【視点】フランス便り(40)

視界不明となったEU

(1)トランプ政権とEU、
(2)難民・不法入国者とポピュリスト・極右勢力の台頭
鈴木 宏昌

 現在トランプ政権の大嵐がEU諸国を襲っている。毎日のように発表されるトランプ大統領の発言にEU首脳は右往左往し、どう対応できるのかを探っている。何しろ、トランプ政権は、これまで多くの人が信じてきた自由貿易、多国間協調、人道主義と国際法、国連の尊重といった国際秩序に挑戦し、アメリカの国益を優先する路線を明確にしている。アメリカが民主主義の盟主と考えていた多くのEU首脳は、力の政治しか頭にないトランプ政権の行動に慌てている。

 第2次大戦後、80年続いたEUとアメリカの協調関係は過去のものになりつつある。まだ、多くの人はアメリカが戻ってくるという甘い幻想をいだいているが、EU首脳陣はアメリカ抜きのヨーロッパやEUを模索し始めている。EU諸国はウクライナの問題、トランプ政権が仕掛ける貿易戦争、そしてアメリカ抜きのEUの安全保障というとてつもない大問題に取り組まざるを得なくなっている。

 これまで、アメリカの傘でEU諸国の安全は守られていると多くの人が確信していただけに、今回のトランプ政権の「裏切り」にEU首脳は対策を考え始めたところなので、今後どう転ぶかはまったく予測できない。そのようなEUと加盟国の置かれた状況を(1)で伝えてみたい。
 次に、中・長期的にはEUにとってより深刻なポピュリスト・極右勢力の台頭に関して考えてみたい(2)。私は、EUの将来にとって最大の脅威は加盟国におけるポピュリスト・極右勢力の拡大ではないかと思っている。

 ポピュリストの定義は難しいが、庶民の不平や不満を政治の舞台に表わす政治集団と考えることはできる。いつの時代にもどこにでも統治者に対する不満はあるが、それを代弁し、一定のイデオロギーとしたことが、多くの先進国でポピュリスト政党が勢力を拡大している理由だろう。
 イデオロギーとしては、国際秩序よりは国益の優先、倫理的な正義などを謳う政治エリート層に対する反発、そして増え続ける移民・不法入国者への反発などがある。ドイツやフランスの場合、さらに宗教の異なる外国人の増加により、治安の問題あるいは自分たちのアイデンティティが失われるのではないかという漠然とした不安もある。そして、このような不満をポピュリストで極右の政党がうまくすくいあげていると考えられる。
 各国でポピュリスト政党の標的はかなり異なるが、EU諸国で共通しているのは、移民排斥と国益の優先、すなわちブリュッセルのEU官僚に対する反発がある。国益の優先は、すでに政権を担当しているイタリアのメロー二やハンガリーのオルバン政権のように、かなりニュアンスが異なっているので、この稿では、もう一つの共通項であるEUにおける移民問題に絞って検討してみたい。

(1)トランプ政権とEU

 トランプ大統領が就任してからわずか2ヶ月に満たないが、その破壊力はすさまじく、EUはその嵐の中にある。いまだにEU諸国の首脳はこの傍若無人なトランプ政権対し、EUとしてどう対処できるのかを模索している。多分、多くのEU首脳は、有名なカエサルのセリフと伝えられる「ブルータス、お前もか?」というのが本音だろう。

 裏切り行為の1番目は、2022年のプーチン大統領のウクライナ侵攻だった。1990年に冷戦が終わり、ヨーロッパからは戦争はなくなったと多くの人が信じ切っていた。とくに、ドイツはシュレーダー首相以来、ロシアとの経済交流が活発で、その強力な製造業を裏で支えていたのがロシアの安価で豊富な石油や天然ガスであった。そのため、ドイツの歴代の首脳は、ロシアが深くEU経済の中に組み込まれていて、次第にロシアは政治的にも普通の国になると考えていた。
 その象徴は、ロシアとドイツを直接結ぶ天然ガス用のパイプライン Nord Stream 2 の建設だった。この巨大なプロジェクトは2022年にはほぼ完成していたが、ロシアのウクライナ侵攻で停止され、その後、バルト海でそのパイプラインが爆発され、この一大プロジェクトは放棄された。
 それだけに、多くのEU首脳にとって、ロシアのウクライナ侵攻はあり得ぬことが起こったと感じたと思う。このロシアのウクライナ侵攻は、プーチン大統領が、国際法や国際協調といった原則を無視し、弱いウクライナを属国にしようとするロシアの帝国主義の一環とみなし、EUはアメリカとともに、ロシアの経済制裁を行ってきた。

