【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

5年ぶりのミャンマー民政だが、報道から見えた選挙に喜びはない

荒木 重雄

 昨年暮れから年を跨いで行われたミャンマーの総選挙で、国軍系議員の議席数が上下両院の86%を占めた。「見せかけの茶番選挙」と批判されながらも、その結果を受けて、3月、軍服を脱いだ国軍最高司令官ミンアウンフライン氏を大統領に戴く「民政」がスタートする。
 だが、期待する市民は僅かとメディアは伝えている。
 この間の経緯を報道から振り返りながら、民政の行方に思いを致してみよう。

 ことは2021年2月にはじまった。ミャンマーでは2016年から民主化指導者アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が政権を担い、20年の総選挙でもNLDは圧勝した。だが、国軍は選挙結果を受け入れず、クーデターを起こしたのだ。
 反発する市民が抗議デモを起こすと、国軍は武力で弾圧し、7600人以上を殺害した。各地で武装蜂起した若者たちは、民主派組織・国民防衛隊(PDF)に結集し、国境地帯に拠点をもつ少数民族武装勢力と連携しながら、国軍と戦闘を開始した。

 このような事態を引きずったままの選挙だから、公正な選挙など望むべくもない。スーチー氏らを拘束し、NLDを解党に追い込み、国軍系の連邦団結発展党(USDP)に対抗できる有力な政党なしの選挙である。しかも、国の2割にあたる地域が、反国軍武装勢力の支配地域か戦闘の激しい地域のため、選挙から外された。昨年末から3回に分けて投票が行われたのも、警備の都合といわれている。

 ◆シラケきった感情が社会を蝕む

 この間の現地からの報道で目についたのは、シラケきった市民の姿であった。街では若者がスイーツの食べ歩きを楽しみ、公園では家族連れが芝生にシートを敷いて憩う平穏な風景に出遇うが、その裏には寒々しい空気が漂っているという。
 一つは経済の悪化である。インフレ率は20%超、貧困率は50%に迫り、25~26年度の実質GDP成長率予測はマイナス2%。さらに大きな要因は、国軍支配の長期化で、「抵抗づかれ」や、官憲の監視や隣人の密告がつねに気になる社会の抑圧感が浸透していることである。
 当初、多くの人々が、国軍と戦う武装勢力に希望を抱いていたが、緊張と不便な生活が長引くにつれ、もう国軍でも民主派でもどちらでもいいと思いはじめる。しかも、一時は攻勢に転じた民主派の武装勢力だが、中国やロシアの後ろ盾で力を得た国軍の攻撃で劣勢を強いられ、国境を越えてタイに逃げ込む若者が相次ぐ事態が、この感情に輪をかける。

 こうした状況から、海外脱出に踏み出す人も増えている。シンガポールや欧米、タイへ。総数は不明だが、24年の1年間だけでも、のべ130万人が国を出たという。在日ミャンマー人がこの数年で急増し、16万人に及ぶのも、こうした状況の一環である。
 国内避難民も370万人に上る。戦火の巻き添えで家を失ったり、国軍への恐怖から故郷を出た人たちである。その一部はヤンゴンなど都市に向かって、都市底辺をさまよい、アルコール依存や薬物にはまる者もいる。

 ミャンマーの人々の心情を表す印象深い記事があった。満月を祝う仏教の祭りに合わせ、国軍が大々的なライブイベントを開いた。屋外の会場に密集した若者たちは、大音響のクラブミュージックに最高潮に盛り上った。市民を弾圧してきた国軍が開いた行事を、大勢の市民が楽しんでいるのだ。記事は参加者たちの声を拾っていた。「鬱々とした気持ちを晴らす機会は、そう多くないから」。「国軍の手のひらで踊らされているのはわかっている。でも、私たちはこの社会で生きていかなくてはならない」。(「朝日新聞」25年12月30日)

 国内避難民の受け入れ先の一つが各地の僧院であることも、付記しておく。

 ◆紫色の小指は誇りか、烙印か

 一連の報道の中で、前駐ミャンマー日本大使・丸山市郎氏のインタビューも記憶に残る。彼は、ミャンマー国軍の、国軍こそが国を導くという伝統的な信念に触れ、国軍はその意志を貫くため、長らく、アウンサンスーチー氏を取り込むか排除するかの策を取ってきたが、どちらも効を奏さず、その結果が、ミンアウンフラインのクーデターとなったことを説明し、したがって、民政にはなっても国軍が支配の意志を曲げることはないことを述べていた(「朝日新聞」26年2月18日)。筆者も同意できる見解である。

 さて、投票の情景である。スーチー氏率いるNLDが圧勝した5年前の総選挙では、コロナ禍の時期にもかかわらず、日の出前から大勢の市民が投票所に詰めかけ、陽気な気分に充ちていたという。だが今回は人影もまばらで、警備の警官ばかりが目立った。
 投票所には電子投票システムが設置され、これがまた、誰が誰に投票したか筒抜けになると有権者を不安にさせた。国軍の意に沿わない投票では身に危険が及ぶことを恐れるのだ。投票にきた人たちの多くもまた、国軍から圧力をかけられたり、投票しないと不利な状況になることを恐れてのことだという。なにせ、前年7月、国軍が、選挙に異を唱えるだけで逮捕という選挙保護法を制定しての選挙である。

 こうした状況を象徴するのが、投票を済ませた人が小指につけられる紫色のインクだ。二重投票を防ぐためだが、5年前の総選挙では、人々は紫色の小指を誇らしげに掲げた。しかし、今回の総選挙では、市民を弾圧する国軍主導の選挙に参加したことを示す「烙印」として、隠すしぐさをする市民が目立ったという。

 前途の多難さが、思いやられる。

(2026.3.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