【コラム】八十路の影法師
石 油
イスラエル・米国は、2026年2月28日、イランに対して軍事攻撃を敢行した。
この攻撃によって、イランの最高指導者であったハメネイ師が死亡し、政権中枢にあった幾人かの政治家や軍関係者なども死亡したという。これに対してイランはイスラエル本国のほか、中東地域に配置されている米軍基地などへの反撃を開始した。これにより、ホルムズ海峡における航行の安全が一挙に崩れた。その後イランは、米国との駆け引きに利用しようという意図か、海峡を事実上封鎖、対抗してアメリカはイランの港への船舶の出入りを禁止する作戦に出た。
5月初旬になっても事態は流動的で先行きは見えない。
最初のニュースを聞いた時、思わず脳裏に石油危機(オイルショック)という言葉が浮かんできた。いうまでもなく、五十余年まえに起こった石油をめぐる混乱だ。
第四次中東戦争を背景に、中東の産油国は原油価格の70%という大幅な値上げと原油生産の段階的削減・イスラエル支持国への経済制裁(石油禁輸)を相次いで発表(1973年10月16日から17日)、世界的に大きな混乱が生じた。
日本国内でも狼狽を象徴するような出来事が起こった。同年10月31日の大阪・千里ニュータウンにあるスーパーマーケット「大丸ピーコック 千里中央店」でのさわぎだ。
この日、広告のトイレットペーパーを入手するために、開店前から行列は200人以上になっていた。開店するや、あっという間に広告の品は売り切れる。買えなかったお客の猛抗議に圧され、店は通常価格(200円、広告品は138円)の商品を倉庫から出してなだめたという。
もととなったトイレットペーパーの特売自体は中東あるいは石油情勢と関係がなく、通常の客寄せ策として一か月前から準備されていたことだという。さわぎの中でやむなく倉庫から出して販売した品物の値段にしても通常価格であり、便乗値上げをしたということでもないようだ。また、トイレットペーパーの全国的な需給も、この時点では問題になるような状況ではなかった。つまりは、不確かな情報にまどわされた群衆の偶発的なパニックに過ぎない。しかし、このニュースは全国的に広がり、国民の不安心理を一挙にかきたてたようだ。
NHKが過去の放送分の内容を提供するNHKアーカイブスの記事にはこうある。
「秋になって突如、トイレットペーパーが店先から消え、関西で始まった行列買いは瞬くうちに全国へ広がった。値段は急上昇、春先には110円程度だったものが一時、380円になった。通産省の緊急輸送作戦もあって品物は出回るようになったが、値段は戻らなかった」と。
さわぎの発端としては、当時の中曽根康弘通商産業大臣(第2次田中角栄内閣)が、10月19日に国民向けて行った「紙節約の呼びかけ」であるといわれたりしている。石油市場の混乱を予測しての節約気運の盛り上げを図ったようだが、大臣談話とあれば「アッ、紙がヤバイ!」という反応はあり得ただろう。さらに、この時代は旧来の「ちり紙」から、ティッシュペーパー、トイレットペーパーへの移行が完了に近づこうとしている時期だ。
千里ニュータウンといえば、70年万博の開催に合わせて新たに出現した住宅地で、上下水道が完備している。近代的な集合住宅も、しゃれたつくりの戸建て住宅も当然ながらトイレは水洗式であろう。
トイレットペーパーは1日たりとも切らすことができない。紙が危ういとなれば備蓄しておかねばという心理が働いたことは想像できる。さらに加えるならば、関西の主婦たちがもつ卓越したコミュニケーション能力もこのさわぎの背後にあったのかも知れない。
それはともかく、眼下のイランをめぐる情勢が前(さき)のトイレットペーパー騒ぎと同質の社会的混乱に結びつかなければいいが……。半世紀たった今では、SNSとやらの威力で、たちまちのうちに広範な範囲で混乱が拡がりそうで怖い。
わが国は石油資源が乏しい。海外の調査データではあるが、インターネットに国別埋蔵量のデータ(2025年)があった。日本の埋蔵量は44百万バレルで、世界全体の4万分の1に過ぎないという。国内に稼働中の油田はあるようだが、原油の自給率は0.3%という低さだ(資源エネルギー庁資料/2025年1月)。4万分の1の資源量しか持たない国が、全体の15%(約7分の1)を消費している。
