■【コラム】フォーカス:インド・南アジア(40)

2026年ネパール総選挙と政治構造の転換

―バグバンダ政治の崩壊、若者世代の台頭、そして日本への問い―
福永 正明
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 2026年3月のネパール総選挙は、単なる政権交代ではなかった。30年以上にわたり政治を牛耳ってきた既成政党が一夜にして崩れ去り、35歳・ラッパー出身の市長が率いる新党が圧勝した。何がこの変動を生んだのか。そして「親日国」と呼ばれてきたネパールの現実を、日本はどれだけ直視してきたか。
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第1章 2026年3月、カトマンズに吹いた「変革の風」
 2026年3月5日に実施されたネパール連邦議会総選挙は、同国の政治史において「歴史的転換点」として刻まれる 。この選挙は単なる政権交代を超え、1990年の民主化以降、30年以上継続してきた政治秩序そのものに対する、国民からの鋭く強い社会的批判の表明である。
 これまでネパール政治の主導は、ネパール会議派(NC)やネパール共産党各派など既成政党勢力だった 。これらは王制時代から民主化後において、たらい回しの疑似的な政権交代を繰り返し、政治制度の基本構造は保ち、実質的な支配を続けた 。だが2026年の選挙は、こうした既成政治への有権者の根深い不信が、初めて明確な形で噴出した 。
 選挙の結果、新興政党のラシュトリヤ・スワタントラ党(RSP)が議会第一党になった 。連邦議会下院の275議席のうち、RSPは小選挙区で165議席中125議席(獲得率約75.15%)の圧倒的勝利を収めたうえ、比例代表でも57議席、全体得票率34.7%を得て単独過半数を超える大躍進を果たし、合計で182議席に達した。一方の既成政党勢力は、壊滅的な打撃を受け、総選挙前に政権を担ったネパール会議派は、小選挙区18議席にまで激減した 。
 この歴史的変動を象徴するのが、RSPを率いるバレンドラ・シャー(通称バレン・シャー)である。35歳、ヒップホップ界出身のラッパーのシャーは、2022年カトマンズ市長選で当選して政界入りし、今回は国政指導者としての地位を確立した 。シャーは、旧体制の頂点にあった元首相KPシャルマ・オリと同一選挙区で立候補し、約5万票の大差で勝利した 。まさに既存のエリート政治への「民意による打倒」を鮮明にしたのであり、国内外に大きな驚きを与えた。

第2章 若者の政治意識を変容させた「国内外の社会比較の体験」
 総選挙での劇的な政治変動の背景として、若い世代の政治意識の大変容を指摘できる 。この変容  を理解するには、ネパールが抱える労働市場の歪みと、それに伴う『海外出稼ぎ労働』の常態化という社会構造を直視する必要がある。
 1990年代以降、国内の雇用機会不足(働く場がないため)、若者の海外への労働力流出が続いてきた 。外国雇用局(DoFE)の統計では、年間約50万件近い海外労働許可証が発行され、労働市場は慢性的な供給過剰状態にある 。若者たちは、湾岸諸国やマレーシア、韓国、そして日本などへ渡り、異文化での過酷な労働環境に身を置き、生活を切り詰め、本国へ送金することで残された家族を養ってきた 。
 こうした海外労働は、ネパール経済を支える巨大な柱である。世界銀行の統計によれば、海外からの送金受け入れ額はGDP比25%前後を占め、農村部における家計の基幹的な収入源となっている。だが裏側には、国内の深刻な雇用危機が隠されていることは明らかであろう。つまり、国内経済における表面上の失業率は低く抑えられているが、実際には若年層の広義失業率は27.6%も達し、部分的就労を含めれば若者の約4割が満足な職に就けていない。
 国内外において過酷な環境に置かれた若者たちには、海外生活での労働と生活経験は単なる「稼ぎ」以上の意味を持った 。整備されたインフラ、透明な行政、賄賂を必要としない公共サービス——そうした環境で日常を送るなかで、彼らは自国の政治や制度の問題を、他国との比較を通じて客観的に認識するようになった。特に2020年以降のコロナ禍による強制的な帰国は、国内の雇用不足を再認識させ、蓄積された不満のマグマを抗議運動へと転化させる契機となった。彼らは、既成政党の利権争いを支えるような「沈黙する民」ではなく、国家との関係の再構成を自ら試みる「政治的主体」へと変貌を遂げた。

