地球環境問題解決へのアプローチ (上) 

■ 地球環境問題解決へのアプローチ (上)      阿野 貴司

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  私は、マグロの完全養殖に世界で初めて成功し、最近よく取り上げられる近畿
大学に所属しています。海ではなく山の方の和歌山キャンパスにある生物理工学
部です。この生物理工学部には六つの学科がありますが、全て、医学、農学、理
学、工学に関係していまして、今までで理系と言われているものの融合分野に生
物の知恵を用いて、もう一度理系を見直そうという考えが基本に流れています。
そして、その中の生物工学科というところで研究しております。

 これから石油も次第になくなっていくだろう、また、食料問題、エネルギー問
題、環境問題や、医療に関する問題など、いろんなことが、これからどちらかと
言えば悪化する方向だと言われている中で、これらの問題を解決するには生物の
知恵を借りたほうがいいのではないかという考え方で、生物理工学部では研究や
教育が行われています。その中で私は特に微生物の働きにより環境をきれいにし
たいというような研究を生物工学科でやっています。 

 普段は、同じ地球環境といいましても、地球環境を微生物の力、微生物という
のは目に見えないような、顕微鏡を使わないと見えないような生物のことを言い
ますが、この微生物の力を借りて、環境がきれいになったらいいな、というよう
な研究をしています。

 今日は、環境の科学や技術だけではなく、地球環境問題というものが、そもそ
もどういうもので、どのような方向に向かえば、解決あるいは、地球環境問題そ
のものが解消してしまうのか、というようなことについて話をしたいと思います。


■【地球環境問題の全体像】


  このために先ず、全体像を知ることが重要ですので、地球環境問題の全体図を
ご覧ください。お配りした資料の最初の図(類似図の例:地球環境問題の相互関
係;http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/zu/eav28/eav280000000000.html
になります。地球環境問題も最近は有名になってきましたので、皆さんもここに
出てくるような問題は一つ一つはよくご存知なものが多いことと思います。

 例えば、オゾン層の破壊の場合、これにより紫外線の害がでてDNAに傷がつく
のではないか、シミやシワの原因になるのではないかというような常識が広ま
り、SPFやPA を気にしながら化粧品を選ぶというようなことが女子高生でも普通
に行われているようです。SPFとはSun Protection Factor(紫外線防御指数)の
略でUVB波の防止効果を表す数値で、PAとはProtection grade of UVAの略でUVA
波をどのくらい防止できるかという目安になります。

 また地球温暖化の場合、空気中の二酸化炭素濃度の増加が原因ではないかとい
われています。他にも、酸性雨、砂漠化、生物種の絶滅、熱帯林の減少などが有
名で、日本の環境省が大きく10程度の問題にまとめて、それらの因果関係が図に
は示されています。大事なことは一つ一つの問題だけでも実は大変な問題す。と
ころが実際には、それらがお互いに関連性があり複雑に関係しているということ
です。例えば、熱帯林がもし無くなるとそこに住んでる動物はどうなるのかと思
いを馳せると、これは住処ごと滅んでしまうことに気づきます。

 つまり、そこにしか住めない、その植物がいないと生きて行けないとしたらこ
こが伐採されると、住んでいる動物もともに滅ぶことになります。それから砂漠
化するということは、温暖化によって砂漠化が加速されるというようなことが心
配をされています。また、酸性雨によって熱帯雨林ではありませんが、針葉樹林
が影響を受けるということなど、ここに示されていない関係性も多くあり、立体
的にいろいろ複雑に影響を及ぼしあっていることがわかります。

 このような複雑な全体像を持つのが地球環境問題だという認識を持って頂き、
その上でこういうものに対して私達はどういうようなアプローチをしていったら
いいのだろうかというのを今日の一番の問題としたいと思います。

 個々の環境問題の解説だけでは、なんとなく分かったようで難しい印象だけが
残りますので、先ずは、我々が住むこの太陽系第三惑星、地球という星が、今ど
のような状態にあるのかというイメージを作ってみて下さい。知っている環境問
題をこのイメージとしての地球上に並べていきます。そうすると、酸性雨が降っ
ているね、オゾン層が破壊されているね、温暖化も起こっているらしい、森林伐
採も進んでいるようだ。

