「イラク人虐待と「BC級戦犯」」

■コラム 

「イラク人虐待と『BC級戦犯』」   加藤宣幸

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米軍によるイラク人に対するおぞましい虐待の報道がつづいている。軍によ る組織的関与はなく個人を軍法会議にかけるという。これを聞いて私など戦中 派は、どうしても連合国側が多くの日本軍人を「BC級戦争犯罪人」として厳し く裁いたのを連想してしまう。

 1943年、連合国側は戦争責任追及の法理として「平和に対する罪」をA級戦 犯、「人道に反する罪」をBC級戦犯と呼ぶことに決め、A級では主に開戦にい たる経緯を審理し、BC級では日本軍が捕虜や現地住民に行った行為を裁いた。 BC級の逮捕者は実に約2万5000人、起訴5644人、死刑934人、終身・有期刑3413人、無罪1018人、死亡・棄却279人などに達した。そして起訴理由の4分の3 は捕虜に対する虐待であった。

 山下奉文・本間雅晴の2人を除いて起訴された者には名を知られたものは少 なく、殆どは命令系統の末端にいた下級軍人である。軍事法廷はアジア各地5 0箇所で開かれ、審理は平均2日前後という簡易即決「裁判」であった。たし かに告発された行為はおぞましいものに違いはなかったが、現地人に名前の発 音をうろ覚えされたり、顔が似ているだけで処刑されたケースも多かったよう である。

 今も、靖国問題などで記憶されるA級戦犯と違って多くの国民に知られるこ との少ないBC級戦犯問題にこそ戦争の悲惨・実相が色濃く残されている。戦後 半世紀が過ぎ戦争の記憶も次第に薄れる中、特にBC級戦犯問題は忘れられがち である。敗戦当時、国民が同胞の起こした罪に眼をそむけたい気分、祖国を焦 土にした軍部に対する憤懣などが重なりBC級裁判に関心を寄せなかったとも考 えられるが占領軍の方針によるところが大きい。

 GHQはA級裁判(東京裁判)についてはハリウッド仕立ての派手な舞台装置に よって繰り返し国民にその経緯を報道し、天皇を除く戦争指導者の「悪」を暴 いたがBC級裁判については報道を規制し、国民の眼を完全にBC級裁判の実像か ら遠ざけた。

 この情報管理にあたったのはGHQのCCD(民間検閲部)で最盛期には6000人以 上の調査官がすべての報道を事前検閲しただけでなく4年間になんと3億3000万 点の郵便物を抜き取り検査し、およそ80万の私的通話を傍受したのである。 また、時には占領期を通して秘密のベールに包まれ、米軍管理下でいかなる司 法権も監視も及ばない沖縄基地での「強制労働」をちらつかせて編集者を脅か した。このやりかたは現在の「ガンタモ基地送り」と似たもので米軍の常套手 段なのであろうか

。  いま、米国では「大義なきイラク戦争」の失敗、イラク人虐待が世界に明ら かにされ、米国の威信が急落するなか「日本占領の成功」を評価する声がある という。確かにマッカーサーによる昭和天皇の戦争責任免責と政治的利用は成 功し、「大きな混乱」はなく占領を終結させた。しかしその裏には占領期をつ うじて「検閲民主主義」ともいうべき巧妙な装置でBC級戦犯裁判など勝者の恥 部を歴史の表から隠そうとしたのも事実である。今、イラク戦争で「平和に対 する罪」「人道に反する罪」で裁かれるべきは誰かが問われているのは歴史の 皮肉である。我々が犯罪の片棒をかつぐべきでないのは明らかである。