北京の街角から(1)

■「北京の街角から」          谷 洋二

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5月初旬から単身北京に移り住んで人生の晩年を堪能しています。中国にはカ

ネが無くても、人生を充実させてくれる感動と面白さがあるからです。住まいを

構えたマンションの売店付近は、井戸端会議のたまり場で、懇意の店主が「彼は

日本人」と声を発すると「請坐、請坐」(どうぞお座りください)と歓迎してく

れます。北京には東京下町のような人なつっこさがあり、お陰で顔見知りの人が

増えました。

 

北京の暑さには、いささか閉口し、日中は外出を避けて読書と昼寝を決め込み、

時にはなじみの茶店や中医の按摩室(30分400円)に行って戯言談義をやっ

ています。漢字文化圏ゆえ、結構、筆談が通じる有難い国です。敷地内の美容室

で20代の娘さんにマッサージ付洗髪(140円)してもらいながら覚えた中国

語を試すのも楽しみの一つです。

 

◇ 万里の長城の外側に避暑の別天地 ◇

先日、友人の画家に誘われ、万里の長城から10キロ北側にある延慶という所

に避暑に行ってきました。避暑地の延慶は、北京から高速バスで1時間半、赤ト

ンボが飛ぶ那須高原にも似た涼しさです。広い湖畔の遊歩道や近場の渓谷が実に

美しく、北京の郊外にこんな別天地があるとは新発見でした。85年に長城参観

したときの周囲は貧しい農村でしたが、毎日1万人近い人が長城観光に訪れるよ

うで、それが寒村を潤したのでしょうか、こんな田舎にモダンな街を造り上げ、

「夏の都」として売り出しています。

街の中心には天安門広場を模した公園広場があり、夕方には仕事を終えた人々

が三三五五集まってきて社交ダンスやコーラスを楽しみ、貧農社会からの脱皮を

かいま見る思いでした。コーラスの曲目に70年代の革命歌が頻繁にとび出し、

革命の余韻が奥地ではまだ健在なのかと驚きましたが、毛沢東時代を懐かしんで

いるのかもしれません。

新築団地には、空き部屋も多く100平方米の部屋が7000円程度で賃借でき、

自転車にリヤカーをつけた農民タクシー(30円)が行き交うなど人も車も少なく、

北京市内の半額以下で生活できるので夏だけでも脱出したいのですが先送りして

います。

延慶に一泊して世界遺産・万里の長城に歴史の思いを馳せながら渓谷や牧場、

昔と変わらぬ農村生活の一端を見るのは面白いです。北京とその周辺にはガイド

ブックには紹介されていない、意外な別天地や珍現象が多く、お決まりコースの

観光ではない一味違う案内ができるようになったので北京においでの折には是非

連絡してください。

 

◇ 反日デモに対する日中間の落差 ◇

 

先の反日デモについて日本では、政府から論者まで「反日教育の影響」とか

「官製デモ」とか言っていますが、こちらで事後取材する限り、単純な憶測にし

か思えません。

年配者には潜在的な反日感情が残ると思えますが、若者たちは逆に日本への憧

れが強いというのが実感です。改革開放後に生まれた彼らは、日本の音楽や映画

を見て育ち、歴史問題でも世代感覚のズレは大きく、話題を日本に向けると「靖

国参拝など意味があるのか」「小泉はなぜ米国の飼い犬みたいなのだ」と聞いて

きます。

学校教育で「旧日本軍の侵略と蛮行の歴史」を学ぶ彼らは、先のデモについて

「反日教育の影響?馬鹿げた妄想だ」と笑います。日本の若者たちが、米国によ

る原爆投下や空襲の悲惨を習っても反米感情を抱くより、その先進文化にあこが

れて来たこととそう変わらないと思えます。

日本が「反日教育」とよぶ愛国教育の内実は、むしろ中華文明への誇りと民族

的自尊心を持つことで、欧米崇拝に傾斜するのを戒める教育です。革命と建国の

苦労を知らない世代に「社会主義が中国の歴史的選択であった」ことを教えるこ

とが学習指導要項になっています。

 

