小国日本への勧め

■ 小国日本への勧め               黒岩 義之


◇◆ナショナリズムを排す


  昨年(二〇〇八年)八月八日、北京オリンピックが会期十七日間の口火を切っ
て、華やかに幕を開けた。中国では初めてのオリンピックとあって、開催地の北
京では並々ならぬ努力を重ねて準備を進めてきたようである。折からチベットの
首都、ラサで自治権拡大を求める暴動事件がおこり中国政府の武力弾圧が世界に
人権侵害と映って、ロンドンやパリで聖火リレーへの妨害デモが起こったり、中
国国内でも新疆ウイグル自治区の各処で、中国からの分離独立を求める騒擾事件
が発生するなど、「平和の祭典」に相応しからぬ状況が生まれたが、中国政府は
膨大な軍や警察、民間のボランティアなどを北京に動員して、少なくとも八日の
開会式は平穏に、そして参会者を驚かせる大規模かつ豪華絢爛の式典を演じて、
「大国中国」をアッピールしたようである。

 しかし、私は当日、テレビの前に坐らなかった。開会式を見る気がしなかった
からである。ここ数年、日本の近・現代史に関する本を読み漁って一番痛切に感
じたことは、いかに時の政府、軍部など支配階層が、「国家」や「天皇」の看板
をかかげて"ナショナリズム"を煽り、国民を無謀な戦争に駆り立て言い知れない
犠牲を強いてきたか、ということ、その思いが最近、ますます強くなって、テレ
ビの討論などで、「国益」とか「国家」「国の防衛」などと"ナショナリズム"を
煽るような言辞を軽々しく口にする政治家や評論家、新聞記者などを眼にすると
、この連中は日本の近・現代史を少しでも勉強したことがあるのだろうかと、怒
りを抑えることが出来なくなった。

 先夜、NHKのラジオ深夜放送で、たまたま今次大戦で最も悪戦場であったニ
ューギニア戦線から辛うじて生還した元兵士の体験談を聞く機会を得たが、八十
歳を半ば過ぎたその兵士は、インタビューの最後にこう語っていた。
「最近の世情はどうなっているのでしょう。政治や行政は汚職にまみれ、社会は
信じられないような犯罪が多発している。日本は道義をすっかり失ってしまった
ように思います。これでは、あのニューギニアの戦場で、若い身空を敵弾よりむ
しろ飢えて空しく死んでいった戦友が浮かばれません。可愛そうです。彼らは何
のために死んでいかねばならなかったのか、私はそのことを思うと、いまでも胸
が締め付けられるような痛みを覚えます。」
確かこういった内容だったが、その兵士は語り終わってすすり泣きしているよう
に聞こえ、私は粛然とした思いにうたれた。

 昭和の戦争は当時の政治家や高級軍人、高級官僚、軍幕僚など戦争を遂行して
きた人たちのみならず、戦争に旗を振った学者、評論家、言論人なども戦争責任
を免れるものではない。率直にいえば昭和天皇も戦争責任者の一人であることは
、史実からも明らかである。
にもかかわらず歴代政府は、戦後六十三年、戦争責任を真剣に追及することを故
意に怠り、あまつさえ戦争責任のある政治家や官僚の二世、三世がいま、日本の
政治を動かし、兵士が嘆いたように、恐るべき「国家の弛緩」が広がりつつある

  昨年の八月十五日も例年のように九段の武道館で「全国戦没者慰霊祭」が政府
主催で開かれ、天皇や福田首相が花輪を捧げ、追悼の言葉を述べたが、形ばかり
の式典で戦没者の霊を本当に慰めることができるのだろうか。

 こういう次第で私は最近すっかり"ナショナリズム"への拒否反応に浸されてい
る。だから"国家の威信"をかけ、"ナショナリズム"を全面に押し出したような北
京オリンピック開会式のテレビ放映など全く見る気が起こらなかったわけだ。北
京オリンピック開催にあたって中国政府が"ナショナリズム"を全面に打ち出し、
"国家の威信をかけて"といった呼びかけで国民の協力を求めた気持ちは分らない
ではない。一九四九年、新中国建国以来まだ五十九年しか経っておらず、あの広
大な国土、多くの少数民族の存在、行政制度の不備、農村の貧困等々多くの難問
題、さらに「文化大革命」といった国の前途を左右する危機を克服して、今日の
目覚しい経済成長を成し遂げ「経済大国」として世界の承認を勝ち取るまでには
、"ナショナリズム"を掲げるしか国民の共感は得られなかったであろうし、中国
国民自体、長年にわたる日本を含めた帝国主義国家の侵略に苦しんだ経験から、
"ナショナリズム"を受容する気持ちが強かったことは理解できる。そうした中国
の歴史を無視して最近の中国の政策を非難することは誤りである。

