アジアと世界に背を向ける安倍・日本

アジアと世界に背を向ける安倍・日本       久保 孝雄

安倍政権を復活させた民主党の罪

 今回の参議院選挙の結果は、昨年末の総選挙で示された民主党に対する国民の不信と怒りの爆発がまだ収まっていないことを示した。戦後初めて投票によって政権交代を実現した国民の熱い期待を打ち砕いた民主党への怒りは、いかに凄まじいものであるかを改めて示した。さらに自民党の暴走を阻止するには野党の結束が必要なことは誰の目にも明らかなのに、民主党は野党結集にも力を尽くさず、少数野党の乱立のまま反自民票の受け皿を作れなかったことへの失望も大きかった。21世紀もすでに10年代に入っているのに、戦前回帰的な価値観を持った右翼政権の誕生に道を開いた民主党の罪状は、かぎりなく重いと言わなければならない。

 今度の参議院選の最大の特徴の1つは、自民党、マスコミ一体となった徹底的な争点隠しであった。本来は、最大の争点であるはずの原発、憲法、TPP、消費税、辺野古問題などが影に追いやられ、「ねじれ解消」「景気対策」が最大の争点に仕立てられた。アベノミクスが選挙向けに脚色、演出され、大々的に喧伝された。安倍首相自身、街頭演説ではもっぱら「ねじれ解消」「景気と経済」の話に終始していた。

 衆・参で過半数を得た安倍首相は、右傾化路線の内外政策を推し進めようとするだろうが、内外ともに障害は多く、平坦な道が開けているわけではない。アベノミクスのリスクが表面化する一方、大企業・産業界に手厚く、庶民の暮らしに冷酷な安倍政治の本性がむき出しになるにつれて、安倍内閣の支持率が低落しはじめてきた。

安倍政権に立ちはだかる「外交」の壁—宙に浮く「中国包囲」戦略

 何よりも、安倍政治の第1の危機は外交面で表面化してきている。日本にとってもっとも重要な隣国である中国、韓国とは国交断絶状態が続き、歴史認識ではアメリカからも不信感が示され、6月の米中首脳会談でアメリカは日米より米中関係を重視していることが明らかになるなど、安倍外交は失敗続きであり、拉致問題や北方領土問題も含めて完全に行き詰まっている。

 安倍首相は国内ではともかく、アジアでも世界でも孤立を深めており、外交問題が安倍政治の最大のアキレス腱になっている。しかし、景気の動向よりはるかに深刻なこの問題を、なぜかマスコミも野党も追及しようとしていない。この危機感の薄さには驚くほかはない。そこで、安倍首相が外交の柱として精力的に取り組んでいる「中国包囲」戦略をめぐる最近の状況を検討してみよう。

●天児 慧(早稲田大学現代中国研究所長 『日中対立』 ちくま新書 13年)
 「中国が対日強硬姿勢を堅持している限り、それに屈することはできない。米国、東南アジア、ロシア、中東を歴訪し、当事国との友好協力を発展させると同時に、日本の国際社会における役割、積極的な貢献の意思を伝えることは重要である。その意味で安倍政権が進めている外交を評価したい」。

●歳川隆雄(「外交戦略は結実だが、アベノミクスは視界不良」週刊東洋経済 6月29日)
 「アベノミクスへの不安が募る一方、安倍外交の評価はうなぎ上りだ」 「中央アジア、ユーラシア大陸から中東を経由してインド大陸、東南アジアが結ばれ、その弧は日本にたどり着く。これが <自由と繁栄の弧>構想の核となるものであり、その弧の内側に位置するのが中国である」 「ユーラシア大陸から東南アジアまで取り込んだ<中国包囲網>の確立は、 6年たった今、やっと日の目を見た」 「日本の首相が久ぶりに世界の耳目を集め、存在感を内外に示した」 。

 著名な中国専門家と政界事情に詳しい政治評論家の最近の文章から、安倍外交を評価、礼賛する部分を引用してみたが、何を根拠にこうした「歯が浮く」ような文章が書けるのか、誠に不思議である。こうした評価がいかに現実から遊離しているか、中国包囲網にとって要(かなめ)ともなるべきいくつかの国々の最近の動きを拾ってみよう。

