ゆれる移民の国アメリカ(第八章)

■【エッセー】

ゆれる移民の国アメリカ(第八章)         武田 尚子

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 大統領選挙は、圧倒的なオバマの勝利で終わり、アメリカ史上初の黒人大統領
が出現した。就任以来のオバマの働きはめざましかった。適切な賞賛こそ与えら
れなかったとはいえブッシュから受け継いだアメリカ経済の、大不況への陥没を
防ぎ、テロリズムに賢明に対処して、オザマ・ビン・ラデンにも、りビヤのカダ
フィにも始末をつけた。

 既往症をもつ何百万をふくむアメリカ人すべてに医療保険を与えようとし、自
動車産業を助け出し、ソ連との条約で核廃絶への第一歩を刻んだ。それらは皆非
常に重要な業績であったが、今なおオバマの受けて立つ挑戦の大きさの前では小
さくみえるほどだ。なぜなら、彼の直面しているのは、アメリカンドリームが破
滅のふちにたたされている今、アメリカの経済と、公平のバランスを失ったアメ
リカの社会を健全な路線に戻せるかどうかという難問だからだ。

 移民問題はその大きな挑戦の一部であり、2008年の選挙キャンペーンでオ
バマ支持者の67%をしめたラテン系移民にも、多くを約束していた。前七章ま
でにご紹介したとおり、アメリカには現在ほぼ1100万という非合法移民が存
在する。その大部分は中、南米、ことにメキシコからの移民が最も多い。

 かつてアメリカの農業にとって、メキシコからの季節労働者は歓迎すべき働き
手だった。そしてそれは現在も変わらない。彼等は安価な労働を提供し、収穫期
が終わるとさっさと自国に帰っていった。しかし1982年のメキシコの経済危
機から始まり、1990年代のアメリかの好景気で加速してから現在にいたる非
合法移民の波はあまりにも大きく、アメリカ経済に大きな負担を与えるように
なった。

 農業や肉類のパッキングや道路工事だけではなく個々のアメリカ家庭も乳母や
ハウスキーパーや庭園師などを必要とする。女性の職業が普及するにつれて、必
要は拡大する。アメリカ人の収入の1/10という大差のもとで、メキシコ人は
危険を冒してアメリカ密入国に走り、男手を失った家庭は、アメリカからの本国
送金を待つ。母親さえも、子供を残してアメリカに出稼ぎする事例は既に紹介し
た。個々のメキシコ移民から本国への小額送金は今では移民ドルと呼ばれる巨大
な河になり、メキシコ経済を支える大きな要因になった。

 さらにメキシコ移民を大幅に増加させたのは、1994年にサインされたナフ
タ(北米自由貿易)である。ナフタはカナダ、アメリカ、メキシコの3国間の自
由交易の促進を目的として企画された。ナフタは自由化の法則に従い、貿易、直
接外国投資、外国人によるビジネスの所有権の増加を許容するので、政府の許認
可、規制撤廃を含んでいる。これがメキシコの経済や、農業労働者に与えた影響
には深刻なものがある。

 ナフタのおかげで、北米市場はおおむね統合され、諸種の産物や製品、資本、
原材料、情報や、関係者交流は劇的な飛躍を見た。しかし、サリナス大統領のも
とで手厚い補助金で守られていたメキシコのトウモロコシ産業は、ナフタのため
に、同じく国の補助金に支えられ、企業農法で安価に生産されるアメリカのトウ
モロコシに追われ、メキシコの農場労働者の多くは職を失い、北方アメリカの街
街に流れていくことになった。

 ナフタによって自由に品物は輸入され市場にあふれても、メキシコの産物がア
メリカやカナダの市場にあふれはしない。経済力に格差のありすぎる国との自由
競争は、貧しいメキシコに不釣り合いな犠牲を強いているのである。

 こうしたさまざまな事情が、困窮者のアメリカ密入国をメキシコ政治の安全弁
として働かせてきた。しかし今、アメリカは自らが大きな経済危機を抱えて、自
国の面倒を見なければならない。時あたかも2012年の大統領選挙を1年後に
控えて、オバマのプレシュアははかり知れない。

 ブッシュの包括移民法案は、彼が大統領遺産とすることを願った前向きの改革
案ではあったが、前章で報告したとおり、共和党硬派の反対で実現できず、ブッ
シュは政権の終わりまで、既存法を施行するにとどまった。