 それに伴って砂漠化も進んでいるよ、生物もものすごいスピードで絶滅してい
るらしい、人口も増えている、海も汚れている、土壌も汚れている、空気も汚れ
ているというようなことが、同時に地球上に起こっているということが見えてく
ると思います。このようなイメージが浮かんできますと、全体として大変なこと
になっているのではないかということが感覚的につかむことができ、分かりやす
くなるのではと思います。

 もしそうだとしたら私達はどうしたらいいのか、という問題意識が芽生えるこ
とと思います。この段階での議論や意見は、たくさんあることと思います。フロ
ンを回収しましょう、二酸化炭素の排出を削減しましょう、木を植えましょう、
オイルフェンス張って原油の流出を止め海洋汚染を防ぎましょう、等々いろいろ
考えられることと思います。さらにもう少し考えるとどのようになるでしょうか。
  例えば何本、木を植えたら大丈夫なのでしょうか。どれだけのフロンを回収す
ればオゾン層の破壊は収まるのでしょうか。他にも温暖化ガスがある中で、本当
に二酸化炭素の削減だけで良いのでしょうかというように問いかけていくと、全
体的には「うーん、これだけで十分なのか」というような感じも出てくるのでは
ないかと思います。


■【地球温暖化問題を例に】


  さらに考えを進めるために、近年よく取り上げられる有名な地球温暖化を題材
として、環境問題の一つの性質を見ていきたいと思います。この問題一つにつき
ましても、多くの人々により、様々なことが言われています。温暖化という言葉
から連想される暖かくなるということでさえも、最近では、寒冷化するという真
逆の説も科学的根拠を示しながら有力な説として出てきており、混沌とした状況
です。また、科学であるにも関わらず最終決定はどうも政治の力の影響を受けて
いるという意見もあります。

 要するにCO2の排出をさせないということにより、先進国が途上国の人たちの
エネルギー消費を抑えようとしており、政治とエネルギーを絡めている南北問題
なのではないかという意見や、だいたいこういう地球上における経済システムの
あり方が問題だという説、そもそも人が増え過ぎているから問題なのだという人
口問題に帰結する意見等々、色々な人が色々なことを言われています。そして恐
らくすべてある部分においては正しいのではないかと思われます。

 ですから問題は、全体像を見たときに、それで将来はどのようになるのでしょ
うか、どうすればいいのでしょうかという段階に踏み込もうとすると、必ずしも
統一した見解には至っていないということではないでしょうか。さらに大事なこ
とは、これらの議論をし尽くし、完璧な答えが得られたとして、我々がパーフェ
クトに実行に移し、完全に解決することができたとしても、これは地球温暖化と
いう一つの環境問題の解決であり、先ほど出てきたその他多くの環境問題はどう
なるのでしょうか。それだけの対策で間に合うのでしょうかという素朴な疑問が
湧きあがります。

 このような段階になりますと、物質的な議論ばかりでなく少し人間の心や考え
方についても見直す必要があることに気づき、教育が大切だ。倫理の問題だとい
う意見も出てくることと思います。そうすると、温暖化という問題だけではなく
それを超えた段階の意識が芽生え、これからの人間、つまり、この地球に住む人
間というのは、どういう教育を受けて、どういう倫理観で生きていくべきかとい
うことの大切さに気付き、環境問題と人の生き方との間にも関係があることに考
えがおよぶと思います。

 ここまでを整理しますと、地球温暖化がどうして起こるのかというメカニズム
についての議論、仮説があります。これについては温暖化ガスの濃度上昇やそれ
にともなう気温の上昇や海面が上昇するのでは、氷が溶けるのではなど、ご存知
のように地球温暖化が進んでいるという報道等をよく聞かれていることと思いま
す。

 でもどうするのっという具体的な行動の話となるといきなりシュンとなるのが
現在の状況ではないでしょうか。ということで細かい議論も大事ですが、もっと
マクロなビジョンを我々が共有する、そして、それを固定したもの、絶対だとい
うのではなく、「とりあえず」というテンポラリーでいいと思うのです。

