【アフリカ大湖地域の雑草たち】(51)
35歳未満の大問題
I 夢はどこに
ウルウルする目
洗濯機を買い替えた。搬入・設置に現れたのは、あどけないと言ってもいいような青年だった。4年前に某大学教育学部を卒業したが職がなく、方向転換を強いられて、いまは家電機器を扱っているとのこと。
「何でもいいから仕事をください」と、暗がりの中から声をかけてきたのは夜警だ。いまの手取りでは親と就学中の弟妹を支え続けるのは「とてもムリ」と、いまにも目がウルウルしてきそうだ。制服で持ち場にいると大きく見えるが、向き合ってみると、少年と言ってもいいくらいだ。
どんな職でもあるだけマシかもしれない。雇用はムリだから起業したい、初期投資を助けてくれと頼まれたことは数えきれない。ケーキショップのためのオーブン、テーラーを始めるための足踏み式ミシンなど、アイディアは微笑ましいが、資金がない。いや、資金はあっても、相応の準備と経験、そしてビジネスの才覚がなければ、遠からず壁に突き当たるだろう。
国内に絶望し外国に希望を託した挙句、危険な罠にはまってしまう人もいる(人身売買については、オルタ広場2025年5月号拙稿『果物の王様の教え』)。
若者に職を
ケニア憲法は、「youth(若者)」を18歳以上35歳未満の者と定義し、国に対し、若者のために特別な施策を講じる義務を定めている。施策とは、教育訓練と雇用へのアクセス、政治的に集まり、代表され、参加する機会を確保することなどだ。つまり、若者が社会を担う主体として、decent job(まともな仕事)に就きながら、積極的に社会参加することは、単に理想のイメージを掲げたのでなく、そのためにアクションを起こさねばならぬ国の責務のうちだ。
ちなみに憲法では、若者のほかにも社会で脆弱なグループ(高齢者、女性、障がい者、子供、マイノリティなど)について規定がある。たとえば、「older member(高齢者)」については、60歳以上の者と定義し、国は、高齢者が尊厳と尊敬の中で暮らし、適切なケアと支援を受けることなどのために施策を講じる義務がある。こちらの方が、理念として日本人にはピンときやすいかもしれない。
若い大陸、若い国
2006年、アフリカ連合はAfrican Youth Charter(アフリカ青年憲章)を採択し、そのスピリッツは、2010年のケニア憲法制定に大きな影響を与えた。世界のどの地域より人口構成が若いアフリカでは、若者を政策的にどう位置づけるかには特別な意味がある。
実際、ケニアは、総人口の4分の3が35歳以下(2019年国勢調査)という若い国だ。健康で、教育があって、道理と礼儀をわきまえた若者が多いが、このうち、いったいどれだけが、憲法が示したビジョンにそって、希望と期待どおりに活躍し、社会を支えていると実感できているのだろう。
II 政府主導の日雇い仕事
ボランティアではない
ケニア政府は、諸外国ドナー支援も得ながら、若者のために具体的な政策努力をしてきている。Kazi Mtaani(スワヒリ語で「通りの仕事」)プロジェクトはその代表的例かもしれない。
一群の人々が、草刈り、側溝の掃除、道路清掃、公園整備など公共作業に従事している姿を見かけることがある(写真参照、Kenya News Agencyから転写)。ボーイ/ガール・スカウトか教会のボランティア活動かと誤解していたが、実はこれは、若者を雇用するために国が主導するプロジェクトだ。2020年4月、コロナ禍ロックダウンのなか、インフォーマル居住地で職がない若者を対象に始められた。求職者の登録、招集、作業後の労賃支払いなどの手続きいっさいはスマホベースだ(註1)。

気になる労賃は、政府発表によると、ナイロビなど主要都市で1日653.10シリング(約740円)、そのほかの場所では600シリング(約680円)だ(2020年、Ministry of Lands, Public Works, Housing and Urban Development、日本円への換算レートは執筆時点)。ただし、筆者が聞いたところでは、1日500シリング、ときには300シリング(約600~350円)が現場の実勢とのことだ。政府発表より少ないのは、何か事情があるのか。ちなみに、一般労働者の法定最低賃金は月額15000シリング(約18000円)ほどだ(The Regulation of Wages (General) (Amendment) Order, 2022)。
(註1)政府のほか、世銀、フランス開発庁、スウェーデン開発協力庁が出資。2022年、20万人超が恩恵を受けた。
家庭がぱっと明るくなる
「驚くかもしれないが、この国には、たった300シリングでももらえれば、それで尊厳と支えを感じる人がいる」
「本当になにもない貧しさでは、1日300シリングでも大きな差だ」
「意味のある仕事かどうかはともかく、必要な収入なんだ」
