【視点】
高市政権の登場、民意は期待するか
―「少数政権」に視野拡大は可能か
羽原 清雅
2025年10月21日、高市早苗首相が就任する状況が見えてきた。
振り返れば、自民党過半数割れの参院選挙(7月20日)から3ヵ月、石破首相退陣の同党総裁選からでも3週間を経ての異常な首相選びだった。初の女性首相、という新鮮さは薄れ、右傾しかねない陣容に懸念も走るスタートである。公明党との26年続いた自公連立は従来の惰性を捨て、自民党の問題点を具体的に指摘しつつの決断の離反だった。代わりに自民党の救援に当たったのは維新の会。この党は政権の右志向にどこまで同調するか。ブレーキ役を果たせず、右傾化に手を貸すことになるのか。
「数」に奢った安倍政権、急減の「数」に泣く高市政権、状況は両極ながら、両者の共通点は「社会の右傾化」である。
*維新の条件 連立交渉は、自民と国民民主、次いで維新と進められ、一方野党側では立憲民主を軸に、維新、国民民主3党で進められた。ひそかな自維間の協議がほぼ実り、野党サイドの協議から維新は離れた。なにか虚しい政党間の駆け引きだった。
問題は、維新と自民間の合意の行方だが、なお他党との関わりもあって詰めは残されている。両党間では安全保障、改憲などはほぼ問題なく、内政面で維新は12項目の要求を出した。途中、吉村洋文代表が早期の衆参国会議員の定数1割削減を求めたことで、他党の間で可否の論争が出そうだが、とりあえず問題をはらみながらも自民は受け入れる方向だ。
12項目のうち、大きな点は政治資金をめぐる企業・団体献金の廃止、社会保険料の引き下げの要求など。これも、確たる合意はなく今後の課題になるだろう。
高市政権は、新たな課題として「スパイ防止法」制定を目指すが、維新は簡単に受け入れるか、まだはっきりしないが、NO!とはいうまい。自民党政権の右傾化の懸念に同調するかが問われよう。高市政権の最大の懸念は、異論のある民意を単なる少数意見だとして黙殺し、猛進することである。
維新の求める要求は、物価の安定化を早急に進めること、社会保障の負担が貧窮寸前の家庭に迷惑を持ち込まないことだ。原発再稼働の推進、旧姓通称使用の法制化、外国人の違法行為の制度強化、安保3文書改定の前倒しなど、自民に同調ないし先導するかの課題もあるが、政権の座としての広い視野での対応ができるかが問われよう。
もう一点、気がかりなのは吉村の掲げる大阪副都心構想 の問題。これまで2回の住民投票で僅少ながら反対票が多かったこの問題を、一気に政府、国会で決着しようとの維新の姿勢である。地元の反対を超えて、中央での結論を引き出し、決着をつけようという作戦でいいのか。構想の内容自体よりも、その扱い方でいいのか、という課題を抱えた。要注意である。
*総裁選挙のからくり 少し過去に戻って、考えたい。下馬評の高かった小泉進次郎は、最初の投票では高市早苗に国会議員票で80対64と勝ったが、地方党員票では84対119で敗れ、あとの決選投票でも国会議員票(145対149)、地方党員票(11対36)となり、総計156対185で散々だった。地方党員票では、農水相として米価対策を進めた東北の一部で勝った程度。
父親の小泉純一郎がぼやいた通り「まだ若すぎる」し、弁舌さわやかはいいが、具体性や実感性が乏しく、政権を持たせるにはまだまだ、の印象を与えた。
では、あの高市がなぜ地方で伸びたのか。自民党、一部の新聞などは「自民党の岩盤たる保守層が参政党などに逃げた」、その層が反省して戻り、保守の高市に集結した、と分析した。確かに、その一面はあるだろう。
むしろ、菅、岸田、石破と低迷する政権の連続をあきらめ、6回の国政選挙勝利の安倍晋三を信奉する高市に票を投じ、強い保守自民の再生を願ったという面もあり得よう。「女性」という新鮮さへの期待もあっただろう。
だが、この安倍回帰の半面には、国会での圧倒的な「数」に甘え、強引に自己主張を推し進め、野党の声を聴こうともしない独断性が、有権者の目には好ましくないと映り、自民政治から遠ざかった、という一面も見落としてはなるまい。一部に参政党に移った票もあろうが、この党が予想以上に、憲法素案の矛盾を見せたり、核保有発言を飛び出させたりしており、政治に関心のある自民党員らがこの荒っぽいポピュリズムを示す新党に飛びつくだろうか。気の急く高市は早々と、参政党の神谷代表にまで挨拶に出向いたが、少しは立場をわきまえたほうがいい。
なお、この自民党内の地方票の動向はもっと注視すべきで、メディアの追跡を期待したい。