 韓国に対しても同じことが言える。日本海に浮かぶ絶海の孤島「竹島」(韓国
側「独島」)の領有権をめぐって日韓双方に見解の違いがあるが、韓国は一方的
に自らの主張を押し立てて「独島」を占拠、軍隊の駐留や波止場など施設の建設
を進めて、同島の"実効支配
"を強めている。さらに昨年、日本の文科省が「学習指導要領」のなかで「竹島
」に触れただけで、韓国では激しい反対運動が起こり、日本の"侵略主義"を非難
するデモや集会が繰り返されている。しかし、私はこれを目して韓国を非難する
気にはなれない。
韓国も六十三年前、日本の敗北を機に一九四五年八月、「日帝三十六年」の圧政
から解放され、独立を果たした若い国であり、ましてその後、国が南北に分裂し
朝鮮戦争で多大な被害を受け、国民が塗炭の苦しみを味わったことを思うと、韓
国の人がいまなお"ナショナリズム"を心の拠り所にしている気持ちはやはり理解
出来る。

 こうした中国や韓国の"ナショナリズム"をどうとらえるべきか、私は最近にな
って、両国の"ナショナリズム"を「国家、国民の成熟度」としてとらえるべきで
はないか、と思うようになった。
  しかし一口に「成熟度」といっても、その内容は何か、基準を何処に求めるの
か、また「成熟度」が高い、低いという判断は誰がするのか、難しい問題が多い
が、私なりに描くイメージは次の三点である。
 
まず第一は「権威におもねらず、毅然として孤高を貫く」精神力が国民にある
かどうか、言葉を変えれば「国家から独立した自立心」を国民がどれほどもって
いるかどうか、ということである。これは幕末・維新の時、朝鮮・李朝末期の政
治家であった崔益舷が頭にあったからで、自ら信ずる「衛正斥邪」(朝鮮の正統
である儒教精神を守り、キリスト教や西洋との貿易を邪悪な道として断乎反対す
る)を唱え、開国を迫る日本に対しては「あっさり西洋に屈した日本は夷狄であ
る清にも劣る禽獣である」と開国に反対、国王の不興を受けて流罪に処せられて
も、また官職から追われても屈することなく所信を主張、日韓併
合に際しては義兵将となって決起、捕らえられて対馬に幽閉されたが、ついに食
を絶って国に殉じた。その古武士然とした生き様に感銘を受けたのが第一のイメ
ージとなった。

 第二は国民に「行動力」があるかどうか、ということ。明治初期、自由民権運
動の闘士、植木枝盛が起草した「憲法私案」(憲法私議)には政府に対する「反
乱権」が謳われている。明治十年、彼が起草に参加したといわれる「民選議院設
立建白書」でも"税金を払う国民には、その使い道に口を挟む権利がある"と当時
の明治専制政府を弾劾しているが、前者と同様の発想であろう。いうなれば政府
に対する「国民主権」の強調に他ならず、明治初期から日本にもこういう思想が
厳然とあったことを我々は想起しなければならない。日本の近・現代史のなかで
最も国民的行動力を発揮したのは大正時代であった。二度にわたる護憲運動で桂
内閣や山本内閣を退陣させた原動力は、選挙権も持たぬ大衆が大挙して国会を包
囲した行動力であり、労働争議や小作争議も頻発した。大正のデモクラシーはこ
うした国民の力が背景にあったように思う。

 三番目は「インターナショナリズム」、つまり「国際協調主義」をどれだけ国
民が心得ているか、という点である。「ナショナリズムを排す」と言っているの
だから当然のイメージであるが、その中身が問題のように思う。私が思い描くの
は宮崎滔天と中国人留学生で革命運動の闘士であった陳天華との交友である。中
国人留学生を侮辱した朝日新聞の記事に対する怒りを留学生に忘れさせないため
大森海岸に身を沈めた陳天華が死の二日前、友人の宮崎滔天を自室に招き秘蔵の
サザエの殻の盃でひそかに別離の宴を開いたが、お互い、殆ど日本語も中国語も
通じないながら「ハオハオ(好々)」と乾杯を重ね飲み明かしたとい
う(「宮崎兄弟伝」上村希美雄 葦書房)。上村は、この二人の間には「国籍と
か民族とかの意識は消え失せて、ただ一個の人間同士としての友情しかなかった
ように思われる」と書いているが、真の「インターナショナリズム」は各国民の
間にこうした友情を深めていくことで初めて生まれるのではないかと思う。

 以上の尺度は私の独断に過ぎないが、突き詰めていえば、「真の民主主義の実
現」と「反国家主義の宣言」ということになろう。往々にして「選挙」、つまり
国政に対して"国民が一票を投ずる権利を持つ"という形式を民主主義と解する向
きがあるが、ヒットラーでも当初は選挙で首相の座を占めた事実を見逃してはな
らない。要は形ではなく内容であり、国民の権利をいかに実効あらしめるかが「
成熟度」であり、「インターナショナリズム」も同様である。


