【コラム】槿と桜(142)

選挙投票用紙不足抗議行動

延 恩株  
 
 韓国では2026年6月3日に統一地方選挙が実施されました。この統一地方選挙は、日本の統一地方選挙とほぼ同じですが、全国の自治体の議員だけでなくその自治体の首長も選挙します。選挙は4年に1回実施され、地方政治における各党の政治勢力を決めるだけでなく現政権への評価を判断する意味でも重要な選挙になっていました。
 現政権は「共に民主党」が与党として李在明(이재명 イ・ジェミョン)大統領を支えています。そして最大野党は「国民の力」で今回の地方統一選挙によって与党と野党の勢力図が明らかになり、さらに現大統領の政治方針、施策、運営に対する信認度を知る意味からも大きな選挙だったわけです。
 結果としては、選挙前の予想通り与党の「共に民主党」が16の広域自治体首長選挙のうち12地域で当選し、数字上は圧倒的な勝利でした。しかし、最大の激戦地であったソウル特別市では、「国民の力」候補者の呉世勲(오세훈 オ・セフン)ソウル市長が5選を果たしました(そのほか大邱広域市、慶尚北道、慶尚南道で勝利)。さらに14の国会議員補欠選挙では、「共に民主党」の候補者が9選挙区、「国民の力」の候補者が4選挙区、無所属の候補者が1選挙区で当選し、こちらも与党「共に民主党」が勝利しました。しかし、ここでも大物候補者が複数立候補した釜山の北区甲選挙区で、前「国民の力」代表の韓東勲(한동훈 ハン・ドンフン)氏が無所属で立候補(2024年12月に「非常戒厳令」を出した尹錫悦(윤석열 ユン・ソンニョル)前大統領の弾劾訴追に賛成し、2026年1月に「国民の力」を除名される)して当選しました。また227の区・市・郡の首長選では、「共に民主党」が119人、「国民の力」が95人、無所属などの候補者が13人当選しました。
 「共に民主党」の候補者に勝った呉世勲、韓東勲の二氏は所属党派よりも個人的な支持を選挙民から得て当選したとも言えるだけに、次の大統領選挙では野党の大統領候補者として立候補する可能性があり、数字上では与党の「共に民主党」が圧倒的に優位に立ちましたが、李在明大統領や「共に民主党」にとっては、大きな勝利感は持てない結果となりました。
 (*以下編集部注: AI Claudeによる図表化)
 2607韓国
 ・ソウル市長選:「国民の力」の呉世勲氏が5選 — 与党にとって象徴的な敗北
 ・釜山・北区甲:除名された元「国民の力」代表・韓東勲氏が無所属で当選

 
 通常であれば、これで統一地方選挙のことは終わるのですが、この選挙では考えられないことが起きてしまいました。
 中央選挙管理委員会によりますと、ソウル市や仁川市などを含む全国91カ所の投票所で7194枚の投票用紙が不足して、このうち26カ所では用紙を補充する間、投票が中断され、ソウルでは投票終了時間の午後6時までに投票所にきた人には午後10時まで受け付けたものの、長時間待たされて投票を諦めてしまった人もいたというのです。つまり投票したくてもできなくなってしまう事態になりました。
 複数の投票所(江南(강남 カンナム)区・松坡(송파 ソンバ)区など)での投票用紙が不足したソウル市長選では、「不正選挙」と抗議する有権者がソウル市松坡区の投票所から投票時間終了後に職員が搬出しようとした投票箱を阻止する行動を起こしました。
 結局、選挙投票日から2日後の6月5日、多数の警察官を動員して投票箱搬出を阻止していた人びとを強制的に排除しました。その結果、ようやくソウル市長選では前述したように「国民の力」の呉世勲氏の当選が確定するという事態になりました。
 野党の「国民の力」は「選挙は無効」と主張し、真相解明までの開票中止や再選挙を要求しましたが、選挙管理委員会は、投票用紙不足ということで再選挙を実施する理由にはならないとして要求を拒否しました。しかし、混乱を招いた責任をとって盧泰嶽(노태악 ノ・テアク)中央選挙管理委員会委員長が6月5日に国民へ謝罪し、許鉄薫(허철훈 ホ・チョルフン)選管事務総長と共に辞任しました。