*高市政治の危うさ 高市は「安倍路線の踏襲」を言う。アベノミクスしかり。「持ち込ませず」の核3原則の変更。「自分の国を自分で守る防衛力の強化」などの憲法改正論。そして、男女の格差問題では選択的夫婦別姓導入や同性婚に消極的。出所不明ながら外国人による奈良のシカへの暴行に引っ掛けた対外国人規制の方向。
さらに、財務省の財政規律政策に対抗する財政積極派の立場。今後、赤字国債発行に進む歳出拡大の可能性も。就任すれば、推進が予定される「スパイ防止法」の扱いをめぐり大波乱も予想される。要するにまっとうな保守というよりも、典型的な右傾保守である。
*右傾人事 朝日、毎日新聞は、自民党人事が明らかにされると、「論功行賞」人事と大きく報じた。しかし、それ以上に「右傾人事」とうたうべきではなかったか。一定の方向性を意識し、従来の政治路線を大きく「右」に向けようとしている。その路線を推し進めることになると、将来に重大な影響をもたらすことになりかねない。
高市はこの時点では自民党総裁だから狭隘な主張も許されるとしても、首相ともなれば国民全体のリーダーになるわけで、多様な思考、意志、期待のある国民世論に、その狭隘さを広めることは許されない。高市“首相”はこの立場の違いをわきまえなければならない。
自民党の新人事を見ておこう。安倍政治以上に右志向の旗を掲げる高市本人がまずその筆頭であり、高市を押し上げ、見返りに副総裁の座を受けた麻生太郎も安倍晋三の盟友として、安倍的方向の推進を支持するだろう。岸田が派閥解消を打ち出しても、麻生派だけが温存している。この一例を見ても、麻生は党に誠実だったと言えるだろうか。
党三役の幹事長の鈴木俊一は温厚ながら、麻生派の一員であり、副総裁の意に逆らえるだろうか。しかも、その片腕に旧安倍派の実力者で裏金議員として批判を浴びる萩生田光一が幹事長代行の座に就き、いわば鈴木の見張り番の役 を果たす。政調会長には、総裁選出馬の小林鷹之という高市にごく近い右傾の人材が選ばれた。
さらに、選挙対策本部長に古屋圭司が付いた。彼はバリバリの右傾派で、日本会議国会議員懇談会の会長でもある。また、組織運動本部長は新藤義孝で、彼は日本会議、神道政治連盟の一員。ついでながら複数の女性関係が取り沙汰された。広報本部長には鈴木貴子で、石破側で発言を続ける父鈴木宗男を抑える狙いの起用か。国会対策委員長は梶山弘志で、やはり神道政治連盟、日本会議に関係する。新藤、鈴木、梶山はいずれも旧茂木派で、総裁選時の高市の推薦人だった。この点については論功行賞人事と言っていいだろう。茂木敏充自身も、高市政権では、外相候補とされる。
論功行賞以上に、これほど思想的に同じ立場の仲間の要職起用の例は珍しい。こうした偏った人事は果たしてうまくかじ取りができ、世論の納得が得られるか、安倍時代ならとにかく、今は過半数割れの政党なのだ。このまま具体的に動き出せば、この右傾化は国民有権者をないがしろにすることとなり、問題性は大きい。
*維新の不信 日本維新の会は2008年の橋下徹の大阪府知事当選のもと、10年に大阪に維新の会が生まれ、12年に結党した。14年に「日本維新の党」を打ち出している。
大阪副都心構想はこの組織の念願ながら、2015年、2020年の2回の住民投票で否決された。吉村洋文代表兼大阪府知事の念願でもある。
日本維新の会は昨今、議員のスキャンダルめいた素行の例が少なくない。女子中学生に暴行を加えた容疑の元衆院議員、ユーチューバー女性への名誉棄損の判決を受けた衆院議員、議会などでの非常識視される言動の維新系兵庫県知事など、要職者として望ましくない事例が少なくない。党運営上、候補者の選別、その指導などが徹底しない感がある。そうした不行状が比較的目立ち、政党としての信頼や名誉を傷つけるケースがある。3人の衆院議員が離党する騒ぎもあった。党の要人が、カネがらみの問題を週刊誌に書かれたこともある。
そうしたケースは他党にもあることだが、やや目立ちすぎるところがある。政権与党となれば、一層シビアな姿勢が求められよう。
野党でも問題だが、政治権力の一部を抱える党としては、緊張が欲しい。
そのうえで、お手並み拝見である。
*公明党の連立離脱 10月10日、公明党が連立から外れた。1999年以来、一時を除き26年間の自公連立政権の座から降りたのだから、自民党に与えたショックは大きかった。小さいこととはいえ、新総裁が登場すれば、まず連立相手の公明党に仁義を切るところだが、高市新総裁はそうはせず、早々と新たな連立候補と想定する国民民主党と密談を持ったのだ。この非礼ともいえる動きは、公明党の連立離脱の通告をやりやすくしたことは間違いない。
