今井 正敏28

■8、オルタのこだま(読者の声)       

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投稿「感情が支配する対中国観と教育の問題」

                           今井 正敏
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 「オルタ」26号に掲載された有留 修氏の「上海から日中問題を考える」と
いうレポートは、私が従来から、高い関心を持って読んだり、見聞してきた日中
問題についての論考や主張に比べ、その内容がきわめて斬新で視点も明快であっ
た。
 そして、「日本人の多くが持つと思われる対中国観の根本的な欠陥」を是正す
るための「第三の視点」を身につけることを提言されているが、啓発されること
が多く、大変勉強になった。

 ただ、この密度の濃い内容の中で、若干ご教示を願いたい点があるので、これ
について愚問を述べて見たい。
 有留氏は「日中関係を語る場合には、相手方を冷静に分析、判断して(中略)
より正確な対中観を確立する必要がある。」と強調され、しかし、実際には昔も
今も日本人は「中国をありのままの姿でとらえることができずにいる」と指摘、
その根本原因は「それはずばり、日本人の多くが感情という領域から中国を判断
するという初歩的な間違いを犯しているということに他ならない」と述べ、以下
この「感情が支配する中国観」についての見解を展開されている。

 私が教示を願いたいのは、この「感情が支配する中国観」を多くの日本人がも
つようになったそもそもの原因は、日本における「対中国に関する教育」、特に
19世紀末に起きた日清戦争以降から中国を蔑視し、中国人を日本人より下等な
人種として視るような教え方に問題があったのではないかということ。例えば、
国名一つとっても1912年(大正元年)に「清」に代わって「中華民国」が成立
したのに、この国名よりも「シナ(支那)」という呼称が一般化していて(1937
年に起きた日中戦争を「支那事変」と正式呼称したなど代表例である。戦後も
1972年に日中国交回復が実現するまでは「中国」でなく「中共」と呼んでいた。)、
このため、「中国人」ではなく「シナ人」と呼んでいた例証はきりがなくあるが、
その「シナ人」より日本人は優れた人種であると教え込まれた。

 これらの根底には「教育」があったと思う。これは1925年(大正14年)生まれ
で、20歳の時に敗戦を迎えた私が身をもって体験したことである。有留氏が強調
される中国に対する「感情」も、こうした「正確」でない教育が日本で行われた
結果だと考えられる。

 多分、紙数の関係だと思うが有留氏は、この「感情」と「教育」の相互関係に
ついて、ほとんど触れられていないので、もし、後日機会があれば、この戦前、
戦中における「対中国に関する教育」の問題と「中国に対する感情支配」の関係
についてぜひ、教示願えたらと思う。
                     (筆者は元日青協本部役員)

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