 そこへトランプ台風である。就任してからわずかに2ヶ月にしかならないが、そのEU諸国へ与えた影響は莫大である。これまでアメリカはNATOで結ばれた同盟国であり、1945年以降、一貫して自由の世界のかなめであった。冷戦の時代にヨーロッパで戦争がなかったのは、アメリカの核兵器という盾があり、EU諸国に万が一のことがあれば、必ずアメリカが助けに来てくれると多くの人が信じていた。ところが、トランプと副大統領のバンスはNATOへの参加を問題視し、EUからの輸入に対し大幅な関税引き上げを行うと発言した。
 その上、ウクライナに関する和平交渉を、ウクライナやEU抜きで頭越しにプーチンとの直接交渉で解決しようとしている。EUの首脳にとっては、第2次トランプ政権の一連の動きは、EUへの「裏切り」行為なので、「ブルータス、お前もか?」となる。

 もっとも、アメリカ側から見れば、まったく異なった見解が可能である。EUは長いことアメリカの傘という安全保障に安住し、軍事費を削り、社会保障や福祉に予算をつぎ込んできた。ウクライナの戦争はEUにとって大きな問題だが、アメリカにとっては遠い国の話で、そこになぜ巨額の資金を投入しなければならないのか? いくらプーチンという独裁者から民主主義を守るとためとEU首脳が説教しても、トランプ大統領などは、自分の家も守れないEU諸国の愚痴でしかないと思っているのではなかろうか?
 もしアメリカから見放された場合、EUはどうしてプーチンのロシアという脅威から防衛するかという安全保障の問題が避けて通れなくなる。長年平和に慣れていたEU諸国はひたすら軍事費を削り、社会保障や福祉の充実にお金をつぎ込んできた。そのため、ほとんどの国は実践可能な軍隊を持っていない。現在、欧州で、一定の抑止力を持つ軍隊を持つ国は、イギリス、フランス、ポーランド、スウェーデンぐらいと言われている。ドイツは、一定の軍事産業を持っているが、長年親ロの政策をとってきたこともあり、軍の装備は貧弱とみられている。

 トランプ大統領就任以降、マクロン大統領、イギリスのスターマー首相、ドイツの次期首相と目されるメルツ氏、EUのフォン・デア・ライエン委員長などの首脳会談が頻繁に行われ、問題の緊急性が意識されている。とは言え、多くの国の再軍備には巨額の資金と軍事産業への大型投資が必要なので、EUあるいはEU主要国が一定の防衛力を持つまでには相当の時間が必要であることは間違いない。マクロン大統領は最低10年と述べたが、フランスの専門家は、EU内の軍事産業の育成などを考えれば、それ以上の期間が必要とするとしている。
 フォン・デア・ライエン委員長はEU独自の防衛力を提唱しているが、この問題は各国の主権と密接に絡むので、現実的ではないだろう。多分、ドイツ、フランス、それに加えてイギリスが防衛力を強化し、その他のEUの小国と協定を結ぶことになるのだろう。
 トランプ政権が本格的にEUに背を向ける事態になれば、EU諸国の防衛力の強化は最優先の政治課題になる。そのカギを握るのは、やはり、高度の技術と産業、そして資本を持つドイツの意向がカギになると考えられる。ドイツは何回となくロシアと戦った過去を持つので、今ロシアの脅威を直接感じる人も多いのではないかと想像する。ドイツが本格的に軍の再建に乗り出せば、核兵器をのぞけば、かなり短期に軍事産業の振興と防衛力の強化が実現する可能性もある。ともかく、プーチン、トランプという似た者の圧力で、EUには緊急に大きな変革が求められている。

(2)EU諸国におけるポピュリスト・極右勢力の台

 リベラルなフランスの週刊誌 express の論説は、「1970年にEU(当時EEC)に関して問われたキッシンジャー国務長官が、EUの電話番号は何か?皮肉った」という逸話を引用し、EUの本当の指導者がいないことを指摘した。一応形式的には、ポーランドの首相トゥスク氏が6ヶ月の間EUを代表することになっているが、半年ごとに変わる代表では外交交渉の相手にはならない。
 昨年の12月に再選されたフォン・デア・ライエン委員長はEU行政のトップだが、自由になる予算は限られている上に、重要課題は、加盟国の首脳が集まるEU理事会の決定を仰がなければならない。とすると、EUの顔は経済力のあるドイツの次期首相メルツ氏か、それとも雄弁なフランスのマクロン大統領だろうか?
 戦争や大災害といった有事には、どんな国あるいは組織でも、確固たるリーダーがなければ、市民を守ることはできない。ところが、現在のEUの機構は権限の分散の権化と言える。EUの最高決定機関は各国の首脳が集まるEU理事会だが、多くの重要決定には27ヶ国の賛成が必要である。そのため、重要な政策やEU法は、EU委員会、欧州議会、EU閣僚理事会、EU理事会という重層な交渉が必要であり、決定までには数年あるいは10年という期間が必要となる。