 オバマが登場したとき、新大統領への期待は大きかったが、ブッシュ政権の後
半期から続いた経済不振は日々に悪化し、失業率は増大し、国庫は赤字になっ
た。巨額の余剰金を国庫に残したクリントンの後を襲ったブッシュは、イラク戦
争とアフガニスタン戦争に加えてアメリカの2%しかいない富者の税金を減らし
た。その結果の不況は、共和党の音頭取りで、オバマ政策への不当な非難となった。

 オバマ政府の基本的な移民政策を、2010年のホワイトハウスのホームペー
ジからまず紹介しておきたい。オバマはアメリカの破綻した移民政策を改善する
ためには、アメリカの経済的な利益とアメリカ労働者の利益を最優先に考えるべ
きだ、それがアメリカ経済の健全かつ強力な基礎であるとする。彼のガイドライ
ンは次のとおりである。

* 国境の守りをより強固にする。オバマは現在以上の国境警備の人員と、その
ための支 援組織テクノロジーによる国境や重要港の警備を固める。
* オバマはアメリカの移民制度を改善して、新しい包括移民法案を作る。 現
在の機能しない官僚主義的な制度を修理して、移民家族が共に暮らせるよう、合
法移民への道を開く。
* オバマは非合法移民のアメリカへの密入国の動機を失わせる。そのために雇
傭主に移民法を遵守させ、違反した雇用主には懲罰を与え、密入国移民を雇用さ
せない。此の点に重点を置く。
* オバマは、非合法移民でも犯罪歴などない、まじめな人間には、罰金と未払
いの税金を支払い、英語を学び、正規の手続きで入国申請をしている多数者の最
後尾について、市民権を得るシステムを支持する。

* メキシコと協力して、経済的な絶望感から、非合法移民になるメキシコ人の
数を減らす。
  シューマー議員を中心に作られた提案書は、民主党の移民政策の見直しを示す
最もタフなものになった。雇用主が移民を雇うとき、求職者の申請が真実である
かどうかを決めるために、これまでよりよほど慎重な取り調べを行う。移民の誕
生と、死亡した移民の名を記録させて死亡者の名を偽って使わせない処置をと
る。また入国と出国の記録を厳重にするなどの提案があるがおそらく出国記録は
何年もかかる非現実な処置だとの声は高かった

 しかし、この提案は、アメリカの大学で科学や技術を習得した外国人のアメリ
カ滞在を、それまでになく歓迎した。科学系の学生はアメリカの大学を卒業後グ
リーンカードとして知られる永住資格を与えられ、高度の科学教育をうけた中国
やインドからの学生をはじめ世界中の優秀な学生が、正式な居住者に認められる
まで何年でも滞在できるようにする。彼等が家族を呼び寄せることも可能にし、
委員会を設けて、彼等の職場となる労働市場の動きを見守り、外国人労働者の必
要に応じて、こうした認可の数を調整する案である。

 民主党の提案はまた、ほぼ1100万の非合法移民に正式の米国市民の身分を
与える道を用意した。彼等は自らを登記し、法に違反して入国したことを認め、
罰金と未払いの税金をまず支払わなくてはならない。それ以後まず臨時の資格
で、後には永住資格、ついには市民権をも与えられるというものだ。それは棚ぼ
た式に非合法移民に与えられるのではなく、彼等はそれを得るためにまじめに行
動し、真剣にはたらかなくてはならない。しかし共和党の大半は、非合法移民に
正式の市民資格を与えるのは犯罪者にたいするアムネステイー恩赦だと反対した。

 2010年11月の中間選挙で、民主党は下院の主導権を奪われ、上院もマ
ジョリテイを失った。これ以後、オバマの提案はことごとくフィルバスター(議
事進行妨害)にかかり、マジョリテイを失った政府は大部分の議案を実現できな
くなった。

 中間選挙が終わると、たちまち2012年の大統領選挙のキャンペーンが始
まった。『失業者の増加も国家予算の赤字もみなオバマの無能が原因だ』と、共
和党は一致して声をあげる。テイパーテイに支えられた多くの議員は、共和党中
枢の最重要な選挙対策のガイドラインとして、『オバマ落とし』に力を入れる。
それだけが共和党の政策だと言わんばかりに。

 例えば国庫の借入金を期日までに返済せねば、世界におけるアメリカの国家と
しての品格、信用が台無しになるというのに、共和党の拒絶のために、国民をも
ハラハラさせながら、締め切りの直前まで返済期日延期を通さなかった。これま
でにそんな経験がなかったわけではなく、すんなりと両党の合意で問題にならな
かったというのに。

