流れます。夏の盛りに入って暑さが増すのは当たり前のことながら、今日日の暑さはその程度がこれまでと明らかに違ってきています。
その一方で、熱中症患者の搬送のニュースは、気のせいかあまり見なくなってきたように感じられます。ニュース性が薄れてきたせいか、それともパリ・オリンピックへの「熱中」によってかき消されているのか……。
昔の職場の仲間と年に1、2回くらい顔を合わせています。8月初めに暑気払いということで集まったおり、その席で熱中症の経験談を聞かせてもらった。
あらましはこんな内容。いつものように、午後三時過ぎに散歩に出かけたところ、途中の公園で突然に倒れた。意識はあって立ち上がろうとするが、からだに全く力が入らない。幸いに近くにいた人が支えてくれてベンチに座って休むことができ、救急車のお世話にもならずに無事で終わった。
前兆と思われることを強いて探せば、歩いているときいつもより少し前のめりになる感じがあったという程度で、格別のことはなかったという。
その人の曰く、「畑で農作業をしていた人が熱中症で死亡したというニュースを聞くと、なぜ死亡にまで至るのか理解できなかった。経験してみて怖さがよく分かった。体を動かすことができないのだから、ひとりきりではなす術はない。そのまま症状は悪化して死んでしまうのだろう」。
この御仁は、技術屋さんで会社でも要職にあった人です。若い時は登山を趣味とし、80歳代半ばながら今でも体躯はしっかりしており、「ぼけ」など感じさせない人です。
たとえ意識はあっても「自分では体を動かすことができない」というところがこわい。この経験談は教訓として大いに肝に銘ずべきものと感じました。
お役所の広報などによると、熱中症の初期症状の代表的な例は、めまいや立ちくらみ、一時的な失神などだという。
炎天下や暑い室内で長い時間を過ごすと、体内に熱がこもる。その熱を外に逃がそうとして皮膚の血管が広がる。その結果、血圧が下がり、脳への血流が減少する。この血流や血圧の変化がめまいや立ちくらみ、一時的な失神といった症状へつながるとのこと。
体に力が入らなくなることまでを説明するものは見当たらない。これも脳の働きがダウンしたことによる失神状態の一部ということでしょうか。
NHKがインターネット上に発信するニュースがあり、「熱中症」で検索すると、まさにぞろぞろというほど出てくる。夏休みに入っているせいか、集団で救急搬送されたというケースはほとんど見当たらず、みな「ひとり」の状態で死亡にまで至ったという内容です。発見場所も様々。路上、空き地、畑(農作業中)、自宅の庭(家族が見つけたらしい)、室内……。
厚生労働省のホームページには、熱中症による死亡者数の年次推移(平成7年~令和4年・人口動態統計)が発表されていました。
令和4年(2022年)の死亡者数は1477人にのぼったそうです。この年を含む十年間を追ってみると、千人以上の人が亡くなった年が半分の5回もありました。十年間の平均は1040人になります。こんなにも多いのかと、あらためて驚かされます。
熱中症のほとんどは夏の暑さがもたらすものでしょうから、素人からすれば一種の自然災害とも言えそうな気がします。
現在、自然災害はジャンルを台風、大雨、強風、地震・火山活動、津波という五つ項目に分け、統計資料などにまとめられています。
令和4年(2022年)までの十年間について自然災害の死亡者・行方不明者の数をみると、令和4年(2022年)は26人です。この年は犠牲者が少ない年だったようです。多かったのは平成30年(2018年)ですが、それでも452人なのです。この年は、前線及び台風7号による大雨等など、西日本を中心に広い範囲で記録的な豪雨があり、死者224名、行方不明者8名を数えた年です。また埼玉県熊谷市で41.1℃(当時の観測史上最高値)を記録するなど猛暑の年でもありました。
十年間を平均した犠牲者の数は186人/年でした。
熱中症は、平常年の自然災害による犠牲者数とは比べ物にならないほど多数の死亡者を出しているのです。(いうまでもなく、自然災害による犠牲者数は、阪神大震災や東日本大震災といった特異な大災害があった年は大きなものとなりますが……)
しかしこのような状況になったのは最近になってのことといえそうです。
熱中症による死亡数が初めて千人を超えたのは平成22年(2010年)です。この年、死亡者数は1731人を記録しています。その以前はというと
2005年(平成17年) 328人
2000年(平成12年) 207人
1995年(平成7年) 318人
といった程度でした。
熱中症の現状をもう少しかじってみます。
令和4年(2022年)の死亡者数1477人のうち、0歳~64歳までの人の数は206人、全体の14%です。
それに対し65歳~79歳は537人(全体の35.9%)、80歳~94歳は687人(全体の46.4%)です。
これらを十年前の平成25年に比べますと、死亡者数の総数は2倍になっています。しかし64歳以下に限ると15%くらい減っています。そして、65歳~94歳では1.5倍に増えているのです。
高齢者層が熱中症による死亡者数を増やしているといえるのか?
それを確かめるため、年齢別人口と死亡者数を見てみました。
人口10万人当たりの熱中症死亡数を10年前と比較すると以下のようになります。平成25年(2013年)の実績を<>内に示しています。
0歳~64歳 0.23人 <0.25人>
65歳~79歳 2.22人 <1.55人>
80歳~94歳 10.42人 <5.01人>
これで見ると、高齢者層は熱中症によって死亡するリスクがもともと高く、さらに、近年の気温上昇に対する耐性も低いといえるように思われます。
日本人の寿命は大いに伸び、高齢者の割合が高まった。しかしというか、それゆえにというべきか、環境変化に適応する力を含めて日本人全体としての生きぬく力は、相応して衰えてきたということでしょうか。
高齢者の基礎的生命力を高めること、すなわち老いの「治療」などはできないでしょう。であるならば、わたしのような高齢者にとって先輩の経験に基づく教訓は、「暑けりゃ一人で出かけない」に尽きるのではないかと考えております。
(2024.8.20)
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