【フランス便り】(42)
町の「いちば」対大型ス-パ-
フランスは相変わらず不安定な政治状況が続いていて、先が見えない。バイルー首相が国民議会の信任を得られず辞職した後、新首相に任命されたマクロン大統領の側近のルコルニュウ氏はわずか3週間足らずで辞職、その後、もう一度首相に任命されるという悲喜劇を演じた。そのルコルニュウ内閣Ⅱはいつまで続くのか見当がつかない。また、この新内閣が倒れれば、マクロン大統領の選択肢は国民議会の解散かマクロン大統領の辞職だが、どちらも根本的な解決にはならないと考えられている。
今国民議会を解散すれば、極右政党がその勢力を伸ばし、中道派が議員数を減らすと予測されているが、極右政党は絶対多数にはとても届かないので、安定政権はできないだろう。極右、極左、保守、中道、社会党と分裂した国民議会になるとすれば、政治的混乱は2027年の大統領選挙まで続く。その一方、マクロン大統領が辞職した場合、40日以内に大統領選挙が行われるので、まだ決まった候補を持っていない中間政党(保守、中道、社会党)は候補を絞り込む時間はなく、他の政党との政治的プログラムのすり合わせができない。そのため、極右候補ルペン女史または30歳のバルデルラ氏と極左のメランションという最悪の選択となる可能性がかなりある。
そうなれば、フランスの財政赤字が問題となり、市場からの借り入れ金利は上昇し、以前のイギリスのトラス内閣のように、フランスの経済は危機的状態になる。そしてフランスの混乱は、ユーロ自体の危機、さらにはEUの危機に発展しかねない。と考えると、マクロン大統領には現在辞職することはできないだろう。ともかく、ここしばらくは、フランスの政治がどうなるのか見当がつかない。
そこで、今回は政治を離れ、よりのどかな、フランスの多くの町や村に存在する「いちば」に焦点を当て、その社会的な意味を考えてみたい。もっとも、今日フランス人の台所を本当に支えているのはスーパー・マーケット(この稿では、以降はスーパーと表現する)である。スーパーの種類や規模は多彩で、ハイパーと呼ばれる巨大なものからコンビニを少し大きくした街角のスーパーまである。多くはいくつかの大企業の系列で、商品を一括して仕入れ、原価を安くしている。また、その形態も親会社の直接経営からフランチャイズまである。スーパーはとくに食料品に関して圧倒的なシェアを誇っている。そこで、町の「いちば」を消費活動の中心にあるスーパーとの対比で描いてみたい。
町のいちば
日本では「いちば」というと築地(豊洲)とか錦市場、アメ横などの有名な市場を思いう浮かべる人が多いのではないだろうか?それらの有名な市場以外に日本の都市で定期的に「いち」が立ち、多くの人が買い物に集まる場所があるだろうか?
これに比べると、フランスや南欧の観光地では、「いちば」は観光の名物になっていることが多い。多様な野菜や果物か店一杯に並び、威勢の良い売り子の声とともに一種の風物詩になっている。
私が今住んでいる町はパリ近郊の人口3万人ほどの小さな町で、交通の便も良いので、多くの住人はパリで働くベッドタウンでもある。町の中心部には小さな商店街があるが、食料品を扱う専門店(肉屋、魚屋、八百屋)はほとんどない。その代わりに、日本のコンビニを少し大きくしたスーパーが町の数か所に存在し、多少の肉類が置いてある。商店街に多く見られるのは、婦人用のブティック、美容院、不動産業者、ビストロなどで普段は人通りは少ない。
ところが、土曜日の朝になると町の中心に「いちば」開かれ、多くの人が集まってくる。この「いちば」は小さな町には不釣り合いなほど大規模なもので、約300軒ほどの専門店がやってくる。食料品が主だが衣服、靴などの店も見かける。魚屋は6、7軒あり、様々な魚が丸ごと氷の上に並べられている。高級な魚としては、ヒラメ、カレイ、マグロ、サケ、タラなどがあり、安い魚ではサバやイワシが代表的なものとなる。エビや貝類も豊富だが、値段はかなり高めである。全体的に、肉よりは魚の方が割高だが、健康志向もあり、魚屋には人が並ぶことが多い。
肉については、さすがに美食の国だけあり、いくつかの専門に分化している。まず、牛・子牛・羊を扱う肉屋が4、5軒ある。次に豚やソーセージ類を扱う肉屋が同じく4、5軒ある。さらに、鳥やウサギを扱う鳥の専門店が数軒ある。昔は、馬肉を扱う店が一軒あったが、今は来なくなった。
