「消えゆく世界の森」

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■ 海外論潮短評(42) ~消えゆく世界の森~
            初岡 昌一郎

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 水資源の保護、二酸化炭素の吸収、生物多様性の保存など世界の未来にとって
不可欠な役割を持つ森林が急速に消滅している。2010年9月25日号で森林
に関する特別報告を掲載している『エコノミスト』誌は、森林の価値が十分に認
識されていないので事態が悪化していると伝えている。

 この特別報告は、同誌が常に使用する小さな活字で14ページにわたる長大な
ものであり、論点も多岐にわたっている。ここでは、同号巻頭の「世界の肺」と
題する社説を踏まえて、特別報告の総論部分と最後の結論部分を中心に簡単に紹
介する。


◇森林保護に人類は迅速な行動を


  最後の氷河期が終わってからの1万年間、人類は森林の破壊を続けながら生き
た。中世ヨーロッパでは、樫と白樺の森の半分が耕地を開拓するために失われ
た。19世紀には一億ヘクタールの森が開発のために喪失した。

 ほとんどの富裕国では木材需要が低下しているが、残存する森林の約半分を占
める熱帯林が人口増のために消えつつある。それに、食糧とバイオ燃料にたいす
るグローバルな需要が拍車をかけている。気候変動も悪影響を与えている。例え
ば、カナダでは近年の暖冬が松食い虫類の激増を招いているし、オーストラリア
では旱魃と山火事が大規模な被害を与えている。

 森林伐採は従事者に雇用と富をもたらすが、長期的に見れば地球全体を窮乏化
させている。熱帯雨林は水の循環を支えており、アマゾンの森林が失われると米
州全域の雨量を減少させ、農業に大打撃を与えるであろう。熱帯雨林が地上生物
種の80%を保存しているので、その喪失は何百万もの生物種を絶滅させる。

 発展の初期段階では、人々は乏しい生計を支えるために森林を伐採した。現代
ではグローバリゼーションが熱帯地方諸国において産出される農産物にたいする
需要を増大させたので、このプロセスを加速化している。同時に、開発途上国が
豊かになるにつれて、人々は家計を超えて物事を考えはじめ、政府は環境保護に
力を注ぐようになる。

 しかし、伐採から保護への転換は遅々として進んでいない。特に現在問題なの
が熱帯雨林である。過去60年間に熱帯雨林の60%以上が喪失し、残りの3分
の2も分断されており、伐採の危険に晒されてきる。世界農業機構(FAO)によ
れば、イングランドの面積と同じ1300万ヘクタールの森が毎年失われてい
る。その大部分は熱帯雨林で、農地拡大のためである。


◇人口の増加が森林減少を招く


  気象変動が松食い虫などの害虫を大量に発生させ、森林に被害を与えている。
それにもまして大きな脅威は人間の増加である。向う40年間に人類は50%増
え、90億人に達すると見られる。増加する30億人のほとんどが、餓えに悩む
開発途上国、特に熱帯地域諸国において生まれる。これらの諸国における食糧需
要が倍増する。現在の低い農業生産性が改善されるとしても、森林の耕地転用が
進むだろう。

 アフリカにおける熱帯林伐採のほとんどは、食糧、用材、バイオ燃料を求める
グローバルな需要によって惹起された、食肉用の牧畜と農業の拡大の結果であ
る。インドネシアでは、調理用とバイオ燃料となるパームオイルが森林伐採の最
大の理由となっている。2000年から2006年までに、年間約50万ヘク
タール分のヤシが新伐採地に植林された。ブラジルにおける伐採はほとんどが違
法で、牧畜用地のためである。アマゾンにおける牧牛は、過去20年簡に
4000万頭へと増加した。もう一つの原因は、大豆耕作が近年に爆発的に増大
し、乾燥地森林帯のサバンナを犠牲にした。大豆耕作民もアマゾンの熱帯雨林に
深く食い込んでいる。

 二酸化炭素を吸収するために地球は無限の森を必要としている。残された森林
を救うという目標はささやかなものである。そのためだけでも。土地規制の強化
や法規施行の厳格化など、林野行政の大幅な改善が必要となる。何よりも、各国
政府が今よりも森林の価値をはるかに高く評価することが必要だ。政治家が気候
変動に真剣に取り組まなければならない。これら全ての努力を組み合わせれば、
革命的な変化が不可能ではなくなる。


◇持続可能性への長い道のり


  アマゾンで最大の牧畜業を擁するブラジル・ペラ州の検察官が、熱帯雨林の保
護に環境団体が束になってもかなわない功績を挙げた。一昨年、違法に開拓を進
めた土地で家畜を飼っていた20の大牧場が摘発された。ウオールマートやカル
フールなどの世界的に有名な小売業が、これらの違法牧場から食肉を仕入れてい
た事が検察によって立証された。牧畜業者には罰金が課され、流通業者にも関係
を清算しなければ、罰金に処すと通告がなされた。

 その効果はドラマティックなもので、流通業者はぺラ州からの食肉購入を停
止、屠殺場が閉鎖された。食肉取扱業者は今後登録され、熱帯雨林の違法伐採を
しないと誓約した牧場とだけ取引すると約束した。この協約に2万以上の業者が
加わった。

