■コラム【大原雄の『流儀』】

私論・マイ「メディア史」(10)

大原 雄

 このところテーマを掲げて、連載コラム「大原雄の『流儀』」を書いてきたが、今回が10回目。
 今回は、ここで、瓢箪の中括り。ひと段落、と思っていたら、なんと憲政史上、歴史に残る、「突発型」で、衆院選挙が行われてしまった。
 
 解散権を持つ首相だけが、思いつきで実行しようと思い立ち強行した総選挙ではなかったか。
 
 初めての女性与党首相(自民党の高市早苗)が、女性政治家の勘に縋り付いて、一発バットを振ったら、ボールは、有権者が大勢入っていたスタンドに、見事、真っ直ぐ飛び込んでしまったのだ。「しまった」というと失敗したという論調になるけれど、高市女史(女史などという余計なワードをくっつけると、怒られそうな世の中になってきたから、高市さんという普通の表現にしておこう)は、とにかく、大勢の有権者が見守る開票日の大舞台にオンラインだか、インターネットだか、というメディアのパワーを利用して、擬似現場に居合わせた野党の幹部たちも、瞬時に選挙結果を共有したというわけだ。当選した議員数などは、私の盟友・マスメディア=オールドメディアにお任せするとして、論を先に進めよう。
 
 ★ 危機の始まり
 
 ① 今回の選挙結果の第一の柱は、自民党執行部も、予想しなかったような「圧勝」ぶりで、高市首相の政権維持が事実上、この瞬間に決まったことだろう。与党どうしの連立政権継続が決まったというわけだ。右派色の強い高市政権は、選挙期間中を忖度したメディアの幹部の意向で保守色の強い高市政権と何度も使われていたように思われた。
 
 私など、中道が、なかなか、読めずに、きのうまで、「なかみち」という読み方が口から出そうになり、声を顰めたものだ。「なかみちかいかくれんごう」の方が、親近感があったのだろう。「なかみち」の方が、田舎の素朴な商店街にありそうな名前では、ないか。「中道」ならば、「中核」、「ちゅうかく」、中核都市の方が、具体的なイメージがわくというものだ。
 
 この結果、高市政権は、首相のイニシアティブで、「国論を二分するような政策」の実現に向けて突き進むと見られると、早くもメディアは、忖度を開始し始めたように見える。
 
 ② 選挙は、「白紙委任」ではない。
 
 有権者たちは、限られた候補者の中から自分の代理で政治をしてくれそうな人を選ぶことしかできない。候補者が、十分な情報を有権者に提供してくれるというフィクションをベースにして状況を判断して、一票を投じる。
   
 ところが、今回の選挙では、高市早苗さんは、地位を利用して得た情報を元に選挙期間中の前半に発信していた情報を後半は、ダンマリを決め込んでいたのではないか。有権者と候補者の間にコミュニケーションを率先して図るべきではなかったか。中高年から高齢者が多い有権者より、SNS を利用する若年層が多い有権者に働きけていたように感じられたが、有権者の皆さんは、いかがな思いを抱かれたであろうか。重要な政策判断に資するために条件の悪い冬の時期に総選挙を実施すると言いながら、そういう配慮が充分になされていただろうか。
 
 ③ きな臭くならないか。
 
 高市政権が政策実現に熱意を持っていると私が思う政策は、以下の通りだ。
 
 憲法改正への取り組み、安保3文書の年内改定、武器輸出の規制撤廃、スパイ防止法の制定、国旗損壊罪の創設、旧日本軍の階級呼称の復活など、きな臭い匂いが、濃くなっていないか。
 
 これこそ、平和憲法の元に、戦後80年歴代の指導者たちが、リレーのバトンを落とさぬように引き継いできた重要な政策ではないのか。
 
 初の女性首相の力量で、国際社会にデビューする高市日本。トランプ大統領もご推奨の正札を付けてくれたではないか。国際社会では早くも新たな道を歩み始めただろうか。
 有権者は、見ているぞ。
 
 人気投票のように振る舞う政権リーダーを育てて欲しい。あるいは、退場を囁きかけてほしい。
 
 一方、野党は、大舞台に、お馴染みの親父顔しか集められなかった。新しい価値観で生きる若い世代に囲まれながら、若い世代と向き合い、立ち向かうべきだった、親父たち。引き継ぎも、不充分ではないのか。立憲民主党の、存立に関わる大危機。
 
 中道という政治的なエネルギーに充分な点火ができなかった立憲民主党。
 中道とは、何か。最低でも、向こう4年近くは、この息苦しさから、私たちは、抜け出せないかもしれないのだ。どうせ、抜け出せられないなら、皆で集まり、熟議をしよう。
 
 創価学会の上着を脱ぎきれなかった公明党。公明党は、原点に戻ろう、という声がたかまるだろう。
 
 右派的な、中小政党の乱立。この中からも、輝ける原石を見つけ出せるのは、誰か。
 
 人類の選択肢も、そう多くはないだろうに、頑張れ、人類。頑張れ、熟議。
 
 最後に、メディア。
 オールドメディアの私たちは、まもなく、去らねばならない。
 私の盟友だった連れ合いは、去年の夏から、いなくなった。78歳だった。
 
 なあ!みんな。
 私たちも、早ければ、間も無く去らねばならない日を迎えるだろう。
 
 メディアが先か。
 私たちが先か?
 
 このテーマについては、このコラムでも、今後とも随時書いて行きたい。

(2026.02.20)
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