アフリカ大湖地域の雑草たち(61)
赤道直下の米国エボラ隔離施設―
大賀 敏子
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I のどかな地方都市の抗議デモ
マウント・ケニアのふもと
ケニア中央部ナニュキ(Nanyuki、ライキピア郡)は、ほぼ赤道直下、標高1900メートルの高原都市だ。7万2000人ほどが、冷涼な気候と豊かな緑のなかで暮らす(人口は2019年データ)。もし近くを通ることがあるなら、市内の安食堂のベンチで一息入れるといい。目の前には、雪をいだいたケニア山の山頂群がどーんとそびえる。その美しさに言葉を失う(写真ケニア山、ウィキペディアから転写)。

こののどかな地方都市の特徴の一つは軍事施設が置かれていることだ。ケニア空軍基地とBritish Army Training Unit Kenyaがある。
(註)本稿は、執筆・提出時(2026年6月15日現在)入手可能な情報に基づくもので、その後の事態の伸展は反映されていない。
抗議デモ発生
そんなナニュキで、2026年6月1日、抗議デモがあり、治安部隊との衝突で少なくとも2人が亡くなった。アメリカ政府がケニア政府との合意のもとに設置しようとしている、エボラ出血熱隔離施設に対する抗議だ。
報道によると、問題の隔離施設はケニア空軍基地内に置かれ、エボラウィルスに暴露した米国関係者の受け入れを想定したものとされている。ケニアのルト大統領は、ケニア人やアメリカ人以外の外国人も受け入れると述べたが、米国側の確認は取れていないとのことだ(ロイター、2026年6月2日、「ケニアの米エボラ施設、裁判所が差し止め 抗議デモで2人死亡」)。
エボラ出血熱
エボラ出血熱はエボラウィルスによる感染症だ。ちょうど50年前の1976年、当時のザイール、いまのコンゴ民主共和国で発見された。発症はまれだが、感染すると致死率は30~50パーセントで、感染者の体液などに接触することで感染する。2014~2016年、西アフリカで、これまでで最大規模の流行があった。
今回の流行はブンディブギョ株で、WHO事務局長は、2026年5月17日、これをa public health emergency of international concern (PHEIC), as defined in the provisions of IHR(国際保健規則に基づく国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)に当たると決定した(World Health Organization, Disease Outbreak News, 21 May 2026 “Ebola disease caused by Bundibugyo virus – Democratic Republic of the Congo)。よく知られるザイール株と異なり、ブンディブギョ株への有効なワクチンは未開発である。
エボラという名は、これが発見された地(ザイール赤道州Yambuku)の近くを流れるエボラ川から、ブンディブギョという名は、2007年これが最初に流行したウガンダのブンディブギョ県から、それぞれとったものだ。
本稿執筆時点で、ケニアで感染者が確認されたという情報はない。
II NIMBYだけではない
即座に提訴・仮差し止め
ケニアにアメリカのエボラ隔離施設を設けるという知らせは、多くのケニア人にとって寝耳に水だった。米国メディアから最初に情報が流れ(5月28日)、これを両政府がそれぞれ後追いで認めたという形だったためだ。ケニア庶民からすれば、NIMBY―迷惑施設をうちの裏庭には持ってこないで―と反発する気持ちもわいてくる。
報道が伝わるや否や、法律関係団体は、ケニア政府を相手取り、アメリカ政府とのこの動きは違憲であるとして提訴し、これを受けたケニア裁判所は、同日、仮差止めを命じた(Milimani High Court Case Number HCCHRPET/E333/2026, 1st Petitioner: Katiba Institute – Versus – 1st Respondent: State Law Office)(5月28日)。
6月2日審理が行われ、仮差し止めが延長された。つまり、これを書く2026年6月15日現在、隔離施設の設置・運営の一時停止を命じた裁判所命令は有効である。
ケニアを海外検疫拠点に?
