【視点】

表現の自由とリベラル派

岡田 一郎

 季刊『社会運動』2026年1月発行の461号に掲載された拙稿「新しいリベラルとは何か」において、私は橋本努と金澤悠介の著書を紹介する形で、日本の有権者には意外とリベラルな価値観を有する者が多く、保守的な価値観を有する者は少ないことを論じた。しかし、今年(2026年)2月8日に実施された総選挙では、保守的とされる高市早苗総裁を擁する自民党が歴史的圧勝を収め、中道改革連合が議席数を3分の1以下に激減させるなど、リベラル勢力は歴史的惨敗を喫した。有権者の多数はリベラルなのに、リベラルな有権者が保守政党を支持するという矛盾がどうして発生したのだろうか。

 私は一介の市民としてここ十数年ほど、表現の自由を重視する人々(以下、表現規制反対派と表記する)の動向を見てきたが、そんな自分からすると、リベラルな人々が保守政党である自民党を支持するのは私的には腑に落ちることである。

 時間を2010年まで戻そう。2010年、当時、東京都知事だった石原慎太郎は東京都青少年の健全な育成に関する条例の改正案を都議会に提出した。この改正案は漫画・アニメ・インターネットの規制を強化し、表現の自由を侵しかねない条項を含んでおり、若い世代を中心に大規模な反対運動が起きた。当時、都議会は民主党・共産党・生活者ネットワークといった石原野党が多数を占めており、改正案に反対するよう野党議員に手紙などで呼びかける運動が大規模におこなわれた結果、改正案は否決された。その後、民主党の尽力で改正案を穏当な内容にした案が自民・公明党といった石原与党と民主党の賛成によって可決された。この時点で、自民党・公明党は「青少年の健全育成」を掲げて表現規制反対派と対峙し、民主党などリベラル派が表現規制反対派に味方するという構図であった。

 この構図に変化が生じたのが、2015年の安保法制をめぐる政界の動きである。当時の安倍晋三首相は安保法制を衆議院で通過させたものの、野党の猛反発を浴び、院外でも激しい反対運動が起き、与党以外の支持を必要としていた。このとき、日本を元気にする会(みんなの党が解散した後、一部のみんなの党関係者が創設した党)が中心となり、「例外なき国会の事前承認」を義務付けることを柱とした修正案を国会に提出した。安倍首相はこの修正案に乗る形で安保法制を参議院でも通過させることに成功した。このとき、修正案づくりに尽力した1人が2012年に参議院議員に繰り上げ当選し、表現の自由を掲げて表現規制反対派から支持を集めていた山田太郎であった。以後、山田は安保法制可決に手を貸したとして、リベラル政党支持者の一部から敵視されるようになった。そして、山田の支持者もまた一部のリベラル政党支持者から敵視され、「表現の自由戦士」などと揶揄されるようになった。

 山田は2016年の参議院議員選挙で落選するものの約29万票を獲得し、ネットのみの選挙で大量得票したと注目された。この山田のネット選挙に着目したのが自民党である。自民党は早速、山田を招いてネット選挙の極意を学ぶ一方、山田もまた、自民党に対する働きかけを強めていく。この過程で自民党は重視していた「青少年の健全な育成」というスローガンを次第に弱めていった。2017年の総選挙ではみんなの党時代、山田と共に表現の自由のために活動していた三谷英弘が自民党に鞍替えして再選を果たし、山田も2019年の参議院議員選挙で約54万票という大量得票で再選した。この時点で表現規制反対派から見れば、自分たちの味方は自民党であり、リベラル派は自分たちを「表現の自由戦士」と揶揄する敵となってしまったのである。

 さらに、表現規制反対派の反感をかったのが、リベラル派による「○○の表現は××の差別につながる」という指摘だった。特に、漫画・アニメの表現やアニメ的なキャラクターが女性差別につながるという指摘は表現規制反対派の猛反発を招いた。もちろん、リベラル政党にも表現の自由に理解を示す政治家はおり、そういった政治家を支持する表現規制反対派にも数多くいたが、リベラル派に対する嫌悪感がそれを上回るようになった。こうして、表現規制反対派は次第に自民党支持に傾斜していき、反リベラルの姿勢を打ち出すようになる。

高市首相の姿勢が表現規制反対派の警戒心をやわらげる

 実は高市早苗首相はかつて、児童ポルノ禁止法に漫画・アニメの影響を調査する条項を盛り込もうと活動したことがあり、表現規制反対派から警戒されていた政治家であった。しかし、山田が自民党で台頭するようになったころから、自民党が「青少年の健全な育成」というスローガンを弱めていったように、高市も漫画・アニメの規制を口にしなくなった。そして、自らが首相となると自他共に漫画・アニメ好きと認める小野田紀美を経済安全保障担当大臣に抜擢し、クールジャパン戦略を担当させた。外国人受け入れに厳格な小野田はリベラル派には評判が悪いが、表現規制反対派には大変人気のある政治家である。こういった高市の姿勢が表現規制反対派の警戒心をやわらげ、高市内閣支持を盛り上げる一環となったのは想像に難くない。

 表現規制反対派は本来、表現の自由をはじめとする自由権を尊重する人々であり、政治信条的にはリベラルといえる。しかし、リベラルである表現規制反対派からみると「青少年の健全な育成」を口にしなくなり、山田・三谷・小野田などを重用する自民党がより親和的に見え、本来、親和的なはずのリベラル派が敵に見えてしまっているのである。こういう倒錯した関係は表現規制反対派に限らず、若者世代などでも見られるのではないか。

 若者の右傾化が言われて久しいが一方で若者はよりリベラルな価値観を身につけているという分析もある。そういう若者がリベラル政党を支持せず(中道改革連合をはじめとするリベラル政党への若い世代の支持は低い)、自民党や保守政党を支持する背景には、若い世代の価値観を保守政党が巧みに取り入れる一方で、リベラル派が若者の価値観をどこかで排除しているという構図がありはしないだろうか。

※この記事は許諾を得て季刊『社会運動』(2026年7月発行)から転載したものです。文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。
季刊『社会運動』2026年7月発行【463号】特集:非暴力 非戦・平和のための選択  https://cpri.jp/8878/

(2026.8.20)
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