 とりあえずまあこういうような考え方でいかがでしょう、というマクロなビ
ジョンを共有した上で、それぞれの国とか、人々の事情に応じた自分たちの活
動、あるいはもっている技術を用いながら段々とシフトしていくというような試
みを始めてもいい時期ではないかと思います。

 仮にこのままでいくと、私達がこのように議論をしている間にもエネルギー源
そのものが段々減り始めていると言われています。寒くなろうが暑くなろうがと
にかく異常気象がどうも増えているようだ、雨が降るときはものすごく降り、降
らないところは大干ばつになる。あるいは暑すぎたり寒すぎたり、どんどんそれ
が顕著になって住みにくくなる。自然の循環に乗らない廃棄物が増えると、捨て
場がなくなり、あと何年というギリギリの状態で、それが無くなる前に次の廃棄
物の捨て場をというようなパターンを地球規模でやっているのが現実だと思いま
す。


■【ビジョン2050】


 最初に「ビジョン2050」という小宮山先生が出された非常に科学的な本(地球
持続の技術、岩波新書、小宮山宏著)を参考に、エネルギーについて考えて見ま
す。今後、技術の向上により、省エネルギーという形でますますエネルギー効率
は上がっていく。例えば簡単に言えば石油はあと数十年との予測ですが、エネル
ギー効率が十倍になると、自動的に同じエネルギーを使っても、使用量が十分の
一になりますから、それがもう十倍持つという形で辻褄が合うようになる。

 それから我々の携帯電話を回収すれば都市鉱山になり、地下資源の鉱石を掘ら
なくてもすむというぐらいに人工物で我々の空間が飽和していることに気付きます。

 そういうように循環すればあまり地下資源に頼らなくてもいけるだろう。その
間に脱石油の方向で、太陽や風力・水力等の自然エネルギーに少しずつ軸足を移
していこう、というようなプランです。詳しくは地球持続の技術という原著をお
読みいただければと思いますが、それを紹介しますと、このビジョン2050はどう
して可能なのかが理論やデータとともに記述されています。考察の範囲は物質と
エネルギーに関するものです。ですからライフスタイルの問題や、最初に出てき
ました教育倫理観のような話、農業の話については扱われていません。

 ビジョン2050に具体性があるというのは、以下のような前提からもおわかりに
なると思います。少なくとも途上国の近代化は否定できません。だからどうぞ私
達と同じように発展してください。ということはそれに伴って膨大なエネルギー
消費が増えるという前提を認めていることです。それから人々が急に地球環境問
題の解決に協力してくれるようになることには過度の期待はしない。また、2050
年までに自然エネルギー、例えば太陽光とか水力とか風力で化石燃料に変わるほ
どうまく普及することはないという前提もあります。

 だから無茶は考えていないということです。それなのにどうしてうまくいくか
というと、今でもある分野においてはもう十分クリアしています、それらを総合
的に考え、今後の技術の発展を考慮に入れると十分に可能だという推論が成り立
つということです。

 全体としてエネルギー効率が平均三倍を超えるところまでくるテクノロジーの
進歩に期待しています。それから水力、風力をどんどん増やしているのでそれほ
ど無理なく、段々とこれから目指す循環型社会へ向かっていく。そうすると現在
の化石資源に由来する二酸化炭素の排出量は、地球全体で六十億トンと出ていま
す。二酸化炭素の排出量が地球温暖化の一つの指標になっていますが、このまま
2050年にいくと当然人口が増えてくる。エネルギー消費が三倍ぐらい増える。そ
うすると化石燃料だけでいくと炭素換算で220億トン程度の二酸化炭素の排出が
予想されます。

 このとき自然エネルギーもそのままだと、あまり増えない。ところがこの「ビ
ジョン2050」では総量はこのまま、ただしエネルギー効率が三倍になるので結局
消費量は同じでもこれと同じだけのことをまかなうことが出来る。そしてこの自
然エネルギーの水力とかバイオマス等も少しずつ努力して二倍に出来る。そうす
ると大体こんなふうに化石燃料を少し減らして、自然エネルギーが少し増えると
いう状態でとりあえず途上国が発展して消費するエネルギー消費の増加分を吸収
することが出来るだろう。