原告側の主張は次のようにまとめられる(HCCHRPET/E/2026)。
「信頼できる報道によると、ケニア・米国間で、エボラウイルスやそのほかの高感染症疾患に暴露されたアメリカ人のために、ケニアにおいて検疫施設を設置することについて詳細な協議が行われ、ケニア政府も進行の準備が整っていることを確認しており、これは、実質的にケニアを外国の海外検疫拠点として位置付けるものである」
「この動きは、マルコ・ルビオ米国国務長官による、米国外交政策の主目的がエボラウイルスの米国への侵入を防ぐことであると強調した公けの発言に続くものである。これに応じて、ケニアが代替の封じ込め拠点として選択されたようであり、これにより感染症リスク管理がケニア領土に外部化されることとなっている」
「問題となっている取り決めは、透明性を欠き、憲法上の説明責任、市民参加、議会による監督、健康、環境、安全への影響についての完全な開示もない形で進められている。きわめて高いリスクがあるにもかかわらず、環境・健康アセスメントが実施されたというさらなる兆候もない」
こうして原告は、懸念をNIMBYにとどめず、憲法論で被告―ケニア政府―に挑戦している。
資料を出しなさい
6月2日の公判で、裁判所は政府に対し、合意内容の開示を求めた。いったい何を合意したのかが詳らかになれば、米国以外の国籍者も受け入れるのか、地域への環境衛生上のアセスメントはしたのか、隔離のみならず治療もするのかなど、種々の疑問への回答が明らかになることが期待されている。
6月後半にも次の審理が予定されている。
III 二国間協定
どこよりも早く調印
アメリカ・ファースト・グローバル・ヘルス・ストラテジー(America First global Health Strategy, September 2025)(2025年9月18日、米国国務省が発表)は、アメリカの健康保健分野での国際協力の基本方針だ。その名のとおりアメリカの国益を最優先とするもので、ストラテジー冒頭には「感染症が我が国に到達する前に阻止する」とのルビオ国務長官のメッセージがある。
それを確保する方法は、二国間ヘルス協定の締結だ。報道によると、2026年4月末時点で、数十ヶ国のアフリカの諸国がそれぞれアメリカとの二国間協定を締結、または協議中である。
ケニアは、2025年12月4日、どの国よりも早く締結に至った。
このケニア・アメリカ間協定と、問題のエボラ隔離施設は、法的には別個の問題であるが、関連して語られることが多い。この二国間協定締結もまた、ケニア裁判所で争われているためかもしれない。
これもまた係争中
二国間協定の名称は、ケニア・アメリカ健康に関する協力フレームワーク(Cooperation Framework between the Government of the Republic of Kenya and the Government of the United States of America on Health)である。HIV/AIDS、結核、マラリア、母子保健、感染症発生の監視と対応といった分野の施策に対し、2026年から2030年までにアメリカは最大約16億ドルの提供することを約束するものだ。
エボラ隔離施設のような抗議行動の報道は見当たらなかったが、裁判所は、調印後速やかに二件の申し立てを受理した(原告はそれぞれConsumer Federation of Kenya (COFEK)、Okiya Omtatah上院議員)。これを受け、高等裁判所は、2025年12月19日、この協定の仮差し止め(保全命令(conservatory order))、すなわち協定実施の一時停止を命じた。
いいことばかり
合意文書は公表されている。これによると、この協力により、検査システムが整備・強化され、監視と感染症発生時の対応能力が向上し、医療物資と訓練された医療スタッフが確保される。さらに、データシステムが整備・強化され、これによりデジタルヘルス改革を促進し、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)向上に資する、とある。
この協力を実施するために、ケニア政府は今後5年間にわたり国内の医療支出を、総額8億5000万ドルまで段階的に増加させる、ともある。
1日以内に通報
緊急時の対応について、調印された文書は具体的な目標(指標)を掲げている。そのまま引用すると分かりやすいだろう。
3.3 感染症アウトブレイク対応指標:
3.3.1 ケニア政府は、疾病発生から7日以内に、ケニアにおける流行の可能性のある感染症の疑いのあるアウトブレイクを検出する。
3.3.2 ケニア政府は、感染症アウトブレイクの検出から1日以内に、保健省および外務省を通じて米国政府に通知する。
3.3.3 ケニア政府は、通知から7日以内に、感染症アウトブレイクに効果的に対応するための関連する初期対応行動を完了する。これには、ケニアの対応に関して米国政府と協議することが含まれる。
データは戦略的資源
こうして見ると、いいことづくめである。緊急時に医療機関と外交機関が連携して、即座に初期対応をとる準備があれば、確かに、協定締結当事者双方に役に立つだろう。
だが原告側は、これに対し、次のように主張している―この合意が、医療機関が保持する機密データに対し、広範な外国によるアクセス(broad foreign access to sensitive data)を許してしまい、ケニアのデータ保護法で保障されたプライバシーの権利を脅かす。また、市民参加原則、議会による監視をそこない、財政圧迫につながる。
アフリカ諸国の中には、アメリカ政府と交渉を開始したものの、データシェアリングへの懸念を明確に表明して、締結に難色を示した国もある(ガーナ、ザンビア、ジンバブエ)。ワクチンへのアクセスなど利益配分が確保されるのか、といった疑問も呈されたという。
AI時代である。情報はどの国にとっても戦略的資源だ。
すぐれた医療研究機関
ケニアにはすぐれた医療研究機関が現存する。代表的なのはKEMRI(Kenya Medical Research Institute、1979年設立)、KNPHI(Kenya National Public Health Institute、2022年設立)で、前者は研究、検査、人材育成、後者は疫学監視、サーベイランス、緊急対応が強みだ。これらの機関はこれまでも国際協力で重要な役割を担い、健康データの国際的シェアも行われてきた。
