【コラム】槿と桜(135)

黄砂

延 恩株

 12月1日から2日にかけて〝季節外れ〟の黄砂が日本の九州から北海道にかけて〝飛来〟するということが天気予報で伝えられていました。確かにこの時期の黄砂は少し早いと思いつつ、韓国での黄砂時期のことが思い出され、少々憂鬱な気分に襲われました。
 通常、韓国での黄砂(황사、ファンサ)は、毎年3月~5月頃に〝飛来〟しますが、日本で使われる〝飛来〟ではピンときません。〝襲われる〟という表現がぴったりだと個人的には思っています。日本でも夏から秋にかけての台風では「日本列島を襲う」などと天気予報などでも使いますが、まさにその感覚です。
 この黄砂は、西は中国の新疆ウイグル自治区にある世界第2位の広さを持つタクラマカン砂漠(「死の世界」を意味するウイグル語が語源だそうです)、その東側に隣接する中国の内モンゴル自治区からモンゴル国にまたがるように広がる(世界第5位の広さを持つ)ゴビ砂漠、さらに黄土高原といった乾燥した地域の砂が強風によって上空に巻き上げられ、偏西風の関係で、まず中国・モンゴル→韓国→日本などに及んできます。
 地理的な関係から中国に隣接して陸続きの韓国の方が日本より黄砂の影響をより激しく受けることになります。そのため日本では「黄砂が飛来する」感覚でも、韓国では「黄砂が襲う」という感覚になってもおかしくないのです。
 韓国では、古くからこの黄砂を「雨土」(우토、ウト)、あるいは「土雨(토우、トウ)」と呼んできたことからもわかります。黄砂は「飛来」(飛んでくる)ではなく、「雨のように降ってくる」と感じられてきていたのです。

 黄砂は年間を通して発生しているようですが、韓国などに及ぶような状況は2月頃から増加し始めます。この時期、砂漠地帯の雪が消え始めて地面が乾燥してきて、植物がまだ少ないため、強風で砂が舞い上がりやすくなるからです。また、偏西風が起こりやすくなることも大きな条件になります。特に3月〜5月にかけて多く発生します(これは日本でもほぼ同じです)。黄砂は一度発生すると3~6日程度続くのが一般的で、韓国内で黄砂現象が多く起きるのはソウル、京畿道(キョンギド)、全羅道(チョルラド)など中国大陸に近い西側沿岸地域です。地面の水分量が多い夏・秋は、砂が舞い上がりにくいため、ほとんど発生しません。
 上述しました地域の砂漠地帯で湿度が低く乾燥していて、風が強い日に風によって上空高く巻き上げられた大量の砂の粒子が空一面を覆い、少しずつ地上に落下させながら韓国にまで運ばれてくるのです。空一面の砂の粒子によって晴天でも青空が隠され、黄褐色っぽい空になり、太陽の光も弱められてどんよりとして、視界が悪くなって、遠くの建物などの識別が困難になることもあります。黄色っぽい砂の粒子が空気中に大量に漂うのですから当然でしょう。
 厄介なのはこの砂の粒子には人体に有害な物質が含まれていることがわかっていて、春の到来を知らせる単なる自然現象として暢気に構えていられない深刻な環境問題となっていることです。
 被害の内容や程度は発生源からの距離によって違ってきます。たとえば韓国から最も遠いタクラマカン砂漠が発生地だとすれば韓国までの黄砂到達には時間がかかりますし、黄土高原あたりですと1日程度でやってきます。黄砂による被害も到達時間も日本に比べてより深刻な被害を受けていることになります。
 代表的な身体的症状は、咳、鼻水、気管支炎、喘息、目・皮膚のアレルギー疾患などです。そのため、もともとアレルギー症状や呼吸器疾患に悩んでいる人たちには黄砂は大変危険な襲来物となります。
 こうした症状を起こすのは、上空に巻き上げられた黄砂には、本来土壌に含まれている多様な鉱物、微生物のほかに硫酸イオンや硝酸イオン、アンモニウムイオンなどの大気汚染物質もあるからです。黄砂に含まれる鉱物によって皮膚が赤くなったり、ただれたりする場合は、金属アレルギーの可能性があります。また季節的に春先に花粉症に悩まされている人には黄砂の襲来と重なって、さらに鼻水やくしゃみ、目のかゆみ、結膜炎などを悪化させることにもなります。
 韓国では「黄砂危機警報」制度が導入されていて、環境部が黄砂の濃度によって4段階のレベルを設定して、国民に注意を促しています。この基準に従って小・中学校の休校や野外活動の制限、交通機関での点検、注意の強化などが実施されています。
 こうした警報発令などの措置が決して大袈裟ではなく、必要に迫られてのことですから、日本に比べて黄砂の影響がそれだけ深刻だということがわかると思います。また、上述のような健康面への被害だけでなく、飛行機の欠航や精密機械工場の操業休止を余儀なくされたり、黄砂が作物に降りかかって生育が阻害されたりするなど、経済的にも大きな損失を与えています。