野菜・果物の店は10数軒もあり、中には、地元直結の野菜・果物を売り物にして繁盛している店もある。面白いのは、多くの行列ができる店の横で、お客がほとんど入らず、手持ちぶさたにしている店がある。商品の新鮮さや価格の違いなのだろう。
このような私の町の「いちば」は木曜日と土曜日の朝8時から13時半まで開かれ、そのほかの時は閉鎖されている。出店している人は、「いちば」が開かれる日にミニ・トラックに商品を積んでやってくる。多分、早朝、ランジスという中央卸売り市場(パリの南の郊外)で、魚や野菜を仕入れ、そのまま町の「いちば」に来る。したがって、何と言っても商品の新鮮さが「いちば」の一番の強みである。さらに、肉屋などになると専門店が集まっている魅力もある。例えば、ビフテキの材料をスーパーで求めると、1、2種類の肉しかないが、「いちば」の肉屋では、いくつもの種類(entrecôte, filet, faux-filet, onglet, bavette)が並べられる。総じて、専門店の方が割高な感じはあるが、良い質の肉や野菜を求めれば「いちば」に軍配が上がる。
さらに、「いちば」の魅力はお客と売り手とのコンタクトである。私が時々行く鳥の専門店は、50歳ぐらいの女性の店で、年取った母親と2人で切り盛りし、いつも行列ができている。お客の中には、杖を突き、話が主でついでに買い物といった人もいる。昔からの常連か一人暮らしのおばあさんなのだろう。きっと、「いちば」に行くことを生活の楽しみにしているのだろう。肉屋の女性は、時間をとり、丁寧に苦情を聞いたりしている。
このような「いちば」は、規模の違いはあれ、フランスのほとんどの都市に存在している。地方都市の中には、19世紀に建てられた歴史的建造物の中で「いちば」の営業が行われているところもある。パリ市街には、有名な「アリグレいちば」(リヨン駅の近く)などがあり、町の路上の一角で多くの人を集めている。
フランスのスーパー
2018年の統計によると、フランス人は食料品の実に65%をスーパーで購入している。そのうち35%がハイパーで、普通のスーパーは28%であった。なお、この統計では、肉などの専門店のシェアは19%で、一定の顧客層を持っていることを示している。
フランスのスーパーの主力はハイパーマーケットと呼ばれている巨大なスーパー(売り場面積が2500m2以上)である。ウィキペディアによると、2016年の数字ながら、約2000のハイパーと10000のスーパーがあるという。スーパーは一般的な呼称で、実際には、大きなハイパー、一般的なスーパー(売り場面積400から2500m2)、安さが売り物のHard Discount そして都市の中心部に多く見られる小型スーパーに分けられる。
ハイパーの最盛期は1980から2000年の初めとみられれ、最近ではそのシェアが多少落ち目と言われる。もっとも、ハイパーの売り上げが落ちているのは生鮮食品以外の電気製品、スポーツ用品、衣服などで、ネットによる取引と大型専門店(スポーツ用品、電気製品、家具)などに押された結果である。同時に、最近目立つのは、都市型の小さなスーパーの発展で、これは日本のコンビニを少し大きくしたもので、徒歩で行くことができ、夜も遅くまで開いているのが魅力となっている。
ハイパーはほとんどがカルフール、E.ルクレールなどの5つの大企業に属している。この5つの企業は全国にハイパーやスーパーを展開し、すさまじい競争を行っている。そのためもあり、地方都市の中心街はさびれ、専門店がほとんどないところが多い。地方都市ではスーパーの役割は圧倒的である。
私は時々近く(距離にして10キロほど)のハイパーを利用するが、その店は大きなショッピング・センターの中にある。1000台は収容できるできる駐車場を持ち、ガソリンから電気製品、衣服、食品、生鮮食品など2万点以上という商品が売られている。初めて行った時はどこに求める商品があるのかを探すので時間がとられた。わが家の近くの一般的スーパーと比べると、生鮮食品などの種類が豊富で、選択肢が広いが、売られている商品は普通のスーパーとほとんど同じものである。
スーパーと「いちば」を比べて