 まず、インドのシン首相は中国との関係について次のように述べている。 「インドは独立自主の外交政策を遂行しており、中国封じ込めの道具に使われることはあり得ない。中国側とともに努力して、インドと中国が競争相手ではなくパートナーである事を世界に証明したい」 (南アフリカ・ダーバンで開催のBRICSサミットの際の中印首脳会談で 人民網 3月27日)

 豪州政府は最近発表した「国防白書 2013」の中で、「豪州政府は、米中のどちらか一方を選択する必要はない・・・中国を敵国と見なさず、平和的台頭を促すことを基本課題とする」と明記している。記者会見の際、ギラード首相(当時。現在のラッド首相はより親中的)は「中国の影響拡大を歓迎する・・・中国を敵国とは考えない」とくり返し強調していた(ニュースの教科書 5月7日)。

 ベトナムは中国との第4回国防戦略対話(6月、北京)で、南シナ海での領有権問題を「現状維持(棚上げ)」で解決することで合意したが、この会談に参加したグエン国防次官は「米国と同盟して中国と対抗することはない。他国との同盟は自殺行為だ」を語っている(人民網 6月12日)。

 ミャンマーについても、麻生副総理に次いで安部首相も訪問(5月)し、日本企業の「脱中国」の有力候補地として、また中国けん制の一環に組み込むため、2000億円の債権帳消しと910億円の新たなODAなどの大盤振る舞いをしながら、にわかに接近外交重ねている。

 しかし、最近ミャンマー西部から中国内陸部に通じる天然ガスパイプラインが完成し、ミャンマーおよび中東の天然ガスをマラッカ海峡を経由せずに中国に送れるようになるとともに、パイプラインの沿線に高速道路も計画されており、中国とミャンマーの関係はいっそう密接・不可分になったと報じられている(産経 7月15日)。ミャンマーもまた中国包囲網に加担する可能性はゼロに近い。

 東南アジアはどうか。安倍首相は自分の立場への東南アジアの支持を得ようと繰り返し訪問しているが「ASEAN諸国は域内の各大国との関係強化を望んで(おり)、中国を孤立させる政治目的をひたすら抱いている日本を東南アジア諸国が歓迎することはない。これは中日両国間でどちらかの側に立たねばならない危険な状況にASEANを置き、東南アジア諸国の利益にならない」(シンガポール南洋理工大学RSIS 李明江)との声が強い(中国網 7月23日)。

 それどころか、アメリカ側から中国包囲網を空洞化させるかのような動きが、昨年秋から始まっている。昨年9月、パネッタ米国防長官(当時)が中国を訪問し、梁光烈国防相と会談した際、環太平洋合同軍事演習(リムパック2014)に中国を招待したのだ(産経ビズ 12.9.12)。

 リムパックはもともと中露朝を仮想敵とする米英豪加などを主力とする合同軍事演習だが、80年から日本、90年から韓国も参加している。ところが、昨年のリムパックにはロシアが参加しており、さらに来年は中国が参加することになれば、中露は「仮想敵」から外れることになり、リムパックの性格が一変する。

 かつて米軍のトップ(統合参謀本部議長)やブッシュ政権の国務長官(このときイラクに大量破壊兵器があると主張してイラク戦争を発動し、のちに誤りを懺悔した)を務め、最近は核兵器不要論を唱えているコリン・パウエルも「米国は中国と敵対関係にはない。中国が豊かになるにつれ、いつか米国の敵になると考えている人が多いが・・・私はそうは見ていない・・・米国と中国の間で、核兵器であれ通常兵器であれ、紛争が起きると真剣に考えたことはない」と述べている(朝日新聞 7月11日)。

 以上の動きを見ただけでも、中国けん制や中国包囲をめざす安倍外交を、何をもって「評価する」(天児)と言えるのか、何をもって「中国包囲網の成立」(歳川)を云々できるのか、誠に不思議である。それどころか安倍外交の実態は、中韓との外交断絶を取り繕うために、「中国包囲」などというアナクロで空疎な目標に向かって一人相撲をしているようなものではないのか。アメリカ政府筋からも「米国抜きに日本が勝手に立ち回っている」との冷ややかな声が聞こえてきている(CNNTV Sukiyaki Song 4月2日)。