 この空気のなかで、説得交渉を最重要とするオバマの対共和党政策は、強い
ファイターを望んでいた彼の支持者に次第に失望を与え、彼の頻繁な共和党との
妥協に、非難と落胆のきざしが明らかになっていった。

 なかには『共和党はテイパーテイ運動の出現以来、それまでの正常路線を逸脱
するようになった』という共和党内の論者(例えばDavid Brooks)もいるが、返
済期日の問題などは、そのほんの一例にすぎない。

 共和党はさらに、現在では全国民の1%にすぎなくなった超富裕者にもっと税
金を払わせて、アメリカの将来のために教育や医療やエネルギー問題に力を入れ
るべきだというオバマに、そんなことより赤字解消が最重要だ、金のかかる政府
のプログラムを削れとせまる。9%を超える失業率が一向に好転しないことが、
共和党のオバマ追い打ちに拍車をかける。彼の身辺は穏やかではないが、此の中
でオバマは、移民問題にも何らかの新しい突破口を求めねばならない。

 実現しなかったブッシュの包括移民法案はかなり評価できるものであり、オバ
マもその多くを踏襲した。若干ニュアンスの異なる彼の移民対策で最も新しい点
は、ブッシュ時代に頻繁に行われた、職場を急襲しての非合法移民の逮捕をや
め、彼等を雇おうとする雇用主側の移民法違反に懲罰を課したものである。それ
は基本的には雇用主側の不当な低賃金雇用を防ぎ、不公平な市場競争をなくそう
というねらいである。

 オバマ政府は他にもいくつかの移民対策を講じているが、少なくとも一時的
に、政府は多数の、妻を失った男性や寡婦移民の本国送還を停止した。ホワイト
ハウスはまた、自国で虐待された移民の女性にアメリカで避難所を与える手だて
を作り、無能なあるいは堕落した弁護士にあたった移民の訴えを制限するブッ
シュの命令は無効にした。

 民主党は何より新しい包括移民法を確立してその施行に力を注ぎ、その後国境
の警備を十全にするべきだと論じた。けれど共和党は、なによりまずまず国境の
守備だとゆずらない。メキシコとアメリカの国境は全長2000マイルにも及
び、密入国者の往来の最も激しい700マイルあまりに防壁を伸長して巡らせる
ことになると、公的な数字は出ていないが、1マイルにつき150~300万ド
ル近くかかるという。またメキシコからの非合法移民を本国に返そうとするな
ら、送還費が一人につき12,500ドルかかるという。現在の非合法移民は
1100万と推定されていることを想起していただきたい。

 共和党の言うように、今すぐ防壁を増築するなら、問題は過去現在未来を見据
えた大きな展望で正確に把握されることなしに、金だけが入用になのは自明であ
る。では共和党が、アメリカという大所帯の家計不足をわめき、教育はむろん、
社会保障や高年齢者への医療保険さえ削ろうとしていながら、高価な防壁にまず
金をかけろとはどんな理由からだろう。

 包括移民法の審議では、いやでも非合法移民の本国送還費、ボーダーの防壁の
強化、拘留や逮捕、さらに刑務所での、非現実的に莫大な費用が審議されるだろ
う。それをまず実現するなら、赤字はますます増え、オバマ政府が目標にする教
育や医療保健他の福祉用のプログラムは、必ず共和党の言うとおり、削らなくて
はならなくなる。オバマはそれを如何しても避けたい。

 また、既に滞在中の非合法移民に、ある条件を満たしたら合法化への道を開
き、市民として居住を認めるというオバマの提案の必然性、正当性が広くみとめ
られるのを共和党は恐れてもいるのだろうか。あるいは建築産業との結びつきか
らくる選挙戦への恩恵を見越しているためだろうか。あるいは彼等は、移民に
よって生まれ、移民によって活力を与えられ、今なお移民の労働力や創造力の恩
恵を受けている此の国のありようを、アメリカ人の歴史の記憶から抹殺しようと
しているのだろうか。しかしオバマは結局、ある程度の防壁整備はしてのけた。

 アメリカ人の大半が移民の子孫であっても1400万のアメリカ人が失職し、
多数が家を失いつつある現在、非合法移民への風当たりは強い。国境を越えて南
からの非合法移民がたえまなく到来し、全米各地への通路にも使われるアリゾナ
では、これまでの何十年間に最もきびしい反移民法を立法した。