第3章 「バグバンダ」という制度化された腐敗構造
 若者世代たちの既成政治への不信、その批判と変革の標的は、ネパール政治に特有の慣行「バグバンダ(Bhagbanda)」である 。
 バグバンダとは、連立政権を形成する既成政党のうち複数党が、大臣ポストや行政機関の人事、さらには公共事業の契約や国営機関の役職などほとんどの国家資源を、能力や専門性ではない「政党間の政治的交渉」によって事前配分する慣行を示す 。
 このような分配を裏で支えるのが「ブローカー」となる非公式の仲介者たちである 。かれらは政治家、官僚、企業の三者間の仲介斡旋役として振る舞い、利権の調整や行政人事の取り次ぎを行う。それらが、バグバンダ政治を実質的に運営してきた 。
 この構造の悪質な深刻さは、個別の不正事案としてではなく、もはや国政、行政、企業、教育機関などの内部に深く浸透し、システム化されている点にある 。例えば、最も学術と教育水準が高いと評価されている国立トリブバン大学の最高幹部人事でさえも、本来の教育や学術活動での能力ではなく、政党間の政治取引の対象となる。こうした「バグバンダ慣行による行政・教育・公共サービスの「市民ニーズ」や「公共倫理からの乖離」が常態化している 。行政機関が本来備えるべき専門性や独立性は弱まり、国や地方行政機関が政党政治の延長線上にある利権分配装置として機能しているのである 。
 こうした異常実態についてバレン・シャーが、「腐敗は最大の敵である」と繰り返し選挙戦で訴えたのは、まさに「制度化された腐敗」への真っ向からの対抗宣言であった 。彼は、腐敗の原因を個々の政治家のモラルの問題に帰するのではなく、バグバンダ政治と仲介ネットワークの維持に安住してきた既存の制度構造そのものだと看破した。そして、この本質的な批判こそが、既成政治に絶望していた有権者の心に強く響いたことは明らかであろう。

第4章 日本のネパール援助を再考する
 ネパールの腐敗構造を検討する核心には、外国援助との結びつきがある 。特に日本は、ネパールにとって長年の主要な援助供与国であり、「良き援助国」と評されてきた。すなわち、国際協力機構(JICA)を主体とするODA累計実績は、約3,500億円に達し、道路整備や都市インフラ、教育施設など多岐にわたる分野で支援を展開している 。
 しかし、現地では日本ODAの大型インフラ事業の契約過程においても、政治家、官僚、そしてブローカーが関与することが指摘されている。つまり、そこに不透明な利害関係が存在し、一見『ネパール国民が受益者』とされながら、実際には既成政治家やブローカーが利益を先取りしているとの批判も多い。
 選挙におけるRSPとシャーの『行政手続きの透明化』政策は、当然ながら外国援助事業も射程に含んでいる。援助事業にもバグバンダ慣行が深く根を張っているからだ。これは援助供与国である日本を含む国際社会に対し、援助がネパールの腐敗構造に加担しないよう、透明性と説明責任を厳しく求めるものである。
 さらに、大学、シンクタンク、NGOなどに所属し援助政策を側面から支える知識人たちが、ネパールや援助事業に詳しいからこそバグバンダ慣行への理解を示すという姿勢にも、疑念の目が向けられている。

 例えば、JICA実施の援助事業の事前・事後の評価作業には、外部の研究者や専門家が招聘され、それが透明性と公開性を担保するとされてきた。しかし本来なら評価事業は、客観的かつ批判的な検証であるべきだが、評価者が援助機関から資金提供を受けて調査を実施する構造の中では、研究の独立性が保たれ難い 。評価者が援助機関・JICAの意図をくみ取りながら報酬や現地調査実費を得るという構造は、『誰のための知か』という倫理的疑念を免れない。評価は、日本の納税者のためであり、援助を受けるネパールの人々のためにこそ行われるべきだ。報酬を受けて評価に携わる以上、その評価はJICAへの奉仕であってはならない。
 学術的な評価が政策の正当化を補強する道具へ転落するとき、それは『知の退廃』となる。とりわけ、大学を退職した研究者がJICAの評価事業に従事するケースは少なくない。長年培った現地知識と研究業績を持つ彼らが、細々とした問題点を列挙しながらも最終的には『事業の良き理解者』として報告をまとめるとすれば、それは個人の資質の問題ではなく、そうした評価を生み出す制度的な慣行への問いである。JICAが退職研究者や元職員を評価者として活用し続けてきた事実は、援助事業の自己点検という制度的限界を示している。
 援助評価の現場において、現地のサバルタン(社会的・政治的・地理的に疎外された人々)の声がいかに踏みにじられ、封じ込められてきたか。学問の独立性の観点から、根本的な再検討が求められるゆえんである。

