【ドクター・いろひらのコラム】(13)
1965年に設立された脊損患者会「佐久太陽会」の仲間たち
1935年に全線開通したJR小海線は、「八ヶ岳高原鉄道」の愛称で親しまれている。起点の甲州北杜市の小淵沢駅から清里駅、信州側の野辺山、佐久病院分院最寄りの小海、佐久病院本院最寄りの臼田、中込(なかごみ)、佐久医療センター最寄りの北中込、そして新幹線駅・佐久平を経て、浅間南麓こもろ医療センター最寄りの終点の小諸駅まで全長約80キロのローカル線だ。
この小海線が、年々乗客が減り、小淵沢-小海間の存続に赤信号が灯っているという。
そこで、高原列車の楽しさを満喫しながら、社会的共通資本としての価値を多くの人に伝えたいものだと、沿線で車椅子生活を送る仲間たちが、旅の交流企画を立てた。有志でつくる「小海線とふるさとを愛する会」(長野県小海町)に相談し、2月1日、中込-小淵沢間をイベント列車で往復する「JR小海線で行く車いすの旅」を実施したのだ。
当日、貸し切りとなった「キハE200形」の2両に車椅子を使う9名が乗り込み、佐久大学の看護学生ほか多数のボランティアそして私たち佐久病院医師もサポートに加わった。
高原列車は、午前10時に中込駅を出発、約65キロ先の小淵沢駅で折り返して午後3時に中込駅に戻る。その間、車窓の景色を堪能しつつ、即興劇、駅名ビンゴなどを楽しんだ。
即興劇は、医師と患者なりで立場を入れ替えて演じる。
たとえば、現役医師の父が患者役を、高校生の息子さんが医師役で、生活習慣病の診療風景を、自在に、即興で演じる。
「もう少し、お酒の量を減らしたほうがいいですよね。いつも酔っぱらって帰宅し、奥さんに叱られているじゃないですか」と医師役の息子が患者役の父をたしなめると、車内にどっと笑いが起こる。
看護学生たちは、ふだんゆっくり接することのない車椅子の人たちとの会話に夢中になっていた。
「こういう場は人間の心が洗われて、ケアの原点に触れられます。学生たちが生き生きしている姿を見られるのは嬉しいですね」と、参加した佐久大学の盛岡正博理事長は満足そうに微笑んでおられた。
列車が、JRで最も標高の高い野辺山駅付近(1375m)にさしかかると、雪を被った八ヶ岳、富士山の雄大な景色に「おおーっ」と歓声が上がった。
50代の男性参加者は、感想をこう述べた。
「すごーい。いい景色で、20年ぶりに小海線に乗ってね、懐かしい景色が見えたので感動的でした。車椅子生活になってから、めったに電車には乗れないでしょ。子どものころから小海線は憧れの電車だったんです。ありがたいですね」。
ツアーの企画者で自身も車椅子を使う内田清司氏は、「駅の段差など利便性にはまだ課題はあるけれど、皆さんに喜んでもらえて、ほんとうによかった」と。
医療は住民の生活の一部だ。同様に、列車もまた生活のライフラインだ。
あらためて小海線の社会的な価値と、人の真心に思い至った、そんな一日だった。
院内でこのJR列車の話をしたら、看護師たちから「あら、4月に上映される映画・劇場版『名探偵コナン』の舞台って野辺山高原よ」と言われてしまった。
色平 哲郎(いろひら てつろう)
JA長野厚生連・佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長
※この記事は著者の許諾を得て『大阪保険医雑誌』2025年4月号から転載したものです。文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。
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(2025.6.20)
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