 気がかりなのは、黄砂現象が次第に発生時期が早まり、発生数も多くなってきていることです。地球温暖化の影響や砂漠地域の更なる砂漠化が進んでいることが大きく影響していることはまちがいなく、中国、モンゴル、韓国、日本とも黄砂現象の発生日数が年々増加していることがそれを教えています。
 黄砂の発生地となる中国の新疆ウイグル自治区や内モンゴル自治区、黄土高原などでは長年にわたって乱開発、森林の伐採、開墾が行われ、その結果、表層の草地土壌がなくなり、その下の砂の層が表面に出てくる結果を招いてしまっています。森林や草地が激減し、乱開発によって地下水がくみ上げられることで砂漠化、乾燥化が進行してしまったのです。
 このまま放置すれば、さらに状況は悪化するばかりです。黄砂発生源は中国ですから中国が改善に取り組むのは当然です。しかし、地球の環境問題は一国で解決できず、各国が協力してより良い方向性を見出していかなければならないでしょう。
 その意味では、1999年より日中韓三カ国、あるいは韓中両国での環境に関する会議が開かれ始めたのは歓迎すべきことだと思います。こうした多国間の会議を続けて、現在より少しでも改善された状況が生まれることを願うばかりです。

 最後に現時点での韓国人の黄砂対策を紹介しておきます。私自身、日本で黄砂現象が起きた時には以下のようないくつもの黄砂防御をしませんが、韓国ではかなり神経を使いませんと後悔することになりますから、決して大袈裟ではありません。
 1) サングラス、あるいはゴーグル。2) つばの付いた(大きめ)帽子、あるいは深めの帽子。3) マスク、あるいはハンカチ、スカーフ(できるだけ大きめのもの)。4)身体に密着した服装。5)女性の方は肌荒れを防ぐ厚化粧。
 そのほか、屋外ではお喋りは控えて口に黄砂が入るのを防ぐ。また水分を十分に補給して、のどの潤いを保つ。そして帰宅したら必ずうがい、手洗い、洗顔、さらに入浴時には必ず洗髪することを忘れない、ということでしょうか。
 さらに日本と異なる黄砂対策としては、多くの家庭で空気清浄機を備えていることでしょう。日本では花粉やチリ対策などで使用されている家庭が多く、完全に目的が異なっています。それにもう一つ、日本ではあまり普及していないようですが、外出時に着ていた衣類についた埃や花粉、臭いなどを取り除くクローゼット型の家庭電化製品もあり、これも黄砂対策で使っている家庭が少なくありません。
 これから黄砂の時期を迎えます。韓国にいた時ほど憂鬱ではありませんが、可能であれば外出しないのが最良のようです。

大妻女子大学教授   

(2025.12.20)
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