『英国の子育て・教育』

■【北から南から】英国・コッツウォルズ便り

『英国の子育て・教育』(1)      

                小野 まり
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  日本から英国へ移住してから、はや10年が経ちました。当時7歳だった息子は
現在17歳。いまは英国の高校にあたる「シックスフォーム」へ通っています。こ
の間、私自身にとって一番のカルチャーショックは、やはり日本と英国の教育の
違いかも知れません。そこで、この10年を振り返って、英国の子育て・教育につ
いて紹介してゆこうと思います。

 移住の3年前、まだ4歳だった息子を連れ、英国への取材旅行を敢行しました。
イングランドの南端から北はスコットランドのアバディーンまで、おんぼろレン
タカーを借りて、およそ3ヶ月間の英国縦断の家族旅行でした。

 その際、訪れた先々で知り合ったイギリス人から言われた言葉は、「もし家族
で英国に引っ越して来るなら、子供のためにロンドンなどの大都市ではなく、田
舎にするのよ。」と、まるで判で押したかのように、同じようなことを、色々な
方々から言われたのです。

不思議だなと思っていたのですが、英国では義務教育が始まるのは5歳から。
ちょうど息子の年齢は、この国であればどこの小学校へ入れるべきか、親が真剣
に考える時期だったのです。

 その当時は、まだ移住の移の字も頭になかったので、すぐにはピンと来ません
でしたが、いま思えば、それはそれは素晴らしい助言だったと思います。近年、
日本が抱えている移民問題や少子高齢化問題は、おそらく英国のほうが20年か
30年は先を行っているのではないかと思われます。

それだけに、社会のあらゆる場で、様々な問題が長じていること。それが教育
の現場にも現れていることがその後少しずつですが、気づいてゆくことになりま
した。

 イギリスの人たちが「子育てするなら田舎にかぎる」という理由はいくつかあ
ります。まず第一に、大都市圏の公立校は移民の数が圧倒的に多く、30人のクラ
スに白人がひとりもいないということも、珍しくありません。当然ですが、英語
を第一言語としている子供が少ない場合が多いのです。

 第2は生活環境。英国の田舎が美しいことは、ここで言うまでもありません
が、英国の場合はその景観美だけではなく、ロンドンからどんなに離れている地
方でも、町の中心まで出れば、大都市と同じチェーン店が目抜き通りを飾り、劇
場や美術館が必ずあり、都会とさほど遜色のない文化的な生活を楽しむことがで
きます。

さらに物価や家賃が、大都市に比べ安いのは日本と同様です。また都会に比べ
て安全だということも生活していくうえでは大切なことです。
 
  そして第3の理由、これが最も重要なのですが、教育水準の高さです。教育を
行う環境も、そのレベルも、大都市圏に比べると地方のほうが平均的にいい学校
が多いのです。

 英国の場合、初等・中等教育で私立学校に通う子供たちは全体の5%です。大
学にいたっては、おそよ100校ある大学のうち私立校はわずかに1校。残るすべて
が国立です。私立校の授業料はざっと日本円に換算すると1学期100万円。年間
300万円以上します。

 他方、公立校は「スクールディナー」と呼ばれる給食以外は、制服をのぞいて
すべてが無料。鉛筆やノートも学校で支給されますので、お金はまったくといい
ほどかかりません。制服のある場合も、大概は地元のスーパーストアーで千円前
後で購入できてしまいます。

 このような状況ですので、一般庶民にとっては日本のように「公立がダメな
ら、私立へ」といった選択ができません。いかに環境がよく、教育水準の高い公
立校へ入れるか、子供の将来を考える親ならば、どんなにのんびりしていても、
子供が入学を控えた3、4歳には、真剣に学校選びを開始します。そのようなわけ
で、4歳の息子を連れ歩いている私たちの姿を見て、親切なイギリスの人たち
は、忠告せずにはいられなかったのかも知れません。

 ところで、より良い公立校を探すための手段のひとつとして、英国には「リー
グ・テーブル」と呼ばれるものがあります。これは、小学校や中学校で行われる
全国一斉テストの結果をもとに、公立・私立を問わず格付けされるランキングで
す。毎年、小学校別、中学校別に新聞に掲載されます。このリーグ・テーブルに
載った順位と自分が住む地域にある学校をリサーチし、時には通学圏内にいい学
校がない場合は、家や職場を変えることもあります。

 特に小学校の場合は、「どこの公立も同じようなもの」ではなく、地域や規
模、通っている生徒のバックグランドなどによって大きな差が長じるのです。で
すので、公立の小学校選びは、英国の親たちにとってかなりのプレッシャーと
なっています。

日本でも似たような状況かも知れませんが、私立校のお受験という選択肢が、
ごく限られているで、その他の庶民にとっては、いかに評判の良い公立校へ我が
子を入れるか、結構壮絶な「小学校受験」だったりします。

 まぁ、そんな苦労があるとは露知らず、「なるほど、子育ては都会より田舎な
んだね。」と、イギリス人の言うことを鵜呑みにした我が家は、その3年後に、
まさに田舎の小学校へと、息子を転校させることになりました。自身のカル
チャーショックはこれからですが、それは次回へと譲りたいと思います。

(NPO法人ザ・ナショナル・トラストサポートセンター代表・英国事務局長)

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