エボラ危機

海外論潮短評(87)

エボラ危機 ― 今後の事態はさらに悪化が懸念

                               初岡 昌一郎


 エボラ出血熱対策は決め手を欠くまま、事態が容易ならざる方向に向かっている、と『エコノミスト』(10月18日号)が解説欄「ブリーフィング」で分析している。治療法が未だ見つかっていないこの伝染性疫病が発生、拡大している社会経済的な背景に焦点を当てたこの記事を以下に要約紹介する。

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西アフリカで破滅的脅威となり、世界的に伝播する可能性大
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 3月25日、世界保健機構(WHO)はギニアでエボラ出血熱が発症したことを伝えた。これは西アフリカで初めてのケースであった。その時点で86件の罹病が疑われており、隣国のシエラレオネとリベリアでも同様なケースが報じられ、死者は計60人になっていた。

 10月15日のWHO発表によれば、確認済と未確認を含め、8,997件へと病状が広がり、死者は4,493人に達した。この数字は過小評価であり、多くのケースが未報告とみられている。この状況は、今後に予想される事態から見ればまだ驚愕すべきものではない。12月までに5,000から10,000件の発症が毎週伝えられる、とWHOは予測している。

 幾何級数的な伝染が予測されているが、無限にこのような拡散が続くものではない。1976年にこの伝染病が発見されて以来、20回の大きな発生事件があった。それらすべてはコンゴ民主共和国とその周辺で発生しており、初期の急速な拡大の後に、収束に向かった。しかし、最近の例では次第に地理的境界を広げており、今回はこれまでの死者合計を既に上回っている。

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楽観を許さない今後の見通し
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 これまでの発症例は孤立的な僻地でのものが多く、野生動物や人間を媒体にして伝播する機会が少なかったので、発見後に封じ込めることが容易であった。ところが、今回の西アフリカではこのバリアが破られた。人口の密集地で発見され、農村と都市で拡大しているので、自然に収束するとは考えにくい。大規模な阻止努力が不在なままでは、早急な伝染阻止を期待できない。

 本格的な取り組みがなされていないので、発症数の把握がどの程度されているか分からず、事態の深刻さは正確に判断出来ない。発症数が把握できないだけでなく、エボラのような伝染性の高いビールスが伝染の過程で進化・変容し、スラムなどの環境や人々の行動様式に適応する危険を予測できない。

 1976年にエボラ出血熱が初めて確認された。突然変異性の高いこのビールスの伝染力はスムースなカーブではなく、波動的で、収束する様相を見せたかと思うと、また激しく伝播する。その複雑性が予測を困難にさせている。こうした前提からみて、今後効果的な措置が取られなければ、西アフリカにおける発病は140万件に達するとアメリカ疾病管理予防センター(CDC)が予想している。

 エボラはもはや西アフリカに封じ込められていない。アメリカとスペインの医療関係者が感染しており、それがさらに伝染することが心配されている。感染者の行動をトレースでき、能動的な医療体制が採れる国では、おおむね伝染を抑制できると公衆衛生専門家は見ている。しかし、これまでの数例でコントロールに成功したと報告されているナイジェリアのような国や、インド、中国などスラムが多く、公衆衛生システムの弱い国に伝播すれば、病院における管理能力が低いので感染が拡大しかねない。

 大惨事を回避するために必要な措置はかなり明白に分かっている。まず、事例を素早く確認し、罹病者を隔離し、その行動をトレースしなければならない。教育、キャンペーン、地域社会の協力を通じて、感染率を削減する行動を促進すべきである。困難は、これらのことを迅速かつ大規模に行うことにある。

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罹病国の医療能力の欠如と国際協力の遅延が致命的
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 現在影響を蒙っている3ヶ国はいずれも極貧国であり、様々な面で不安定かつ機能不全だ。ギニアだけは独立後内戦を回避したが、軍事クーデタと争乱に悩まされてきた。シエラレオネは10年前に内戦を終結させたが、諸制度・機関は発足して間が無い。リベリアでは内戦の深い傷跡が未だ生々しく、外国の平和維持軍が治安を維持している。医療機関は殆ど無に等しい。

