【「労働映画」のリアル】

第43回 労働映画のスターたち・邦画編(4 3)小沢 昭一

清水 浩之


 《車券がハズレるのを怖がるな!「失敗の達人」が教えてくれる、人生の泳ぎ方》

 9月7日から、東京・神保町シアターで「生誕90年記念 昭和の怪優 小沢昭一のすゝめ」と題した特集上映が開催される。「怪優」というカテゴリーを見渡すと、小悪党を演じたらピカ一の西村晃、狡賢いボスといえば金子信雄、デタラメな外国語を操る藤村有弘…と、昭和30~40年代の日本映画には多士済々の「怪優」が揃い、彼らがどんなタイミングで登場するかも楽しみの一つだ。
 その中で小沢さんが得意とした役どころは、特定分野の専門家、すなわち「スペシャリスト」。代表作となった『競輪上人行状記』(1963、監督・西村昭五郎)や『「エロ事師たち」より 人類学入門』(1966、今村昌平)のように、社会の隙間で新たな「ミッション」を探究する人物がよく似合う。彼自身も40代以降、芸能の原点としての「放浪芸」の研究に没頭したように、生涯にわたって《純粋に愛好する》という意味でのアマチュア精神を持ち続けた。興味の赴くままに様々な芸を鑑賞し、ストリッパー・一条さゆりから演説家・赤尾敏まで、その道のスペシャリストたちを素直に尊敬する・・・そんな若々しさ、柔軟さが、小沢さんご本人の魅力にもつながっていると思う。

 1929年生まれ。父が写真館を経営していた東京・蒲田で、落語と映画と「色街」を見て育つ。旧制麻布中学ではフランキー堺、加藤武、仲谷昇らと同級になり、軍事教練の際にも落語を披露し合った。一旦は軍国少年となって海軍兵学校に進むが、すぐに終戦。大人たちの言い分が一変するのを目の当たりにして、いわゆる「立身出世」とは違った道を選ぶ。
 寄席やストリップ劇場に通い、早稲田大学では日本初となる落語研究会を創設(当時の大学側は「落語」を認めず、「庶民文化研究会」として発足)。同じ頃、「俳優座」の養成所に入り、千田是也に師事。新劇の若手としてラジオドラマや映画に出演するようになり、1954年に製作を再開したばかりの新生・日活と専属契約を結んだ。

 日活では、大学の演劇仲間だった今村昌平が助監督として活躍していた。今村の師匠・川島雄三監督の『愛のお荷物』(1955)で大臣秘書を演じたのを皮切りに、後年の『楢山節考』(1983)や『うなぎ』(1997)に至るまで、今村が手掛けた作品には毎回欠かさず出演し続けることになる。『幕末太陽傳』(1957、川島)では、落語「品川心中」の主人公、お人好しの貸本屋「アバタの金造」として登場。女郎のおそめ(左幸子)に騙された仕返しに、幽霊のフリをして遊郭に乗り込み、「おら、昨夜死んだけど生き返ったんだ。だから生まれたてのホヤホヤ~」と呟くのがたまらなく可笑しかった。当時まだ20代だったが、既に「小沢昭一ワールド」が完成されていたことに驚く。

 九州の炭鉱を舞台にした『にあんちゃん』(1959、今村)では、両親を亡くした4人兄妹に手を差し伸べる廃品回収業者「金山さん」。その後、小林旭や宍戸錠のアクション映画の「添え物」として主演作も撮られるようになるが、初老の屑屋さんが工場の経営危機を救う『大出世物語』(1961、阿部豊)、ゴミ収集作業員が掘り出し物の骨董品を集めてアパートの立ち退きを食い止める『恋をするより得をしろ』(1961、春原政久/原作は司馬遼太郎!)など、いずれも一見平凡な「おじさん」が人々を助ける展開になるのが特徴。

 寺内大吉・原作の『競輪上人行状記』は、堅物の中学教師が実家の寺を継がなくてはならなくなり、嫌々始めた坊主稼業の憂さ晴らしに手を出したギャンブルにはまっていく転落のドラマ。若い頃に見た印象は地味で暗い作品だったが、約30年ぶりに見直すと、「わかっちゃいるけどやめられない」という有名なフレーズ(植木等の「スーダラ節」)を連想させる、ドライな味わいの人間喜劇として楽しめた。自らに与えられた宿命に抗い続けた主人公は遂に悟りを開き、競輪の予想屋となって迷えるギャンブラーたちに説教する。「車券は、外れることを怖がってはいけない!」―― そう、人生もギャンブルも、賭けに参加しなければ道は開けない。失敗を重ねた達人ならではのアドバイスだ。