 非合法移民は働くことも、旅行することも、家を所有することも借りること
も、どんな種類の契約を結ぶことも、職を探すことも、政府のサービスに助けを
求めることもできない。言い換えれば、非合法移民を疎外し、彼等が職を持つこ
とも身を守ることも、教育をうけることもできないという法であり、移民関係で
は全米最高の残酷法である。おびえあがったラテン系の人口は、家や職場や農場
を見捨てて出国しつつある。公益事業会社は、顧客が非合法移民とわかれば、水
道も電気も暖房も皆とめてしまう準備をしている。

 要するに、非合法移民と疑われるものは、どこでもいつでもポリスが誰何で
き、移民証明書を携帯しないものはその場で逮捕し、起訴し、非合法移民と確認
したら、国外追放するという法律である。移民証明のないものは、それだけで州
犯罪―軽犯罪となるので、非合法移民はいつ身分が発覚して逮捕され送還される
かの不安なしに暮らせなくなったのである。憲法がなんと言おうと、公共の安全
がおかされようと、地元の経済が不振になろうと何らの顧慮も与えられていない。

 ちなみに地下鉄やハイウエイでポリスが移民書類の呈示を要求するのはフラン
スなどいくつかの国で行われているが、移民は移民証明を常時携帯せよというの
は、移民の国アメリカ始まって以来のことである。

 これはワシントンが何ら画期的な方策を打ち出せないまま、連邦政府に代わっ
て州政府が、今や邪魔者になった非合法移民を除外する自警団制度に似た方法
を、まずアリゾナ州が押し進めようとした結果なのだ。そしてこのやり方は、ア
ラバマ、ユタ、インデアナ、ジョージア、サウスカロライナ、オクラホマ、
ジョージア、ケンタッキー、ミシシッピ、などに模倣を生んだ。

 オバマはアリゾナ立法について、それはアメリカ人がこれまで貴重な資産と考
えてきた公平の伝統に反するだけでなく、市民を守る上に重要なポリスとコミュ
ニテイの関係を悪化させるものだと批判した。彼は滅多に州法に口出しすること
はないが、連邦レベルによる全体的な移民法の見直しを、主立った議員たちに命
じた。

 しかしアリゾナ立法にはかなりの市民の抵抗があった、ジョージア、サウスカ
ロライナ、ユタ、インデアナ、ケンタッキー、オクラホマ、ミシシッピ、ヴァー
ジニア、テキサスなどを含む、アリゾナ流の弾圧を考慮している諸州で、選出さ
れた州官吏、法の執行者、産業の経営者、宗教界の重鎮、ごく普通の市民をふく
むコミュニテイのリーダー格の人達が、熱にうかされたようなアリゾナの首都
フェニックスでは、到底耳にできないこの移民法への反対を、冷静に州の代表者
に提供したのである。

 例えばビジネス側は、雇用主が求職労働者の合法性を確認するなど費用がかか
り過ぎ競争力を失わせる、それはビジネスの死にひとしいと論じた。教会関係者
は、非合法移民を教会や病院にドライブするなどの慈善行為さえ犯罪行為にされ
るのはもってのほかだという。法律家は、ペーパーワークが州の官吏に与える煩
雑な労力と時間を批判した。警察は、誰が非合法か否かの判定など連邦法の管轄
で、地方の警官の関与すべきことではないといなした。

 しかしジョージアがまず一番にアリゾナの立法に近い移民法をパスさせた。
ジョージアの農業者は、此の法案では労働力のバランスが崩れてしまうと抵抗し
たが、共和党が最後には通してしまったのである。次いでユタがゲスト労働者プ
ログラムの新設という移民へのおまけを付けて賛成したが、連邦裁判所は此の法
案の施行を一時停止した。

 フロリダでは、法案成立直前になって、同州の農業者、ツーリズム産業などか
らの抵抗に直面した州の議員たちが、此の案の施行を妨害した。テキサスの民主
党は市中での移民法施行を強化するはずの法案を帳消しにした。テキサスの警察
所長たちは、リック・ペリー知事(2012年の大統領選挙の候補者の一人)が
最優先とした此の法案を没にした。

 少数ではあるが全く異なった方法をとった州もある。ラテンン系人口の増加し
つつあるマリランドとコネチカットでは非合法移民学生を、州内の市民と同額の
費用で公立大学に入学させることにしたのである。

 アラバマ州は雇用主に、大半の雇傭者の合法性を厳重にチェックするシステム
を使うことを要求した。公立学校に在学する非合法移民の生徒が、楽隊やチア
リーディングなどの課外活動に参加することを禁止する。