この国は発電のための燃料、自動車のガソリンなどといったものばかりではなく、暮らしのほとんどあらゆる面で石油に支えられている。街ゆく人の服は7割が石油由来であり、化粧品までも石油に負っているという。
そのせいか、石油という言葉は、それこそ子供でも知っているだろう。しかし、漢字熟語という観点からみると、首をひねるようなこともある。
石油のように「石」が頭にくる二字熟語の場合、「石の(石でできた)〇〇」とか「石のような(堅い、強い)〇〇」という意味の言葉が多い。しかし、石油は 「石」と「油」の間のつながりがいまひとつピンとこない。
日本の古語では石油は「くさうづ」、漢字は臭水、あるいは、草生水を当てる(古語では「みず」ではなく「みづ」)。
現在の新潟県あたりでは石油は古くから知られていたらしく、『日本書紀』・天智天皇7年(668年)に「越国(こしのくに)、燃ゆる土 燃ゆる水を献ず」という記載があって、「燃ゆる土」はアスファルト、「燃ゆる水」は原油と解釈されているそうだ。
漢字熟語の「石油」は『夢渓筆談』(むけいひつだん、あるいは、ぼうけいひつだん)という中国の書物に出てくるそうだ。この書は、科学者であり政治家でもあった沈括(しんかつ;1031年~1095年)という人が著したもので、百科事典的な内容であるという。それには、墨をつくる原料として石油を使用する地域があるとの記述がみられるらしい。
墨は、この時代であれば、松の木や菜種油、ごま油など植物系のものを燃やして得た煤(すす)を膠(にかわ)などで固めるのが普通だったのだろうが、石油が地表にしみ出てくるような地方では、それを燃やして煤をとっていたらしい。
墨の原料は伝統的に前に挙げたような植物系だが、現代でも石油の煤を使う墨は作られている。プリンターやトナーの黒色インクも石油・石炭といった鉱物系の煤が原料となっているという。
まだ石油の正体が解明されていない時代、地表に現れた黒く、においがする液体、火をつけると燃える液体……、これを地下の岩石からにじみ出てくる油と理解していたのかもしれない。
ついでながら、わが国に「石油」の漢字表記が現われるのは、『日本国語大辞典』によれば、朝野新聞(1878年;明治十一年)が最初期のものとされている。この時代は鎖国政策が終わり、欧米に門戸を開いていた時代。諸国の文明が紹介され、特に英語の翻訳語が新たな日本語として大量に加わる。たとえば、宗教、哲学、思想、分子、原子、人民、主義、演説……などで、その数は多い。石油もその一つのようだが、これは日本人の発明ではなく、前出した8百年昔の『夢渓筆談』に依ったのではないかと想像される。日本人は古代から近世まで、感心するほど長い間にわたって中国の書籍(学問)を勉強し続け、知識として身につけていたのだ。
ちなみに、幕末に日本へやってきて30年余り滞在したキリスト教宣教師であるジェームス・C・ヘボンが著した日本語辞書『和英語林集成』を見ると、「石油」は初版(刊行は1867年)、再版(同前1872年)には見えず、第三版(同前1886年)になって登場する。このころには言葉としても通行していたことがわかる。
石油で少し厄介なのは、日本語においては「石油」、「原油」、「灯油」が混乱していること。しかも、「灯油」などは文字からいえば灯火(明かり)を得るための油のはずだが、ストーブ、ファンヒーターの燃料油も「石油」といったりする。
基本は「石油」が総称で、そのうち地下から採取されたままのものが「原油」、この原油を精製して製品化したガソリン、灯油、軽油およびプラスチックの原料などは「石油製品」と整理される。
しかし、灯油は照明具(ランプ)にも暖房用器具にも共用される。名は体を表さないが、定着した以上は「灯油」と呼ぶのも仕方がないか。それでも、「石油」と呼ぶのは避けたいなぁ……。
(2026.5.20)
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