嘉田県政の6カ月~ゆれ動く新駅凍結路線~

【レポート】

■嘉田県政の6カ月~ゆれ動く新駅凍結路線        仲井  富

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 嘉田滋賀県知事の、凍結路線が揺らいでいる。当選直後「限りなく中止に近い
凍結という民意に政治的生命をかける」と言明、しかし七月県議会では早々に、
「対話と理解が必要であり、県の分担金は支払う」と方針転換した。その後九月
に栗東市の新駅起債が違法との地裁判決が出るや、「十月分の県分担金は支払い
を停止する」と発言、ところが実際には、支払停止ではなく、延納というわけの
わからぬやり方にとどめた。しかも12月県議会では、ダム凍結の公約に反して、
芹谷ダムの建設を容認すると答弁。知事の顔と学者の顔を使い分ける、優柔不断
の決断なき女性知事、という批判も地元で出ている。揺れ動いた半年間を追って
みよう。

●民意のねじれ解消へ
 三つの「もったいない」を掲げて嘉田由紀子氏が県知事に当選したのが七月二日
である。得票は新幹線新駅などの凍結を訴えた嘉田氏が約二十一万八千票、推進
の国松前知事が約十八万五千票、加えて新駅中止を掲げた共産推薦の辻義則氏が
約七万票だった。凍結と中止を合わせると推進の国松前知事の得票を約十万票上
回る。マスコミは知事選では凍結が支持されたが、地元の栗東市は建設推進であ
るとして、しきりに「民意のねじれ」を指摘した。だが十月の市長選挙では現職
が当選はしたが、凍結・中止の候補者が大きく票を伸ばした。
 
 十月二十二日に行なわれた新駅建設地の栗東市長選挙では現職で新駅推進の国
松正一氏(一万二千八十二票)が百票余の僅差で新駅凍結の田村隆光氏(一万一
千五十三票)に競り勝った。しかし新駅中止の杉田惣司氏(五千九百九十二票)
も健闘。凍結と中止の得票合計は推進の国松氏の得票を約五千票上回り、投票数
の六割近くに達した。ちなみに七月の知事選挙では推進の現職知事国善次氏(一
万四百五票)、嘉田氏(七千二百四十一票)中止の辻義則氏(三千五百二十九票)で
凍結・中止と推進の得票差は、わずか三百六十五票だった。栗東市民の“民意”
もまた「限りなく中止に近い凍結」へと大きく転換しつつあると見るのが妥当だろ
う。
嘉田知事は七月の当選直後、「県民の意思は限りなく中止に近い凍結」として、
「予算執行を停止しJR東海への七月分の工事分担金を支払わない」と明言した。
ところが七月末の県議会答弁で「対話によっての合意が必要で支払う」と方針を転
換した。紆余曲折を経て十月十九日、記者会見で「二十八日の新幹線新駅促進協議
会正副会長会で、十月末のJR東海への工事費負担金の支払いを停止することを
提案する」と発表した。当選後ようやく四ヶ月近く経ってからの決断である。しか
しこの決断なるものも、その後明らかになったところでは、支払停止ではなく、
たんなる支払い延納ということになった。嘉田知事の発言のブレは当選以来繰り
返されていることであって、その真意が問われるのである。

●七月議会で前言翻し支払いを表明
 七月二十六日、初の県議会冒頭に嘉田知事は所信表明を行った。「一兆円を超え
る赤字財政の再建を図る観点から、財政的負担の大きい三つの公共事業
を凍結、見直したい。新幹線の栗東新駅、琵琶湖周辺の6つの大型ダ
ム、大津市栗原地先の廃棄物処理施設である。新駅については、駅だけで
二百四十億円、、周辺整備を加えると六百五十億円の事業費を要する。このうち県
の負担は百十七億円、さらに周辺整備の県負担金が四十数億円必要となる。これ
は県民の納得が得られるものではなく限りなく中止に近い凍結の方向に県民の意
思が示されたと考える」。
 
