アメリカのヒスパニック系住民

【コラム】海外論潮短評(94)

アメリカのヒスパニック系住民
—人口構成で遠からず多数派に—

初岡 昌一郎


 先月号に続いて、先進国社会における少数民族の問題を取り上げる。ロンドンの『エコノミスト』3月14日号が、巻央でアメリカ社会におけるヒスパニック系(スペイン語話者の中南米出身)住民問題について長文の特集記事を掲載している。概論と政治的側面を論じた部分を中心に、その注目すべき論点を紹介する。

 先月号で取り上げた西欧社会の場合、移民の少数民族が増加しても、多数派になることは少なくとも見通せる将来にはない。しかし、アメリカでは、建国以来多数派であった欧州系白人が遠くない将来に少数派に転落すると見られている。これは、同国の今後にとってだけではなく、グローバルに大きなインパクトを与えずにはおかない。

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今世紀中頃にヒスパニック系住民が人口の25%に
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 2世代前には小さな少数派であったヒスパニック系住民が急増し、2050年ごろにはアメリカ人の4人に1人の割合に達するとみられる。建国時のワシントン大統領時代からレーガン大統領時代までの200年間は、ヨーロッパ系白人がアメリカ人口の80−90%を占めていた。リンドン・ジョンソン大統領による移民法改正後に増加を続け、1970年代に700万人だったヒスパニック系住民が現在は5700万人になり、今後の35年間に1億人を突破すると予測されている。

 その反面、非ヒスパニック系白人の割合は2010年当時で64%であったが、2044年ごろには半分以下に落ち込むと予測されている。ほとんどのヒスパニック系は人種的には白人系であるが、これまで学校やレストランから墓場に至るまで差別を受けてきた。1980年代まではアメリカの少数民族問題といえばブラックを指していた。事実、建国以来黒人は最大の被差別少数民族であった。しかし、80年代後半からアジア系とヒパニック系移民が急増、黒人の人口に占める割合は10%台前半に留まったままで推移しており、間もなくアジア系にも追い抜かれ、第3位の少数者集団に転落しそうだ。

 だが、ヒスパニック系社会も決して一枚岩ではない。出身国・地域別に見ると、メキシコ出身者がダントツで64%、次いでプエルトリコ9.5%、中米8.9%、南米6%、キューバ3.7%、ドミニカ共和国3.3%等となっている。

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ヒスパニック系市民の窮境 — 今の状況が続けば社会的分裂が深刻に
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 2050年になってもヒスパニック系市民の現状の窮境が続き、その数が倍加するだけとすれば、人口構成の大変化は社会問題の一層の深刻化をもたらす。ヒスパニックの若者は白人よりも学校をドロップアウトする率が高く、大学卒業者は少ない。成人のヒスパニックが管理職や専門職に就ける確率は白人の半分にすぎない。持家に住む者は少なく、2008年の金融危機で彼らの多数が痛手を蒙った。多くのものは麻薬カルテルと暴力から逃れて南米から北米に移住したが、アメリカは統治能力の乏しい中南米諸国に地理的に近いので、犯罪的ビジネスに手を染める機会が少なくない。

 19世紀から20世紀の前半に、大量の移民が欧州からアメリカに移住したが、彼らは時の経過につれて、いわゆる、アングロサクソン系プロテスタントの理想と価値観に同化されていった。すなわち、自力発展と個人主義、勤勉と節約という価値観に馴染んだ。こうした白人が今や少数になろうとしており、いわゆるアメリカ的価値観が、これまで通り支配的であり続けるかどうかは疑問視されている。

 毎年、90万人のアメリカ生まれヒスパニックが有権者年齢に達している。どの政党も彼らを持続的に捉えてはいない。特に、共和党は疎遠な存在だ。2012年の大統領選では、共和党ロムニー候補が獲得した票の90%が白人であったのに対し、少数民族票の80%はオバマが獲得した。少数民族の若者たちは、彼らの親たちを国外送還することを公約する政党が、雇用や健康保険を如何に論じようとも耳を傾けない。

 ヒスパニック人口がアメリカの人口構成を若返らせている。アメリカ白人の年齢構成平均は42歳であるが、黒人は32歳、ヒスパニックは28歳である。アメリカ生まれのヒスパニックの平均年齢は18歳である。世界の他の先進国は高齢化という将来に直面しているが、アメリカではヒスパニックが学校の空洞化を埋め、将来の労働力を十分に供給するだろう。