フランスは伝統的に農業国で、昔はどんな小さな村や町にも肉屋、パン屋、八百屋はあり、一つの村や町が生活圏を構成していた。ところが、1960年代から始まるスーパーの興隆で、庶民の生活は一変した。現在地方都市に行くと、町の中心部にはシャッターを下した店が目立ち、食料品を扱う店はほとんどなく、パン屋の存在すら怪しくなっている。というのは、町の中心部は古く住みにくい家が多く、家賃が高い。しかも駐車のスぺースがないので、一軒家に住み、なんでも自動車で動く大多数の人は町の中心に来ることはなくなる。その一方、町のはずれには、いくつものショッピングセンターがあり、そこのスーパーで食料品や日常の必需品を買うことになる。最近では、パンですらショッピング・センターで買い求めるようになっている。
スーパーの魅力は何と言っても多様な買い物をいっぺんにすることができ、時間のロスがなく便利なことにある。しかも、全体的に商品の価格は低く設定されている。スーパー同士の激しい価格競争と大企業が一括して大量の商品を購入する結果である。
大資本をバックにしたスーパーはその圧倒的な立場を利用し、生産者に多量の購入を約束することの代償として仕入れ価格の引き下げを要求する。そこは、フランスは農業国で、農業組合の政治力が強いので、政治が介入し、農産物などの仕入れ価格をめぐるスーパーの組合と農業団体が団体交渉を行うことが年中行事になっている。
ただし、私のような一消費者にとっては、スーパーは便利で経済的だが、同時にどんな田舎に行ってもほとんど同じ商品が売られているのにあきれることも多い。バカンスで海や山に行っても、買い物をするためにスーパー入ると、大体パリ地方と同じ商品が置いてあり、肉や魚も代り映えしない。スーパーの一角には地域の特産展というコーナーがあることもあるが、何か観光地のお土産コーナーのようで、買い物をする気にならない。
それに比べると、「いちば」で買い物をすれば、概して値段は高めである。野菜や果物は余り差がないように私には思えるが、それでも平均してみると「いちば」の方が高くなる傾向がある。しかし、商品の新鮮さやその質の面では「いちば」が優勢となる。魚や肉は専門店であることから、よりきめ細かく仕分けされていて、良質な材料を買い求めることができる。週に1、2回しか開かれない「いちば」は消費者にとってはすこし不便だが、その代わり、一定の日に多くの客が集まるというメリットがある。また、地方の「いちば」になると、地元の特産物~海辺の町の魚介類、地方特産のキノコ、地元のチーズなど~が集まり、多くの客を引き付ける。
日本でも地方を旅すると、「道の駅」などで地元の特産物が置いてあるが、それが村おこしにつながっているとは見えない。フランスの例からみると、「いちば」が成功し、スーパーに対抗するためには、いくつかの条件がそろう必要がある。まず第一に「いちば」の地の利である。「いちば」は消費者が歩いて行ける町の中心部でなければならないだろう。郊外となると、どうしても車で行き着けるショッピング・センターやスーパーに対抗できないだろう。
次に、相当大きな都市でなければ、「いちば」は成立しないと思われる。「いちば」の主力である専門店は、スーパーのような仕入れ価格では競争ができないので、どうしても商品の価格は割高になる。そこを、新鮮さと専門性でカバーする必要がある。もっとも、仕入れ先が限られることは、商品の生産者の顔が見えることでもある。生産者の顔が見えることは消費者にとって大きな魅力になる。さらに、町の中心部に「いちば」を開くためには市町村の積極的な関与が欠かせない。専門業者の選択、そして衛生への配慮などは行政の仕事である。また、安価な地代が保障されなければ、良質な専門業者は「いちば」に出店することはないだろう。
日本の地方都市を旅行して、旧市街がさびれているところを何回も目撃した。フランスの地方都市も似たり寄ったりの状況のところが多い。しかし、「いちば」に活気のある町には観光客や滞在客も多く、町全体が元気であるように思える。
2025年10月15日、パリ郊外にて
鈴木宏昌(早稲田大学名誉教授)
(2025.10.20)
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