 ところが七月三十一日、自民党・湖翔クラブの黒川治議員の質問に「凍結の方
針に変わりはないが、七月分のJR東海への県負担金は対等な立場で話し合うに
は法令の遵守が不可欠、ルール通り支払う」と答弁した。これにはさすがに県議
会席から「方向転換や」「もちろんや」などのヤジが相次いだ。明らかに大きな方
針転換である。
 凍結方針の後退を示す答弁とともにマニフェストで公約した(1)職員の一割削減、
(2)全小中学校における三十五人学級導入、(3)ダムに代わるダム建設予定地の河川
改修工事、(4)県・びわ湖造林公社の統合なども、実態把握が不十分だったとして
撤回することも明らかにした。
 
 八月三日は新駅の地元栗東市選出の三浦治雄議員(自民)が質問に立った。
「限りなく中止に近い凍結をした場合、滋賀県は協定破棄の原因者として、JR
東海、栗東市、約四十社に及ぶ企業関係者に損害賠償が生じる。相当額の補償金
を支払っても、中止もしくは凍結をされるおつもりか。また地方自治法に照らし、
共同事業たる新駅設置凍結をする権限が県にあるかどうか。」これに対して嘉田
知事は「凍結に伴って発生する法的責任の範囲は不明確であり、いま賠償問題に
ついて答えるのは時期尚早」と答えた。
 
 三浦議員の「県に新駅凍結の権限があるか」との質問に澤田史郎総務部長が注
目すべき答弁を行った。「新幹線新駅設置は、JR東海、促進協議会、栗東市およ
び県の四者が協定書を締結し、合意のもとに進めている事業、したがってこの四
者による協定に基づく新幹線新駅設置事業を凍結したり変更したりするというこ
とは、この四者のうちのだれかが、地方自治法などの法律に基づく権限により行
い得るものではない。合意に至ったプロセスと同じく、四者の合意により行うも
のであると考える」(〇六年八月三日・滋賀県議会定例会会議事録第十四号)。
 七月県議会では、嘉田知事からは「予算執行停止」という言葉はなくなり、し
きりに「法令順守、法的ルールに従って話し合う」という言葉を連発するように
なった。自治省出身のお役人である澤田総務部長などの入れ知恵に拠っていたこ
とがよくわかる。(九月議会で澤田氏は副知事に就任)
 
 県議会終了後のマスコミ記事もそのことを裏づけている。「公約グラッ 嘉田知
事、初の議会閉幕」という見出しで「就任当初、払わないとしていた七月の県負
担金は、県幹部の助言に耳を傾け、工事協定破棄も関係者の合意が必要とし、一
般質問では、凍結にしても、協定には法的に拘束されると“現実路線”をとった」
(読売新聞八月十二日)。初の県議会を乗り切った嘉田知事は「凍結する意思を表
明させてもらえた。これが成果だった」と閉会後の記者会見で述べた。三日間にわ
たる一般質問では、四十七人中三十人の県議が登壇、推進派議員の集中砲火を浴
びた。初登庁以来わずか十日後の県議会であり、答弁作成には県庁内の役人に依
拠せざるを得ない。その事情は理解できるとしても「凍結」の姿勢後退を印象付け
た。逆に自民党側は澤田総務部長答弁で納得して矛を収めたともいえる。

●武村元知事の助言と起債違法の判決
 県議会終了後、嘉田知事は新駅促進協議会や栗東市の地権者会議など精力的に
動き回ったが、凍結合意に向けて一歩も進む気配はなかった。膠着状態の中で元
大蔵大臣で滋賀県知事も務めた武村正義氏が「助け舟」を出した。九月十七日、同
氏の県知事時代の県政運営について振り返る講演会「少数与党時代の滋賀県知事」
(政策フォーラム滋賀主催)が近江八幡市内であった。武村氏は一九七四年に知
事選で現職を破って初当選し、少数与党で県政運営に臨むなど嘉田知事と似た状
況にあった。講演会では、武村氏の前知事時代に県土地開発公社を舞台に起こっ
た「土地転がし事件」に触れ、「話し合いと裁判の和戦両用で解決を目指した。嘉
田知事も新駅計画における契約は履行できないと宣言し、たとえ損害賠償を求め
られても受けて立つべき」とアドバイスした。(京都新聞九月十八日)
 