◇◆難題を抱える三国


  こうした観点に立つと、竹島に関しては韓国の「実効支配」に加え、文科省の
竹島言及だけで日本の"侵略主義"を非難するといった韓国の反応がいささか小児
病じみに見えて仕方がない。韓国では日本だけではなく、例えば米国産牛肉の輸
入問題で軋轢が生じた米国に対しても、自分の意に沿わないことが生ずると"ナ
ショナリズム"に火がついて、抗議集会やデモが発生する。韓国の国民性と言っ
てしまえば簡単だが、もう少し大人的対応が取れないものかと思うのは私ばかり
ではあるまい。この点は中国も同様で、数年前、小泉元首相の靖国神社参拝を巡
って突如、中国の青年学生を中心とする大規模な排日デモが起こり、上海領事館
の窓ガラスが壊されたのも記憶に新しい。中国人の琴線に触れる問題とは思うが
、抗議するにしてももう少しやり方があろうにと思うのは日本人的な思考様式で
あろうか。

 しかし、中韓両国民の対日反応には、日本の植民地化政策や帝国主義的侵略が
背景にあることは明らかで、両国の「民主主義」の成熟度が進み日本の誤りを歴
史的事実として化石化し、両国民に許容されるようになるまでは、いくら謝罪を
繰り返しても両国の真の和解と信頼を得ることは難しいであろう。しかし、それ
まで日本は荏苒と待つわけにはゆくまい。出来るだけ早く中韓両国のナショナリ
ズムを超克して真の友好関係を結ぶにはどうしたらよいか。それには両国との間
のナショナリズムの対立を招きがちな些細な紛争の種を"真のインターナショナ
リズム"に立って日本から進んで除去するしかないように私は思う。

例えば竹島問題、前述したように韓国は同島に軍隊や施設を配して実効支配を
進めているが、あの絶海の孤島に人や金をつぎ込んでどういうメリットがある
のか。台風などで被害を受けたら復旧にまた莫大な費用が生ずるであろうこと
を思うと、ばかばかしい気さえ覚える。そんな孤島の領有権を友好であるべき
隣国と争うなど愚の骨頂、"そんなに欲しければくれてやる"と日本から進んで
領有権を放棄してはどうであろうか。

 中国との間の尖閣諸島も同じことだ。中国も同島の領有権を主張し、経済水域
を設定して石油や天然ガスの海底資源開発を進めており、円満解決は困難と思わ
れる。
  こうした海域における国境線の問題は、必然的に海域に潜在する経済権益にか
かわり、漁業権などは関係国の漁民の生活に直結するだけに解決は難しいが、領
有権は譲歩するかわり、経済権益については互いの国の漁民の生業が成り立ち、
また海底資源は平等の利益を分かち合うような話し合いにもっていけないものだ
ろうか。いずれにせよ、紛争海域の領有権を日本から放棄することによって、紛
争の種をなくし両国と真の友好関係を結ぶべきだというのが私の考えで、少なく
とも両国の良識ある人士は賛成してくれると信じている。これこそ「真のインタ
ーナショナリズム」の実現である。

 韓国はいずれ北朝鮮と統一、合併するであろう。同一民族だから当然のことで
はあるが、どういう方式をとるにせよ、硬直した政治制度、貧困を極める経済の
北朝鮮との合併は、韓国に多大な政治的、経済的負担を強いることになると予想
される。日本始め世界各国の援助が想定されるにせよ、事情は変わらない。まし
て政争の激しい韓国の政治風土を考えると、その前途は容易に逆賭し難い。
 
また中国もチベット、ウイグルなど少数民族問題、経済成長から置き去りにさ
れた農民の貧困、沿海部と本土内部との格差拡大、党官僚の腐敗など中国共産党
が直面する難問が山積している。とりわけ農民問題は、中国四千年の歴史から見
て王朝の衰亡は総て貧困農民の反乱に起因していることを思うと、中国共産党の
死活にかかわる問題であろう。それを回避するためには、党官僚腐敗の一掃がま
ず必要であろうが、一党独裁の制度や長年の同国の風習からすると一朝一石には
困難と思わざるを得ない。まず県、市、省長の選挙制度を取り入れて民主主義を
中国国民に根付かせること、共産党独裁をやめて政党の自由化、価値観の多様化
、言論の自由化を実現することが何より肝要ではないか。

 先行きに難題を抱えるのは中韓両国ばかりでない。当の日本自体、膨大な財政
赤字で文字通り借金倒れになりかねないガタガタの屋台骨に加えて政治の貧困、
官僚の独善は目を覆うばかり、長年にわたる自民党の政権独占の結果は、ニュー
ギニア生還の兵士が嘆いたように、信じられない犯罪が社会に日常化している。
一方、「日米安保条約」はどんな口実を設けようと、過去五十数年、米軍が日本
国内に駐留し、基地は実質的な租借地と化している。最近では「米軍再編に関す
る日米暫定合意」などに基いて米軍と自衛隊との共同作戦計画が練られ、万一の
場合の港湾や飛行場の使用や米軍死傷者の扱いなどが日米双方で検討されている
。つまり国民が知らない間に、日本が米国の都合次第で戦争に巻き込まれるとこ
ろまで事態は進んでいるのである。

