原子力発電技術の歴史に観る電気技術者の社会的責任

【原発を考える】

原子力発電技術の歴史に観る電気技術者の社会的責任

荒川 文生


◆1.はじめに

 電気学会は、「日本に於ける原子力発電技術の歴史調査専門委員会(NDH)」を設置し、其の3年余り(2012〜15)の作業結果を報告書に纏めました。この論文は、その第4章の一部(4・3 社会的責任)を基礎とし、若干の補足と筆者の個人的見解を付記しているものです。玉稿の並ぶ『メールマガジン・オルタ』に寄稿するのも恥ずかしいのですが、編集氏の御言葉に甘えご高覧に供し、ご批判を甘んじてお受け申し上げます。

◆2.研究者と技術者の倫理

 「個の確立」が未熟とされる日本社会において、特に、自然科学分野における研究者と技術者の倫理は、客観的に分析され検討されることが少ないと言えましょう。さらに、これを個人の問題として捉えたとき、個人の内面に於いて深く省みることは、夫々に為されていても、個人と社会との関わりに於いて、その倫理が問われることは稀有であったのではないでしょうか。
 しかし、時代の変化と共に、例えば、技術的成果が社会一般に大きな損害を与えたような場合に、研究者と技術者の社会的責任の問題に含め、その倫理を事実に基づき客観的合理性をもって分析し検討することの重要性が、深く認識されるようになってきました。従って、日本における原子力発電の歴史を検証し、その未来にあるべき姿を展望するうえで、研究者と技術者の倫理をその基礎に置くことの意味は極めて深く、しかも、それは建前だけでなく、本音ベースで実践的に検討されることに意味があります。

◆3.「原子力ムラ」と電気学会

 2011年3月11日に惹起した福島第1発電所の事故とそれに伴う災害に関し、多くの批判が「原子力ムラ」に集中しました。しかし、その「ムラ」の定義も明らかでない中で、原子力発電に関わる研究者と技術者の社会的責任の問題、就中、その倫理を問うことは容易ではありません。そこには、日本の社会や組織特有の「無責任構造」があるとも言われています(文献1)〜(文献3)。翻って、原子力発電に研究と技術の両面で深く関与して来た電気学会は、「原子力ムラ」の一員であるのか無いのか、よく考えてみる必要がありましょう。

 電気学会の原子力研究は、「原子力技術委員会」で推進されて来ていますが、その活動は比較的限定的です。例えば、事故直後に電気学会が開催した公開シンポジウムでは、発電所の事故に関わる議論が殆ど為されず、専ら、津波を含む震災に見舞われた東関東地方に於いて、ガスや水道と共に「ライフライン」を担う電力系統が如何に速やかに回復されたかが「検証」されました。そこでは事故後の「計画停電」に協力した「消費者代表」も、壇上から「関係者」への賛美を語りました。電気学会としての立場は、事故に関し「部外者」というものでした。本調査専門委員会(NDH)でも、電気学会の対応は、願望と予測とを混同した「不作為の作為」であると指摘されています。

 また、電気学会は、「安全神話の流布に加担した罪を償う」として提出された会員の申請を「根拠なし」として却下しました(2011年5月)。この申請が根拠としたのは、電気学会が掲げる倫理綱領、就中、行動規範(1−2)を会員として遵守していれば、3・11の原発事故を防げたのではないかと、自らの責任を問うことでありました。しかし、電気学会倫理委員会の慎重な検討結果は、「規範は、それが守れなかったからと言って、それを罪として罰するものでは無い。」というものです。凡そ、高度な電気技術の集約でもある原子力発電所が、3・11原発事故のような事態を惹起し、一般公衆に多大な被害を及ぼした状況の下で、「電気技術が公衆の安全や環境を損なうことにより健康および福祉を阻害する可能性があることを強く認識し、技術が暴走し破滅的な結果を招かないよう、安全の確保と環境保全のため常に最大限の努力を払う」ことを規範に掲げる電気学会が、何の責任も自らに問わずして、一般公衆の尊敬は勿論、篤い信頼を得ることなどあり得るはずも無いのではないでしょうか。

 3・11の原発事故を貴重な契機として、これらに会員がどの様に対応したのかという経緯と、今後どのように対応すべきかと言う方針を、電気学会の倫理綱領に照らして分析し検討することには深い意味があり、日本における原子力発電の歴史を検証し、その未来にあるべき姿を展望するうえで、極めて有意義と思われるのです。

◆4.倫理の理論と実践

 電気学会倫理綱領と行動規範は、1998(平成10)年5月21日に制定され、2007(平成19)年4月25日に改正されました。更に、2013年にはその英文表記が整えられました。
 そこでは、「電気学会会員は、研究開発とその成果の利用にあたり、電気技術が、様々な影響やリスクを有することを認識し、持続可能な社会の構築を目指して、社会への貢献と公益への寄与を果たすため、以下のことを遵守する。電気学会も、その社会的役割を自覚し、会員の支援を通じて使命を遂行するとともに、学術団体として公益を優先する立場で発言していく。」と謳われ、以下10項目が列記されています。

