【視点】

目先、口先、小手先政治の終焉

  岸田後の期待なき時代へ    
羽原 清雅

 アジア太平洋戦争の終わった79年後の8月14日、岸田文雄首相がバイデン米大統領を見習うように退陣を表明した。瞬間的に驚きながら、間もなく「当然」の落ち着きに戻った。理念なく空虚に課題を広げ、結果として「投げ出した」のだ。
 昨今の政治状況からすれば、「やっと」の決着の感があった。
 岸田首相の政治手腕は、安倍、菅政治が右に舵を切り、対米依存強化・反中国姿勢の鮮明化に向かった方向をやや修正し、かつての宏池会の理念に基づく安定型で、日本の地政学的な位置をわきまえた政治志向を期待させたが、案に相違した。自滅、というしかない。
 早い退陣への期待が、自民党内にも生まれ、その結果が示されたことはよかった。岸田氏自身が言うように、政治不信に「けじめ」をつける望ましい表明だった。

 だが、後継総裁・首相の座に誰が就くのか。下馬評を見る限り、ほとんど期待の余地が少ない。日本をより望ましい方向に引っ張り得る人材が見られない。日頃、「かくあるべし」といった政治理念を語らず、これまた目先に踏みとどまるばかりの人物が名乗りを上げる。
 期待なき政権交代、である。

岸田政治の失政
 ➀安保3文書による軍事予算の膨大な増強、南西諸島をはじめとする各地の軍事強化、国会での十分な説明や論議の欠如、対米「核の傘」への依存の徹底、日本の将来がこれでいいのかという視点のなさ、さらに野党側の及び腰・不勉強な追及ぶり、など。敵基地への反撃能力など、日本の危機を招く布石を打つようなもの。継続的な保守の流れだが、さらに加速、増大させた。
 ②「新しい資本主義」なる経済理念(?)は、経済人も理解不能という漠然とした主張。円安基調の保持(日銀とともに)、トヨタなど先端企業の法令違反、資産家らによる株価高騰、コロナ禍回避措置の不徹底、アベノミクス修正の不十分さなど、池田宏池会時代の決然とした施策に及ばなかった。対外事情も受けている物価高騰、これに伴う貧窮層の生活保護の増大など、選挙用ばらまき政策と思しき姿勢も見られた。
 ③対米傾斜・対中国外交軽視は安倍政治を踏襲した感が強い。安倍政治のトランプ傾斜よりは、バイデン追随の傾向があり、その点ではトランプ的リスクを負わずに済んだが、五十歩百歩でもあった。緊張緩和のためには、中国要人との会談を増やすべきだった。
 ④核廃絶への無力というか、ヒロシマ出身の政治家としては「核依存」の主張が強すぎた。核廃絶条約への及び腰など、核兵器の恐怖を世界に知らせる立場にありながら、残念!
 ⑤統一教会問題の法的処理は、解散命令にまでは至らず、文科省に任された。問題の性質上時間のかかることはやむをえまい。しかし、自民党内に広がったこの異常集団へのつながり、選挙依存ぶりなどへの対応はぬるきに失した。毅然として処分を示し、禍根を残さない措置が必要だった。党組織の地方の教会との相互依存関係、議員らのおためごかしの接近、選挙依存などばかりか、教会寄付という加重でだましの手口、強制を伴う寄付行為、信者二世の苦痛などへの対応は十分だったといえるのか。
 ⑥政治とカネ、とりわけ自民党派閥の裏金への対応はにぶく、所属議員らの反省乏しい言動を見逃した責任は大きい。岸田氏は責任の痛感を言うものの、再発防止の措置などには生ぬるかった。退陣の引き金はこの問題に大きく関わっており、対応を見る限りやむを得なかっただろう。
 ⑦議員の不祥事も多かった。政治資金関係の逮捕者、秘書勤務給与の詐欺行為、不倫、暴行などのスキャンダルといった多彩な議員・・・通常の有権者以上に道義的、倫理的言動を問われる国会議員の身分に恥じらいはないのか。

 このように挙げていくと、やはり政治家という存在自体が低質化、小型化、貧相化してきているように見える。なぜこのようないい加減な政治家が台頭するのか。その点では、選ぶ側の有権者に責任がかかってくる。政党は当選第一の姿勢ではなく、道義をもわきまえる候補者を育成し、政治の大義を守れる人物を送り込む責務がある。

 石橋湛山のような、若いころから一貫した理念を持ち、しっかり発言し、事象の判断を多角的にとらえ、なお学び続けた首相もいた。与野党を含めて、政党自体が、政治家たるべき人材を育成する義務を果たすべきだろう。大きな、幅の広い政治、これが求められている。