 こうした日本を外国の目は、「日本は占領軍が永久に駐留する米国の植民地に
なり従属国となった。…かっての敵国日本は友好国に変えられたが、それは完全
な同等のパートナーとしてではない。自治権を持つ国家が、戦後の新興帝国(米
国)の従属国に変えられた」
(オーストリアの社会学者、サビーネ・フリューシュトック著「不安な兵士たち
  ニッポン自衛隊研究」原書房 花田知恵訳)とみている。まさにその通りだろ
う。長年の自民党政権はとうとう日本を米国の植民地に売り渡してしまった。こ
の状態から脱し、いかにして真の独立を勝ち取るかが日本の前途に横たわる最大
の課題である。


◇◆「経済大国」の挫折


  以上のような難題に直面している三国ではあるが、東北アジアの恒久的平和は
、日中韓(北朝鮮も含む)三国の友好なくしては望み得ない。この三国ががっち
り手を握ることが出来れば、それこそ東北アジアのみならず、アジア全域さらに
は世界の平和にどれほど貢献できるか、計り知れないように胸を躍らすのだが、
そのためには、先ず日本が将来にわたる「国」のあり方を鮮明にすることが必要
に思う。

 いま日本は、政府も国民も「大国日本」に何ら疑問を感じていないように思わ
れるが、果たしてそのような実力や資格を日本が備えているだろうか。昭和のは
じめ、東洋経済新報の主筆として「小国日本」を唱え、日本経済の負担になると
満州や朝鮮の放棄を提唱した石橋湛山に倣うわけではないが、戦前の日本のよう
に「夜郎自大」「葦の髄から天井のぞく」誤りを侵すことになりはしないか、慎
重に考えなければならない。
 
一口に「大国」といっても曰く「軍事大国」、曰く「経済大国」、その他にも
「人口大国」「技術大国」などさまざまで、最近では「資源大国」の名も登場し
てきた。そのなかで我々日本人が自他共に認めているのは「経済大国」であろう
。確かに戦災で荒廃した敗戦直後から六十余年、貧乏のどん底から目覚しい経済
成長を遂げ、今日では米国に次ぐ経済大国と世界各国から目されていることは事
実である。私のような戦中派でも、戦後のインフレで生存ぎりぎりの生活を強い
られた記憶といまの豊かな生活環境を比べて、本当に日本は豊かになったという
実感は否定出来ない。

 なにより生活水準のシンボルである自家用車が巷に溢れ、羊小屋のように小さ
な住宅やマンションでも玄関先や駐車場にはマイカーがずらりと並んでおり。ま
るでマイカーこそが冨の象徴とでもあるかのようだ。こうした"冨"は国家の富裕
を示すものであり、事実、日本は一九五〇年代の初期までの被援助国から脱し、
六十年代の高度成長期以後、ODAを通して徐々に対外援助額を増加、六四年に
は経済協力開発機構(OECD),七四年国際協力事業団(JICA)に加
盟、これらの機関への拠出額は世界一位(二〇〇七年には小泉財政改革で五位
に転落)を保ち、年々一兆円余りをアジアやアフリカの未開発国に供与してき
た。こうした実績が日本国民に「経済大国」のイメージを植え付けたと見るの
が自然であろう。

 しかしここに至るまでには恵まれた条件があったことを忘れてはなるまい。日
本の"冨"は"貿易立国"なる経済基盤を基礎にして得られたもので、端的にいえば
海外から安価なエネルギー資源(石油、天然ガス、石炭等々)や原材料を輸入し
、日本の高い技術で付加価値を加えた商品を海外に輸出して外貨を稼いできたか
らである。幸いなことに戦後間もなく朝鮮戦争が勃発、特需による莫大な資金が
米軍の兵站基地たる日本に舞い込み、貿易立国への軌道を敷くことを可能にし
た。

さらにつづくベトナム戦争の特需が日本経済のさらなる成長をうながし、こう
して得られた資金が荒廃した産業設備の最新、髙能率への更新、貿易立国に適し
た沿海産業立地の建設などを可能にし、戦時中から引き継がれた高い技術や低賃
金にかかわらず勤労意欲旺盛な国民に支えられて、国際競争力を身につけた日
本商品が徐々に米国をはじめ海外に溢れるようになり、鉄鋼業をはじめ自動車や
船舶製造の分野で日本のシェアを拡大していった。今日、「経済大国」と世界に
誇る日本の経済力は、このような好条件に恵まれてのことであることを忘れては
いけない。