ただしそれは、個別事業ごとの結びつきだった。これ対し、今回の二国間協定は、より包括的で、もっと踏み込んだものとなるのではないか―それが原告側の懸念にある。
裁判所は、その後2026年5月12日、判決を2026年10月30日に延期し、それまでの間、仮差し止めの効力停止(保全命令の効力停止)の暫定命令を出している。つまり、これを書くいま、裁判所は協定の執行を止めていない。10月の判決が注目される。
IV パートナーに頼まれたら
日本の貢献
エボラ隔離施設反対の声が高まるなかの6月4日、ルト大統領は施設建設の動きを擁護して、アメリカは長年の医療パートナーであり、その要請を拒否するのは非人道的だと述べたと報じられている(The Star, 4 June 2026, Ruto: Rejecting US-funded Ebola facility would be inhumane)。
だが、ケニアの健康保健施策には、これまで多くのドナーが貢献してきた。日本もそのうちの一つだ。日本政府は、上述のKEMRIに対し、半世紀近くにわたって、本部施設整備(いわゆるハコモノ)や人材育成の支援をしてきた。その結果、いまではKEMRIは東アフリカを代表する感染症対策の研究機関へと発展し、コロナ対応の例を挙げれば、PCR検査の中核的役割を担ったばかりか、他のアフリカ諸国で使用する検査キットの性能試験を委託されるなどの貢献している、という。
長年お世話になってきたパートナーのお願いなら受け入れてあげようよ、という理屈はわからなくはないが、それだけで、懸念をいだく人たちを説得できるのだろうか。
来年は選挙
ナニュキでは6月1日以降も抗議行動が起きている。ケニアは2025年初頭、USAID援助の事実上の停止で、医薬品不足などの混乱を経験した(オルタ広場2025年3月号拙稿)。外国、とりわけ大国の動きは人々の生活と福祉に少なからぬ影響をもたらすものだが、ケニアの政権はどう対応して国益と国民をまもるのか。
来年2027年は、ケニア大統領選挙の年である。
ナイロビ在住
参考文献
Ruling, 19 December 2025, Milimani Law Courts: Case number HCCHRPET/E816/2025: Okiya Omtatah Okoiti vs Foreign Affairs and International trade
Department of State, United States of America, America First Global Health Strategy, September 2025
U.S. Embassy Kenya, 8 May 2026, Remarks by Dr. Naomi Lucchi, Acting Program Director for the CDC Kenya Division of Global Health Protection, at the Kenya Health Security Convention, Mombasa
Health Policy Watch, 11 December 2025, Kenya’s High Court Suspends US Health Deal as Civil Society Urges African Leaders to Ensure ‘Fair Terms’
Government of the Republic of Kenya and Government of the United States of America, Cooperation Framework Between the Government of the Republic of Kenya and the Government of the United States of America on Health (2025)
AP News, 5 December 2025, US and Kenya sign first of what are expected to be dozens of ‘America First’ global health deals
Reuters, 28 April 2026, Exclusive: Ghana rejects proposed US health aid deal, siting data concerns, source says
The Independent, 11 June 2024, The pain of DRC’s past echoes into this new Ebola outbreak
JICA, Kenya: Cooperation toward Kenya Medical Research Institute (KEMRI)
Republic of Kenya Ex-Post Evaluation of Japanese Technical Cooperation Project “The Research and Control of Infectious Diseases Project in the Republic of Kenya” Hirofumi Tsuruta, Binko International Ltd., 4 March 2011
Aljazeera, 9 June 2026, Protests erupt in Kenya over US Ebola quarantine centre in Nanyuki
The Gurdian, 2 June 2026, ‘We don’t have another country to run to’: Kenyans fear US plan for Ebola quarantine site
(2026.6.20)
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