第5章 地政学的力学と地域外交の構造
 ネパールの国内政治の変動は、周辺国との複雑な外交環境とも密接に関係する 。インドと中華人民共和国という二大国に挟まれた地理的条件は、ネパールの外交戦略を規定する大きな前提となっている。経済面ではインドへの高い依存度が続いてきたことから、インドへの「警戒」も必要とされた。そこでネパール歴代政権は、中国との関係拡大・強化により、インドの影響力を牽制する「バランス外交」を基本としてきた。
 しかし2014年以来、インド人民党(BJP)によるヒンドゥー至上主義的な台頭は、宗教的(ヒンドゥー教)・文化的つながりを通じてネパール政治にも強い影響を及ぼしはじめている 。2008年の王制廃止後、いま再び王政復活、「ヒンドゥー国家」への回帰を求める運動が再燃しており、その背景にはインド現政権による統治、すなわち外部からの政治的影響も無視できない 。
 日本との外交関係では、総選挙直前(2月2日〜4日)のパウデル大統領の訪日は、大きな議論を巻き起こした 。両国は外交関係の強化が目的とされたが、選挙直前のタイミングにおいて国内政治の正当性を演出する道具としての外交利用ではないかと、現地メディアでは強く疑義を呈した。また、大統領訪日団に援助事業に関与する人物が含まれていたことも指摘され、援助と政治利権の不透明な関係に対する根強い不信感を浮き彫りにした 。

第6章 まとめ ―ネパール政治の転換と日本への問い
 総選挙でRSPを圧勝させた新政権は、改革の柱として『ネパール・ファースト(Nepal First)』を掲げる。これは、国民と国家の利益を国内の腐敗した利権ネットワークや外国の政治的影響から切り離し、真に国民のために再構築するという決意表明である。
 シャーが重視する具体的政策とは、行政制度の徹底的なデジタル化である 。公共契約や財政の流れを電子的に管理し、全取引を監査可能な形で記録する「デジタル監査(digital audit)」の導入により、ブローカー構造を技術的に解体することが期待されている。
 総選挙は、1990年以降の古い政治秩序の打破を導いた、歴史的な出来事であった 。デジタルメディアで情報を得、海外労働経験を通じて視野を広げた「新思考の有権者」が、既存の支配構造を投票によって覆したのである。
 政治改革は、外国援助の受け入れ姿勢にも大きな変化をもたらすであろう。新政権は、援助が一部の政治家や業者の私利私欲のために消えることを許さず、高い透明性のもとで国家利益のために管理されるべきとの立場を鮮明にしている。これは援助国にも、従来の『友好』という表看板での不透明な関係を取り払い、より透明性と事業効果を高める協力関係の構築を求めるものである。 
 『腐敗撲滅』とのスローガンは、多様な人びとの思いと要求の『結節点』として機能した。もちろん、既存の権威を否定する典型的なポピュリズムの構造ではある。しかしそれは単なる扇動や一時的な変動として片づけるべきではなく、生活に苦しみ、国家の不透明さに絶望してきた若者たちの切実な叫びとして受け止めるべきだろう。
 日本はこれまで、ネパールを『親日国』という一方的な希望的観測で語り続け、その言葉がネパール社会の現実、すなわち腐敗への怒りや格差の拡大を見ないための目隠しになっていたのではないか。日本側こそが、いま『友好』の意味を問い直さなくてはならない。
 ネパールの2026年政治転換は、日本を含む国際社会に対しても、『社会正義』の観点から自らの関わり方を問い直すよう求めている。ネパール社会の劇的な変化をどう受け止め、どう応答するのか。今後の二国間関係、国際協力のあり方、そして私たち自身の社会を考えるうえで、避けて通れない問いである。ネパールの現実を理解することは、私たち自身の課題なのだ。

(ふくなが まさあき 大学教員)

(2026.4.20)
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