1.人類と社会の安全、健康、福祉をすべてに優先するとともに、持続可能な社会の構築に貢献する。
2.自然環境、他者および他世代との調和を図る。
3.学術の発展と文化の向上に寄与する。
4.他者の生命、財産、名誉、プライバシーを尊重する。
5.他者の知的財産権と知的成果を尊重する。
6.すべての人々を思想、宗教、人種、国籍、性、年齢、障がいに囚われることなく公平に扱う。
7.プロフェッショナル意識の高揚につとめ、業務に誇りと責任を持って最善を尽くす。
8.技術的判断に際し、公衆や環境に害を及ぼす恐れのある要因については、その情報を時機を逸することなく、適切に公開する。
9.技術上の主張や判断に際しては、自己および組織の利益を優先することなく、学術的な誠実さと公正さを期する。
10.技術的討論の場においては、率直に他者の意見や批判を求め、それに対して誠実に対応する。

 さらに、「行動規範」において、次のように述べています。

1-2 安全の確保と環境保全
 会員は、電気技術が公衆の安全や環境を損なうことにより健康および福祉を阻害する可能性があることを強く認識し、技術が暴走し破滅的な結果を招かないよう、安全の確保と環境保全のため常に最大限の努力を払うと共に、安全と環境管理に関する責任体制を明確化する。

 これらを基にした電気学会の倫理に関する具体的実践としては、事例集の編纂とそれに拠る教育活動が挙げられます。工学教育の国際基準を定めている「Washington Accord」に電気学会も準拠する立場にあり、これが「基準」の第一に技術者倫理を挙げていることからも、この事例集は教育現場で活用されています。しかし、これを教育する立場の研究者や技術者が、これまで自らの行動を倫理的に省みることが少なかった現状では、倫理教育が御題目だけの非実践的なものに堕しているという批判もあり得ます。事例集は、現在、第3集の編纂が行われていますが、そこに第2集にある「JCO臨界事故」に続き、「福島原発事故」が掲載されるのかどうか、注目されています(文献4)。

(写真1:柴田鉄治「電気学会のドンキホーテ」、電気新聞、2011年8月10日)画像の説明

 電気学会会員が技術倫理の問題に対応した例の一つとして、『FORGOTTEN ROOTS』(文献5)の翻訳作業があります。この書物は、電気事業の「自由化」を巡る混乱のなかで、合衆国の電気技術者が金融資本に拠る営利追求主義に翻弄され、混迷と退廃に陥ったことの反省として、IEEE(電気技術者協会)の倫理綱領に立ち還って技術者本来の使命を達成すべく、著者(Casazza, Jack)が呼び掛けたものであります。ところが、これを受けた電気学会倫理委員会委員長経験者は、この書物を電気学会会員に拠る委員会構成で分担し「監訳」するに当たり、「倫理」の部分は単なる紹介に留め、それが日本の現状で如何なる意味を持つのかに関してほとんど何の分析も加えず、合衆国電気事業の混迷を分析する中から、「日本では十分な対応が為され、混迷には至らない」との趣旨を盛り込んだ書物を刊行しました。その直後に3・11原発事故が発生し、日本の電気事業の混迷と退廃はその極に達しました。ここに示されるように、いくら立派な事例集を編纂しても、実務的には倫理に基づく実践が何ら為されていないのが、残念ながら、電気学会の現状と言わざるを得ないのです。

◆5.今後の課題と社会的責任

 21世紀の新しい文化を形成する一つの作業として、研究者と技術者の社会的責任を果たすうえで、研究者と技術者が自らの倫理を確立し、それを実践することは、極めて有意義かつ有効であります。「原子力ムラ」を歴史的に分析すると判るように、3・11原発事故が明らかにしたことは、それが「人災」と言われることに示されるように、大学や学会などの学問研究組織を含む日本の社会組織全般が制度疲労に陥り、その状況から抜け出せなくなっているという現実であります。これは単に日本のみに限らず、国際社会全体が20世紀に到達したある種の限界から、21世紀に向けて脱却すべく暗中模索しているという現実と軌を一にするものでありましょう。この中から、21世紀の新しい文化が形成されることになります。

 このような世界史の大きな流れのなかで、電気学会は3・11原発事故以降、社会的存在としての他の学協会と並んで、今、そのレーゾン・デートルが問われております。その課題に応えるべく、電気学会はその持てる知的財産と組織的能力を駆使して、具体的実践の提案をすることが期待されております。数多ある課題のなかで、特に、3・11原発事故の教訓として電気学会が取り組むべき事を考察してみると次の三点が挙げられましょう。

