【内閣府参与辞任のご報告】

■ 内閣府参与辞任のご報告                   湯浅 誠

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 2010年5月に再任用されたのは、同年3月の辞任時に提案していた、複合
的な困難を抱えた方の生活・就労一体型支援を、当時の鳩山総理が取り組むと決
断されたからでした。それは現在、「パーソナル・サポート・サービス(以下P
S)」のモデルプロジェクトとして25の地域で実施されています。また、内閣
府にPS検討委員会が設置され、制度化を検討しています
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou/suisinteam/、PSのHP→
http://ps-service.jp/)。

 それとは別に、2011年1月18日に菅総理の下に「一人ひとりを包摂する
社会」特命チームが発足して、その座長代理になったことから、同年4月1日か
ら内閣官房・社会的包摂推進室長を勤めてきました。社会的包摂は、鳩山総理が
「みんなに居場所と出番を」とより平易に言い換えた理念で、社会の変容の中で
取りこぼされている人たちの参加を保障するために、社会の組み換えを目指すも
のです。このチームは同年8月10日に「緊急政策提言」をまとめました
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/housetusyakai/dai7/gijisidai.html)。

 ここまでは、再任用の際の政府との〈契約〉の範囲内だと思いますが、予期し
ていなかった事態もありました。東日本大震災の発生で2011年3月16日に
内閣官房に設置された震災ボランティア連携室長を勤めました(同年9月16日
に復興対策本部(現・復興庁)に吸収)。

 辞任の直接の経緯としては、以下の要因を挙げられます。

1)PSモデルプロジェクトの第3次募集が終了し、モデルプロジェクトに一定
  のメドが立ったこと。PSの予算は2012年度まで確保できました。
  2013年度以降の設計についても、引き続きPS検討委員会委員として関与
  していきます(「反貧困ネットワーク事務局長」の資格で参加)。2013年
  度からは、厚生労働省が中心になって制度設計を行っていくのではないかと思
  います。

2)社会的包摂推進室の「緊急政策提言」のうち、「ワンストップ相談支援事
業」 については第3次補正予算通過後、厚生労働省に移管され(所管替え)、
20 12年3月11日からは、震災1周年を期に全国で「寄り添いホットライ
ン」 が始まります(一般社団法人社会的包摂サポートセンターHP→
  http://279338.jp/)。2012年度予算案にも所要の経費が盛り込まれまし
  た。

 よって、再任用時に「課題」として設定した事項(いわば政府との〈契約〉内
容)については、一定のメドが立ったものと判断しました。

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● 政府への要望
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 今回の辞任にあたり、最初の辞任時に書いた「内閣府参与辞職にともなう経緯
説明と意見表明、今後」
http://www.moyai.net/modules/news/article.php?storyid=244)(2010
年3月5日)を読み直しましたが、特に修正する部分はありません。参与という
立場の性格が政府との一種の契約関係であり、政府との関係は水平的・部分的な
ものであること、政府の中にも外にもそれぞれの可能性と限界があること、官民
関係はもっと頻繁に「出たり入ったり」できることが望ましいことなどについて
は、今でも同じように考えています。

 できたことがわずかであること、できなかったことが多いことも、「隅(コー
ナー)のないオセロのようなもの」という感慨も、前回同様です。

 「私は政権にとって外部の人間であり、大きな方針やそれに基づく具体的な課
題設定は、政府が決めるべきものです。それが選挙を通じて国民から国政を付託
されている政府の責任でもあり、主体性でしょう。そして、その課題について個
別具体的に協力するかしないかを判断するのが、私の主体性です」とも書いてい
ました。したがって今回も、課題設定の主体性と責任を持つ政府に、これからの
さらなる課題を要望しておきたいと思います。

 鳩山元総理が「みんなに居場所と出番を」と表現した「社会的包摂(Social
Inclusion)」は、1990年代以降の社会の劇的な変容の中で重要性を増して
いますが、政府としての取り組みは始まったばかりです。社会的包摂は、個々の
政策に意味付与する理念であり、ある1つの政策があれば社会的包摂、なければ
社会的包摂ではない、というものではありませんから、「何を」というのを個別
政策として具体的に名指すことはできません。