 エボラ勃発当時、これらの国の医師は合計300人に満たなかった。勃発後、指導的な立場の者を含む、かなりの医者が罹病、死亡した。エボラは医療関係者をまず直撃した。対策上のインフラ構築は外部から提供される以外に可能性がない。これまでのところ、各国政府から若干の援助もあるものの、エボラ患者を隔離する病床の3分の2は、国際NGO「国境なき医師団」によって提供されている。

 現在、シエラレオネの首都、フリータウン近郊の山麓において最初のエボラ患者向けクリニック6ヵ所が、イギリス軍の指揮の下に突貫工事中である。80病床と医療関係者用12床を備えた施設をつくるために、200人余りの建設労働者が昼夜兼行で働き、死体置き場のベッドで仮眠している。電力供給のためにソーラー発電機が搬入され、水の確保のために井戸が掘られている。ハイウエーと接続する道路も建設中だ。

 リベリアでは、NGO「セイブ・ザ・チルドレン」が、70床を持つエボラ患者診療所を4週間で建設した。テントとコンクリートビルの中間的な急造建築だが、隔離施設と広い便所(嘔吐と下痢症状の患者が多い)など、最低必要な機能を持っている。これにより、リベリアではこの2週間のうちにエボラ罹病者対策能力を倍増させた。

 こうした努力は感動的だが、まだ始まったばかりで規模が小さく、蟷螂の斧の様に見える。アメリカ政府は近く17,000床の医療施設を送ると約束した。
 だが、援助の規模とスピードは、ビールス伝染のそれにとても追いつきそうにない。この11月と12月に患者の70%増が予想されているが、その対策には数万床単位の不足が見込まれる。

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立ち遅れる援助と要員の不足が対策を後手に
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 WHOは、50病床を持つ施設の維持に毎月90万ドルの経費が掛かると見積もっている。10万病床を確保して対策を維持するには、毎月20−30億ドルが必要となる。さまざま国の政府が援助を約束しているが、その規模には程遠い。イギリスは2億ドルの拠出を約束し、世界銀行は4億ドルの財政支援計画を作成した。アメリカ政府は3.5億ドルを約束し、さらに10億ドルをその地域での軍の活動に予算化する。しかし、国連潘事務総長は、「援助努力の20倍化」が必要と述べている。

 だが、要員が集まらなければ、資金を活用できない。中国は早くも170人の医療要員を現地に派遣した。海外での医療活動を長年してきたキューバもほぼ同数を派遣し、さらに300人を送る計画だ。

 アメリカ軍が建設している施設は数千人のスタッフを必要とするが、アメリカ軍は化学兵器作戦要員を派遣する用意はない。「国境なき医師団」はオーストラリア政府の250万ドルの資金提供の受け入れを断り、その代わりに医療要員を派遣するように要請した。

 海外からのボランティア応募はあるが、エボラ対策は他の伝染病よりも派遣要請が困難だ。フィリピンの台風被害救援にはマニラ便の座席が確保できないほどボランティアが殺到したが、現地入りを要請された援助活動組織専門家28人のうち、21人が「ノー」といった。

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障害となる葬式や社会慣習を変える地域社会改革
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 医療施設の容量を罹病者数が上回る状況では、多くのケアを地域社会に任せざるを得ないが、そこでは初歩的な訓練が必要となる。ビールスの伝染は体液や排泄物を通じての直接的接触によるので、症状最悪時の血液、大便、吐瀉物が一番危険だ。したがって、こうした伝染病では隔離が不可欠である。

 地域社会が最低限必要とするのは、まず隔離用のテントや小屋だ。次に適切な予防装備をした介護者である。一度感染し、生き残った人は免疫を持っているので、こうした人々を見つけられれば幸運だ。だが、その免疫の信頼性と持続性は十分に確証されていない。こうした地域には、電力や水道が無いことが多いので、患者には初歩的なケアしか提供できない。

 このようなケアユニットがシエラレオネとリベリアで試行されている。これ以外の手段が無いところも多く、訓練された人材が地元にいない場合、介護者自身が感染し、それによって感染を増幅することになりかねない。