 ところが、こうした条件に暗雲が立ちこみはじめた。最近の原油や小麦などエ
ネルギー原料や食料品の暴騰が日本経済に大きな影響を与え、物価の値上げなど
国民生活にも圧迫を加えつつある。輸入原油の価格高騰には投機資金の介入も否
定できず、昨年末にかけて原油価格がひところの最高値の四〇%も下落したのは
投機資金の逃げが原因と報道されているが、いずれにしろこのような輸入食糧や
エネルギー価格の不安定は日本経済にとって無視出来ない赤信号であることは
間違いない。これが一時的な現象ならばまだ救いはあるが、経済評論家が指摘
するように構造的な根を孕んでいてもはや元の安価に戻る見込みは薄く、日本
の経済基盤は崩れつつあると言わざるを得ない。

 さらになにより米大手証券会社の倒産から世界的金融危機に発展した世界規模
の経済危機は百年に一度といわれるほどで日本にも深刻な影響を及ぼしている。
米国が風邪を引けば日本は肺炎になる"という構図は昔も今も変わってはいない
。米国の旗振りの下、世界経済の金融支配を狙ったグローバル化が裏目に出たわ
けで、これに尻尾を振った日本が深刻な事態に陥るのは自業自得といえるのだろ
うが、こういう国が今後も「経済大国」を誇称するのはおこがましいかぎりでは
ないか。
  いまや「経済大国」の実力は失われつつあり、いつまでも見栄を張って大国面
をするままカネをばら撒くようなことを続ければ、これまで営々として蓄積した
「富」が失われ、再び戦後の「貧」の時代に陥いる恐れも荒唐無稽の夢ではない
と思う。

 私が「小国日本への勧め」を提唱したのもこの思いからで、日本は「経済大国
」の幻想を捨てて、「小国」に徹し、「貧」に備える生き方を模索すべき関頭に
立っていることを自覚すべきである。さらに私が「小国の勧め」を唱えるのはこ
れだけの理由ではない。
ここ一、二年、二代続いた総理大臣が、いずれも僅か一年勤めただけで任期途中
で政権を投げ出し、三代目の麻生首相も、まず為すべき国会解散、国民の信を問
う真摯な姿勢を、選挙に負けそうだという予測から解散を回避している。加えて
経済政策はもとより、国民も呆れるような自らの無知、失言を連発し政治姿勢は
二転三転、政局が混迷を深めている政治の貧困を見れば、全く「大国」というに
値せず、その座を自ら降りるのが当然である。

にも拘らず、政府や官僚が、世界各国の日本に寄せる期待が大きいと「大国」に
こだわるのは、見栄に過ぎず、金(そのカネが借金大国の日本のどこから出てく
るのか分らないが)を気前よくばらまいて外国からちやほやされたい政治家、官
僚、特に外務官僚の虚栄心に過ぎない。そのような政治家や官僚の言にたぶらか
されてはなるまい。
ナショナリズムが盛んな当時、石橋湛山が経済的メリットがないことを理由に「
満州」や「朝鮮」の放棄を唱えた「小国日本」の勇気ある主張を我々は思い起こ
すべきであろう。


◇◆「小国日本」のあり方


 では「小国日本」のあり方はどうあるべきか私はまず第一に憲法第一条を改正
し、大統領制の共和国家に衣替えすべきだと考える。戦後六十有余年、戦前はも
とより戦時中の記憶も大半の国民から消失し、新しい価値観、思考様式の戦後派
が過半を占めている今日、「国の象徴」と謳っているとはいえ、どうして天皇制
が国のあり方として必要なのであろうか。そもそも天皇は「国の象徴であり日本
国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と
いう第一章第一条の記載はどういう意味であるのか、「国民統合の象徴」とは如
何なることか、また天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」とある
が、一体何時、どのような形で国民の総意を問うたことがあるのか。

 日本の近・現代史に踏み込めば、現存する「天皇制」は幕末・維新の動乱の際
、薩長連合勢力が幕府と対抗するために、また維新後、自由民権運動の反政府運
動を抑えるために担ぎ出した「神輿」に過ぎず、やがて明治憲法制定にあたった
伊藤博文が藩閥政府の支えに改めて「天皇制」を法制化したに過ぎないことは明
らかである。そして昭和二十年八月十五日の敗戦をもって「明治天皇制」は三代
で滅んだのだ。
 
北一輝は名著「国体論及び純正社会主義」の第四編「所謂国體論の復古的革命
主義」のなかで、「国體論」に奉られる「天皇」は「実に天皇に非ずして彼等山
僧(比叡山などの僧兵)等の迷信によりて恣につくりし土偶」に過ぎず、「今日
の憲法論の大日本天皇陛下に非ずして、国家の本質及び法理に対する無知と、神
道的迷信と、奴隷道徳と顛倒せる虚妄の歴史解釈とを以て捏造せる土人部落の土
偶」に過ぎないと言っている。まさに「明治天皇制」に対する痛烈な分析といっ
てよい。