 さらに嘉田知事に追い風が吹いた。九月二十五日、大津地裁で新幹線新駅のた
めの仮線工事費について市道名目の起債は地方財政法違反との判決が出たのであ
る。これは栗東市の共産党市議ら住民八人が「市道の拡幅工事を名目に、新幹線
を迂回させる仮線の工事費まで起債でまかなうのは地方財政法違反だ」として、
栗東市長を相手に起債差し止めを求めて提訴していたものである。大津地裁の稲
葉重子裁判長は「仮線工事は駅舎建設には必要だが、道路拡幅工事と一体不可分
とはいえない」として原告の訴えを認めた。
 
 判決によると、栗東市は新幹線新駅建設にあわせ、ホームをくぐる市道の拡幅
を計画、新幹線の運行に支障がないよう仮線(千九百五十メートル)が必要だと
して道路そのものの事業費六億円のほかに、仮線工事にかかる約四十三億円を起
債でまかなう計画だった。裁判では、仮線工事の市負担分が、地方財政法が起債
の要点とする「公共施設の建設事業費」にあたるかどうかが争点だった。判決は、
本来の目的の道路工事費に比べ、仮線工事費があまりにも巨額などと指摘し、
「栗東市が仮線工事の費用を『道路』建設事業として負担することは地方債を限
定的に許容した地方財政法第五条の趣旨に違反する」と結論づけた。原告代理人
によると起債の差し止めを命じた判決は全国で初という。

●九月議会では強気に十月また腰砕け
 新たな局面展開を受けて嘉田知事は「資金計画に無理あるという主張に、司法
の支持が得られた」と強気な姿勢に転じた。県は市の起債への同意を今後保留す
る方針を表明した。九月定例県議会でも「凍結」にむけて前向きな態度を表明した。
質問に答える形で、来年度予算に県負担分の工事費約二十一億五千万円を計上し
ないと答弁。「公約実現に向け、特に利害が対立する案件については、立場の違い
を乗り越えられないこともある。政治家は対話を尽くした上で、決断すべき時に
しっかり決断し、その結果に責任を負うことが重要」と強調した。明らかに七月
議会とは異なる姿勢である。 
 
 十月分の工事費三千六百万円の支払いについては「駅設置促進協議会の正副会
長会議で工事の一時中断の合意ができるよう、期限ぎりぎりまで努力した上で、
判断したい」と述べた。さらに十月四日の県議会答弁では、新駅の凍結に伴って
経済的損失が生じた場合、「県に法的責任がある範囲内で負担せざるを得ない」と
述べた。「仮に、県が一定の損害額を負担することとなっても、その方が将来の県
民の負担を軽減できるのであれば、新駅凍結の判断をためらうべきではない」と
強調した。だが後で十月分の県負担金の三千六百万円は支払い停止ではなく、支
払い延納に過ぎないことがわかった。また十一月九日には新駅工事に必要な変電
所施設の移設を許可した。移設許可はJR東海が工事を進めることへの許可であ
る。「申請に法律上問題がなく、許可しなければ裁判を起こされる」と嘉田知事は
説明したが、凍結を言いながら工事の一つを許可すること自体、「なにを考えてい
るかわからない」、という批判が起こるのは当然だろう

●凍結の中味にはダム容認も含まれる
 嘉田知事の揺れ動く不可解な言動、政治判断に決定的な疑念を深めたのは、十
二月六日の定例県議会の答弁で、芹谷ダムの建設を容認したことである。「治水対
策としてダムによる方向が一定程度有効であると認識している」と述べ、知事就
任前の県の方針通り建設を容認する考えを示した。嘉田知事は知事選のマニフェ
スト、・公約で、県内六つのダム計画の凍結方針を掲げており、公約と異なる判断
を示す形となった。(京都新聞十二月七日)新幹線新駅や六つのダム、廃棄物処理
施設の凍結、見直しを公約しておきながら、最初に行った決断が「芹谷ダムの建
設容認」では、嘉田知事を支援した市民、団体は唖然とするのではないか。
 
