■ 海外論潮短評(53)                  初岡 昌一郎

有望なアフリカ経済 ― 陽光が射し込む

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  このところ暗いニュースに覆われている世界経済の中で唯一といってよい表題
の朗報を、昨年末のロンドン『エコノミスト』(12月3日付)が社説とブリー
フィング欄で詳しく取り上げている。これまでの半世紀、停滞と混乱が蔓延する
大陸としてのみ取り上げられるのが常であったアフリカを新しい視点で見てい
る。日本ではこの大陸に寄せられる関心と情報が極めて低水準なので、要約的な
紹介を試みる。

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長期の停滞後に ― アジアに続くチャンスの到来
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 店先には2メートルもの商品が積み上げられ、街頭は人波で雑踏し、店員たち
は溢れる買い物客に汗を垂らして応接している。これは今や欧米のクリスマスで
も見られなくなっている風景なのに、南部ナイジェリアで日常的風景となってい
る。このオニッシャ市場は世界最大といわれ、毎日300万人が米、石鹸、パソ
コン、建築用資材などを買うために集まる。腐敗、海賊行為、貧困、疫病で知ら
れるギニア湾から集まる商人のハブであり、きわめて意欲的な企業家と豊かにな
った数百万消費者の居住地である。

 この10年間、世界で最も成長の速い10ヵ国のうち、6ヵ国がアフリカであ
る。 過去10年間のうち8年は、アフリカが東アジア(日本を含めて)よりも
速く成長した。北半球の景気失速による影響を勘案しても、アジアと同率の6%
成長を2011年と今年も達成するとIMFは見ている。これには鉱物資源ブー
ムが寄与している面もある。

 2000-08年期には、アフリカの成長の25%は天然資源の高騰によるも
のであった。有利な人口動向がもう一つの要因である。アジアとラテンアメリカ
の急減した出生率からみて、向う40年間における人口増の半分はアフリカで実
現される。しかし、アフリカ諸国で発展し始めている製造業とサービス業も、成
長に大いに寄与している。だが、世界の商品需要が低落してもアフリカ諸国が活
況を継続できるかどうかは大きな疑問である。

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楽観視を許さない厳しい現実
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 大陸の多くの部分で事態は依然として極めて厳しいので、楽観は禁物である。
この大陸の大多数は1日2ドル以下で暮らしているし、1960年代の独立以
降、1人あたりの食糧生産高が停滞している。一部の国においては平均寿命が
50歳以下である。旱魃と飢餓が続いているし、森林伐採と砂漠化が進行し、気
候条件は悪化している。

 アンゴラや赤道ギニアのように急成長で称賛されている一部の国は、石油漬け
の収奪型経済である。ルワンダやエチオピアのように正しい成長軌道に乗り始め
た一部の国は政治的に嫌がられており、ジンバブエは南部アフリカの良心に背い
ている。かつては大陸にとってのモデルであった南アフリカが、政治的社会的腐
敗で名声を穢している。与党ANC内部では、土地と鉱山の国有化が語られてい
る。

 こうした悲観的な背景にも拘わらず、いくつかのファンダメンタルズは好まし
い方向に進んでいる。世界銀行によれば、アフリカで中産階級が急速に伸びてお
り、約6000万人の年間所得が3000ドルを超えており、2015年にはこ
の層が1億人に達する。

 中国の登場がアフリカのインフラを改善しており、製造部門を押し上げてい
る。ブラジル、トルコ、インドなどの非西欧諸国がそのリードに続いてアフリカ
に参入している。アフリカは、軽工業やコールセンターなどのサービス業で世界
市場を拡大できる。大陸諸国間の関税が引き下げられ、障害が取り除かれたこと
で、政治的な敵愾心のために妨げられてきた国境周辺での交易が盛んになっている。