 原子力は基本的に石油と同じ構造を持っています。すなわちウランが枯渇した
ときには発電が困難になるという意味で、石油が枯渇したら火力発電が成り立た
ないという構造と同じような構造を持っていますのであまり過度の期待はしない。
  そして廃棄物の処理方法がまだ出来ていないことも大事な点で、スプレーで放
射能が消えればいいのですがそこまでいっていない。そしてそのあとは小宮山先
生がおっしゃるには、少しずつ二十二世紀以降に向けてこの30パーセントである
この自然エネルギーの寄与率をどんどん増やしていって限りなくエネルギー源と
しての化石資源の使用がフェードアウトしていく、というようなプロセスで我々
の社会が変化していけば、物質エネルギーに関しては大丈夫なのではないかとお
っしゃっています。

 ですから当然ですね、発展途上の国家はどうぞ発展してください。地球全体で
のエネルギー消費は現在の三倍ぐらいになるでしょう。だけどそれは今言ったよ
うに我々の科学技術ももっと進みますから効率を三倍にするということで消費量
としては同じ程度になります。そして自然エネルギーを少しずつ増やしていくこ
とで化石燃料の消費がほんの少しですが、四分の一ほど減少します。これだけで
も最初の何年間としては素晴らしい成果だということで、先ずは減らす。

 そして段々自然エネルギーの割合を上げてきて最後には、先ほど出てきたよう
な、シナリオに移行していって限りなく自然エネルギーに依存するという方向に
向かっていこうということです。考え方からいくとこの地球環境問題全体に適用
できるというふうに読み替えていただいていいのですが、今は代表として地球温
暖化で説明させて頂きました。要するに我々が社会全体で削減目標をどのように
定め、具体的な目標を目指すのかという全体像とビジョンを考え直すチャンスな
のです。

 今まではよかったのです。少なくとも二十世紀までは問題があると言いながら
も、うまくきました。しかし、このままの消費のあり方では、うまくいかないの
ではないかということが予測されてきたのです。温暖化にしろ、エネルギー・資
源問題にしろ、資源がなくなるのであればそろそろ、我々の社会がどうあるべき
かということを考えたほうがいいだろうということです。我々の社会はどうある
べきかということを考え直すチャンスなんだという捉え方をするところが大事な
のです。

 温暖化が進もうと寒冷化しようと、どちらにしても、省エネルギーを進めると
限りなくエネルギーを使わなくて、しかも生活のクオリティーは落ちないとい
うことが可能です。例えば照明の場合、この明るさがあればいいのであって、た
くさん石油を使う必要はないのですね。ということで技術開発により省エネルギ
ーはもっともっと進むことが期待されます。

 実際、LEDなどが出てきて同じ明るさでも消費電力は減り、しかも蛍光灯より
十倍、何十倍と長持ちする、こういう素晴らしい技術があらゆるところで発明さ
れ、どんどん増えてきています。そういうことをもっと積極的に考えるチャンス
だと考えると、暖かくなろうが寒くなろうが関係なく私達は素晴らしい省エネル
ギー、しかも循環型社会という持続可動性を手に入れた社会に移行してしまおう
という方向性が選択肢と浮かびます。

 実際にそういう社会変換の実現が出来るかも知れないチャンスだという捉え方
が、我々の将来を豊かにする一番実質的な選択なのではないかと思われ、もしそ
の通りになるのであれば当然実行しなければいけません。仮に、温暖化にならな
かったとしてもですね、こうなって社会の省エネルギーが進んでもなにも失うも
のはない。だから学生さんが一生懸命に勉強して、その勉強したところが試験に
出ても出なくてもやったことは自分のためになるというような姿勢でやればいい
んだと思います。


■【転ばぬ先の杖】


  もっと大事なことは実は温暖化だけ異常気象だけではすまないことです。例え
ばこの間も大雨のあと地震が来たために、ダブルで被災された地域があります、
そうすると大雨で地盤が緩んでいるところに地震ですから余計に崩れます。ある
いは地震だけでも、大雨だけでも大変なのに、ますます復旧が遅れるというよう
なことになります。人災、自然災害が重なったりすることも考えられます。今一
つ一つの異常気象や災害が起こった場合のことをやっていますが、いろんなこと
がこれから複合して起こってくる可能性があります。

