『春節・張家界旅行記 その2』

中国・深セン便り 

『春節・張家界旅行記 その2』    佐藤 美和子

────────────────────────────────────

(2013年2月初旬の春節休暇に訪れた、湖南省張家界旅行記の続きです。)

 張家界には、『武陵源』と呼ばれる3つの風景区(景勝地)があり、1992年に
はユネスコ世界遺産に登録されています。しかし、武陵源の遊歩道や山道の整備
が進み、また2005年頃に世界一長いロープウェイが出来るまでは、その険しい地
形のために旅行者はさほど多くなく、メジャーな観光地ではありませんでした。
私自身も、授業をサボって旅行ばかりしていた留学時代には張家界という観光地
は聞いたことがなく、頻繁に耳にするようになったのはようやくこの数年のこと
です。

 ここ張家界の観光は、とにかく山登りに尽きます。ロープウェイや、なんと切
り立った崖にへばりつくように設置された観光エレベーター、また一部バスが通
っている区間もあり、観光しやすいようにとてもよく整備されていました。ただ
しそれ以外の部分は、自力でうねうねと細い山道を歩かねばなりません。これが、
なかなかの曲者でした。

 年間でもっとも気温の下がる寒い春節のこと、山道の半分近くが凍っています。
私以外の全員が中国北部出身の同行者たち、みなひょいひょいと慣れた様子で歩
くのですが、寒冷地に住んだことのない私はツルツル滑る氷道にてこずりました。
つるっと滑った勢いでもし柵の隙間を潜り抜けてしまったら、谷底へ真っ逆さま。
ロープウェイを降りて広場に着いた時点ですでにホテルに引き返したくなったと
き、あるのものと出会いました。

 あるものとは、『わらじ』です。60~70代と思しき十数人の地元のお婆さんた
ちが、靴の上から履くわらじを、そこにいた団体客相手に強引に売りつけていた
のです。わらじの作りは日本のもの全く同じで、ただし靴の上から履くために大
きめに作られています。履いた経験どころか、実物を見たのすら初めてで興味が
あったのと、ロープウェイ下り場の前に広がる道が広範囲にわたって凍っている
のが見えたので、転落死を免れるために私も一足、買い求めることにしました。

 既に買わされていた団体客の一人にこっそり値段を尋ねておき、他の商売仲間
よりたくさんのわらじを抱えているお婆さんを見つけ、言い値の半額の10元(約
150円)で交渉成立。他のお客には10元で買ったってバラさないでよ~と言いな
がらも、履き方が分からない私にしっかり履かせてくれました。同行の友人に言
わせると、タダ同然の藁で編むのも簡単なわらじ、10元でもぼったくりだ!だそ
うなのですが。

 そのとき一人のお婆さんが、ロープウェイ下り場前の道を左右に分けている鉄
柵のドアを紐でぐるぐると縛り付け、通せんぼしていました。なぜ?と不思議に
思い見渡すと、柵のこちら側の道はスケートリンク並にすっかり綺麗に凍ってい
ます。しかし柵の向こう側半分は、まったく凍っていないのです。なるほど、観
光客にわらじを買わせるために、凍っていない方の道を勝手に塞いだというわけ
か……。

 それを見た友人は、これにも大層憤慨していました。曰く、道のこちら側のき
れいな凍り方はどうみても不自然、あのお婆さんたちが故意に水を流して凍らせ
たに違いない。小遣い稼ぎのためにこんな阿漕なことをするなんて、許せない!!

 確かにどうかとは思いますが、私はちょっと面白かったです。だってあのお婆
さんたちが、往復100元以上するロープウェイに乗って山上まで来ているとは考
えられませんので、あのお歳で山に毎日登ってきている訳です(ちなみに、みな
鶏がらのようにか細いお婆さんたちでしたが、客を逃すまいと腕を掴む手はもの
すごく力強かったです(笑))。

 商いを終えて帰宅したら、夜はわらじ編みに精を出す。また手法の是非はとも
かく、より多く売るために知恵を絞り、寒空のなか重い水を運んできて道を凍ら
せる。もし道の全部を凍らせたのなら酷すぎると思いますが、通路片側は凍らせ
ずに残してあるところに、そこまでのあくどさは感じません。都会の繁華街にた
くさんいる物乞いに比べれば、この逞しく努力しているお婆さんたちの様子は、
そんなに阿漕だとは思えませんでした。私はむしろ、そういうバイタリティー溢
れる人って好きかも(笑)。

 わらじ以降はさくさく進めた山道ですが、あとひとつだけ問題がありました。
とにかく道が細く、やっと二人横に並べるくらいだというのに、逆ルートで向こ
うからやってくる人たちのほとんどが、すれ違うときにあまりに無頓着なのです。

 道は二人幅、つまり(線引きはないですが)上下線各一人ずつしか通れないと
いうのに、連れと二人横に並んだまま通ろうとする。平気で肩や荷物をすれ違う
人にぶつけながら歩き、お陰で谷側を歩く人はその都度ひやっとする。道の険し
さなどよりも、山道でも『お互いさま』『譲り合い』という感覚を持たない中国
人観光客の傍若無人ぶりのほうが、私的にはよほど怖かったです。

 怖いといえば、もうひとつ。私、張家界で圧死するかと思いました。
 武陵源には、切り立った垂直の山肌に据え付けられた、326mをわずか2分で一
気に50人運んでしまうという、アジア一高いエレベーターがあります。料金は片
道56元(約850円)もするのですが、外側は全面ガラスになっていて視界と景色
が楽しめます。ちなみに武陵源のロープウェイやエレベーターは、どれも欧州有
名メーカー製なので安全だとのことです(笑)。

