【視点】
米中・中露首脳会談は世界的勢力再編の分水嶺になった
ー世界は静かに中国に傾きはじめた(レイ・ダリオ)ー
久保 孝雄
はじめに
5月に相次いで行われた米中、中露首脳会談について手元にある紙、誌から見出しを拾ってみた。
・すがるトランプ、突き放す習近平(日経、5.17)
・中国ペースに「対等」と自信(朝日 5.16)
・「独り勝ち」習近平の高笑いー自滅する米欧と日本の孤立(『選択』6月号)
・米中関係は「冷和・cold peace」の時代へ(呉軍華 朝日 6.2)
・中露、米の「弱肉強食へ回帰」に警告ー中露首脳会談(日経 5.21)
・習氏「米国の世紀衰退」を演出、米のG2論に対抗軸 (日経 5.21)
また昨年末から今年6月までに中国を訪れた諸外国首脳を並べてみる。
フランス・マクロン大統領 韓国・李在明大統領 台湾・鄭麗文国民党主席 カナダ・カーニー首相 イギリス・スターマー首相 ドイツ・メルツ首相 スペイン・サンチェス首相 ベトナム・トーラム国家主席 アメリカ・トランプ大統領 ロシア・プーチン大統領 パキスタン・シャリフ首相 セルビア・ブチッチ大統領 アブダビ(UAE)ハーリド皇太子 タジキスタン・ラフモン大統領 モザンビーク・チャボ大統領 ラオス・トンルン大統領(もれがあるかも知れないが以上16カ国・1地域の他にグテーレス国連事務総長やゲオルギエバIMF専務理事など国際組織の代表も訪中している)
以上のメモから3つの論点が浮かび上がってくる。
第1に中国は果たして米国を上回って世界一の大国になったのか。米国を上回る国力や国際社会での存在感をもつ大国になったのか。
第2は米国覇権崩壊後トランプが唱えるG2(米中)論とこれを否定した習近平が強調する新型大国間関係はどう違うのか。
第3はなぜ数ヶ月の間にこれほど多くの国の首脳が中国を訪れたのか、である。
■【第1】
中国は実質的国力で世界ナンバーワンになった
まず第1の点だが、米中首脳会談における両首脳の発言や所作動作を見ると、トランプ大統領に対し習近平主席が対等または対等以上に振る舞っていたことが見て取れる。それはおそらく両国の力関係が9年前(2017年)のトランプ初訪中の時と異なり、中国が多くの面で急速に米国に追いつき、対等または対等以上の国力を身に付けてきたことを反映していると思われる。因みに2017年の名目GDPは米国19.4兆ドル、中国12.2兆ドルで、中国は米国の62%だった。軍事力でも科学技術や国際社会での信頼度でもまだ開きがあった。
現在はどうか。為替レートで見たGDPはアメリカ32.4兆ドルに対し中国20.8兆ドル、まだアメリカの64%程度でアメリカが中国を上回っているが、購買力平価(PPP)で見るとアメリカ29兆ドルに対し中国38兆ドルで中国がアメリカの1.3倍になっている(以上IMF資料)。実質的な国力を表すものとして購買力平価を重視する米国中央情報局(CIA)のWorld Factbook 25によると中国33.6〜44兆ドル、米国25.1〜32.3兆ドルで、中国がアメリカの1.4倍になっている。購買力平価ベースではすでに12年前の2014年に中国はアメリカに追いついていたが翌年に追い越しその差が年々拡大、今や実質経済力は中国がアメリカを完全に上回ったと見ることができる。とくに金融至上経済に特化してきた米国は武器、弾薬の製造能力に直結する製造業は壊滅的で中国が米国の2倍の能力を持っている(伊藤貫『アメリカ帝国の衰亡と日本の窮地』)。科学技術分野でも重要論文数などで中国はアメリカを圧倒している(重要論文数世界ランキング 1位中国73,315、2位米国32,781 『コロンブス』5月号)。
関税戦争、貿易競争でも中国の完勝
「アメリカファースト」を目指すトランプは、25年4月国内産業の保護・育成を名目に日本やEUなど同盟国を含む世界に対して関税戦争を仕掛けたが、相互関税の応酬、輸入物価の上昇、サプライチェーンの分断、再編など世界経済に大きな負の影響をもたらした。最大の貿易赤字発生国であり、関税戦争の最大のターゲットである中国には145%という桁外れに高率の関税をかけたが、中国は「アメリカが関税戦争を仕掛けてくるなら中国は恐れず立ち向かう」(中国外務省)として一歩も引かずに対抗し、レアアースの供給停止を切り札にアメリカに譲歩させ、中国の完勝に終わった。
中国はすでに15年以上にわたって世界最大の貿易国であり、中国を最大の貿易相手国とする国も日本、アセアン、EUなど世界中で120カ国を超えている。アメリカでも常にトップ3に入っている。「アメリカの裏庭」と見られてきた中南米でもメキシコ、コロンビアを除く大半の国が中国を最大の貿易相手国としている。トランプが西半球から中国を排除しようと焦るのはこのためだ。