 また「万世一系の皇統」についても 「日本民族のみ進化律の外に結跏趺坐し
て少しも進化せざる者」と断じ「日本国民は万世一系の一語に頭蓋骨を殴打され
て悉く白痴となる」と痛罵している。
  今日なお「万世一系の天皇制」を有難がり、叙勲に感激したり真面目に「皇室
典範の改正、女帝の承認」を論ずる政治家や学者、評論家が少なくなく、ひとこ
ろマスコミでも賑々しく紙面やテレビの画面を埋めた。本気で有難がっているの
か、周りを見渡して本音を言わないのか、いずれにしても笑止の至りで、北一輝
も草葉の陰で"戦後のなっても白痴はいるのか"と笑っていることであろう。
 
私が「小国日本」のあり方の最初に憲法一条の改廃、大統領制の創設を提起し
たのも「白痴」になるのに堪え難かったからである。更に付言すれば、中韓両国
はじめ日本の戦争で被害を受けたアジア諸国のなかには、日本の天皇制について
、また戦前の"神がかり"天皇制に回帰するのではないか、と疑惑の目を隠さない
国々も少なくない。そうした疑惑を払拭するためにも天皇制をなくすことが有効
であろうと思うからだ。(しかしだからといって、天皇家をどうせいこうせいと
言う気は全くない。天皇家は民間に帰って、それこそ彼等の故郷である畿内に居
を移せばよい。何年か前、インドのジャイプールを訪ねたとき、かっての藩王国
の直系にあたるマハラジャが企業家として成功し、豪奢な邸宅に住み住民から親
しまれていると聞いた。

 インドネシアでも中部ジャワの王様の子孫の一人は州知事として尊敬を受けて
いた。天皇家もそうした生活を送ればよい。「天皇」の呼称はお蔵に納めるとし
ても、「宮家」や[殿下]は天皇家や周辺の住民が望むならそのままでよいではな
いか。 勿論、子女も恋愛をしようと何処に就職しようと企業を起こそうと全く
自由で、皇室費は廃止するため生 活に税金を当てにすることは許されないが、
自らの財産の範囲内ならば意のままである。虚名を担がされて国民と隔絶した生
活を送るより、この方が天皇家にとってどれほど幸せか。いま直ちに実現すれば
、皇太子妃のうつ病など即座に回復するのではなかろうか。)

 もっとも一口に大統領制といっても、米国型、フランス型、ドイツ型、ロシア
型、或いはアジアでは韓国型、ベトナム型、インドネシア型と様々だが、日本の
場合、米国型の大統領直接統治方式がいいように思う。民主政治の基盤は立法、
行政、司法の三権分立にあるといわれながら、とかくその境目が曖昧な日本の議
院内閣制の現状を改めるには、前者の方が適しているのではないか。その代わり
、大統領の過度の強権を押さえるハードルを低くし、議会の拒否権や大統領罷免
の国民投票などを比較的容易にすることが必要であろう。一方、小国の行政制度
としては「地方分権」を徹底化するため「道州制」の導入を実現、全国を九ない
し十の道州に分割、財務はじめ中央省庁が持つ権限の大半を道州に譲渡せしめ、
国土省、農林・水産省、文技省、厚生・労働省などは解体、外務、防衛、警察、
法務、金融・貿易、技術研究など、分権になじまない行政機関のみ残し、大統領
府の"予算局"の統括下に入れる。

 大統領府には、「予算局」のほか道州制の政策調整のための「行政調整委員会
」と行政の実績を調査するための「行政調査委員会」を設置、あくまで行政の黒
子としての性格を持たせる。いわば官僚制の牙城である「省庁」を解体すれば、
さすがに明治以来の「官僚制」も兜を脱がざるを得まいという考えから発想した
わけだが、行政法の学者でもない、全くの素人の思いつきに過ぎず、大方の批判
は免れないであろう。しかし今日、自民党が国会に提出しようとしている「公務
員法改正」の法案で官僚制が退治できると思ったら大間違い、明治以来の官僚制
、しかも敗戦を潜り抜けて牢固とした組織を維持している官僚制を、現在の政党
下、一片の法律で解消できる筈がない。私の素人案より程度が低いと思うのは、
私の自惚れであろうか。
 
「道州制」については、さまざまな夢が湧いてくるが、まだ形を定かになさな
いものが多く、またここで一々取り上げる余裕もないので、一、二、感ずるとこ
ろを述べるに留める。
  その一つは、州(道)は国から独立した大幅な「自治州」で、徹底した住民の
直接民主主義を基盤とする。従来の県は廃止し、広域化した市、町、村が首長選
挙の自治権を維持しつつ、州(道)知事に直結、知事は州(道)民の選挙で選ば
れるが、現今の県知事とは比較にならない、大幅な行財政権限を持ち、四年の任
期の間、思いのままに公約の実現に向けて政策を実行しうる。政治的には「副大
統領」格といってよい。

一方、住民側は一院制の州(道)議会に選挙で代表を送り、住民の意向を行政
に反映させるが、国政と連結した政党制を確立し、今日のように中央では対立
する政党が県知事選では手を組んで統一の知事候補を擁立するといった無定見
な方式はとらせない。知事に対する罷免権は当然、議会や住民にあり、弾劾の
ハードルを低くし、リコールし易いようにする。