 しかし、移民批判論者はヒスパニックに特有な退行現象について懸念を指摘している。これまでの移民集団は世代が下るにつれて社会経済的に向上してきたが、ヒスパニックは停滞ないし後退しているとみる。アメリカ生まれのヒスパニックの子どもたちは親の世代よりも健康状態が劣っており、第三世代では学業成績も後退している。

 しかし、大局的かつ長期的に見れば、緩慢ではあっても、正しい方向に向かっていることを多くの指標が示している。革新的な方法を取り入れた学校はヒスパニックの高校教育を改善し、就学・卒業率を向上させており、高校生の妊娠率を低下させている。ヒスパニックの大学進学率も上がっており、違法移民の子供たちに通常よりも高い公立学校授業料を払わせている州法を保守的政治家が改正するならば、進学率は確実に向上する。公立学校生徒の4人に1人がヒスパニックであることから見て、こうした制度は経済的観点だけからしても障害となっている。

 ところが、超保守派「ティーパーティ」の候補者は逆行する主張を展開している。テキサスは保守的な諸州の中では、これまでビジネスライクな立場をとってきたのだが、テキサス共和党候補者は、学生の法的身分にかかわらず州内大学授業料を補助する法律の破棄を主張している。現実には、テキサス州は引退年齢に入っている白人専門職を代替する高学歴人材の不足に悩んでいる。2050年には、テキサス州の労働力構成が白人1対ヒスパニック3の割合になると予測されている。

 移民反対論者は、ヒスパニック「侵略」説を振り撒いて世論を煽っている。多くのアメリカ人は違法移民問題を非常に過大視している。ヒスパニックの3人に1人が違法移民だといわれているが、2012年の調査では、実数は6人に1人であった。2000年以後、アメリカ生まれのヒスパニックの数が新規移民を上回っている。仮に1700万人の移民を締め出し、身分証明書の無いものをすべて強制送還したとしても、数千万人は残る。

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ヒスパニックの政治参加は低調だが、影響力は次第に表面化
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 ラテン系の有権者とその政治的影響力について、役に立たない、陳腐な2つの決まり文句がある。一つは民主党員が好むもので、「カリフォルニアを見ると、21世紀中ごろのアメリカ全体が予想できる」。この州におけるヒスパニック・ブームは、共和党の壊滅と時期を同じくしていた。カリフォルニア州は、戦後、ニクソンとレーガンという、2代にわたる大統領を出したように、共和党の金城湯池であった。だが、かつてこの州を支配していた共和党は、1990年代にその指導者たちが反移民法を精力的に推進したために多数派から転落した。

 共和党右派がラテン系有権者のことを語る時、このんで引用するのが故レーガン大統領の言葉である。「ラテン系(ヒスパニックと同意味)は本来共和党なのだが、まだ自分で気づいていないだけさ」。彼らが保守的な教会信者であり、家族の絆に結ばれている人たちなのに、民主党に騙されているという意味である。

 殆どの決まり文句と同じように、一定の真実は含まれている。カリフォルニアの保守派はその怒りと警戒心をあらわに誇示してきたが、この現状では選挙に勝てないことを認識している。他方、今日の民主党は伝統的な支持者から見れば文化的に外れた道に入っている。しかし、決まり文句が役立たないというのは、両者とも、いずれにせよラテン系有権者が自分たちに都合よく動くと見ているからだ。

 最近の選挙結果をみると、両党にとって反対のことが示されている。ラテン系有権者は、「移民問題は入り口に過ぎない」ことを共和党に告げている。この問題が前面に出れば、雇用、避妊と妊娠中絶、税金などの問題には入ってゆけない。移民について共和党内にも多様な意見があるのに、聞こえてくるのは右派の排撃論ばかりである。

 民主党は自己満足に耽ることができない。2300万人の有権者のうち、前回の大統領選でも投票したのは約半分にすぎない。昨年の中間選挙投票者はそれよりもはるかに少なかった。ヒスパニックの票が秘密兵器とみられていたコロラド州などで敗北した。ヒスパニックが選挙に関わらないのは、多くの成人に市民権が無いからというよりも、有権者の多くが若者であり、低所得者だからだ。この政治的特徴は、あらゆる人種を越えて世界的に共通している。