米国は軍事的覇権も失うーイラン戦争の敗北
アメリカは世界の軍事予算総額の40%を占める巨額の軍事費、世界80カ国に800ヶ所以上の軍事基地、11の空母打撃群などを擁し、米国の世界覇権を支えてきたが、今や至る所で限界を露呈し始めている。30年以上前から米中の軍事バランスはICBM、SLBM、極超音速ミサイルなどをはじめ徐々に中国有利に変化を続けており、この変化は米国国務省もペンタゴンもCIAも認めている。しかも「このような軍事バランスの変化は今後も続いていく」と考えられている。(伊藤貫 前掲書)。
とりわけ東アジアの軍事バランスは中短距離のミサイル数、戦術核弾頭数、潜水艦や空母などの艦船数、空軍力など、明らかに中国優位に変化しており、台湾独立運動にアメリカが軍事的に加担することはあり得ない。トランプも「米国から9500マイルも離れたところの戦争には興味がない」と発言している(米中首脳会談後記者団の質問に答えて)。したがって高市ら日米タカ派が煽っている台湾有事は起こり得ない。
この2月、アメリカは国際法を無視して、イランを空爆とミサイル攻撃で激しく先制攻撃し、最高指導者の暗殺を含め甚大な被害を与えたが、1発45億円もするミサイルを多数発射するなど、膨大な戦費を消耗したにも関わらず、ホルムズ海峡の封鎖という世界経済運営の急所を抑えられて石油価格の上昇、物価高騰が続き、戦争継続がままならず、イランに有利な条件で鉾を収めざるを得なかった(サッカーに例えれば4-1でイランの圧勝 鈴木一人東大教授 朝日6.19)。アメリカが打ち込んだミサイルの数を復元するには最低4年はかかるという。クウェート、カタール、UAE、バーレーンなど湾岸諸国に張り巡らされた13の米軍基地はすべてイランの攻撃で破壊されてしまった。米軍基地を置くことで安全保障の盾にしようとしていた湾岸諸国は、これを機にアメリカ離れとイランへの接近を検討せざるを得なくなった。
米国の国際的信頼度も低下
国際関係においても、これまでアメリカはNATOやEUとの緊密な関係をバックに西側を代表してきたが、ウクライナ戦争やイラン戦争を通じて米欧の足並みが乱れ、イラン戦争に非協力だったEU諸国を批判し「NATOは張子の虎」と断じたトランプ発言に見られるようにNATOは解体の危機にあり、長い歴史と経緯を持つ米欧同盟には深い亀裂が入っている。欧州は防衛費の増額などで米国を繋ぎ止めようとしているが米国には欧州防衛に力を貸すだけの力はもうない。
今年に入ってからベネズエラ大統領の拉致、イラン戦争、キューバ圧迫、カナダ、グリーンランド併合意欲などトランプは力任せのやりたい放題で、世界はまさに「弱肉強食の世界」(習近平)、帝国主義時代への逆戻りと言われるようになった。「トランプ大統領の振る舞いは、世界の人々が抱いてきた世界秩序を主導するリーダーとしての米国像を根底から変えた」(日経6.24)。この4月、米国の調査機関ギャラップが世界130カ国以上を対象にした世論調査結果を発表したが、それによれば「世界での指導力は中国の方が米国より上」という結果が出た。アメリカの評価はとくにドイツ、イギリス、カナダで大幅に低下した(日経 前出)。
■【第2】
G2か、新型大国間関係か
米国は25年12月国家安全保障戦略(NSS)を発表した。この中で世界覇権の座は降りるが西半球をアメリカの排他的勢力圏とし、外部勢力(主に中国)の進出を排除することを鮮明にしたが、他方東半球での中国覇権は認めているようでもある。昨年10月韓国の慶州で開かれたAPEC首脳会議の際、トランプは習近平と会談したが、これをG2首脳会談と呼び、米中2国で世界を仕切っていこうという考えを示した。最初にG2論を中国に持ちかけたのは、2009年に訪中したオバマ大統領だったが、この時温家宝首相は「中国はまだ発展途上国である」として同調を拒否した経緯がある。
今回も中国は「今や多極化の時代を迎え、1つや2つの国が世界を支配する時代は終わった」として、「トゥキディデスの罠」を乗り越える新型大国間関係―No.1とNo.2が戦うのではなく、世界の平和と安定のため協調、協力する責任ある大国間関係を築くべきだと主張している。今回の米中首脳会談でも習近平主席は冒頭の挨拶の中で「トゥキディデスの罠」を乗り越えようと呼びかけ、「建設的戦略安定関係」を提唱した。
西側に立ちはだかる中露結束
トランプが去った数日後、プーチン大統領が北京に入った。習近平主席はトランプ大統領の時と寸分違わぬ儀仗隊の栄誉礼をもってプーチンを迎え、結束の強化と多極化の推進で合意した。この席で習近平は「米国の世紀の衰退」に言及したらしい(日経 5月21日)。
