【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

異色だらけの若者がニューヨーク市長に躍り出た

荒木 重雄

 きたる1月、世界の注目を集めたゾーラン・マムダニ氏が米ニューヨーク市の新市長に就任する。率直、快活な、鬚面の34歳。
 こともあろうに、米資本主義の聖地ニューヨークで、一般に米国では最も嫌われるイスラム教徒、アフリカ出身のインド系移民、しかも「民主社会主義者」を自称する男が、家賃上昇の凍結や公営バス、保育の無償化、最低賃金引き上げなどを掲げ、財源は大企業や富裕層への増税でと主張して、11月の市長選に勝ったのだ。
 
 立候補当初の支持率は僅か1%だったが、SNSを通じてパンチが効いた発信を始めると、生活費高騰に苦しむニューヨーク市民の心を掴み、若者を中心に10万人を超えるボランティアが投票を呼びかけるなど、一躍、「マムダニ旋風」が巻き起こった。
 安アパートに住み、車は持たず、討論会などへは地下鉄を利用し、地元住民と気さくに言葉をかわす腰の軽さが、また好感度を盛りたてた。

 立ち塞がったのは、民主党の予備選でマムダニ氏に敗れながら、無所属で挑戦したクオモ氏である。前ニューヨーク州知事で、閣僚経験もあり、父親も同州知事を長年務めた名門のベテラン政治家で、知名度も高く、多くの有力な支援者を抱えている。しかも、マムダニ氏が公約に掲げる富裕層への増税に慌てた富豪たちは、クオモ氏に巨額の選挙資金を投入した。

 マムダニ氏を敵視するトランプ大統領も、彼を「共産主義者」と罵り、彼が市長になったら市への連邦資金は減らすと脅し、揚句は、マムダニ氏を潰すために、自身の属する共和党の候補ではなく、民主党に属するクオモ氏に投票するよう呼びかけるしまつだった。

 だが、マムダニ氏の応えは爽やかだった。「トランプに裏切られた国民に彼を倒す方法を示せるのは、彼を生みだしたこの街だ」。

◆出自は華麗なエリート一家

 マムダニ氏は、だが、ただの貧しい移民ではない。彼の背景はある意味、華麗である。母は、国際的に著名な映画監督、父も、英国誌で「世界のトップ50人の思想家」にノミネートされたコロンビア大学教授の人類学者。

 母ミーラー・ナイールは、デビュー作「サラーム・ボンベイ」で1988年のカンヌ国際映画祭カメラ・ドールを受賞し、アカデミー賞外国映画賞にもノミネートされ、2001年の「モンスーン・ウエディング」ではヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞するなど、名声を博したインド出身の大映画作家だが、彼女は、88年、のちに「ミシシッピー・マサラ」という題名で完成する映画の準備にウガンダを訪れていた。この映画は、1970年代、ウガンダのアミン大統領が英植民地時代から居住するインド系住民を国外に追放した、その、追放されて米国に移住した家族のその後を描くものだが、そのときたまたま知り合ったのが、インド系移民でアミン失脚後にウガンダに戻った、ミーラー・ナイールと同じハーバード大学に留学経験がある人類学者、マフムード・マムダニ氏であった。
 デビュー作「サラーム・ボンベイ」でボンベイ(ムンバイ)のスラムの子どもたちの過酷な生活を描いたミーラー・ナイールである、米国で公民権運動にも参加したことのある、植民地支配と紛争を研究課題とする人類学者とは互いに共感するところがあったのだろう、二人は91年、現地で結婚し、同じ年、ゾーラン・マムダニが生まれた。一家がニューヨークに移住したのは、その7年後、父のコロンビア大学教授就任を期にであった。

 ゾーラン・マムダニ氏は、リベラルアーツ教育が特徴のボウディン大学でアフリカ研究を専攻したのち、鋭い社会的メッセージを発するラッパーとして活動したが、やがて、自らのエリート社会に叛く「ニューヨークの富の再分配」を掲げて政治キャンペーンや地域活動にかかわりはじめ、2018年に米国市民権を取得すると20年に州議会議員選挙に立候補し当選、以来、3期を重ねてきた。今年、シリア出身のイラストレーターと結婚。出会いはオンライン・マッチングアプリというのも彼らしい。