 非合法移民を村八分にし、パニックを起こさせ、家庭を崩壊させ、さらに特定
の人種グループを消失させるべく、アラバマ州はその権力を拡大しつつある。こ
の新法は法と秩序の衣に隠れて語られるのでその下に潜む偏見はすぐには認知さ
れない。しかしアラバマの反移民感情の底にあるのは、隠された人種偏見だとい
う批判の少なくないことだけをここでは紹介しておきたい。

 この移民法が発表された直後に1000通もの電話が、移民擁護団体のホット
ラインにかかり、妊娠した女性は病院に行けない、犯罪の犠牲者は非合法移民と
して逮捕されるのを恐れて警察に被害の通報をすることもできない、学校へ行く
子供たちから、親の身分が暴かれて国外追放になるかもしれない恐れのために、
子供の欠席が急増した。新法が公表される以前は2000名ちかくのラテン系の
生徒のいた公立学校で、公表後には800名以上が欠席した。アメリカで生まれ
た子供は、合法非合法に関わらず、公立学校の教育を受けられることは、
1982年に最高裁判所が明らかにしたことだったが。

 アラバマ州の司法長官は、これは非合法身分のために子供の教育が受けられな
いという法律では決してありませんという。しかし此の法は、上記の合法非合法
に関わらず、子供は皆公立学校の教育を受けられるという裁決を覆す試みの第一
歩である。

 アラバマ法の、セクション28として知られるその条項は、新入の小、中学校
の生徒および両親が合法移民かどうかを生徒に記入させ、それを学校が州政府に
報告するというものである。単純にみえてもそれは既存の法を迂回しながら、移
民を未来のいつかではなく、今すぐ学校を恐れて追い出す方策なのである。

 オバマ政府が当然ながらユタ、ジョージア、インデアナ、サウスカロライナ
の、アラバマに類似した反移民法案をストップすべく起訴したのは正しい。彼は
地元の、非合法移民の大量検挙を抑制し、彼等がアメリカの保安に脅威を与えて
いるという誤った考えを市民に改めさせなくてはならない。

子供らの学校問題だけではない。あるメキシコの食品店のオーナーは、彼と妻が
メキシコに送還されたとき、米国生まれの子供たちがとどまれるよう、友人に必
要な書類の準備を頼んだ。おまけに彼の店の業績は半減した。逮捕と送還を恐れ
て、非合法移民は農場や工場を避け、子供を学校にもやらないでいる。此の法
HB56はアラバマの農場主やビジネスの経営者から、必要な労働力を奪うので、
これでは農業は破滅だと強い抵抗を示している。

 HB56がパスしてから、オバマ政府はアメリカ法務省の訴訟を通してアラバマ
州に挑戦を投げた。それは、このアラバマの新移民法HB56の施行は全く連邦政
府の管轄であるというものだ。市民権運動組織も、アラバマ法の明らかな人種偏
見の奨励に対して抵抗した。こうした法律的な挑戦はアラバマ法の施行を4ヶ月
間遅らせた。

 おそろしい法律であるが、アラバマの移民コミュニテイやその支持者たちは抵
抗運動に立ちあがった。2011年10月12日には、アラバマ中から『移民の
いない日』というプラカードを掲げ、2006年の歴史的な抵抗運動をモデルに
したプロテストに参加する何千人という、学生や一般人の加勢を得た。労働者は
本部の統制によらない山猫ストライキを組織した。その日、40社にのぼる会社
や工場は、営業を取りやめた。これにはアラバマの、年間27億ドルの鶏肉産業
の50%もふくまれていた。

 この抵抗運動で逮捕された9人の学生と4人の成人の中には、シカゴの労働と
移民権の活動家、マーチン・ウンズエタもいた。彼は公開状で、なぜ彼が不服従
市民運動に参加したかを述べた。移民側の発言をここに要約しておきたい。

 『今日移民社会は日ましにひどい扱いを受けるようになりました。今日、オバ
マ政府は一日に1200名もの移民を本国に送還しています。その人達の90%
は‘コミュにテイを安全に’というプログラムの犠牲者で、なんの罪もおかしてい
ないのに罪人扱いにされているのです。

 私は送還の危険を冒してこの反対活動をしていますが、それは我々の子供たち
の苦しみを放っておけず、移民局と税関(ICE)の虚言にうんざりしているからで
す。彼等は犯罪者を追跡しているのではなく、我々つまり働くものを迫害してい
るのです。

 我々は移民です、ちょうどこの国を作った人達と同じように。我々の子供たち
も、我々自身もこんな待遇を受ける理由はありません。国家保安省と
ICE(IMMIGRATION AND CUSTUMS ENFORCEMENT)は国家保安省の一翼として米国国
境議会におよびその交通安全に関する調査を行うは我々のコミュニテイを無惨な
状態にしてしまいました。我々はそれを変えたいと思います。
 