 でもそのような災害が起こったとしても大丈夫、圧倒的に復旧が早い仕組みを
持つ社会になっていたとしたら、もっと我々は快適に暮らすことが出来るだろう
というような考え方が成り立つのではないでしょうか。ではそのためにはどうい
うふうに我々は技術開発を進めていけばいいのでしょうか。

 ということは、悪いことが出てきたらそれをモグラたたきのように修理すると
いう発想ではなく、経済が発展すればするほどドンドン環境が良くなるというふ
うに最初から仕組みを考えて自動的に発展イコール環境が良くなるというふうな
方向に、我々がまず発想と仕組みを変えないといけないのではないでしょうか。

 エネルギー問題だけでもビジョン2050年で大丈夫でしょうけれど、そのソフト
ランディングに甘んじることなくもっともっと突っ込んでせっかくのチャンスな
のですから根本的に変えて問題が起きない仕組みを完成させていく、ブラッシュ
アップしていくことを大前提にしてどういうことをどういうふうに考えていった
らいいのだろうかというような感じでこのあと進めていきたいと思います。

 昔からことわざで「備えあれば憂いなし」と言われていますが、要は温暖化が
来ようが地震が来ようが、なにが来ても大丈夫なようにしておくということを、
社会構造と我々の意識の両面にまで及んで浸透した状態にまで一段進化しようと
いうことです。災害が起こっても起こらなくてもなにかあったときに、ものすご
く復旧の早い社会システムを持とうということ。

 そういうことが可能な社会の体力をつくる。ですから起こる前にだいたい予測
がつき、対策も可能です。水害が起こったらこうしよう、地震がきたらこうだ、
火事がきたらこうだ。仮に、災害が起こっても、すぐ翌日から非常に快適に被災
生活を始めることが出来るというぐらいの仕組みになったっていいわけです。

 ですから温暖化でいろんなことが言われていますが、未然に予防して災害を軽
減するという予防原則が大事です。起こったことに対して、その対処に何億円投
じてどうしよう、こうしようというようなことが一生懸命やられていますし、当
然大切なことですが、起こる前に対策を実施してあると、ご存知のように成果の
割に結果はなかなか私達には見えないのです。だから予防した結果何も起こって
いないということがいかに素晴らしいかということが分かる人たちでないとこの
価値を判断することが出来ないわけです。要するに、なにもないということの素
晴らしさが分かる精神レベルも必要だということになります。

 それには我々の精神状態が変わらないといけないのです。なにも起こっていな
いのに対策をするのは無駄だというようなことではちょっと情けないのです。な
にも起こらないという状況を作りだしていることの素晴らしさが分かるような精
神性、レベルに進化していく必要があるのです。

 ということでもう一度、地球環境問題の諸問題を見ていきますと、最初に見て
頂いた時と少し感じが変わってきているのではないでしょうか。こんなにたくさ
んの問題をまとめてどうしようかと考えていると、より広い問題、深い問いか
け、例えば、これからの我々の文明はどうあるべきか、人間とはなにか、生きる
とはなにか、社会とはなにか、というようなことが大切で、より本質的な方向に
踏み込みながら考え方を転換するチャンスなんだということに気付かれると思い
ます。

 そのように言われたら、言われた瞬間はそのような気がするのですが、こう
やってジッと見ていると、段々途方に暮れてきて、やっぱり、・・・というよう
になるかもしれません。ですからこれからの文明を担われる人、とくに若い人
に、こういう考えは重要なのだというとことをお伝えしたいのです。


■【本質的な原因】


  環境の諸問題というのは、どうして起こっているのかという全体を考えたほう
がいいのです。例えば地球の環境の中には動物・植物・微生物・人間等がいます。
  では、誰が地球環境を汚してるのでしょうか。動物ですか、植物ですか、微生
物ですか、とやっていくと人間だということが分かります。じゃあ人間のどこが
環境破壊を起こしているのでしょうか? 手ですか、足ですか、脳ですよね。で
は、寝ているときの脳ですか、それとも昼間の起きているときの脳が原因ですか
というふうに考えていくと、だいたい環境問題が出てくる発生源というのが分か
ってきます。その出てくる発生源という我々の脳が何をするかというと、最近は
過剰な経済活動をしようとしています。