 同時に、「グリーンピース」もアマゾンでの伐採禁止に一役買った。その圧力
により、アマゾン産獣皮加工品の最終利用者である、アディダス、ナイキ、トヨ
タ、グッチなど会社も購入停止を行なった。多くの企業が、違法伐採を止めさせ
るためにグリーンピースとの協力を約束した、

 熱帯雨林材利用の停止には、合理的な土地利用計画や法規の実施の面で政府の
積極的行動が不可欠である。民間主導には限界があり、政府のイニシアティブが
必要だ。欧米の政府も御輿を上げつつある。アメリカのレーシー法は、違法に伐
採された木材の輸入を禁止、違反に罰則を課すことになった。昨年7月にはEUも
違法木材の輸入を犯罪とする法を制定した。


◇保護だけではなく、造林が急務


  ほとんどの熱帯地域諸国は、貧困かつ弱体で雨林を保護する意思を持っていな
いし、仮に持っていてもその能力がない。環境保護派や環境NGOなどは、森林の
保護・拡大よりも、二酸化炭素削減という、勝ち目のない目標に向かっている。

 世界的にみれば、森林保護に若干の改善が見られる。保護にこれまでより関心
が向かっているし、違法伐採は一時よりも減少している。現存の森林を伐採によ
る農耕地に転用するよりも、森林自体を高価値なものにしようとする努力がなさ
れている。この努力はこれまでみられなかったものだ。国連の気候変動交渉から
生まれた「森林伐採と森林劣化からの排出削減」(REDD)プランがそれを推進し
ている。例えば、インドネシア政府は商業用の伐採を禁止したが、これはノル
ウェーが約束した10億ドルの贈与を当てにしたものだ。

 前例のないREDDのような計画が実施されるようになったのは、森林減少がそれ
ほど気候変動を脅かしているという認識からである。森林保護は最も安上がり
で、規模の大きなカーボン対処策として採用可能なものである。森林は実際に、
カーボンを有効利用する大きな機会を提供している。植林と焼畑農業による排出
抑制によって、大量なカーボンを大気から回収できる。反対に、森林は地上の
カーボンの半分を保有しているので、その消滅は巨大な脅威となる。

 自然林はもっと保護されなければならない。森林保護は水資源や種の保全など
多様な利点を持っている。だが、森林保護に向けての最近の推進努力は成功を収
めうるだろうか。それはまず、REDDが公約している資金を提供できるかに左右さ
れる。パームオイル産業を抑制しようとするインドネシア政府は、REDDから毎年
1000億ドルを入手するのを期待している。

 仮に期待通りに資金が流入しても、森林の性格はそれぞれ異なるので、大規模
な森林保全は容易ではない。また、国家が効率的な行政に支えられていなけれ
ば、有効な保護策を取れないが、多くの熱帯地域諸国にはこれが欠けている。こ
れらの諸国では、森林が爆発的人口増加によって脅かされている。

 向う40年間に世界人口が50%増加すると予測されているので、森林伐採に
よる耕地拡大以外の方法で食糧を増加する方法を開発しなければならない。弱体
な国家が他に耕作地を求めるように農民を誘導するのは容易ではない。中国のよ
うに、国内でユーカリを植林しながら、コンゴの熱帯雨林をブルドーザーでなぎ
倒すでは困る。

 森林が如何に貴重かを広く認識させるためには、思想哲学的価値観のシフトが
必要となる。気候上の危機が深化するにつれて、そうならざるを得ないだろう
が、それでは遅すぎる。


◇コメント


  環境問題は国内的政策の問題として議論される事は多いが、グローバルな政策
課題として捉えられることはあまり多くない。特に、森林保護についてそういえ
る。日本はダントツの木材輸入国で、世界的輸出量の約半分が日本に向かうとい
われる。特に、東南アジアでは熱帯木材が大量かつ安価に日本に輸出されたため
に、現地では禿山が随所に出現し、洪水などの環境被害を増加させているとい
う。しかし、政府の環境政策や国際協力が、森林保護に及んでいるという例は乏
しい。日本では、違法に伐採された熱帯木材の規制がほとんど行なわれていない。

 他方、国際的に比較すると、日本は森林に恵まれている。これは亜熱帯多雨地
域に位置し、山岳が国土の70%を占めるという立地条件によるものだが、他面
では、高コストの日本の木材を温存して、安価な輸入材に頼ってきた結果でもあ
る。現在では、山間地帯の人手不足と政策不在のために、森林伐採や造林に手が
回らなくなっている。

 ここに取り上げた報告は、二酸化炭素排出削減よりも森林保護・造出によるカ
ーボン吸収効果を強調しているが、両者は対立的でなく、相互補強的なものであ
り、並行して推進すべきで、二者択一ではない。いずれも民間の善意や任意的措
置に任せうるものではなく、立法と行政の両面における政府の責任が重大であ
る。また、森林の保護と植林が國際協力政策の主柱の一つに位置付けられてしか
るべきものである。

            (筆者は姫路獨協大学名誉教授)

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