【「労働映画」のリアル】

* 第56回 労働映画のスターたち(57)天知 茂

清水 浩之

 《地獄でストライキ!? 経営危機から生まれた、「善悪の境」に立つヒーロー》

 今から60年前の1961年5月、映画会社「新東宝」が2度目の不渡り手形を出し、足掛け15年にわたる歴史に幕を閉じた。
 新東宝といえば、大ヒット作『明治天皇と日露大戦争』(1957、渡辺邦男監督)をはじめ、戦争、怪談、海女など刺激の強い大衆娯楽作品で知られる。「アナクロ」「エロ・グロ」「反動」と呼ばれた製作方針の原因としては、松竹や東宝など業界大手に太刀打ちできない劇場網の弱さから来る慢性的な経営不振があり、低予算でも観客を惹きつけられるようにと知恵を絞った結果でもあった。

 一方で、ギャラが安い若手のスタッフ・キャストを積極的に起用したことから、宇津井健、菅原文太、池内淳子、三ツ矢歌子など、その後も映画やテレビの現場で長く活躍する人々を数多く送り出した。

 その中でも「新東宝カラー」を強く感じさせたスターが、ニヒルな二枚目として人気を集めた天知茂(1931~85)だ。土曜ワイド劇場『江戸川乱歩の美女シリーズ』(1977~85、テレビ朝日)の名探偵・明智小五郎、『非情のライセンス』(1973~80、テレビ朝日)の会田刑事など、テレビドラマのヒーローとして親しまれたが、その独特のキャラクターは、戦後庶民の「心情」を反映させた新東宝作品で生まれ、撮影所で起きた給料遅配やストライキを、当時20代の「従業員」として共に闘う日々の中で培われていった気がする。

 素顔は物静かだが、付き合うと気さくで面倒見がよく、彼を悪く言う者がいないお人柄の天知さん。1960年前後、会社の経営危機と俳優としての急成長がシンクロした時期の作品を中心に見ていこう。

 1951年、20歳で新東宝のニューフェイス一期生に選ばれる。名古屋生まれで、芸名は中日ドラゴンズの天知俊一監督と杉下茂投手にあやかった。入社当初の新東宝は小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男などの巨匠を招いた文芸大作が主軸で、しばらくは通行人などを黙々と務める日々が続く。初の主演は、1954年6月に起きた強盗事件を、捜査と同時に撮影した実録映画『恐怖のカービン銃』(田口哲・浅野辰雄監督)の犯人役だった。

 昭和30年代に入ると、後発会社・東映のチャンバラ時代劇や、日活の石原裕次郎旋風がマーケットを席巻し、新東宝は邦画6社の最下位に転落。1956年、経営再建に乗り込んできた新社長・大蔵貢は興行師としての経験を基に、徹底的な低予算・大衆娯楽路線に切り替える。いわゆる「エロ・グロ」路線が始まった。

 正統派の二枚目志向だった天知さんだが、会社はそのクールな風貌に着目し、ヒロインに横恋慕する「色悪」として起用する。『暁の非常線』(1957、小森白監督)では組長令嬢を狙う代貸、『スター毒殺事件』(1958、赤坂長義監督)では自分を振った元カノに毒を盛る映画スター……と順調に悪の道をひた走り、怪談映画の名匠・中川信夫監督と組んだ『憲兵と幽霊』(1958)、『女吸血鬼』(1959)では、観客も思わず見惚れる「悪の美」を発揮し始める。

 1959年のお盆映画『東海道四谷怪談』(中川信夫監督)で民谷伊右衛門役に抜擢されるが、大映の大御所・長谷川一夫主演『四谷怪談』(三隅研次監督)との競作に。当時51歳の長谷川先生に対し、天知さんはまだ無名の28歳。初めての大役に必死で挑む彼を、同じ釜の飯を食ってきた共演者やスタッフも献身的に支え、若く貧しい浪人が自らの境遇を儚み、大した動機もなく「善悪の境」を超えてしまう迫真のリアリティを生み出す。 「神の審判のように」お岩の亡霊が伊右衛門を断罪する展開が圧巻で、思わぬ傑作とスターの誕生に、苦境の社内もにわかに活気づいた。