先日も抗日戦争60周年で新しく完成した「抗日戦争勝利記念館」を見てきま

したが、日本の侵略の爪跡が写真資料などでリアルに編集され、同時に侵略と果

敢に戦って中国を解放した革命世代の犠牲の上に現代中国が存在することを実感

を持って理解させる見事なものです。

「一見の価値大いにあり」で、歴史を風化させまいとする中国と戦争の悲惨を薄

めようとする日本とどちらが未来の平和に前向きか考えさせら、「歴史問題は、

ひとえに現在の問題である」と確信しました。

小泉首相の靖国参拝についての言動には被害国民への思いは微塵も感じられま

せん。銃剣で国土を蹂躙された中国側からすれば「同胞を惨殺し、あるいは化学

兵器の人体実験をやった旧日本軍に崇敬の念を示すとはどういう神経か」と写る

のです。

 

中国には肉親を惨殺された遺族がまだ多くいるのです。日本人だってオウムや

殺人事件で肉親を殺されれば、犯人が死刑にされようが怨念は消えません。

「やめて欲しい」と願う隣国の要請を「外国からとかく言われる筋合いはない」

などと突っぱねる小泉首相の神経にはあきれるばかりです。また、これを支持す

る安部幹事長や若手政治家の言動も常軌を逸しています。

 

◇「反日デモ」どう受け止めるか ◇

        

北京では、いまや東京以上に民間の各種新聞が発行(一部15円程度)されて

いて世界の動きを逐一報道しています。靖国問題では小泉首相が口に歴史への反

省を言いながら、A級戦犯が合祀されている靖国神社に参拝をつづけ、追い討ち

をかけるように政治家の放言が飛び出すので「反省などしていない日本」と写っ

ているのです。

「そのような国が国連の重責を担うのはとんでもない」とネットで呼びかけたの

が反日デモの発意で、これを生んだのは自民党の能天気な政治家たちの行動や放

言だと思われます。

中国のネット人口は、若者を中心に6000万人といわれ、今回の動きは、天安

門以来、久々に学生たちが見せた政治的「民意」の発露であったといえます。日

本は中国の民主化を期待しながら、その一方で「規制・弾圧」を要求しましたが、

これでは「民主化の芽を摘んでしまえ」と主張しているようなものです。

中国政府が、反日デモを容認したのを非難しますが、鎮圧したらしたで海外か

ら批判されたでしょう。民意重視を看板に登場した胡―温体制は、農民の納税免

除や警察の横暴を戒めるなど「優しい政府」政策を推し進めることで、政治の信

頼回復に腐心している状況からも「愛国」を掲げた行動を即座に弾圧するわけに

はいかなかったと考えます。「愛国無罪」を強調したデモのリーダー達にも、そ

んな計算をしていた節があります。

胡主席は、中華全国青年連合会主席として頭角を現した指導者で、若者の支持

は大きな政治基盤です。最初から弾圧で臨めば、日本への融和主義として若者に

限らず、軍幹部を含めた党内批判にさらされかねなかったでしょう。故胡耀峰総

書記が、日本への融和主義を槍玉にあげられ、失脚したことを見れば慎重になる

筈です。政府部内には経済協力での日本重視派も強く、「反日デモは誤り」とす

る意見との板ばさみのなかで激論もあったようです。

その後、北京のデモが収束したことで、「やらせ」論の憶測を生んでいますが、

5月行動が不発に終わり、沈静化したのは「対話」と称してリーダー達を郊外の

温泉に招待して、説得しそのまま隔離してしまったという話を耳にし、事情通の

中国人に聞くとありうることだとの返事がありました。

日中を駆け巡った春の嵐がおさまるや梅雨入りの6月、90歳を超えた旧日本軍

人が、南京にきて「虐殺被害者の慰霊にひざまついて謝罪する姿」がテレビや写

真つきの新聞各紙で報道され中国人の注目を集めました。その良識をメデイアは

讃え「勇気ある行動」と伝えたことで中国人を感心させ、心をなごませています。

            

                               (筆者は中国美術友の会代表・北京在住)