 技術吸収意欲がアフリカの成長を助けている。アメリカやヨーロッパを数で上
回る、6億人の携帯電話利用者がアフリカにいる。道路が全般的に劣悪なので、
モバイル・バンキングや農業用電話情報などのコミュニケーションの拡大がブー
ムを推進している。生産性は、アメリカの2.3%に比較して、年率約3%向上
している。

 こうしたことが可能になったのは、アフリカにもようやく平和とまともな政府
が生まれつつあることにその一因がある。1960年代に独立を達成して以後の
30年間、アフリカで選挙によって平和裏に政権交代を行った国は皆無であった。
しかし、ベニンが1991年に先鞭をつけて以来、30件の平和的政権交代が行
われた。これは、アラブ世界よりもはるかに好成績だ。

 人口動向も好ましい発展を下支えしている。教育程度の高い青年が大量に労働
市場に入りつつあり、他方で出生率の低下が始まった。人口構成上で労働可能年
令層が膨らみ、30年前に発展期アジア諸国が示した同じ先例を追い始めた。

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目覚ましい成長の持続可能性
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 世界で最も金持ちの黒人はこれまでアメリカ人だったが、その名誉は今やナイ
ジェリア人セメント王のものとなった。彼はその国の腐敗した政治支配者と癒着
を批判されているが、稼いだ80億円の資産は没収を免れている。そのアリコ・
ダンゴテは1977年に小さな商店をはじめて、すぐに砂糖、輸送、建設などに
手を広げ、今やアフリカ規模でのコングロマリットを一代で築き上げた。こうし
た億万長者はまだ少ないが、各地で増えてきている。

 西部のガーナから南部のモザンビークにかけての諸国の経済は、世界の他の地
域よりも高い成長率を見せている。10を超える国が6年以上にわたって年間6
%を超ええる成長を続けている。石油を一滴も輸出していないエチオピアが昨年
は7.5%成長した。かつては万年飢餓状態だったこの国は、今や世界第10位
の家畜生産国になった。その富が権力者とその取り巻きに独占されることがなく
なり、所得分配が過去10年間に改善された。

 深刻な所得格差がこの大陸のほとんどの諸国で持続しているが、本物の中産階
級が登場している。年間所得3,000ドル以上の家庭がアフリカ中で6000
万人に達し、2015年には1億人になるとみられる。これは現在のインドとほ
ぼ同じ。全体として3億人のアフリカ人の年収は、700ドル以上であり、電話
代と一部の授業料を賄える。これが巨大な市場を形成している。

 10億人のアフリカ人の大多数は貧困ライン以下にあり、疾病と飢餓は依然と
して大問題であり、1,000人中、118人の幼児が5歳までに死亡する。だ
が、20年前には165人であった。アフリカ人は天性の楽観主義者だが、今度
は本物の成長かもしれない。

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「絶望の大陸」からの脱出
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 10年前には『エコノミスト』がアフリカに“絶望の大陸”とのレッテルを貼
っていた。その後、目覚ましい変化が定着した。労働生産性は年間平均2.7%
伸びており、アフリカと他の世界との貿易は2000年以後200%増加した。
インフレは、1990年代の22%から過去10年には8%となった。

 世銀によると、対外債務は4分の1減り、財政赤字は3分の2減少した。もっ
とも後進地域であった亜サハラ諸国の成長は東アジア(日本を含めて)よりも速
い。いくつかの主要国は10%成長を超えそうだ。アフリカは30年前の中国、
20年前のインドのようだ。だが、貧困の大幅削減には年間7%以上の成長が必
要と世銀は見ている。

 アジアと比較すべきもう一つの点は人口だ。アフリカの人口は向こう40年間
に現在の10億から20億に倍増が予測される。人口構成も変化する。現在アフ
リカの平均年齢は20歳だが、アジアは30歳、ヨーロッパは40歳である。出
生率の低下につれて平均年齢が上昇し、今の子供の大群が生産的な年齢に入る。
この“人口の配当”がアジアの急成長の主要因であった。今日のアフリカはこの
好機を手にしている。