世界に醜態さらす安倍の歴史認識

 さらに問題なのは、安倍外交の根幹にある歴史認識・世界認識が、第2次大戦後国際社会に定着してきた歴史認識の国際標準とも言うべきものを、真っ向から否定することによって国際社会からの総批判の的になりつつあることだ。極め付きは麻生副総理の「ナチスの手口に学べ」発言(7月30日)である。NYタイムスは麻生発言について「(この政権が)ナチス・ドイツと結んだ大日本帝国の歴史をより肯定的に捉えたいと願っているとの不安を裏付けたと思われる」(日刊ゲンダイ 8月6日)とまで書いている。

 安倍・麻生ら政権首脳の歴史認識を突き詰めると、先のアジア・太平洋戦争は自存自衛の正義の戦争であるとの考えにつながり、東京裁判の否定、アメリカ対日占領政策の否定にまで行き着くことを、アメリカは敏感に感じ取っている。

 安倍の歴史修正主義は、反ファシズム・反軍国主義の戦争と位置づけられている第2次世界大戦の結果作られた戦後の世界秩序を否定することにつながり、この世界秩序を作ってきた米英仏中露などの旧連合国(戦勝国)の対日結束を促すことになり、まさに1930年代の悪夢(「満州国」建国を国際連盟から否定されて脱退し、日中全面戦争にのめりこんで破滅した)がよみがえる。

 アメリカで日本研究の第一人者と言われるウイリアム・グライムス氏(ボストン大学教授)は「もし安倍氏が村山談話の撤回をもくろみ、第2次大戦当時の侵略や人権侵害を否定すれば、米国は(安倍氏に対し入国禁止の)措置を講じざるを得なくなる。そうなれば、安倍氏は米国の大統領にも国務長官にも接触できなくなるだろう」との厳しい見方を示している(「村山談話撤回なら米国出入り禁止も」週刊東洋経済 6月29日)。

 安倍首相はアメリカ・タカ派が狙う中国包囲網の先兵役を演じるつもりで対中強硬策を堅持し、日中関係を国交断絶状態にしているうえ、従軍慰安婦問題や侵略未定義論などの歴史認識で日韓関係をも断絶状態にするなど、最も親密にすべき2つの隣国との関係を破壊し、さらに改憲による国防軍創設構想や「新防衛計画」(中間報告、7月24日)における「敵基地攻撃力とミサイル防衛計画」「海兵隊創設」「武器輸出禁止3原則の見直し」などで「好戦的な政府」(ブレジンスキー元大統領補佐官)と見られる政治姿勢を鮮明にし、東南アジア諸国の警戒心をも呼び起こしている。安倍路線に同調しているのは、最近の訪問で安倍首相から巡視艇10隻を供与(ODA)されたフィリピンくらいである(7月28日 各紙)。

米中首脳会談の衝撃—時代錯誤の安倍外交

 中国包囲をめざす安倍外交がいかに時代錯誤かは、6月の米中首脳会談で両首脳が2日間にわたり延べ8時間も話し合った事実を見ただけでも明らかである。2月の同盟国・日本との首脳会談よりはるかに濃密な対話が長時間行われたのだ。

 日本のマスコミは例によって「具体的成果なし。米中の深い溝を露呈。成果なしの会談を友好の演出で糊塗」などといった評価が多いが、中央アメリカ訪問に出た習近平主席をわざわざアメリカに招いたのはオバマ大統領であり、この会談でオバマ大統領は「中国の平和的台頭を歓迎する」と述べ、習近平主席も「中国はいかなる覇権も求めず、平和的発展の道を歩み続ける」と言明している。

 両首脳は冷戦時代の米ソのような「対決」型の大国間関係ではなく、協力と協調を基調とする新しい大国間関係を築くことで合意したとみられる。この意味で、今回の米中首脳会談は米中和解をもたらした1972年のニクソン・毛沢東会談、冷戦終結をもたらした1989年のレーガン・ゴルバチョフ会談に匹敵する歴史的意義を持っていると言える。

 以上でみたように、安倍外交には「評価できる」成果などないし、「中国包囲網の確立」で「うなぎ上りの評価」を受けるような事実も全くない。それどころか、安倍外交は中韓との関係を断絶に導き、独善的歴史観に固執し、麻生のナチス発言を不問にするなど、日本の品位・品格を無残なまでに貶めてしまった。安倍外交はアジアと世界に背を向ける時代逆行の外交であり、戦後日本の歴代内閣が進めた外交のなかで最低、最悪の外交であると断言できる。(8月15日記)

 (筆者は元神奈川県副知事・アジアサイエンス協会名誉会長)
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