 ところが、EUの置かれた内外の状況は最近大きく変化した。まず、中東やアフリカなどからの移民・難民が増え続け、EUへの入口となるギリシャやイタリアが難民・移民の申請者の処理で悲鳴をあげている。もちろん、不法入国者の中には、国際法で認められている政治難民も含まれるが、その多くは豊かなEUを目指す経済難民であることは間違いない。いろいろなルートで入国し、次第に定着する移民・外国人が増え、目立つに従い、庶民の漠然とした不満がポピュリスト・極右勢力の伸長とつながっている。
 すでに、ハンガリーやイタリアでは、ポピュリスト・極右の政権が成立し、ブリュッセルのEUに圧力をかけている。フランスでは、極右のマリーヌ・ルペンが国民議会の第1党となり、虎視眈々と次の大統領選挙を狙っている。今回のドイツの選挙でも、極右のAEDがシュルツ首相が率いた社会民主党を大きく上回る20%の投票を獲得し、その影響力を増している。これらのポピュリスト・極右政党は難民・不法入国者の取り締まりの強化を主張し、EU内の人の移動の自由を認めたシェンゲン協定からの脱却を政治目標としている。

 このシェンゲン協定は、最初はドイツ・フランス・ベネルクスの5か国で1985年に署名され、1995年に発効したもので、現在では、25のEU加盟国やスイス・ノルウェーなども加盟する広大な地域となっている。この圏内では、原則的に国境管理は廃止されたので、不法入国者と言えども、一旦EUへの入国に成功すれば、他の国へ移ることが可能である。実際に、その昔は、難民・不法入国者はいろいろな国で難民申請を行い、各国の難民受付の機関が書類の山で追われていた。そのような複数の難民・移民の審査を簡素化し、最初にEU圏内に上陸した国が審査を行い、その文書を各国で共有する原則を打ち出したのがダブリン協定である。
 このダブリン協定は、シェンゲン協定の締結国間で、難民関連の書類を共有する目的で1990年に採択された。その骨子は、家族が一定の国に住んでいる場合(例えば、ドイツ、フランス)を除けば、最初に上陸した国が窓口となり、難民・移民の審査を行うことが定められた。これに対し、イタリア・ギリシャ・スペインなど難民・不法入国者が集中する国は協定の根本的な変革を求めているが、各国の利害調整できず、今日まで来ている。

 その上、不法入国者の多くは、すぐに他国に移ってしまう人も多く、ダブリン協定に従って手続きをする人は少数とみられている。なお、難民申請の手続きは何ヶ月も要し、その間には仮申請受付の書類が渡され、一種の身分証明となり、他国への移動が可能となる。
 また、EUは、難民・不法入国者の大量の流入を避けるために FRONTEX と呼ばれる警備組織を2004年に設け、一種の要塞としてEUを守ろうとしている。この警備機関が地中海などで、不法入国を試みる船などの警備を当たっている。さらに、EUはトルコやチュニジアなどに巨額の金を支払い、不法入国者の流れを絶とうとしている。
 それでも、政治不安の続く中東・アフリカからの難民(実際には、経済難民が多い)の波は続いている。EUの統計では、2023年に難民申請をした人は約100万人で、約500万人がEU圏外の国籍の居住者となっている。

 難民・移民の増加は多くの国で社会的な緊張をもたらしているのは間違いない。ドイツの選挙では、シリアからの難民のテロ行為があり、治安の問題が選挙の大きな争点になった。また、ドイツやフランスなどでは、経済の停滞から、自分たちの生活水準が次第に低下しているという漠然とした不安を中産階層が持ち、外から入ってきた人を警戒したり、排斥したりする。そして、イスラム・テロなどの事件が起こると、ポピュリスト・極右の政党が煽り立て、外国人排斥につながっている。

 現在までのところ、ポピュリストで政権の地位についているのはハンガリーとイタリアのみだが、かなりの国では極右政党の伸びが著しいので、近い将来いくつかの国でポピュリスト政権ができる可能性がある。フランス、オーストリア、東欧のいくつかの国ではそのような危険はかなりありそうだ。また。政権獲得までは行かなくとも、保守・極右政党が伸びることは、難民や移民の受け入れ規制につながる。すでに、オランダやデンマークなどで、難民・移民の規制を強化している。

 ポピュリスト・極右政党は、トランプの行動を今後モデルとするかもしれない。トランプの共和党は、上院・下院の過半数を占めているほか、司法の頂点である最高裁の多数を握っている。その上、FBIや軍隊も掌握しているので、ほぼ独裁の形である。
 フランスなどでは、3権(司法・立法・行政)の独立を民主主義の主要な条件とみなし、司法の独立をもって法治国家と考えているが、トランプのように、議会を抑え、軍隊と警察権を握った場合、司法は弱い。どうもその点でも、トランプ政権がEUに与える影響は大きく、今後ポピュリスト・極右勢力動きには警戒が必要である。
 もし、将来、ドイツやフランスなどのEU主要国にポピュリスト・極右政権が成立した時は、EU建設という壮大な経済と政治の実験が終わりを告げることになるだろう。

  早稲田大学名誉教授、2025年3月14日、パリ郊外にて

(2025.3.20)
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