 野坂昭如の小説『エロ事師たち』を映画化した『人類学入門』の主人公は、ブルーフィルムから乱交パーティーまで、性の悩みを抱えた人々に様々な「ソリューション」を提供するスペシャリスト。何度検挙されても「これは人助けの社会事業なんや」と嘯く自信家だが、そうした「博愛」の精神が彼自身の家庭を崩壊させていく。ここでもまた「わかっちゃいるけどやめられない」という、人間らしい矛盾が映し出されていく。

 1973年1月にスタートしたTBSラジオ「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は、2012年12月に小沢さんが亡くなるまで、ほぼ40年にわたり放送された。ひとり語りのスタイルで人間社会を俯瞰する10分間は、「共に人生を悩む者」として寄り添う小沢昭一ワールドの集大成となった。こうした「先輩」がいてくれたことのありがたさを、あらためて実感する昨今です。

◆神保町シアター「生誕90年記念 昭和の怪優 小沢昭一のすゝめ」 9月7日(土)~10月4日(金) 
  https://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/sozawa.html
参考文献:『小沢昭一百景 随筆随談選集(全六巻)』(晶文社、2004年)ほか

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
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労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)

◇次回のご案内
 2019年9~10月期は、時代の真実にせまる長編記録映画2篇をお届けします。
<第61回「地域医療の原点を探る」> 9月12日(木)18時から
・上映予定作品: 『農民とともに―地域医療にとりくみ50年』
   1995年/78分/岩波映画製作所/監督:時枝俊江
 1944年の開設以来50年、“農民とともに”を旗印に地域医療の最前線を切り開いてきた長野県・佐久総合病院の歴史と現在を紹介した記録映画。高齢化と過疎化の進む地域社会での、町ぐるみ村ぐるみでのこれからの医療のあり方を示唆する貴重なメッセージがこめられている。

<第62回「国際価値連鎖(グローバル・バリュー・チェーン)の苛烈な現実」>10月10日(木)18時から
・上映予定作品: 『人間機械 Machines』
   2016年/71分/インド・ドイツ・フィンランド合作/監督:ラーフル・ジャイン
 インドの出稼ぎ労働者たちが直面する苛烈な現実を長回しの撮影で追ったドキュメンタリー。インド北西部・グジャラート州にある巨大繊維工場。劣悪な環境下で働く労働者たちの姿をカメラが淡々と追う。宗教画を思わせる画面構成と工場の機械音を捉えた音響設計によって、著しい経済成長を遂げるインドのもうひとつの現実をえぐりだす。
 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 8月~9月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
『お百姓さんになりたい』《8月24日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 埼玉県三芳町で有機農法を始めた明石誠一さん。自然が持つ力をフルに生かそうとする固定種・無肥料の自然栽培の記録。(2019年 日本 監督:原村政樹) https://kiroku-bito.com/ohyakusho-san/
『引っ越し大名!』《8月30日(金)から 東京 丸の内ピカデリーほかで公開》
 実在の大名・松平直矩をモデルにした時代劇。出費の嵩む国替えを、知恵と工夫で乗り切ろうとする姫路藩士たちの奮闘を描く。(2019年 日本 監督:犬童一心) http://hikkoshi-movie.jp/
『ヒンディー・ミディアム』《9月6日(金)から 東京 新宿ピカデリーほかで公開》
 インド版のお受験ドラマ。娘を進学校に入れようと躍起になる夫婦が、人生で本当に大切なことに気づいていく。(2017年 インド 監督:サケート・チョーダリー) http://hindi-medium.jp/
『今さら言えない小さな秘密』《《9月14日(土)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》
 南仏・プロヴァンスの村でトップクラスの腕前を誇る自転車修理工。実は自転車に乗れないという秘密を持っていた…。(2018年 フランス 監督:ピエール・ゴドー) http://www.cetera.co.jp/imasaraienai/

◇名画座・特集上映
<全国>
【東京 新宿ピカデリー/MOVIX京都】 8/23~12/26「京都アニメーション 映画作品特集」…映画けいおん!/たまこラブストーリー/映画 聲の形/リズと青い鳥/涼宮ハルヒの消失/天上人とアクト人最後の戦い/他
【札幌シネマフロンティア/ほか全国58館】 9/6~10/3「午前十時の映画祭 死と運命」…砂の器/ベニスに死す(2週間ずつ上映)