 なぜこのような事態になってしまったのかと言えば、その原因はある意味では単純でした。中央選挙管理委員会の判断が甘かったのです。近年、期日前投票者が増え、さらに地方選挙の投票率が低下傾向にあったことなどから、選管が印刷する投票用紙の枚数を減らしたからでした。選管が投票用紙を減らしたもう一つの理由は、多数の投票用紙が余ると不正選挙の疑いが生じかねないというものでした。韓国の投票用紙は日本のように選挙民が投票用紙に立候補者の名前を自分で書き込むのではなく、あらかじめ立候補者名が印刷されていて、候補者名をチェックするだけですから、不正が起きやすいと言えます。
 私からすれば〝不正選挙を防ぐ〟のも選管の重要な仕事であり、このようなことを理由にして他人事のように言える選挙管理委員会とは何なのかとつい思ってしまいます。選挙管理委員会の組織や体制に根の深い大きな問題があるにもかかわらず(今回はこの点には触れず、国政調査特別委員会の調査結果を待つことにします)、その組織体制の不断の見直しをしてこなかったことが今回の不祥事につながったと思っています。
 投票用紙が不足した問題を調べる中央選挙管理委員会の真相究明委員会(6月10日〜19日までの短期間委員会)は、選挙管理システムに不備があったとして、盧泰嶽前委員長など当時の中央選挙管理委員会幹部やソウル市の選管委員長ら12人を捜査するようにとの勧告をしました。
 真相究明委員会は選挙管理の仕組みや手順に不備があったとしています。その典型的な事例がソウル市選管が投票時間を延長するという重大決定を中央選管に報告しないまま実施したことです。その結果、午後6時からの開票が始まってしまい、選挙結果がわかり始めているのに投票を続けるというあまりにもずさんで、選挙の公正性が失われるような措置をとってしまいました。真相究明委員会が選管は解体するつもりの大改革が必要と指摘したのも当然でしょう。
 さらに与野党の国会議員からなる(委員は与党「共に民主党」9名、野党「国民の力」7名、その他2名の18名で構成され、委員長は「国民の力」所属議員)「投票用紙不足問題など国民の参政権侵害真相究明および選挙管理改革のための国政調査」が行われることになり調査期間は45日間とのことです。
 果たして、こうした調査で今回のようなずさんで無責任な選挙管理委員会の再発を防ぐことができるのか私は危惧しています。なぜなら「投票用紙不足」から起きた選挙民によるソウル・松坡区のオリンピック公園ハンドボール競技場の開票所の封鎖は7月に入っても続けられているからです。上述した国会の国政調査特別委員会が投票箱搬出を試みましたが2度とも失敗し、警察も断固とした封鎖解除には慎重な姿勢をとっています。
 これだけ国民から「投票権剥奪」「参政権侵害」「不正選挙」といった批判が起きているのはこれまでの選挙のたびに有権者に不審や不信を抱かせることが起きていたからで、今回の「投票用紙不足」が大きな起爆剤になったように思います。
 
 私の気がかりは若者の怒りが大きいことです。韓国での選挙権は18歳からで(日本は2015年から選挙権を18歳に引き下げました)、韓国の18〜30歳代の若者たちは熾烈な受験戦争・入試、そして就職難での就職競争の中で育ってきています。それだけに公正な機会が与えられ、努力すれば報われるという社会を求めています。それにもかかわらず公正な選挙を行うために存在しているはずの組織がその組織のずさんさによって公正性を奪ったとみなしているのです。
 若者を中心にした抗議は6月10日にソウル大学など首都圏の大学を含む全国18大学の学生会が「真相究明と責任者処罰」を求めた声明を出したのは当然の結果と言えます。世論調査機関「韓国ギャラップ」の6月12日発表では、若者たちの「再選挙賛成」が60%を超えていたことが彼らの憤りをよく表していたと言えるでしょう。
 選挙での「自分の一票は大切」という認識は韓国でも日本でも共通していて、その公正、公平な権利が奪われたということから、単なる組織への批判だけでなく選挙というものへの不信や疑念、現政権への不支持にもつながり始めているようです。ギャラップ調査では、6月12日時点での李在明大統領の支持率は57%でしたが6月26日の調査では51%まで下がり、さらに7月に入ってからは『韓国経済』『世界日報』など各マスコミの報道では40%台後半にまで下がっていました。
 国会議員から構成された国政調査特別委員会の果たすべきことは、あくまでも私見ですが、次のようなことでしょう。
 ①選挙管理委員会は本当に有権者のために公正な選挙が実施される努力をしてきたのか。②職員たちにその自覚はあったのか。③組織的に何が問題であったのか。④以上三点を特別委員会が糾明し、抜本的な組織改革を迫るところまで調査結果として言及できるのか。
 その結果として、次の選挙では今回のような不祥事は繰り返さない新たな選挙管理委員会になったと有権者(特に若者たち)が判断できるまでになっていればいいのですが。
 国政調査特別委員会の45日間の調査結果を待つことにします。
 
 大妻女子大学教授

(2026.7.20)
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