ドリームアクトばんざーい!その実現を可能にするドリーマーたちよ、ばんざー
い!』

 ドリームアクトとは、2001年に初めて提出され、以来改案を重ね、何回も
議会に登場しながらも、パスしないでいる法案であり、オバマは強く支持してい
る。それは親とともにアメリカに入国した16歳までの未成年者で、高校をアメ
リカで卒業し、アメリカ国防省によって品行の正しいと認められた29歳以下の
若者に、居住した州内の大学で無料で大学教育をうけさせることを骨子としてい
る。共和党は主として、それは非合法移民をますますアメリカにおびき寄せるえ
さになると言う理由で反対している。

 オバマは就任当初から、移民問題については二つのアプローチを想定してい
た。ひとつは非合法移民を本国送還をすることであり、もうひとつは移民法改革
である。いうまでもなく、1100万の在米非合法移民のすべてを本国に帰らせ
ることには莫大な費用がかかる。ICEの2011年1月の報告によると、アメリ
カは2010年だけで40万人(在米非合法移民の4%弱に充たない)の非合法
移民を本国送還するのに、50億ドルをついやした。しかもそれには医療費も、
子供の公立学校での教育費もふくまれていない。

 一人当たりの送還費だけにかかる12,500ドルという数字をもとに、今在
米すべての非合法移民を送り返すとしたらそれだけで137.7億ドルが必要に
なる。しかも、一度送還されても、多くはかならず再入国するのである。前述の
活動家の言うとおり、オバマはこれまでに、40万人という非合法移民を本国に
帰らせた。そのなか1000人以上は殺人犯であり、5800人は性犯罪者であ
る。しかし送還者として一括された40万人中の、単なる密入国者の数は明らか
にされてはいない。

 ブッシュを超えるオバマの送還移民数の大きさは意外であるが、おそらく本国
送還をタフに実行することで、彼の移民法改革への共和党の協力を期待していた
のではないかと思われる。オバマの考える包括移民法では、既にアメリカに滞在
している非合法移民は、英語を学び、罰金と未払いの税金を払った後、正規の入
国申請をしている長い行列の後ろに並んで自分の番を待つ。そしてまじめな移民
であることがわかれば、正規の市民になれるというものだ。こうしなければ、煩
瑣な入国手続きにかかる長い待ち時間を忍耐する正規の入国申請者を、非合法移
民が出し抜くことになる。

 この数ヶ月後オバマは、アリゾナの国境市、エルパソを訪問したのち、共和党
に呼びかけた。彼一流のユーモアも交えて。『自分はあなたがたの要求している
国境の防壁をこれまでになく強固にし、ブッシュ以上に多数の移民の送還を果た
したではありませんか。今度はあなたがたが行動する番だ。しかし、どうもあな
た方のなかにはまたもや目標を遠くに動かして、我々に宿題を与えようとしてい
る人がいるようだと案じられます。メキシコ国境には外堀を作って、ワニを泳が
せれば密入国は防げるといっただれかのようにね。』

 このワニの話は、大統領選を、「家庭の安泰のために」という理由でつい最近
おりたハーマン・ケイン共和党候補の、メキシコからの移民防止法案第1号だっ
た。ケインはその案を笑われ非難されて、あれは冗談だったと弁解した。ケイン
はまた、国境には電気仕掛けで密入国者を殺す電動壁を立てるべきだと発言し
て、人々を呆然とさせ、再び『あれは冗談だった』と主張した人物である。

 ずれにしても、オバマの行ったいまの大量の移民送還の真意は共和党対策であ
ることは明らかになった。しかし就任後、議会を牛耳っていた2年間に、此の移
民法を議会に提出しなかったオバマが、マジョリテイを失った議会で今これを通
させるのは不可能である。だからオバマは、今はこの法案を提出する気はない。
彼の擁護者は失望した。アメリカ市民への道を、キャンペーン中のオバマに約束
されていたラテン系支持者はことに落胆して、支持率を低下させた。

 しかしエルパソのスピーチでオバマは上述の彼の移民法改革案を繰り返し告げ
た。非合法移民は明るみに出てきて税金と罰金を払い、英語を学んだもの、アメ
リカの大学を出てこの国に居住したいもの、ビジネスを始めたいものには市民権
への道が開けること。また、未成年として親とともに入国しアメリカで教育を受
けたか、軍隊に入りたいものには市民権が与えられることも、彼の口からはっき
りと語られた。ワシントンの共和党議員たちは、案の定、彼の提案に耳を貸さな
かった。合法移民はいったん本国に帰ってから、正規の市民申請をしない限り、
それは恩赦にひとしいという主張を繰り返すだけだった。