 すなわち大量生産、大量消費、大量廃棄という捨てるための経済活動に全力投
球するわけですね、その結果、地球環境問題というものが生じています。ですか
らだいたい原因がどこにあるかというのが分かってくると、対処のしようもある
のではないかという考えが浮かびます。それでは、なぜ脳がそのような地球環境
破壊につながるようなことをするかというと、実は、非常に純粋な根源は、幸せ
になりたいという個人の思いですね。その個々人の思いが集まった社会は、ある
いは会社はですね、わが社は発展したい、わが社だけ発展したい、というように
努力の方向性が出てきます。そうするとそれが集まってわが国が発展したい、と
いう気持ちになります。

 それは発展したいですね、みんな。そのために大量生産、大量消費、大量廃棄
するとですね、膨大なエネルギー、膨大な資源が社会になだれ込んで膨大な廃棄
物が出るという構図が出来上がります。大量に生産するには大量の資源が必要だ
ということになります。大量の資源を得ようとすると採掘などに伴う環境破壊を
生じ、過度に進めば、資源の枯渇という環境問題を引き起こします。そして、大
量のエネルギーを用いて大量生産、大量消費が行われたあとには大量廃棄が待っ
ています。このあとには、汚染という新たな環境問題を生じることになります。
大きく見ると、これらの過程が主流となっていて、この環境問題を引き起こす主
流から、多くの支流として、色々なところに、色々な環境問題が起こっていると
いうことが言えます。

 ですから根底にあるのは、実は、幸せになりたい、豊かに暮らしたいという欲
望であったのに、その欲望を達成する方法が、たくさん物を作ってたくさん消費
出来ることであると信じ、そうすれば幸せになれるという考え方を盲目的に信じ、
実行し続けていることが地球環境問題を引き起こしているという構図が見えて
きます。物の消費と幸せ感が連動するというのは、一時的にはそうかも知れませ
ん、例えば日本でいう第二次世界大戦後は、なにも物がなかったと聞いています。
そういう物資の欠乏したときにですね、物がないときに、最初の服というのは
確かにすごい喜びをもたらすものでしょう。

 しかし、それが十着、二十着、三十着ってなっていったときに、本当に三十着
目と三十一着目の一着は、最初のゼロ着と一着のときの一着と同じ感動と幸せを
くれるのでしょうか。環境問題の根源は何かと根底にある発想そのものを考える
ことが大切なのではないでしょうか。たくさん物を作って物が溢れたら幸せにな
れる、たしかにそう思えたし、ある程度はそうだったと思います。しかし、ずっ
とそうなのか、またこれからもそうであり続けるのかということをそろそろ考え
てみると、本当に必要としていることは、幸せに、豊かに暮らしたいということ
だけであることに考えが及ぶのではないでしょうか。

 例えば、車があって、一戸建てで、プールまであるとしましょう、これからも
もっともっと消費すると幸せだ、豊かだ、だから大量生産、大量消費、大量廃
棄というのは素晴らしい、幸せだと本当に感じることができるのでしょうか。と
ころが、十分物の消費が出来ている若い人達は、他にも幸せなライフスタイルが
あるのではないかと思い始めています。

 しかし社会の仕組みそのものが「物」を大量に生産すれば幸せになれる、と信
じて実行していますが、物の消費というのは、物が乏しかった頃の幸せになるた
めの一つのツールなのです。ところが、この考え方が生まれた背景が、昔の物の
乏しかった時代に生まれたものであるということが、何十年か経ち、世代交代し
ていく間に忘れ去られてしまいます。

 ここが大事なところで、物の乏しい時代に生きた最初の人々は、物がたくさん
あると豊かになれるよと考えてくれて、実際それで幸せだったのですが、後の人
は物を作ること自体が目的になってきています。つまり物の生産・消費は、幸せ
になるための手段であったのに、いつの間にか手段が目的に変わってしまい、消
費そのものが目的となってきているのです。大量廃棄のための大量生産というの
は、最初の幸せからどんどんずれてきてしまっているのではないでしょうか。