 アジアの「タイガー」に対して、アフリカは「ライオン」だ、と高揚した声で
語られだした。しかし、警告しなければならないことは、アジアよりも大きな相
違がこの大陸に並存していることだ。発展はまだ初期的な段階にあり、これまで
も夜明けは何回か語られたことがある。ブーム崩壊がサイクルの急落を招く危険
は潜在する。

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援助よりも貿易を
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 アフリカは依然徹底した改革を必要としている。この大陸の各国政府は今より
も起業を容易にさせ、税制を改革し、現在よりも公正に課税しなければならな
い。個人の土地所有制を確立し、それによって信用にアクセスできるようにすべ
きだ。なによりも、政治家に経済権益から手を引かせ、選挙で負ければ退陣させ
なければならない。

 先進国政府は、援助の大盤振る舞いをするよりも、自らの貿易市場を開放すべ
きである。外国企業はアフリカ政府との取引内容を公表、透明化すべきだ。特に
天然資源開発権の契約内容を公表して、広く国民に知らせるべきである。

 専制。腐敗、争闘は一夜にしては消滅しない。しかし、世界経済が暗闇に入っ
ているとき、アフリカの前進が成長に伴う変革の約束を想起させる。


●●コメント●●


  アフリカがこれまでよりも政治的社会的に安定化に向かうようになった時期
は、先進国による“援助”が減少し始めた時期と重なっている。タンザニア出身の
エコノミストで、世銀の専門家であったダン・モヨ(『援助じゃアフリカは救え
ない(原著の題名は『死に至る援助』)』日本評論社、2010年)が指摘して
いるように、先進国の身勝手な利己的援助こそが、受入国で農業を破滅させ、起
業意欲を阻害してきた。

 安易な援助依存の経済・財政が自立心を削ぎ、アフリカにおける寄生的な政
治・経済的エリートと軍部を肥大化させ、腐敗させている。税制システムと徴税
機構が不備な開発途上諸国では、産業を振興し、国内からの租税収入を拡大する
努力よりも 外国からの援助に安易に頼る傾向がある。

 このような政府に援助の受け入れを薦めるのは、麻薬患者にヤクを売るよう
に、まことに容易である。しかし、援助の大半は無償贈与ではなく、借款である。

 援助と呼ばれるのは、借款の利子が市場金利よりも多少低いからにすぎない。
援助という形での借款は長期のもので、しかもたいていは10年以上の返済猶予
付きだから、返済期限が到来した時には、借りた人たちはとっくに引退ないし追
放で不在となっている。

 援助が仮に少しは役だっていたとしても、当初の余禄に頭かっていない後任者
たちは返済責任をほとんど感じない。こうして、債務は累積し、返済不能に陥
る。先進国側でも援助の決定や実施に拘わった人はすでに去っており、誰も責任
を取ることなく、税金で穴埋めがされる。

 こうした構図が蔓延しているので、経済援助を全廃して、人道援助と草の根援
助に集中すべきだという声が、世界的に次第に高まっている。だが、日本政府と
援助当事者は依然として援助の抜本的検討を回避している。それは既得権益が援
助推進側にしっかりと根を張っているからだ。民主党政権の鳴り物入りの“仕分
け”もこの構造に手を付けなかった。私は、特権的な援助機関となっている日本
の国際協力機構(JAICA)を解体すべき時がとっくに到来していると最近ま
すます確信している。

 アフリカ諸国が援助よりも貿易を希望するのは当然である。日本政府内外の関
係者がアフリカ援助に近年より熱心になっているが、アフリカからの原料資源以
外の産品を関税上特恵措置で優遇したほうが、それよりも発展のためによいとい
う声は聞こえてこない。画一的ルールが必ずしも公正ではなく、一定のハンディ
を認めるスポーツや競技があるように、先進国が技術や競争力で同じ水準にない
開発途上国を優遇するのは妥当なことである。

           (筆者はソシアルアジア研究会代表)

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