 コロラド州で共和党候補が上院選に勝利したのは、移民問題にソフトな立場をとり、これを争点から外すのに成功したことによる。特に、民主党はブルーカラーが多く、拠点とみられる2つの郡で敗北した。テキサスでも民主党は失望を味わった。オバマ選挙で活躍した若い有権者層が離れ、ヒスパニック票の40%が共和党に投じられた。争点となった「人工中絶」に彼らが反対したからで、ヒスパニック票が党派よりも争点や候補者によって動くことが証明された。

 ただ、共和党が閉鎖的で、金持ち優遇の政党という認識は根強い。集団としてのヒスパニックは民主党に強く傾いてはいるが、彼らの票を獲得するにはもっと洗練されたメッセージが必要だ。旧世代は連邦規模のセーフティーネットや人口中絶に関心を寄せるが、新しい世代は英語をよく話し、社会的上昇を阻む壁を打破するために、より広い社会的課題に解決を求めている。民主党が彼らの票を確実視し、当てこむことはできない。

 これまでのところ、ヒスパニック有権者は十分存在感を示していないが、やがて徐々により大きな影響力を持つだろう。過度な政党間対立で民主主義が機能不全になっている中で、浮動票がますます増えている。近年では宗教・宗派対立が政治に持ち込まれ、宗教が政治に影響を強めている。ヒスパニックは宗教心が強いが、指導者が宗教によって政治をリードするのを好んではいない。

 今後次第にラテン系市民がアメリカの本流に加わり、自らを富ませ、社会を若返らせるだろう。どのような形になろうとも、アメリカ社会の本流自体が非常に変容してゆくことにならざるをえない。

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■ コメント ■
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 このエコノミスト誌特集は、アメリカにおけるヒスパニック社会の経済的文化的宗教的側面にも多くのページを割いているが、ここでは政治的な側面を中心にして紹介した。今後のアメリカ政治は、少数民族の人口上の増大を背景に、長期的に見ると社会全体が大きく変容することが予測されている。

 来年の大統領選挙に臨むに当たり、共和党は「ティーパーティ」の推す極右派候補を退け、フロリダ州知事だったブッシュ(弟)を指名するとみられる。それは、彼がヒスパニック系に受け入れられやすい候補という考慮が大きく作用している。彼の夫人はヒスパニック系であり、彼自身もスペイン語を流暢に話す。ヒスパニックに直接話しかける上では、ヒラリー・クリントン民主党本命候補よりも長じている。オバマ選挙のように、ヒスパニックなど少数民族票がヒラリーに圧倒的に流れるとは考えにくく、接戦となる可能性が高い。

 ヒスパニックだけではなく、アジア系や黒人など、社会的経済的に差別を受け、下積みの階層としてアメリカ社会の発展を支えてきた非白人が、今後あらゆる面で次第に台頭する兆しはすでに読み取れる。まず、政治的な存在感を民主主義的な可能性を通じて示してゆくと思われる。それがアメリカ政治の内外政策をより多元的で、もっと寛容で平和的なものとすることに資することを願いたい。こうしたアメリカの変貌を白人社会が積極的ないし消極的でも受容するならば、アメリカ合衆国は文字通り「メルティング・ポット」として諸民族間協調の模範となり、グローバル化する世界のニュー・リーダーとしての役割を果たすだろう。

 しかし、将来への道筋は決して平坦ではないように見える。もしも、白人社会が現在の一部に存在し、ますます顕在化している人種主義と宗教的政治的極右派に振り回されるならば、アメリカ社会全体が一層「サラダ・ボール」化し、諸人種・民族は混在しても、決してそれらが融合しない。そればかりか、現存する政治的経済的社会的な分裂をさらに一段と深刻化させる。そして、アメリカは世界的な影響力をますます失うだけではなく、自壊のプロセスに入り込むだろう。

 アメリカが建国の理想を見失わず、諸民族の真の「合衆国」となる道を着実に歩み始めることを期待したい。このことが、世界の平和的協調的未来に決定的な貢献となるからでもある。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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