 一方、中央の行政調査委員会は覆面の調査員を駆使して州(道)知事の行政実
績を各部門に渡って調べ二年ごとに数表化した調査結果を公表、行政の透明化を
はかり、住民はそれによって知事を評価、選挙に当たっての投票の目安とする。
こうしたことが厳密に実践されれば、ただ知名度だけで一人の知事が三選、四選
するといった馬鹿げた現象はなくなるであろうし、住民の政治意識の成熟に貢献
するであろう。先日の米大統領選挙で示された選挙民の熱狂と運動は、米国民ら
しいポピュリズムとはいえ敬服に値する。日本の選挙で、あれほど選挙民が大挙
して支持する候補者の運動に身を投じることがあるだろうか。政治を身近なもの
として捉える米国民の政治意識は学ぶべきものが多いように思う。

 二点目は直接民主主義のあり方についてである。例えば学校教育、今日の教育
の荒廃はすべて官僚の教育統制が原因である。いまの校長・教頭は教諭や生徒に
ではなく教育委員会に目を向け、教諭の意見には耳を貸さず、教委の支持を承る
ことに汲々とし、市町村教委は県教委に、県教委は中央の文技省の意向を伺う。
そして省官僚は教育の現場を知らず机上の計画を地方の教委や現場に指示する。
教委や校長・教頭の目が中央に向けられる所以である。こういう構図は中央の教
育官僚の支配を物語る。かっての戦争で、大本営の参謀が現地の実情を知らず
能天気な作戦命令を大命の名の下に発令、多くの兵の命を無駄にさらしたこと
と好一対である。

 このような教育界の実態を私は空想で述べているのではない。現に静岡県下で
中学教諭をしている現役時代の同僚の娘は「校長さんや教頭さんの目は教育委員
会にばかり向けられて、私達の声に耳を傾ようとしない」と訴えていたし、山陰
のある県で定年まで高校の教壇に立って歴史教師の天職を全うした旧制高校の級
友が「何時までも平教諭である私の身を案じて、県教委にいる友人が、なりふり
かまわず校長のご機嫌をとれと忠告してきたことがあったが、以来、昇任試験を
受けることをやめた」と私に過去を振り返ったのも昨年秋のことだ。彼は「家永
三郎の教科書を採用しようとして二回、かっての戦争を"大東亜戦争"と呼べと
いう校長の指示を拒否して三回、校長に叱責されたよ」と笑っていたが、これ
が現在の教室、学校の実情なのだ。校長、教頭の昇任をめぐる昨年の大分県教
委の汚職事件は、何も大分県に限らず全国の県教委に広がっており、表沙汰に
ならないだけと見るのが至当であろう。

 今日、頻発する青少年の驚くべき犯罪の源は、こうした教育の荒廃にあるとい
ってよい。
これをなくすには、文技省の解体による官僚の教育支配根絶と州(道)への移譲
、州(道)の教育行政は人件費や校舎や体育館など上ものの施設に限り、教育内
容は現場の学校にまかせ、学校は教諭の意見を尊重、校長や教頭は教諭の選任と
して任期二年、学校の自治制度を確立する。PTAなど父兄の意見は尊重するが
、過度の介入は許さない、といったことが地方分権における教育の「直接民主主
義」の内容になるだろう。官僚主義行政の弊害は教育部門に限らず農業やインフ
ラ整備の部門も同様である。

稲作の衰退、食糧自給率の先進国最低、或いは無駄な高速道路建設、コンク
リートで塗り固められた都市河川などなど、官僚行政の貧困を物語るに事欠か
ない。住民の意向を反映した「直接民主主義」が何より必要とされるが、それ
には従来の国の出先機関を州(道)に吸収し、州(道)と住民との緊密化をは
かるなどの施策をとるべきであろう。いずれにせよ細部にわたって日本の新し
い国造りには「直接民主主義」は欠かせない、というのが基本的な私の考えで
ある。

 第三は国の役割であるが、前述したように地方分権になじまない外交、防衛、
法制、貿易・金融、技術開発の行政は大統領府のもとに省庁を設け、長官が責任
を負う。議会は上・下院の二院制で、内政にまつわる利権から全く離れた、まさ
に国政そのものを管掌する。ここではもはや議員は選挙区の利害を離れて大局的
な視野で政治を見ることが可能になろう。今日のように、道路だ、河川だと族議
員が跋扈して政治を左右することもなくなるであろう。政治家のレベルアップに
繋がる道でもある。


◇◆「小国」の安全保証


 こうした国政のなかで一番問題になるのは「安全保証」、言い換えれば防衛政
策のあり方である。憲法上、曖昧な現在の自衛隊を九条を改正して国軍と認める
かどうか、ということに集約されるが、ことはそう簡単ではない。一言で言えば
、安全保証のなかで領土、国民、主権のうち"何"を一番重視するのか、というこ
とになる。
 