米中の力関係の変化にはいま述べたもう一つの背景がある。中露関係の結束強化だ。西側はさまざまな形で中露離間を図ったが成功せず、中国は軍事的コミットは避けつつもロシア産石油の輸入、各種部品の輸出などを通じてロシアを支援している。この1年で習近平主席とプーチン大統領は対面で2回(昨年8月天津の上海協力機構会議、今年5月のプーチン訪中)、オンラインで2回会談しており、この結束は「史上最高」「中露関係はいつも春」(プーチン)とされている。この中露結束の前には米国もNATOも手が出せない状況だ。
「世界ナンバーワンは中国だ」ミアシャイマー・シカゴ大教授
アメリカの著名な国際政治学者ミアシャイマー教授(シカゴ大)は「アメリカの覇権は終わり、中国がアメリカに代わって世界ナンバーワンの地位を占めるべきだ」と主張している。急速に台頭する中国を力ずくで抑えようとすれば、破滅的な戦争になりかねず、中国とは「競争的共存」を目指すべきだとしている。ハーバード大学のグレアム・アリソン教授も米国は世界ナンバーワンに固執することなく、中国の台頭を認め、「建設的競争」を受け入れるべきだと主張している。カーネギー財団国際問題研究所が行った世論調査でも、ほぼ3分の2の国民が中国の国力はアメリカを上回っていることを認めている(以上学者発言などを含めAIによる検索)。
アメリカは今年建国250周年で、トランプは「今やアメリカの黄金時代の始まり」と宣言し、共産主義との戦いに勝利してきたことを誇ったが、格差や分断といった深刻な国内問題には触れず楽観的展望を語った。しかし最近のギャラップの調査によれば米国民の80%近くが建国者たちは米国の現状に「失望しているだろう」と答え、「米国人であることを誇りに思う」人も53%で「歴史的低さだった」(西村博之 日経7.9)。
これに対し米中首脳会談後の晩餐会で習近平は「5000年の歴史と14億の国民を有する中国と、250年の歴史と3億の国民を有する米国」とを対比しながら両国の友好、協力の重要性を強調したが、この対比には習近平の並々ならぬ自信と民族的矜持が感じ取れる。
■【第3】
「世界は静かに中国に傾いている」(レイ・ダリオ)
世界的に著名な投資家で、2008年の世界的金融危機を予言したことで有名なレイ・ダリオが著書『変わりゆく世界秩序』(原題は The Changing World Order 日経BP社で邦訳あり)の発行に合わせ「いま世界は静かに中国に傾いている」と書いたのは今から6年前の2020年5月だった。今はその時以上に「世界は中国に傾いている」。去年から今年の前半にかけて16カ国1地域の首脳や国際機関の代表たちが相次いで北京を訪問しているが、これほど多くの国々の首脳が中国を訪れているのを見ると、今や世界の中心はワシントンから北京に移り始めた感がある。
トランプの気まぐれで予測不可能な政治、外交の展開でアメリカは世界的に不信を買っているのに対し、中国はいかなる戦争にもコミットせず、主権尊重、平等互恵、国連憲章遵守、多国間主義などを旗印に和解と仲裁の平和外交を展開している。
スイスのダボス会議のアジア版とも言うべき「夏期ダボス会議」(毎年大連と天津で交互開催、80〜90カ国から政財界人2000人が集まる)、清華大学主催の安全保障に関する「世界平和フォーラム」(毎年80カ国以上から数百名の学者、外交官などが集まる)を開催したり、文明間対話集会、国際見本市などを定期的に開催し、経済交流、国際理解と親善を強化することに貢献している。また、一帯一路の事業で経済的に立ち遅れた沿線国の経済発展を支援するとともにユーラシアの東西交流を拡大することを目指しているし、海のシルクロード事業では東南アジア〜アフリカ航路のほかペルーの首都リマ北方にチャンカイ港を開くなどアフリカや中南米諸国との交流強化を進めている。
最近あまり言わなくなったが、中国は自らを発展途上国と規定してきたのでBRICSはじめグローバルサウスの側に立ってグローバルガバナンスの改革を進め、世界の政治、経済における存在感と発言権を強化することに努めている。世界の多くの国々が中国訪問を続けているのは、中国が世界最大の市場でビジネスチャンスが豊かだというだけでなく、こうした地道な活動で世界の信頼を獲得しているからだと言える。これからも世界は静かに中国に傾き続けるだろう。
(7月10日までの動きをまとめた)
(アジアサイエンスパーク協会名誉会長)
(2026.7.20)
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