【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

痛みを知るはずのイスラエルがなぜ残酷に振る舞えるのか

荒木 重雄

 2023年10月のイスラム組織ハマスによる奇襲がきっかけとはいえ、パレスチナ・ガザの住民7万人超を殺害し建物の8割を瓦礫にし、ヨルダン川西岸では住民を迫害して自国民の入植を押し進め、さらに、レバノン、シリア、イランにまで武力攻撃の手を広げるイスラエルの、狂気にも近い行動の背後には何があるのだろう。
 収賄、背任、詐欺で訴追され、政権を離れれば政治生命を失いかねないネタニヤフ首相が、連立を組む極右政党を手放さないため、などとも囁かれるが、イスラエルの行動原理には、もっと根の深い、潜在意識とでも呼ぶべきなにかがありそうだ。
 それを尋ねてみよう。

 もとをたどれば、19世紀後半に、欧州やロシアで迫害を受けたユダヤ人の間で起きたシオニズム運動である。「神に約束された故郷の地にユダヤ人国家を造ろう」という思想を背景にユダヤ人のパレスチナへの移住がはじまり、そこで暮らしてきたアラブ人(パレスチナ人)とたびたび衝突を起こした。
 第2次大戦後、国連がパレスチナをアラブ人国家とユダヤ人国家に分割する決議案を採択すると、ユダヤ人コミュニテイーは48年、イスラエルの独立を宣言し、反発する周辺のアラブ諸国と戦いながらパレスチナ人を追い出し、領土を拡張した。さらに67年には、3度目のアラブ諸国との戦争を通じて、ヨルダンからヨルダン川西岸を、エジプトからガザを奪って、占領した。両地域は、将来のパレスチナ国家となるべきパレスチナ暫定自治区と国際社会では位置づけている。これが、いま注目されるガザとヨルダン川西岸である。

◆行動原理①-「約束の地」への執着

 瓦礫と化したガザに対して、ヨルダン川西岸の状況はユダヤ人入植の強化である。占領地への入植は国際法違反だが、360カ所を超える入植地に50万人余りが住み、規模の大きい入植地は、戸建て住宅やアパートが立ち並びショッピングセンターもある新興住宅街の趣である。パレスチナ人の集落はインフラもない不便な土地に追いやられているが、そこにもつねに、土地接収の圧力が迫っている。
 看過できないのは、入植者や治安部隊によるパレスチナ住民への虐待、暴行である。住居や学校、モスクが破壊されたり、パレスチナ人の誇りで収入源でもあるオリーブ畑の木が伐採されたり、家畜が殺されたりである。襲撃件数は昨年は秋までに1500件を超え、1000人近い死傷者が出ている。
 ガザでの徹底的な破壊と併せ、明らかにパレスチナ人追い出しである。

 コロンビア大学名誉教授のR.ハーリディー氏は、イスラエルの行動を「入植者植民地主義」と読み解いている。先にあったアラブ社会の上に力によって欧州のユダヤ人社会をつくるしかたである。東京大学准教授・鶴見太郎氏は、これに加えて、従来の植民地主義は市場や労働力として住民も取り込んできたが、イスラエルは土地のみを狙い、パレスチナ人をできるだけ排除しようとするのが特徴と指摘する。しかもかれらは、領土については、ゴラン高原を含めたこの中東の一画にしか関心をもたないという。
 つまりそれは、旧約聖書が説く「約束の地」への、偏執とも呼ぶべき強烈な執着である。ゆえに、それを批判したり妨げる者は徹底的に攻撃する。

 イスラエル人入植者の言がメディアで報じられている。「私たちがここ(ヨルダン川西岸)で暮らすのはイスラエルを守るため」、「この土地は神がユダヤ人に約束したと聖書に書いてある。これ以上正しいことはない」。そしてネタニヤフは言う。「パレスチナ国家は今後も存在しない。この場所は我々のものだ」。
 宗教的なナラティブ(語り)の政治化である。

◆行動原理②-「被害者意識」の陥穽

 ナチスによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)や帝政ロシアでのポグロム(ユダヤ人迫害)の悲惨な経験の上に建国されたイスラエルである。「迫害の痛みを知るはずの人々がなぜこれほど残酷なことを他の民にできるのか」は、多くの人が感じる疑問だろう。
 これに対して韓国の歴史学者・林志弦氏は「犠牲者意識ナショナリズム」との概念を提起している。「私たちこそ犠牲者だ」という意識に発するものだが、二つの方向性をもつようだ。
 一つは、自分たちこそ被害者だからとして、道徳的な規範を無視することを正当化する感性である。良心の軛から放たれ、他者の痛みへの理解や共感を失う。
 もう一つは、ユダヤ人という理由だけで殺された記憶から「自衛しなければ」との意識が過剰で、相手に先制攻撃を加えて、抵抗できないところまで強さを見せつける発想を、前述の鶴見氏は指摘している。
 
 これらの被害者意識は維持され続けていることを、毎日新聞編集委員の大治朋子氏は報じている。たとえばイスラエルのメディアは、ガザや西岸の占領地の日常はほとんど伝えないが、たまに起きるパレスチナ人による攻撃事件は大きく報じて、ユダヤ人の被害者意識を刺激し、教育でも、幼稚園からホロコーストが教えられ、高校生になればポーランド(アウシュヴィッツ)への旅行が奨められて、トラウマの次世代への継承が図られているという。

 イスラエルが常軌を逸した軍事行動を展開できるのには、米欧の容認と援護があることはいうをまたない。それには、ホロコーストを傍観した罪悪感が広く指摘されている。だがそれだけでなく、イスラエルが米欧の中東政策の利益に叶う存在であることや、とりわけ米国については、大きな票田である福音派が、ユダヤ人が約束の地に国家を樹立することがキリスト再臨の前提条件とする教理を信奉することや、リベラル派攻撃に「反ユダヤ主義」のレッテル張りが便利なことも、イスラエルとの特別な関係に与っていよう。
 一筋縄ではいかぬ複眼が求められるイスラエル理解である。

(2026.1.20)
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