 隔離は感染の危険を減少させるが、死者も感染源となるので、その葬式にもっと関心を払うべきである。葬儀には他のコミュニティからも参加者が少なくない。WHOの調査によると、全感染例の60%が、死者に触り、キスするという、伝統的な埋葬慣習によるものであった。シエラレオネでの初期の感染者すべてが一件の大規模な葬儀参列者であった。

 今は感染国すべてにおいて、ビラ、広告、看板を通じて、手洗いや患者との接触回避を通じて感染を避けるように住民に対する啓蒙が行なわれている。携帯電話も有益な情報とデータを医療関係者に伝達しうる。

 ビヘービアの変化は進行しているが、せいぜいのところ継ぎはぎ的である。エボラは伝統的なお祓いや祈祷師によって癒せると信じているものがまだいる。墓地を通路として利用するものがおり、患者を運んだタクシーはそのまま他の乗客を乗せている。生活がかかっていると、面倒なルールは破られる。社会的慣習の改革は、言うは易く、行い難い。

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楽観を許さない見通しと山積する難題
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 ビヘービアの改革がビールスの拡散を抑制するし、将来はワクチンがエボラ出血熱を防止しうるかもしれない。エボラが化学兵器に利用される懸念もあり、ワクチンの開発が急がれている。

 療養センターが大規模に拡大され、人々の生活様式が根本的に改善され、ワクチンが有効と証明されたとしても、これらの地域はすでに甚大な被害を蒙っている。生活と食糧供給のパターンはすでに攪乱され、農民は水の汚染を恐れて農地を放棄し、町の住民はパニック買いに走っている。公務員の給与支給も確保されていない。リベリアの主要な輸出産業であるゴムの大幅な減産を世銀が警告している。

 これまでのところ、増大する死亡者数、社会的混乱、経済的困窮が広範な政治的動乱を惹起してはいない。しかし、この伝染病からの有効な保護策を怠ってきた政府の失政に対する不満、過去の内戦とクーデタの傷跡と対立は、容易に収まるものではない。

 国連治安維持軍のフィリピン部隊は同国政府の命令で既に撤退した。もし内戦が再発すれば、疫病伝染がさらに悪化することは間違いない。国家が崩壊しないまでも、その前途は容易ならないものがある。

 エボラ対策は「オール・オア・ナッシング」の闘いであり、最後の患者の一人が全治するか、死亡するまで予断は許されない。このような規模の災難が襲った後は、残されるチャレンジは巨大なものだ。公衆衛生のインフラ全体が再建・拡充を必要としている。しかし、今はまだ山登り準備の最中である。

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■ コメント ■
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 エボラ出血熱について知れば知るほど、旧約訳聖書「黙示録」の終末論的なイメージに取り憑かれてしまう。最近、アメリカの科学者の書いた地球と宇宙の将来に関する何冊かの本が、20−30億年先に地球が燃え尽き、消滅する予想をよんだことも、そのような予感を強めることに作用しているかもしれない。

 話をより現実的なレベルに戻すと、天災を引き起こすのが人間でないとしても、その被害をマルチ化させているのは人間のせいだとつくづく思う。予防よりも、結果への対策がはるかに高くつくのは、原発事故の例だけではなく、エボラ出血熱病の場合にも当てはまる。

 国連は、1994年のコペンハーゲン社会サミット以降、開発援助の焦点を人間開発に、そして安全保障の重点を国家や国境ではなく、人間安全保障においてきた。この考え方が次第に国際援助の主流になりつつある。だが、グローバル化論と国際貢献論が盛んな日本においてはこの潮流が浸透していない。

 援助は相変わらず、というよりもますます、戦略援助の名のもとに、「国益」(すなわち、企業とエリートの利益を意味する)のために行われている。情報公開を阻害する守秘の壁に隠れて、日本の援助の多くが、送り手と受け手の側でエリートたちを富ませ続けている。

 エボラ関連で、先進国の国際協力と援助が不十分だと指摘されているが、日本の存在感は全くない。国民からの巨額な寄付と公的補助を得ている、そしてこのような人道的医療援助の先頭に本来立つべき日本赤十字は何をしているのだろうか。影も姿も見えてこない。
             (筆者はソシアルアジア研究会代表)


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