首相候補の吟味
 目先を変えよう。後継者問題である。
 うわさの人物の下馬評が盛んだが、推したくなる人材は残念ながらいない。しかし、頭がなくては、身動きが取れない。岸田氏就任時に若干の期待を持ったが、今はまったくない。
 メディアの視点は、①1年後のうちに行われる「選挙の顔」は? ②当選可能な派閥などの集票組織は? ③ミーハー的人気度や話題性は? ④政治運営やその方向性は? などで、それはそれでいい。ただ、日頃どのような日本、どのような社会を築こうとしてきているのか、など大きな図絵を描いてきた点も知りたい。というと、「そんな人物がいるわけない」と言われそうだが、それでも知っておきたい。岸田氏の二の舞は避けたいと思う。
 挙がる名前は少なくない。だが、中身や素行ぶりはわからない。「文春砲」の上げ足取りを待つしかないか、では遅すぎる。
 東京都知事選挙で名を挙げた石丸伸二氏のように、突然の浮上は面白いが、どうも政策的な中身が見えない。政治を正面から語らない。政治を語るよりは、多少の皮肉を込め、世相をうまくとらえ、若者たちを目標なくおだて挑発し・・・の感がある。京都大学卒、銀行勤務の履歴もいい。ルックスも問題ない。
 ただ、前任の広島県安芸高田市長時代の言動をたどると、地方議員や住民たちを上から見る言動が気になる。自民党の一部、維新の会の支援を受けた兵庫県知事の若い有能そうな人物にも類似感がある。
 いざ、といった場合の人間像を知っておかないと、岸田不安につながりかねない。日本社会の存亡がかかるとき、その足場が徐々に、徐々に蓄積され、いつか身動きのできない状況に追い込まれるとき、人気度、言語力、人をそらさぬ如才ない言動、風貌、出自、学歴などでは判断しかねる。

