【コラム】神社の源流を訪ねて(68)
邪霊の侵入を防ぐ神々(上)
韓国に神社の源を訪ねる9
◆トルハルバン(石爺さん)とチャンスン
トルハルバンは観光立国、済州島のシンボルになっている。このトルハルバン は、巫俗信仰のご神体の一つだから、本來なら排斥されるべきだったと思われるが、どうしたわけか外敵などを防ぐご神体として、城門の守護神などに祭られた。その辺の経緯は、まだ専門家の間でも十分わからないらしい。
済州島のシンボルである漢拏山(はるらざん、1950㍍)の東麓にある城邑民俗村(ソンウッミンソッチョン)は、昔ながらの村の姿がそっくり残され、現在も人々が生活している。また観光地にもなっている。
ここから車で10分ぐらいのところには、村の生活風習を再現した野外博物館・「済州民俗村」がある。この村は萱葺き民家や溶岩を積み重ねた石垣で囲まれ、路地が狭く曲がりくねっているのが特徴で、これは風が入るのを防ぐ工夫という。
この民俗村には、1890年代の伝統家屋100棟以上を保存する野外博物館になっている。建物は実際に済州道民が暮らしていた家を、柱から石までそっくり持ってきて、ほぼ完全に復元したという。生活用具や農具、家具などの民俗資料が展示され、当時の暮らしぶりを知ることができる。ここは民俗文化財に指定され、トルハルバンが12基置かれている。
トルハルバンは一見、かなり昔からあるように思われるが意外に新しい。1754(英宗30)年、朝鮮王朝の高官が、済州城の三つの門で城を守るために石人像を建てたのが始まりという。門の両側に立って出入りする人をにらんでいる。大きな帽子をかぶり、目を見開いて外敵が入ってこないように監視している表情だが、顔の部分が体とほぼ同じ大きさなので、どこか愛敬がある。
民族村の民家は、茅と木材でできている。屋根は丸く低めだ。茅でふいた屋根を四方八方から綱を渡して飛ばないように抑えている。どの家も自然石を積み上げた石塀で囲まれているが、塀が窓と同じぐらいの高さで、これも風を防ごうという工夫だといわれる。
いくつかの家を見ていて不思議に思ったのは、どの家も入り口が小さく、普通のドアの半分もない。大人がかがんでやっと入れるくらいの入り口だ。小さいのは風が強いからだと説明されたが、京都で見た利休の茶室を思い出した。
ここは畳二畳ばかりの広さで、出入り口はにじり口と呼ばれ、60センチ四方ぐらい。だから大名でも武士でも体をかがめて出入りすることになる。利休は茶室では大名も武士も町人も平等だということを言おうとしているのだとされるが、とっさに千利休の茶室は済州島の民家の影響を受けたのではないかと思われた。お茶と言えば湯飲み茶碗も大事にされるが、利休が使っていた「井戸」とか「ととや」とか呼ばれる茶碗は釜山の窯で作られ、土の地が浮き出ている。しかも日常庶民が使っていた茶碗で、利休の実家でも使っていたといわれる。
利休の実家は堺の商人で広く貿易をやっていたとされるから、釜山とも交流があったと思われる。また利休は茶室には夏は槿(むくげ)、冬は椿の枝を活けたという。実は椿は済州島が有名な産地で、槿は今は韓国の国花である。利休のお茶にはどこか朝鮮半島の趣が感じられる。
話はそれたが、この石像について、人類学者の鳥越憲三郎氏は、「古代朝鮮と倭族」で、いずれも正面で組んでいる手が、左右が別々に体に組んでいるものと、両手の指を胸の前で組んでいるのと二種類あると指摘している。
一方、チャンスンも魔除けとか外敵を防ぐ役割を担っている。これも村の入り口に、石を低く積んで、その上に「天下大将軍」「地下女将軍」と書かれた人面を彫った男女一組の神木がチャンスン(長栍)という。歯をむき出した怖い顔をして威嚇している。
役割はトルハルバンと似ていて、これも悪霊などが村に入るのを防ぐ村の守護神で、里程標でもあった。埼玉県日高市にある高麗神社にはこのチャンスンが、道路を挟んで両側に置かれている。韓国の仮面劇の仮面もそうだが、どこか「怖さ」と「笑い」の両面が感じられる。
チャンスンのある村では何年かに一度、旧正月の行事としてチャンスン祭をして、男女一組のチャンスンを新しく立てるが、全体の数は減っていて、韓国全土でも200ヶ所ぐらいの村でしかみられなくなったといわれる。
チャンスンは男女神の区別は髭の有無か、胴体に刻まれた天下大将軍、地下女将軍で区別される。日本の村では境界などに立てられた「賽の神」(さいのかみ)とか「金剛力士」とか「仁王」、庚申塚などに似た役割を感じる。庚申塚は中国の道教や仏教の影響を受けているといわれ、道祖神と同じように人の移動には欠かせない道標の役割をしていたようだ。
◆以上
(2024.7.20)
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