 かねがね嘉田知事は、脱ダムの田中康夫善長の県知事と同一視されるのを嫌っ
ている。「私は脱ダムではない。田中さんと同じに見られるのは迷惑だ」と公言し
ている。田中康夫長野県知事は、県営ダムの中止をめぐり県議会や市町村長と対
立した。就任から一年八ヶ月後、県議会で不信任案が可決され失職したが、一貫
してダム中止を崩さず、出直し知事選挙で圧勝して再任を果たした。二期六年間
の在職中、公約どおり九つのダム計画を中止した。財政再建でも成果を挙げた。
長野冬季五輪に伴う施設整備1兆6400億円の借金を抱えていた同県だったが、
公共事業半減、人件費削減と容赦なくメスを入れ昨年度までに九百二十億円余縮
減した。一方で福祉や教育分野の予算を手厚くし、小学校への三十人規模学級導
入、地域ケア拠点「宅幼老所」整備と、生活や地域に密着した政策を意欲的に進
めた。嘉田知事の田中嫌いは、今回の芹谷ダム容認でなるほどと頷ける。嘉田知
事の「六つのダム凍結」の中味は「一時はそういったが、聞いて見るとダム建設
も必要」という選択肢を含んだ「凍結」なのである。
 
 滋賀県庁周辺を、十一月に取材した時、笑い話として聞いた話がある。「どうし
て嘉田さんは、ああいうふうに言動が揺れ動くのか」。「あのひとは時には知事、
時には個人、ときには学者という三つの顔を持っている。とうとうと環境問題を
訓辞するのはいいが聞いている方は肝心の決断をしてほしいのに」。また「これだ
け条件が揃っているのに決断しないのはなぜか」と聞いたところ「あの人の頭に
は新幹線新駅問題はなかった。まわりからいわれて思いついたことで、当選して
から困っているのだ。だから場合によっては県の負担がなくなれば、新駅賛成と
いうことになりかねない」。

●新幹線推進部局が「凍結チーム」に
 おまけにおそろしい話も聞いた。新幹線凍結のため知事直属の県庁内チーム「新
幹線対策室」を作った。ところが肝心の中心部分は、それまで新幹線推進をやっ
ていた部署が、そのまま凍結チームの中心に座ったと言うのだ。これでは知事発
言にブレも出るだろうし、決断しかかったり、止めたりで、いまだに確たる方針
も決断もできない理由もわかる。当選以来の推進派との対話姿勢は嘉田知事独特
の「ねばり腰」ともいえる。だが首長には「対話」とともに「決断」が求められる、
「決断」なき「対話」は優柔不断と批判されよう。当選後第一に明言した「予算執
行停止、工事分担金の支払停止」を決断することが「限りなく中止に近い凍結」への
第一歩である。だが最初の決断が「凍結」ではなく「ダム容認」だった。「凍結政
策」を支持した県民への背信行為であり、今後続々と凍結政策の“解凍”が現れ
てくることを予測させる。
 
 市民団体や勝手連を中心に誕生した知事が、県議会と対立し潰された事例も
ある。東京都の青島幸男知事は一九九五年に、臨海副都心の世界都市博中止を公
約して、当時の自民、新進、社会、さきがけ、公明などの相乗り候補、石原信雄
元官房副長官を破った。都議会などは圧倒的多数で都市博開催を決議し圧力をか
けたが、青島氏は都市博中止の公約を守った。都が企業側に支払った賠償額は三
百五億円という。中止したらこれだけの莫大な金がかかるとの損得に基づく説得
に対し「金額の問題ではなく、中止を公約した政治家の信義の問題だ」としてこ
れを退けた。嘉田知事にはせめて青島氏ほどの気概を持ってほしいものである。
                      (筆者は公害問題研究会代表)
                                                  目次へ