 さて、此の残酷法の元になったアリゾナの移民法SB1070についてはその後
明らかになった事実がある。アリゾナ法案はアリゾナ州上院議員のラッセル・ピ
アースによって提案され、強く推挙された。しかしIN THESE TIMESの記事による
と、長い目で見れば決して共和党のプラスにはならない反移民法を、ピアースの
旗ふりでなぜアリゾナではヒステリックに推進しようとしているのかがみえてく
るという。

 IN THESE TIMESやNPRの調査によると、此の法案の推進者ラッセル・ピアース
は、国境警備をめぐる政治的な駆け引きと同じくらい、CORRECTION CORPORATION
  OF AMERICA (CCA)やGEO GROUPなど私立の刑務所に、非合法移民が犯罪者とし
て投獄されればされるほど利益が上がる私立刑務所産業の振興を促進するのに懸
命だというのである。つまり、ピアースと私立の刑務所産業とのつながりが、ア
リゾナの反移民法熱をあおっているのだろうという。

 しかもピアースは、此の法案だけではなく、来年度はアンカー・ベイビーに関
する立法を計画している。アンカー・ベイビーとは、アメリカの土に生まれた子
供は、親の合法非合法の身分や国籍に関係なく、アメリカ国籍を得るという法律
にしたがって、アメリカ人となったベイビーをさす。

 ピアースは、此の権利を非合法移民の子供からとりあげたいのである。彼の
EMAILはいう。『私は非合法移民の両親から生まれた子供に誕生証明書を与える
こと、あるいはその誕生を受け入れることを共に拒否するアリゾナ法を推進した
い。ただし少なくとも片親がアメリカ人でない場合のことだが。』ひとたびピ
アースの刑務所とのつながりを知れば、彼の最終的な狙いは誰の目にも見えてく
るのではないだろうか。

 アリゾナの反移民法は、Center for American Progressの最新のニュースによ
れば、思わぬ災禍を招くだろうという。それでなくともひ弱いアリゾナの経済
は、HB56のために10,000人の非合法移民が逃げ出せば、4000万ドル
の萎縮を見るだろうと予想されるためだ。非合法移民はアラバマ農業のバック
ボーンなのである。これらの労働者がいなくなれば、アラバマの農業は次のシー
ズンから不可能になると農場主たちはいう。

 移民の[F1]脱出は既に労働力を不足させており、農作物は農場で腐っている。
おまけに、アラバマはこれで、2010年に移民のおさめた税金に相当する
1300万ドルの税収入を失うだろうということだ。

 さらにアラバマが予期しなかったのは、非合法移民だけでなく、合法移民さえ
もアラママを脱出し始めたことだ。なぜか?これほど敵意にみちた土地に、誰が
喜んで暮らしたいだろう。ともかく合法非合法移民の脱出と共に、アラバマの経
済は萎縮しつつある。

 移民問題はこのように、プラス面とマイナス面の両方をはらんでいるために、
アメリカへの寄稿文でビル・ケラー氏はいう。「此の肥沃な土地に感謝し、多面
的な文化のなかで共存するために必要な忍耐を想起させ、長らく住み着いたコ
ミュにテイから、子供たちによりよい生活を与えるために、自らの根を引き抜く
勇気を教えてきた」と。

 2012年の選挙キャンペーンで移民問題は、基本的には共和党のオバマ排斥
路線にそって、民主党と共和党の鋭い対立がある。しかし共和党のキャンペーン
討論会で、2011年12月現在には最高の人気投票を得ている大統領候補
ニュート・ギングリッチ氏は、けして筆者にも同意できないあまたの意見のなか
で、移民問題だけはおそらく民主党にも大筋として首肯できる意見を述べている。

 それはまず 第一に移民がアメリカの経済を若返らせ、投資を刺激してきたこ
とと、彼等の若い労力が税金を支払い、老齢化する人口を助け、社会保障費の担
い手の大きな部分でもあることをみとめて評価する。