 私たちがエレベーターを下降で利用したとき、うまい具合に利用客は誰もおら
ず、50人乗りエレベーターが貸切り状態でした。2分で一気に下降し、私が一行
の最後にエレベーターを降りようとしたところ……。

 私がエレベーターから出る直前に、係員に解き放たれた上昇方面での利用客が、
まるで猛牛の群れのごとく大挙して突進してきたのです。一切の躊躇もなくタッ
クルしてくる、殺気立った人々。もし、振り向いた同行の男性二人が埋もれてい
く私に瞬時に気づき、我先にと突進する群れを文字通り蹴散らして助け出してく
れなかったら……。

 どれだけ分厚いのか分かりませんが、全面ガラスの壁に叩き付けられ、良くて
東京の満員電車のように、重力加速度Gに負けてヒビが入ったガラスで怪我をす
るか、下手すりゃ圧死もしくはガラス壁を突き破って転落死です。もがく隙も与
えられず押しつぶされそうになった経験は、いま思い出しても身震いするほど恐
ろしいものでした。

 しかし本当の意味で恐ろしいのは、この先でした。
 助けてくれた相方と友人が激怒のあまり、突進してきた彼らの無法ぶりに怒鳴
って非難したのです。それはそうでしょう、これは中国で有名なスローガン『先
下后上(下りる人が優先、乗る人はあと)』のようなモラルなんて生易しいレベ
ルではなく、人の命に関わる危険行為なのですから。

 しかし内陸部出身らしいその一行は、謝るどころか複数人の男女が同じように
激昂して、こちらに掴みかからんばかりに口々に怒鳴り返してきたのです。つま
りこの人たちは、将棋倒しや狭い空間に一気に人が押し寄せることで、いかに人
が簡単に死んでしまうかを、まったく知らないのです。知らないから、彼らの中
には子供だっていたのにも関わらず(小学生くらいの男の子が赤い顔をして苦し
そうにしていましたが、気づいたのは私だけだった模様)、とにかく自分の利益
が優先、平気で他人を押しのけてしまえるのでしょう。

 エレベーターを運営管理しているスタッフたちにしても、前の客が下り切る前
に次の客を乗せようとした、明らかなミスを犯しています。エレベーターを下降
で利用した私たちは待たずに乗れたのですが、スタッフらによると昇りの客は2
時間待ちで、相当イライラしていたとのこと。

 それならなおさら我先に突進させないように管理すべきだったのに、「悪かっ
た、謝りますからそんなに怒らなくても」と口先だけの謝罪ばかり。激怒してい
る相方たちを適当に宥めてさっさと事を済ませようとしているのが見え見えで、
彼らも自分たちの判断ミスで事故を起こしかねないという認識はまるで持ってい
ないようでした。

 張家界の冬季は、旅行のオフシーズンとされています。オンシーズンでかつ長
期休暇の労働節や国慶節の頃は、このエレベーターに乗るのに6時間待ちもザラ
だといいます。無知とは恐ろしいもの。あのまるで責任感がないスタッフや傍若
無人な観光客、いつか本当にあのエレベーターで事故を起こしそうな気がします。
そして本当に大きな事故が何度も起こって何人もが犠牲にならない限り、この人
々の意識はきっと変わることは無いのでしょう。

 ネガティブな話で終わるのは後味が悪いので、その反対に中国人のスゴイとこ
ろを一つ。

 武陵源の凍った山道を歩いていると、なんと御歳80だというお婆さんが観光に
来ていました。ご本人も、とても80歳とは思えないしっかりした足取りだったの
ですが、息子だという50代の男性が二人、お婆さんの両脇を前になり後ろになり
としっかり支えつつ歩いているのです。

 アラフォーの私ですら凍った道は冷や汗モノなのに、かくしゃくとしたお婆さ
んももちろんスゴイのですが、息子さんたちは何時間もかかるこの山道を、ずー
っとお婆さんを支え続けているのです。なんという孝行心! 我ながら情けない
ことに、わらじで武装した私より、そのお婆さんのほうが歩くの早かったです…
…日ごろの運動不足が祟りました……。

 そして、更にスゴイ人たちに出会いました。こちらのお婆さんは自力歩行が難
しいのでしょう、驚いたことに、車椅子ごと!お婆さんを運んでいたのです。誰
が車椅子の人を連れて、山登りしようと考えるでしょう? あれだけ細くて凍っ
た道、また石の段差だってたくさんありました。自力歩行できるお婆さんを支え
るだけでも体力を使うのに、更に車椅子の重量がかかるのです、すごすぎます!

 並大抵の体力と根気と孝行レベルじゃないですよ、これは。きっと、どうして
も連れて来てあげたかったんでしょうね、車椅子のお婆さんは暖かそうなマフラ
ーやストールでしっかり包まれ保護されていました。

 そうそう、さすがにこの二組には、傍若無人な中国人観光客も驚きつつ次々に
道を譲り、お婆さんたちに声援をかけていましたよ。あぁ、中国人がいつでもど
こでもこんな風であったら、尊敬できる素晴らしい国になるんだけどなぁ~(笑)

 その3に続きます。

 (筆者は中国・深セン在住・日本語教師)
==============================================================================
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップ>バックナンバー執筆者一覧