 今日も物質の生産に一生懸命全力投球していますが、本当の幸せ、豊かさ感が
出てくる心とか意識の問題、気持ちの問題についてはあまり考えられていないの
ではないでしょうか。つまり、精神的に、実はあまり幸せ、豊かさの実感がない
のではないでしょうか。その「物」と「心」という、最初は大量に物が消費出来る、
大量に物が行き渡るということは幸せなんだよ、人が幸せになれるのは物が豊か
になることなんだよ、という考え方で進み、実際その通りで、素晴らしい成果を
収めたわけです。ところがいつまでもそれは続くものではなかったのです。幸せ
感は、「物」の消費からくるというふうに信じているので、幸せ感が薄れた部
分、ますます物質消費に走って大量廃棄の経済に走っているのではないでしょうか。

 のどが渇いたときに塩水を飲むみたいに、欲しい幸せ感を得ようと思って物質
消費に走るからますます渇きがひどくなるという状態になって、物の消費がさら
に激しくなる。その結果もっと膨大な資源が使われ、もっと膨大なエネルギーが
使われて、当然大量の廃棄物が出てくるという非常にシンプルな構図で環境問題
はドンドンと悪化しているのではないでしょうか。結局は、もともとは幸せにな
りたい豊かになりたい、というところから始まり、それは物が行き渡ったら先ず
は一段落で、ものの消費かとりあえずこの程度でいいよという簡単な考え方だっ
たことを考えていけばいい。

 物がいらないのではなくて、物は最初は必要ですけど、ある程度行き渡ったら
次の段階では、物の役割が段々少しずつ減ってきて、精神的豊かさ感がずっと増
えていかなければいけないのに、こちらは全く考慮しないでいつまでも物の消費
量だけで、これ(幸せ感)を満たそうと走り続けている、だから環境問題という
のは、そういう考え方のそのものの弊害だったというような考え方が出来るので
はないでしょうか。
 


■【豊かさとは何か】


  なぜ、どうして大量生産するのですか。幸せになりたい、豊かになりたい、か
らですということすが、じゃああなたにとって幸せとはなんですかって言われた
ら、そこまでは実は考えていません、とにかく幸せになりたい、豊かに生きたい
と思っていますというような曖昧な状態で答えが終わってしまう場合が多いので
す。

 これは、なりたいと言いながら、それがなにかを知らないということです。
すなわちデパートに行って「魚を買いたい」って言っている人に、あなた魚と何
か知っていますか、と聞いて、いいえ分かりませんと答えている状態に似ている
のではないでしょうか。ですからなりたいと言いながらそれはなにかということ
をつかんでいない状況が起こっている場合が多いのです。幸せとか何か、豊かさ
とは何かということはよく分からない。

 例えば、豊かさとは何か(岩波新書、暉峻 淑子著)において、あなたにとっ
ての豊かさとは何かというアンケートを実施した結果が載っています。たくさん
の項目が挙げられているのですが、共通することを抽出しますと、多くの人が、
日のあたる家に住めること、家族がそろって食事できること、子供が元気で遊ん
でいること、通勤時間が短いこと、などがあげられています。実は、このような
条件は、日のあたる家に住む、ジャングルの人々にも全てあてはまり、子供も元
気に走り回っています。

 これは、文明の進化を否定するのではなく、求めた幸せの在りかたを考えてお
かないと、発展という名のもとに、環境破壊、単身赴任、過労死、など多くの犠
牲を払いここまで発展してきたのに、一体何のためにどこに向かって発展してい
るのだろうということになりかねない虚しさを含んでいるのではないでしょうか。
   (つづく)
            (筆者は近畿大学教授)

※ この原稿は2010年7月24日・東京明治大学で行われた社会環境学会セミナー
の講演をオルタ編集部が整理し著者に校閲を受けたものですが文責は編集部にあ
ります。
   なお、質疑応答はスペースの関係で略しました。

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