 次いでかれは法の施行なしに、移民法案の改革はない。今日の問題は、ボー
ダーの壁にあいた穴などではなく、非合法移民の雇用主の責任を追及しない事
だ。指紋かなにかで模倣する事のできない国民証明を持たせるべきである。次い
で、非合法移民をみな送還するのは政治的に不適切だ。家族を分裂させ、何十億
という金をかけて恥ずべき残酷な場面を展開するには及ばない。いうまでもな
く、犯罪者やギャングに関係あるものなど、送還されねばならないが、その方策
は容易ではない。しかし新しい国―新しい現実を作るというのは、決してやさし
い事ではなかったはずだと彼はいうのである。

 ケリー氏同様、筆者も脱帽して、ギングリッチがこの点では共和党のライバル
を抜きん出ている事を認めざるを得ない。さて、移民の国も終わりに近づいた
が、近年の新しい現象として、メキシコ人またはメキシコ経由の非合法移民の数
が大きく減少している事をお伝えしなくてはならない。

 それにはアメリカの不景気、強化されたメキシコ国境の防壁が大きく影響して
いるが、さらに国境での歴史上最高といわれる逮捕率が、非合法入国者の劇的な
減少を招いていると識者はいう。しかし一旦アメリカの景気が回復したら移民は
再来するのだろうか。これに答えるためには、メキシコ自体の変化を理解する必
要がある。


◇移民政策研究所―MPIの報告をきこう。


1.メキシコの人口は高齢化しつつある。1960年までは平均7人の子供を産
んだ母親が、今では2.1人しか生まなくなった。ということはメキシコ自体の
労働市場を離れて、アメリカにそれを求める労働者が少なくなることを意味す
る。2.2000年には一人当たり6,000ドルだったGDPが、2008年の
世界的な不況のために低下するまでは10,000ドルに達していたことだけで
も、メキシコ経済の向上は明らかだ。同時期に人口の40%を占めた貧困者も今
では20%に低下した。

 経済の好転と人口統計学上の年齢構成の変化、国境防壁の警備強化、アメリカ
の不景気のもたらした仕事の欠乏が、年間500,000人の非合法入国を
150,000人にへらしたのである。そしてこれは、アメリカの移民問題には
大きな朗報であるのはまちがいない。

 MPIと呼ばれる移民政策研究所は、過去、現在、未来のアメリカの移民問題を
リサーチして、解決のために、いくつかの提案を投げている。その1-2だけを
ご紹介すると。 大統領が移民政策を担当するホワイトハウスとのコーディネイ
ターを任命し、移民問題にあたらせることを移民政策研究所は提案している。

 また国境破りは職を求めるためと、正規の移民としての入国機会がないために
非合法な方法に訴えているのだから、できるだけ多くの労働者を合法にする必要
がある。そして継続して非合法移民を雇う雇用主には懲罰を加える。 国境に警
備員、警備用具、照明その他のテクノロジーを増加させ、政府は毎年議会と国民
に、国境防壁強化の経過や効率を報告する。

 そのほか港湾の守備、種々の手段で旅行し動き回るテロリストの追跡記録の作
成と活用など詳細な提案がある。 さらに重要なのは、移民をアメリカ人として
統合することについての現行政策が不完全過ぎ、しかも資金不足であることだ。
政府は統合の問題を移民政策の焦点のひとつとして、早急にとりあげなくてはな
らない。

 結論として、現今の移民の大波がアメリカに与えている挑戦にどう応えるか
が、21世紀のアメリカがどんな国になるかを決定することになるのだと明言
し、アメリカはそれに応えられると、このレポートは力強く結んでいる。

 オバマの論点とも合致する移民政策研究所の主張の底にあるのは、アメリカ人
のなかに流れる移民の血が、この国を育て、未曽有の繁栄を築いたという大前提
であろう。それは、“圧政に苦しむものよ、貧困にやつれるものよ、皆この国の
岸に来れ”とエンマ・ラザルスの歌った、とてつもなく心の広い国(だった)ア
メリカへの信頼を、何代にもわたって培ってきた人々の勇気と寛容の精神でもある。

 しかしふところが寒くなり始めた今、アメリカでは前代未聞の階級分裂が起き
アメリカンドリームが遠い夢になりつつある。これでよいのだろうか。移民問題
は、アメリカの抱える問題のごく一部にすぎないとはいえ、アリゾナやアラバマ
他に見られる厳しすぎる反移民法が何を招くか、その芳しからぬ兆しは既に現れ
始めた。

 引き続き大統領としてオバマが、人間的な政策で此の問題を解決に近づけてく
れる事を切に望みながら、この稿を閉じたい。それが実現する日には、よろめき
始めたかのアメリカの民主主義のスピリットにも、活が入っている事だろう。(了)

            (筆者は米国・ニュージャシー州在住・翻訳家)

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