 1960年に入ると大蔵社長のワンマン経営にも翳りが見え、低予算の中で精いっぱいの工夫を凝らしてきた作り手たちは、天知さんの主演で次々に傑作・力作を打ち出していく。石井輝男監督が赤線廃止後の秘密売春を描くパルプ・フィクション『黒線地帯』、『黄線地帯 イエローライン』。小森白監督の『大虐殺』は、関東大震災直後の朝鮮人虐殺と社会主義者弾圧を描く大胆な内容。天知さんは恩師・大杉栄の仇を討とうとテロを企てるアナキスト(ギロチン社の古田大次郎がモデル)を熱演。このころ普及が進んでいたテレビに押されて不入りの映画館では、不良風のアンちゃんたちが「全学連よりスゲエや」と呟いていたという。

 そしてお盆には大作『地獄』が登場。中川信夫監督がゲーテの「ファウスト」をモチーフに、人間の罪の意識をダイナミックに描いた野心作で、天知さん扮する大学生の出来ごころをきっかけに、登場人物全員が地獄に堕ちていく。この頃には給料が滞り、会社としての先行きも怪しくなっていたそうだが、「日本一の活動屋」を自任していた新東宝の面々はそれでも撮影所に留まり続け、“最後の打ち上げ花火”となる地獄絵図を描き上げた。

 ホームグラウンドの解散と共に大映へ移り、勝新太郎、市川雷蔵、田宮二郎の好敵手役を飄々と演じた後、三島由紀夫・戯曲の舞台『黒蜥蜴』(1968)での明智小五郎が当たり役となる。「善悪の境」に立つ天知さんの妖しい魅力は、半世紀経っても色褪せていない。

<参考文献>
『天知茂』 臼井薫・円尾敏郎/編(1999年 ワイズ出版)
『新東宝 1947-1961 創造と冒険の15年間』 ダーティ工藤/編(2019年 ワイズ出版)
『チグハグなぼくらのたたかい―新東宝とその周辺の問題―』山際永三(映画評論 1961年7月号)
ほか

    (しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)

<第71回~労働を凝視する~>
・日時:2021年5月13日(木)18:00~(17:45開場)
・会場:連合会館 203会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅B3出口すぐ)

☆公益財団法人民間放送教育協会(民教協)加盟局によるドキュメンタリー番組「日本のチカラ」(関東では毎週土曜朝5時20分から・テレビ朝日で放送)から、女性起業家を取材した2作品を上映します。

『おいしい笑顔をつくりたい~母なるレトルトスープ~』
(日本のチカラ 第229回) 2020年/25分/カラー 制作/大分放送 ディレクター/田中智基
★大分県豊後大野市で、岩切知美さんが起業した食品加工会社「成美」。看板商品は地元の農作物を使ったレトルトスープ。製造を手がけるスタッフ11人の大半が子育て中の母親だ。食を通して伝えたい岩切さんの思いとは。

『ひとりじゃない~ママがゆく!復興への道~』 
(日本のチカラ 第231回) 2020年/25分/カラー 制作/信越放送 ディレクター/小林沙良
★2019年10月、台風19号により長野市では千曲川の堤防が決壊。田中恵子さんは、避難所で出会った仲間とともに、被災者を支援する団体「HEARTY DECO」を立ち上げた。田中さんたちの復興に向けた歩みを追う。

・働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 4月~5月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー

『SNS-少女たちの10日間-』《4月23日(金)から 東京 ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開》
 児童に対する性的搾取を調査するドキュメンタリー。12歳の少女を装った女優たちが、SNSで10日にわたって友人を募集すると……。(2020年 チェコ 監督/バルボラ・ハルポヴァー、ヴィート・クルサーク)
 https://gaga.ne.jp/minari/

『海辺の彼女たち』《5月1日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》
 技能実習生として来日した3人のベトナム人女性の物語。仕事の過酷さに耐えきれず職場を逃げた後、ブローカーの手配により、ある港町で不法就労を始めるが……。(2020年 日本=ベトナム 監督/藤元明緒)
 https://umikano.com/

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』《5月15日(土)から 東京 渋谷 ユーロスペースほかで公開》
 東ドイツの石炭採掘場で働きながら歌手として活躍したゲアハルト・グンダーマン。秘密警察の協力者でもあった男の葛藤を描く。(2018年 ドイツ 監督/アンドレアス・ドレーゼン)
 https://gundermann.jp/