 イメージとしては、現状において社会参加・政治参加に支障のあるさまざまな
立場の人たちにとって(この状態を「社会的排除」と呼ぶ)、それが可能となる
ような条件づくりを多方面(給付やサービス、まちづくりなど)で行い、社会自
身がユニバーサル(普遍的)かつ多様性のある状態に変容していくことを後押し
する理念だと言えます。

 イギリスではブレア政権時にこの理念が強調され、推進部局として「社会的排
除局」が設置されました。そこでは各省の個別政策で社会的包摂理念に沿うもの
をかき集めて「社会的包摂政策」としてまとめあげ、それを発表することで、さ
らなる推進を促していったそうです。同時に、ホームレス問題や子どもの貧困問
題といった社会的排除の象徴的なテーマを順番に取り上げて、数年単位でそれら
の課題に予算を重点配分していきました。

 その成果が、コネクションズやチルドレン・トラストなどの子ども若者支援体
制の充実と、2010年に制定された「子どもの貧困対策法」でした。首相のリ
ーダーシップで社会的包摂理念を政府全体として盛り上げつつ、特定の課題に対
する集中的取り組みを進めました。

 私が関わった社会的包摂政策は、社会的排除を受けた人々に生活支援や就労支
援(生活・就労一体型支援)を行い、生活再建・就労実現を目的とするものでし
た。それは「排除を生み出してしまうような社会」の本格的な組み換えを伴うも
のではなく、組み換えは生活・就労一体型支援を行う中で見えてくる諸課題を、
社会的・政治的に提言することで、徐々に雰囲気を醸成していくべきもの、と位
置づけられています。この「控えめ」なスタンスが、「社会的包摂なんていう言
葉は、ほとんど誰も知らない」という日本の現状を反映していることは言うまで
もありません。

 日本とイギリスの歴史的経緯には大きく異なる点があるし、社会的包摂理念を
日本で強めれば、いまの諸課題がきれいに解決するなどということはありません。
イギリスにおいても、福祉国家の挫折とサッチャリズムの後に出てきたブレア政
権の「第3の道」路線には従来の左右両派からの批判があります。社会的包摂理
念は新自由主義と親和的な側面もあり、福祉国家論者の中には批判的な人も少な
くありません。その意味で、社会的包摂の理念や政策には、あらゆる社会構想と
同じく、限界も課題もあります。

 ただ、男性正社員片働きモデルを固定化する日本型雇用と、高齢と障害のみを
社会保障の対象として、子育て・教育・住宅については高い私費負担を前提にす
る日本型福祉社会とのセットが支配的で、そこから排除された人々を自己責任論
という名の社会的無責任論で片付けてきた日本社会において、社会的包摂理念の
もつ意義は大きいと考えています。これからの超少子高齢化・人口減少社会に対
応するためにこの理念をより強く打ち出し、より広く社会に浸透させる努力を積
み重ねることは政府の責務であり、私としてはそのことを現政権に要望しておき
たいと思います。

 国家戦略会議は、今年半ばに最終報告書の提出が予定されていますが、そこで
社会的包摂の理念が「中間とりまとめ」以上に強調され、政府が総理を筆頭にこ
の課題に積極的に取り組むことを決め ―― そのためには、女性や若者の就業率
の向上や家計支出の低減(子育て・教育・住宅費用の低減)、子ども(子育て世
帯)やひとり親世帯、および日本全体の相対的貧困率の低減、に向けた数値目標
の掲げられる必要があると思います ―― そのためにまた協力を求めてもらえる
のであれば、私も協力したいと思います(社会的包摂の実態調査も2012年度
に予定されています。その成果をどう生かすかも今後の課題です)。

 それが、現在の野田政権であっても、また民主党の次期政権であっても、さら
には民主党以外の政権であっても、それは重要ではない。これも、前回の辞任時
に書いた通りです。

(2012年3月7日)

        (元内閣府参与・反貧困ネットワーク事務局長)

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