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】 9/6「KINOフライデーシネマ Vol.70」…ずぶぬれて犬ころ(2019年 監督/本田孝義)
【横手市ふれあいセンター かまくら館】 8/31「第31回 かまくら館映画劇場」…沓掛時次郎 遊侠一匹/眠狂四郎殺法帖/弁天小僧/反逆児

<関東・甲信越>
【東京 ポレポレ東中野】 8/24~9/6「ドキュメンタリーと家族」…沈没家族 劇場版/隣る人/アヒルの子/さとにきたらええやん/夜間もやってる保育園 【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 9/1~11/30「獅子文六ハイカラ日和」…大番/てんやわんや/やっさもっさ/自由学校/夫婦百景/バナナ/特急にっぽん/箱根山/他
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 9/7~21「第41回 ぴあフィルムフェスティバル」…雨のやむとき/おみおくり/シューティング・マフィア/恐怖の報酬/フルートベール駅で/旅役者/他
【東京 早稲田松竹】 9/7~13「激動の時代を生きた若者たち~文革と青春~」…さらば、わが愛 覇王別姫/初恋のきた道/芳華 -Youth-(日替り2本立)
【東京 池袋 新文芸坐】 9/20~30「精緻と克明 鈴木英夫の手腕」…彼奴を逃すな/その場所に女ありて/サラリーマン目白三平 亭主のためいきの巻/黒い画集 寒流/他(日替り2本立)
【小田原コロナシネマワールド/他】 9/7~15「第13回 小田原映画祭 シネマトピア2019」…二宮金次郎/牛乳配達/汚れなき悪戯/駅前旅館/愛と法/曙光/この道/他
【長岡リリックホール】 9/14~16「第24回 ながおか映画祭」…ぼけますから、よろしくお願いします。/たねと私の旅/禅と骨/わたしの季節/血筋/台北暮色/バーニング 劇場版/他

<東海・北陸>
【名古屋 ウィルあいち/他】 9/4~8「あいち国際女性映画祭2019」…紅花緑葉(中国)/ワーキング・ガール(イスラエル)/そして私たちの番がきた(アメリカ)/雪子さんの足音(日本)/他
【岐阜 ロイヤル劇場】 8/31~9/13「森繁久彌×三木のり平 これぞ名人芸!喜劇映画特集」…喜劇 各駅停車/喜劇 百点満点(週替り上映)

<関西>
【京都文化博物館フィルムシアター】 8/30~9/1「大谷巌特集―音の世界」…東海水滸伝/西陣の姉妹/雨月物語/噂の女/不知火検校/竜馬を斬った男/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 9/7~11「優秀映画鑑賞会 80年代~90年代傑作選」…遠雷/ロックよ、静かに流れよ/櫻の園/お引越し
【神戸 パルシネマしんこうえん】 9/19~30 ビリーブ 未来への大逆転/記者たち 衝撃と畏怖の真実(2本立)

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 9/1~15「広島ゆかりの作家 映画選集」…簪(井伏鱒二)/流離の岸(大田洋子)/黒の試走車(梶山季之)/エデンの海(若杉慧)/他
【福山駅前シネマモード】 9/13~16「優秀映画祭 黒澤明監督特集」…わが青春に悔なし/酔いどれ天使/羅生門/天国と地獄
【高松 レクザムホール】 9/14「映画の楽校 Lesson108」…張込み/悪い奴ほどよく眠る

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館 シネラ】 9/4~23「日本映画名作選」…マダムと女房/無法松の一生(1943年版)/佐久間ダム 総集編/乳母車/鉄腕投手 稲尾物語/サンダカン八番娼館 望郷/他
【キャナルシティ博多/他】 9/13~19「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2019」…恋の街、テヘラン(イラン)/シヴァランジャニとふたりの女(インド)/轢き殺された羊(中国)/福岡(韓国)/他
【松浦市文化会館】 9/16「ゆめホールシネマ倶楽部」…エノケンの頑張り戦術/ジャンケン娘/君も出世ができる/大学の若大将
【湯布院公民館/他】 8/22~25「第44回 湯布院映画祭」…花笠道中/僕たちは世界を変えることができない/百円の恋/ニッポニアニッポン/不夜城/子どもたちをよろしく/火口のふたり/他

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

・「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

・「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

・『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

・日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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