これらは、Kazi Mtaaniネット上にあった書き込みコメントだ。
これをもう少し具体的に説明すると、たとえば、世帯を持つ人やシングル・ペアレンツにとって、300シリングあれば、肉や魚など「贅沢」をせず、野菜と穀物だけなら、5、6人の家族みんなが、少なくともその日1日は満腹するまで食べることができる。あるいは、親世代(40~50代)から見ればこんな感じか。何年も苦労をして中等教育まで受けさせたのに、息子・娘たちは職がなくてまだ家でゴロゴロしていたところ、そんな子供たちが、ある日自分で働いた労賃で食材を買ってきた。となれば、それだけで家庭がぱっと明るくなるはずだ。
III 2025年抗議デモ
2024年デモから1年
2025年6、7月、ケニアでは、改めて大規模な抗議デモが続いた(註2)。中心となったのは若者たちだ。
Z世代の怒りが爆発、政治的権利に目覚めた若者たち―こんな見出しで報道され、「アラブの春」「地殻変動」とも言われた、2024年増税法案抗議デモから一年。その流血の記憶も鮮明ななか、警察を批判し逮捕されたブロガー(31歳)が留置場で死亡した事件(6月8日)をはじめ、改めて政権への不信感が募っていた(オルタ広場2024年8月号拙稿『線香花火』)。
さらに先立つ4月、英国放送協会(BBC)は2024年デモのドキュメンタリー『Blood Parliament』を作成・公開し(4月28日)、治安部隊の暴力行使は過剰だったと主張した。政府は、BBC動画は一方的だと批判したものの、人々には少なからぬ刺激を与えた(オルタ広場2025年6月号拙稿『ケニアと60年安保』)。
デモの前日、西側諸国の大使は異例の共同声明を出し、暴力を控え、デモが平和裏に行われるよう呼びかけた(6月24日、註3)が、外国の大使に言われるまでもない。昨年と同じ轍を踏むわけにはいかぬ。政府は、デモ当日、テレビ局などによる映像の生放送を禁止したり(6月25日、ケニア通信庁)、早朝から幹線道路を封鎖したり(7月7日)、厳しい体制を敷いた。多くの職場は自宅勤務の措置をとり、学校は授業を取りやめた。
(註2)デモは6月12、17、25日、7月7日の4回。6月25日は、2024年抗議活動1周年、7月7日は1990年民主化要求デモ35周年をそれぞれ記念するもの。
(註3)欧米12ヶ国。日本は入っていない。
死傷者、損害、雇われ暴徒
それでもデモは、死傷者と損害を生み出した。独立警察監視機関(IPOA)が、デモ後、早くも7月24日にまとめた「2025年6–7月抗議対応モニタリング報告」にはこうある(註4)。
市民の死者65人、けが人342人、逮捕された者1126人に加え、警察官171人がけがをし、さらに、多くの財産が損害を受けた。また、不相応に武力を使い、治安と人々の権利を護りきれなかったなど、警察に「定められた活動基準の重大な違反」があったうえ、“goons(雇われ暴徒)”たちが平和的な集会を台無しにし、被害の拡大につながった。
(註4)IPOA(Independent Policing Oversight Authority)は、Independent Policing Oversight Authority Act, No. 35 of 2011(Cap. 86)に基づき設置された独立機関。
IV 仕事の中身はともかく
バイトに誘われて
IPOA報告にある「雇われ暴徒」とは、パンガ(短剣)、棍棒、鞭などで武装してデモ現場に現れ、暴力、略奪、破壊行為を引き起こす人たちだ。被害を拡大したばかりか、デモ参加者たちの意思をくじき、平和的デモという民主主義のツールを骨抜きにした。
資金で人々が動員されること自体は、以前もあったことだと言う人もいるだろう。だが今回は「デモ参加者を装って紛れ込んだ者や、日和見的なgoonsによる暴力、略奪、財産破壊はかつてないほど」(IPOA)だった。
警察の手に負えない、いや、警察とは連携している、など、その素性は情報源により異なるが、問題は、彼らの動機、というか動機の欠如だ。バイトがあると誘われ、仕事の内容を知らずに駆り出された人が多いらしい。
本当に心配なのは
上述した日雇い参加者の書き込み「意味のある仕事かどうかはともかく、必要な収入なんだ」が改めて迫ってくる。日々の必要を満たせるかどうかは、待ったなしだ。そんな若者たちにとって、キャッシュはキャッシュ、どこから来るかを問うゆとりはないのではないか。
若者たちの希望と失望、情熱と怒りで、ケニア社会は引き続き大きく揺さぶられている。そんななか、何人かの人がこんなことも教えてくれた。
「デモ当日動員された警察の人たち、一日中飲まず食わず、あれじゃ短気にもなる」 確かに、警察官の多くも若者だ。そして、「本当に心配なのは2年後(2027年大統領選挙)だ」
在ナイロビ
(2025.8.20)
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