月旦評を始めよう。
 石破茂・元幹事長(67)。衆院鳥取1区。父二朗は鳥取県知事、参院議員で、その2世。慶応大から三井銀行へ。おのれの派閥が消えて、現在は無派閥。総裁挑戦4回。学識、経験は十分だが、党内人気はいまいちだといわれる。さりげない岸田批判は当たっているが、具体的にどう動き出すか、またそれが党内で受け入れられるかがカギ。真面目さではなんとなく日本人的だが、外交路線がまだよくつかめない。
 河野太郎・デジタル相(61)。衆院神奈川15区。一応麻生派。河野一郎、洋平の3代目。祖父の方に似るのか、強引さ、無鉄砲さがあり、これが好まれるところも。ただ、洋平氏の慎重さ、歴史への反省や相手への配慮力といった点が求められる。ともすれば、原発政策などへの沈黙、マイカード対応などの上滑りの言動が目立ち、政権を動かすことへの不安が残る。
 高市早苗・経済安保担当相(63)。衆院奈良2区。安倍晋三共通の右系思考が好まれ、党内に一定の支持を持った。安倍氏亡き後に推薦人を確保できるか。渡米し、米国議員の議会立法調査官なる肩書を使うが、その実態は不明のまま。閣僚などの場数を踏み経験はあるが、ひと言多いとの官僚評も。自民党右派議員を代表し、高鳥修一、山谷えり子、杉田水脈ら飛び跳ね組を擁して、出馬に至れるか。
 茂木敏充・党幹事長(68)。衆院栃木5区。旧田中派の流れにあるが、角栄肌とは大違いで、万事細かい。ホッチキスの打ち場所まで指示する経産相時代のマニュアルがあるという。裏金問題での派閥解体時には、喜んで退会したものも少なくない。岸田首相を支える立場ながら、おのれの次期出馬の狙いもあり関係は悪化。頼みは麻生副総裁だが、さて。
 野田聖子・元郵政相(63)。衆院岐阜1区。無派閥で、女性議員の中ではまず正統派。総裁選に出馬したことのある野田卯一の孫。高齢出産に挑戦し、障害を持つ子の母になるが、苦境に学んだ経験を持つ。問題は前回出馬と同様に推薦議員の確保。
 林芳正・内閣官房長官(63)。衆院山口3区。父義郎を継ぐ2世。岸田派の後継者として総裁選に臨むか。安倍元首相の銃撃死の前に参院5期から衆院鞍替えに成功。外相時代、官房長官を通じて言葉は少なく、影は薄い。文科、農水、防衛の閣僚をこなし有能ぶりは認められる。東大、ハーバート大に学び、三井物産に勤めたエリートで、ソツのない道を進んできたが、政治家の姿や理念、判断力が見えない。
 上川陽子・外相(71)。衆院静岡1区。法相3回を通じて死刑執行を果たし、とくにオウム真理教13人の処刑に踏み切り名を知られた。米上院議員の政策スタッフを経験。言動を見ると、概して既成追随型保守。岸田派だが、林とぶつかるので、総裁選には出ないだろう。
 小泉進次郎・元環境相(43)。衆院神奈川11区。若手のホープの一人に間違いない。無派閥。曾祖父又次郎、祖父純也、父純一郎の4代目。無派閥。菅元首相の神奈川閥としての河野とバッティングするか。コロンビア大学院に学ぶ。独特の政治発言をし、歯切れの良さが若者層の大衆人気を誘う。思いと現実の調整は今後に待つ。父純一郎の二の舞なら失敗。要はそれ限りの程度か、大きな構想に挑戦できる才覚があるか、は未知数。
 小林鷹之・前経済安保担当相(49)。衆院千葉2区。二階派。当選4回での入閣で、岸田末期に急浮上したが、政界、自民党ではともあれ、有権者にはなじみが乏しい。「能ある鷹」か、これからの腕次第。東大、ハーバート大に学び、財務省から外務省の米国大使館勤務。靖国参拝、高市早苗の総裁選推薦、統一教会接近歴など時流迎合型か、あるいは集票的便乗型か。有能さに魅入るばかりでは、規模大きく育つ人材かどうかはまだ判断不能。
 斎藤健・経済産業相(65)。衆院千葉7区。無派閥。東大卒後、通産省入りし、ハーバード大留学。埼玉県副知事後に政界入り、農協改革を果たし、当選3回で農水相、次いで法相、経産相となるが、どちらも失言などの退任大臣の後釜としての起用。目立ってはいないが、力量の評価か。一時石破出馬の推薦人に。当選5回。
 加藤勝信・元内閣官房長官(68)。衆院岡山7区。東大出、大蔵省入りし、福田派の加藤六月の次女と結婚して加藤姓に。厚生労働相を3回務め、安倍政権の官房長官に。当然政策に通じ、安定した政策マン。ただ、人間的な面白みは乏しい感。茂木派の所属だが、茂木本人も総裁選に出るため、どうなるか。岸田派の上川、林、茂木派の茂木と加藤と、同じ派閥から名乗りを上げるあたり、派閥解散の煽りが出たかたち。当選7回。

 まずはこんなところか。
 このうち、20人の推薦人を集められるのは何人か。
 自民長期政権の持続によって、政治のあるべき方向や政策選定が硬直したまま定着、既成の枠からはみ出さずに追従したり、国民の側に立っての正邪の判断ができなくなったりする傾向は否定できない。長期の権力支配が国民全体を覆いすぎ、「既成」の枠に生きやすさを感じる社会を許容しすぎていないか。
 また、新たな挑戦を試みたり、新しいスケールの日本独自の構想を打ち出したり、そんな壮大な研究グループを組織したり、そうした試みの動きも見られない。

 たとえば、世襲議員の増殖。濃密に癒着し、利害や思惑に蠢く裏の政治に慣れ、政治の根幹はそうしたものだと思わされるなかに育つ。チヤホヤされ、裕福に学校教育を受け、著名校の学歴を得、見えてくる世界は狭く、いきおい社会の底辺を知らず、知る努力もその実感もなく、若くして祖父や父母の築いた階段、資金、生活環境を謳歌する。一般社会の平均的日常を知らず、狭い出来上がった環境を「世界」だと誤認する。そこに、上層社会のおごりを育て、抜け出せない判断力をもって、社会に触れあう。経験のない、思い及ばない社会は広く、おのれの枠外にいる生活者が見えてこないままに、国会議員として多数を頼んだ採決に加担、いや追随していく。
 上記11人のうち、6人までが世襲である。優秀ではあろうが、自民党という昨今の道義性のない言動の中でうずくまったままだ。もちろん、優秀な人材は世襲でも出てくる。排除はできない。ただ、こうした世襲に伴う弊害を思い浮かべる精神構造くらいは持ってほしい。 
 自立して独立独歩で今日の地歩にたどり着いた候補者たらんとする方々は、世襲多数の政党の中で次の世襲世代を生み出すことなく、視野を広げて頂きたい。
                        (元朝日新聞政治部長)

(2024.8.20)
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