地方議会から進出を始めた公明党は国政を目指し、さらに長年の野党から自民党政権に徐々に接近、その後は一歩ずつ保守化し、権力の魔力に酔うと同時に、地方議会で一層発言権を強め、組織の強化にメリットを得た。
1967年には衆院に25人が当選、69年には47人当選という一時代を築いた。参院も落選者なしの30人に近づくほどの成長ぶりを見せた。2000年代の参院選では818万、862万という票を集め、衆院選も2005年の郵政選挙では898万票を記録した。
だが22年の参院選比例区の618万票は、25年には521万票と100万票近く減った。衆院選比例区は、21年の711万票が、24年には596万票になり、一気に115万票の減少となった。このようなエネルギーの低下は、1923年の池田大作名誉会長の死去による点もあるだろう。
公明党の斉藤鉄夫代表は高市に対して、連立解消の理由として①政治とカネの扱い ②靖国神社参拝の中止 ③外国人対策などを挙げた。政治とカネの問題は、ウラ金議員の萩生田の幹事長代行就任が引き金にもなっているが、政治資金収支報告書不記載の裏金問題だけではなく、政治資金規正法改正がまだ決着していないとの主張でもある。靖国問題は高市らの毎年の参拝中止を求めたもので、創価学会の立場からの宗教的な批判だけではなく、中国など戦争被害を受けた諸外国への思いも強い。外国人問題は、参政党の選挙向けアピールに乗せられた政府と各党への忠告でもあったか。いずれにせよ、自民党との間に一線を引いたことになる。右傾する自民党の指揮を執る高市らとの違いを鮮明にしたと言えよう。
*脱「下駄の雪」 公明党の連立参加には、世論の間にひとつの期待があった。自民党のブレーキ役を果たすのではないか、という思いだ。しかし、公明党は異論を持ちながら、最後の土壇場に来ると、ごくわずかな修正を理由に同調し続けてきた。ブレーキは利かなかった。
自衛隊の海外派遣、集団的自衛権の行使、軍事体制路線を強めた安保3文書などに対する姿勢は、平和志向をアピールした野党時代の公明党の主張と比べると、大きな変心だったと言えよう。結果的に自民党の片棒を担ぎ、党内でも反対論は言えず、すっきりしないと感じる党母体の創価学会員、女性や若い信者、党員も少なくはなかった。いわば一枚岩政党の弱点でもあるが、異論は発言しづらく、我慢を強いる風潮が続いてきた。そのため、外部からは「下駄の雪」なる“称号”を与えられてきた。
そうした公明党が、自民党に対して初めて正論を正面からぶつけたのだ。
*党改革を進め得るか これからの公明党は、厳しい試練を受けることになる。
これまでのマアマア主義、学会と党への追従、幹部決定への異議なしムードを捨てて、それぞれの「個」を生かす方向を強められるか。学会員、党員一人ひとりが自分の意見を持ち、それを率直に語り、時に侃々諤々の論議が交わせられるかどうか。
野党となり、果たして他党に与していけるのか。ここは、 是々非々の説得力をもって広く国民各層に伝える説明と信頼を醸成できるかどうかだろう。
また、高齢化して動きの弱まった年代 をどのように切り替えるか。
余計なことを申せば、女性部門、若者や学生部門をどう議論百出しうる風潮、体質に切り替えさせ得るか、そうした活動にエネルギーを持つ女性、学生たちを育成できるか、だろう。
一方的な「折伏」方式ではない。丁々発止の議論を戦わせ、納得、同調を生み出し得るかどうか、の才覚を伸ばすしかない。各地の党の小集会ではとかく上層部からの「伝達」ばかりになりがちだが、おおいに議論を交わして、納得のいく妥当なところまで盛り上げていくことが、新しい政党に生まれ変わる早道だろう。
高市政権誕生となるにしても、各野党の政権構築をめぐる動きは野党の限界を見せつけており、与野党双方のリーダーたちに失望を感じさせられた今、新たな出発をする公明党は国民世論に広く納得される方策を編み出し、時間はかかっても「個の自分で考え、流されず、指揮されず、甘やかされず」、そんな取り組みを求めて挑戦するしかない。
(2025年10月19日正午/元朝日新聞政治部長)
(2025.10.20)
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