◆市長としての手腕はいかに

 マムダニ氏のニューヨーク市長としての活動はいまだ未知数である。そこで、ここでは、彼の今後の活動にかかわる環境にだけ触れておこう。まずは、イスラム教徒であり、イスラエルのガザ攻撃を公然と批判する彼を迎えるユダヤ系住民の反応である。

 ニューヨークは、イスラエル外では最大のユダヤ人人口を抱えるとされ、その大多数は伝統的に民主党支持であり、親イスラエルのロビー活動は米国の政策を決定する影響力をもつ。ところがマムダニ氏の登場は、伝統的なユダヤ系有権者と若い進歩派ユダヤ系有権者との間の亀裂を顕わにした、とされる。ガザ紛争が長引く間に、ガザにおけるイスラエル軍の行動に批判の目を向ける若者が増え、その意思が明らかに示されたのが、市長選での投票だったというのだ。出口調査ではユダヤ系有権者のおよそ3分の1がマムダニ氏に投票したとされ、これが同氏の勝利を後押ししたとされる。
 しかし、マムダニ氏に警戒の目を向けるユダヤ系住民も多く、有力ユダヤ人団体、「名誉毀損防止同盟(ADL)」は「マムダニ・モニター」を立ち上げて、同氏の政策がユダヤ人コミュニティーに与える影響を監視すると発表し、市民が反ユダヤ主義の事例を通報するホットラインも設けた。

 9.11同時多発テロで大きな傷を負ったニューヨークでは、また、イスラム嫌悪が強かったが、あれから24年の歳月が流れ、その間、イスラム系移民がよき隣人として米国社会に溶け込むよう心がけたことや、イスラエルのガザ侵攻によってイスラム系に対する風向きが変わったこともあって、イスラム教徒であることは以前ほどマイナスには働かなくなったとされている。

 問題はむしろ、民主党内での彼の立ち位置である。マムダニ氏の躍進は、トランプ政権へ有効な反撃策を見出しえない民主党にとって「変革のきっかけになる」との期待もあるが、その急進性のゆえに、党内には同氏と距離を置く趨勢もある。
 事実、従来型民主党ベテラン政治家のクオモ氏の得票率は、セクハラで辞職というネガティブ評価をもちながらも、マムダニ氏との差が10ポイントに及ばぬところまで迫っていた。また、党重鎮の動きを見ても、バーニー・サンダースやオカシオ・コルテスは早くから支持を表明したが、主流派は支持表明をためらっていて、オバマ元大統領やジェフリーズ民主党下院院内総務は最終的には支持を表明したが、シューマー上院院内総務は最後まで支持を明言しなかった。

 因みに、若い世代には社会主義や共産主義への忌避感は希薄なようだ。ABC放送の出口調査では、30歳未満の8割近くがマムダニ候補に投票している。今年8月のギャラップ社の世論調査では、にわかには信じがたいことだが、民主党支持者で資本主義を好ましいとみる人が42%にとどまる一方で、社会主義を好ましいとした人は66%だったことも付記しておく。
 ともあれ、ニューヨークで生活に苦しむ人々がマムダニ氏を市長までに押し上げたのだ。

 しかし、一番の難問は、公約を実現する具体的な環境をつくれるかである。予算を捻出するには議会や州の同意が必要で、市長一人で決められる話ではない。トランプ大統領がニューヨーク市への連邦資金提供を拒めば、無料の市営バス運行や無償の保育の提供、廉価な市営食料品店の設置といった施策の実現は難しくなる。また、トランプ氏が、「マイアミは共産主義のニューヨークから逃れる人々の避難地となる」とうそぶいたように、富裕層がこぞってニューヨークを離れる事態も、荒唐無稽とは言い切れない。

 じつは、トランプとマムダニは対照的に見えるが、ラストベルトで喘いでいた人々がトランプに惹かれたように、ニューヨークの見放された人々がマムダニに賭けたのではないか、構造は同じである。中間層や中道政治が細るなかで、現状に不満をもつ国民が右であれ左であれ、過激なアプローチ、いわば「劇薬」を欲するようになった表われではないか、との論評もある。今回のニューヨーク市長選は、分断が危険度を増す米国の一里程標かもしれない、との観測である。マムダニ市政への期待に水をかけたくはないが、それもあろう。

 いずれにせよ、目が離せない、来年のニューヨークである。

[筆者は大学教員時代、ミーラー・ナイールの「サラーム・ボンベイ」を新入生ゼミの教材としていた。]

(2025.12.20)
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