(1)研究と教育活動における多様性の展開
 言うまでもなく、研究と教育を本務とする学会は、学問の自由の上に展開される多様性に拠り、創造的な成果を得る組織であります。世の批判を浴びた「原子力安全神話」の形成と流布とに加担した学会は、自由で闊達な見解の表明の途を自ら閉ざし、政治的、経済的権力に迎合したと言われても弁解の余地はありません。その結果、天災に直面した原子力発電所は、安全を確保すべき技術の限界を突破され、その安全な運用を守るべき政治・経済・社会的システムが崩壊して、悍ましい人災と為って一般公衆に甚大なる損害を与えました。この過ちを繰り返さないために、大学や学会などの組織は、政党や企業に迎合することなく、研究と教育の多様性を尊重し、創造的な成果を挙げることで、一般公衆の信頼を勝ち取り、その期待に応えることが出来るのでしょう。

(2)技術者倫理の確立と実践
 いまや、多くの政治家や大企業経営者と並んで、原子力に関わる研究者や技術者である「専門家」に対する一般公衆の信頼も地に堕ちたかの如くです。この状況を克服し、再び、一般公衆の信頼を勝ち取り、その期待に応えるうえで、技術者倫理の確立と実践ほど重要で有効なものはないと考えられます。しかも、それは「百の御題目より、一つの振る舞い」と言われるように、日常茶飯の生活の中に滲み出るようにして、一般公衆に認識されるものです。残念ながら、現在、多くの原子力に関わる研究者や技術者は、一般公衆からの批判に耐えると言っても、「言い訳」に戦々恐々としている所があります。しかし、学会のやるべき事は、上述のように、多様性を尊重した自由闊達な意見交換と研究成果の提示、そして、それを基にした教育の実践なのです。それらを粛々と推し進めながら、自らの閉鎖社会に閉じ籠ることなく、広く一般公衆に訴えるべき事を開陳して、世の批判を仰ぐべきでしょう。

(3)戦争と被曝を巡る安心と安全
人間生活における安全の問題は、技術的に評価したり具体的な措置を講じたりできる問題ですが、安心と言う人間の心理に関わる問題は、技術だけでは対応できません。それでも、曾ては、研究者や技術者など、安全に関わる専門家の見解が一般公衆の安心を支えるうえで、それなりの効果がありましたが、3・11事故以降、原子力の「専門家」に対する公衆一般の信頼感は、政治家や大企業経営者のそれと並んで地に堕ちた感すらしております。

 1986年の事故以来28年を経たチェルノヴィルを訪れてみると、そこには、福島の事故を広島や長崎における被曝災害と同様に捉え、自分たちの体験と悲しみをこれらと共に分かち合おうとする「いのちへの想い」を深く感じることに為ります。その上に立って、福島の復興に向けて少しでも力を添える事が出来るようにと、手を差し伸べてくれるのも有難く感じられます(文献6)。
 例えば、ニガヨモギの星公園に置かれたオブジェは、紅白の折鶴が止まる岩の横にチェルノヴィル4号炉の破損した燃料棒が刺さり、その手前の幟に「FUKUSHIMA」、遠方の幟に「HIROSHIMA」と記され、チェルノヴィルと広島、福島との「連帯」が象徴されています。つまり、福島の災害も、広島から70年、チェルノヴィルから30年と言うように、今後幾年にも亘り人々に深刻な影響を及ぼし続けることが、象徴的に示されているのです。

(写真2:チェルノヴィル・ニガヨモギの星公園のオブジェ)画像の説明

 この様なチェルノヴィルにおける体験にも学びつつ、原子力発電に関わる研究者と技術者は、安全に関わる専門家としての能力を発揮し、人間としての倫理を確立して一般公衆の信頼を取り戻すことが、福島の復興に向けて果たすべき喫緊の課題となっています。

◆6.おわりに

 この論文作成にお力添えを戴いたNDH委員長(鈴木達治郎・元原子力委員長代理)をはじめ各委員や、論文掲載にご尽力戴いた『メールマガジン・オルタ』関係各位に深甚なる謝意を表します。

◆文 献

(1)日本再建イニシアティブ:『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』、第9章「安全神話」の社会的背景、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012年3月。
(2)科学技術ジャーナリスト会議:『4つの「原発事故調」を比較・検証する』、Q7 何故「原子力ムラ」は温存されたのか? 水曜社、2013年1月。
(3)科学技術ジャーナリスト会議:『徹底検証!福島原発事故 何が問題だったのか』、検証7 原子力ムラの存在をどの様に捉えたか、 化学同人、2013年3月。
(4)柴田鉄治:「電気学会のドンキホーテ」、電気新聞、2011年8月10日。
(5)EIT電力発展史研究会: 『忘れられたルーツ』、日本電気協会出版部、2009年。
(6)東浩紀編:「チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド」、(株)ゲンロン、2013年。

 (筆者は地球技術研究所代表)


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