◇名画座・特集上映

<全国>
【札幌シネマフロンティアほか/全国63館】「午前十時の映画祭11」…5/14~6/10「ロマンチックが止まらない」マディソン郡の橋/ノッティングヒルの恋人(2週ずつ上映)
【東京 新宿武蔵野館/京都シネマ/大阪 テアトル梅田/ほか】 5/14から「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2」…リオの男/カトマンズの男/相続人/エースの中のエース/アマゾンの男

<北海道・東北>
【札幌 シアターキノ】 4/26「HBC制作東芝日曜劇場 第1弾」…遠い絵本(1979 脚本/倉本聰)
【遠野市立図書館 視聴覚ホール】 5/15「ねこぜでキネマ」…幸福の黄色いハンカチ
【仙台 チネ・ラヴィータ】 4/23~5/13「今泉力哉監督特集」…街の上で/あの頃。/アイネクライネナハトムジーク/his/愛がなんだ

<関東・甲信越>
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 5/6~23「NFAJ所蔵外国映画選集 2021」…予審/制服の処女/春の驟雨/脱走者/旅する人々/2エーカーの土地/地の塩/イン・ザ・スープ/他
【東京 早稲田松竹】 5/8~14「ディアオ・イーナン&ビー・ガン監督特集」…薄氷の殺人/鵞鳥湖の夜/凱里ブルース/ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ(日替り2本立)
【東京 下高井戸シネマ】 5/15~21「特集 仲野太賀」…泣く子はいねぇが/生きちゃった
【鎌倉市川喜多映画記念館】 5/18~6/20「日本映画名優(バイプレイヤーズ)列伝」…晩菊/放浪記(1962)/小早川家の秋/長屋紳士録/警察日記/にっぽんのお婆ぁちゃん/他
【上田映劇】 4/24~5/7「成澤昌茂監督追悼上映」…女体/四畳半物語 娼婦しの/花札渡世

<東海・北陸>
【名古屋シネマテーク】 4/24~5/7「チベット映画特集 映画で見る現代チベット」…ラモとガベ/オールド・ドッグ/巡礼の約束/陽に灼けた道/タルロ/草原の河/ラサへの歩き方
【岐阜 ロイヤル劇場】 5/8~21「女優 山本富士子特集」…白鷺/猟銃(週替り)

<関西>
【京都みなみ会館】 4/24~6/3「A24特集」…レディ・バード/20センチュリー・ウーマン/ミッドサマー/mid90s ミッドナインティーズ/WAVES ウェイブス
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 5/8~28「おちょやん記念 難波の名女優 浪花千栄子」…麥笛/夫婦善哉/番頭はんと丁稚どん/丼池/お父さんはお人好し/猫と庄造と二人のをんな/他
【神戸 元町映画館】 5/1~7「イスラーム映画祭6」…結婚式、10日前/シェヘラザードの日記/ザ・タワー/マリアの息子/汝は二十歳で死ぬ/孤島の葬列/ミナは歩いてゆく/痕跡/他

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 5/1~30「日本映画史探訪1940年代の秀作」…大日向村/南海の花束/花咲く港/海軍/無法松の一生(1943)/陸軍/一番美しく/明日を創る人々/他
【山口情報芸術センター】 4/21~5/5「苦しみが光になるとき」…フジコ・ヘミングの時間/瞽女 GOZE/37セカンズ/パリの調香師 しあわせの香りを探して
【高知 あたご劇場】 4/17~30 大コメ騒動

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館映像ホール シネラ】 5/1~29「韓国映画特集」…馬鹿たちの行進/族譜/ザ・コンタクト/マヨネーズ/小さなボール/ファン・ジニ/ボリウルの夏/見知らぬ国で/他
【本渡第一映劇】 5/1~6/29「天草ロケ『のさりの島』&スタッフ・キャスト参加作品」…のさりの島/痛くない死に方/いつくしみふかき/銀座の恋人たち/佐々木、イン、マイマイン/his
【鹿児島 ガーデンズシネマ】 4/26~29「11周年感謝祭」…バーフバリ 伝説誕生/バーフバリ 王の凱旋/ぶあいそうな手紙/今日もどこかで馬は生まれる

◎日本の労働映画百選

 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
 https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

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