例えば、太平洋戦争勃発直前、対日最後通告に等しいハル・ノートを突きつけ
られた当時の東郷外相が、戦後の回想録のなかで、「ハル・ノートを受諾すれば
、敗戦後の日本と大差のない地位に陥ったことは疑う余地はないが、戦争の被害
がなかっただけよかったのではないか、という人が居るが、これは一国の名誉も
権威も忘れた考え方で論外だ」と書いている。つまり主権を重しとする考え方で
、当時の為政者としては当然のことかもしれない。
 
しかし、敗戦末期の河辺虎四郎参謀次長や航空総監だった遠藤三郎などの高級
将官が「日本の敗北は南洋や満州の本土防衛外郭基地を失ったからで、地政学上
、また兵略上、日本のような島国国家はある程度の奥行きがなければ防衛は成り
立たない」と言っているように、今日、奥行きを失った日本が北海道、本州、四
国、九州、沖縄の五島丸裸のうえ、沿海部に原子力発電所をはじめ重化学工場が
群れをなしている現状では、核爆弾はじめ大陸間弾道弾、ミサイル、原子力潜水
艦などの近代兵器の前には防衛は不可能で、ただ一発のミサイルが及ぼす被害は
想像に余り、地上を火の海と化す戦争など、国民の生活安全、財産の保持を考
えると出来っ子ない。かりに第三国が日本にたいし武力をかさに領土や主権に
かかわる譲歩を要求してきた場合。武力に訴えても(つまり戦争)拒否するの
か、国民の安全を考慮して領土を失っても譲歩するのか、二者択一のどちらを
とるのか。

 この時のために「日米安全保障条約」があるのではないか、「米国の核の傘で
抑止力が働くのではないか」といった議論が当然起こるであろうが、在日米軍の
第一の任務は米本土の防衛であって、日本を守ることではない。米本土防衛に必
要と判断すれば、米軍は動くであろうが、その場合、日本本土を兵火にさらすこ
とに躊躇はしないであろう。
  第一、冷戦構造の解消以来、核兵器はどの所有国も使用不可能に陥っている。
私は「第三国」という言い方で"仮装敵国"を表現したが、大方の防衛論者は具体
的に第一、北朝鮮、第二に中国、第三に韓国を想定しているに違いない。遠くは
南アフリカやブラジル、アルゼンチン、近くでもインドネシアやベトナムが日本
を攻撃するなど想像するだけでもナンセンスだからだ。

 とすると、なおさら米国はこれらの国に核兵器を使用することは不可能である
。かりに北朝鮮を目標にするとしても、現在の核爆弾の効能からみて隣接各国に
被害を及ぼす可能性が大だからだ。一番可能性があるのは海上、もしくは空から
の攻撃だろうが、日本本土にミサイル一発も落とさせないということは不可能で
、戦火を受ける地域は必ず生ずるであろうし、戦勢非なりと見たら在日米軍はグ
アムやハワイの第二戦領域に撤退してゆくであろう。みじめな目にあうのは日本
国民だけである。だから何があっても日本は戦争を避けねばならない。

前述のように二者択一を迫られたら躊躇することなく、国民の安全、財産保全
の道を選択すべきだというのが私の考えである。では主権や領土はどうでもよ
いのか、という反論に対しては、そういう選択を迫られないように、日中韓
(北朝鮮を含む)との「東北アジア不可侵条約」「友好同盟条約」を早期に締
結するよう外交の目標を立て実現のために努力しなければならない。そして日
本の安全保障にとって一番危険な在日米軍を撤退させるため、この三国の不可
侵条約に米、露など関係諸国を含めて「環太平洋不可侵条約」「太平洋友好条
約」を締結し、同時に「日米安全保障条約」を解消することだ。

そんなことは非現実的という人もいるであろうが、一九二一(大正十)年のワ
シントン会議の際、米国の提唱で米、英、仏、日の「四国条約」が結ばれ、太
平洋における領土と権益の相互尊重と、諸島における非軍事基地化が取り決め
られ、同時に従来の日英同盟が解消された。日本を孤立させようとする米国の
思惑によるといわれたが、こうした先例を盾にとれば、安保条約の解消は可能
ではないであろうか。

 もし、これが実現すれば自衛隊の存在は理論上、必要でないことになるが、実
際問題として兵力二十万、最新の近代兵器を装備した武力集団を解体することが
可能であろうか。さきに引用したサビーネ・フリューシュトックの「不安な兵士
たち ニッポン自衛隊研究」によると、社会学的手法を駆使して自衛隊のあらゆ
る階層一九五人に面接調査を行った結論は、一言でいえば合法か非合法か、憲法
上の不安定さに苛立ちと不安、深刻なフラストレーションが蔓延しているのが感
得されるという。そして多くの自衛隊員は合法化を望んでいるが、現状のままで
は自衛隊は役に立たない軍隊に化すであろうと分析している。

昨年の田母神論文問題も、自衛隊のフラストレーションが背景にあるように私は
思う。
  こうした現状を考慮すると、前述したように憲法第一条の改正と国内的には住
民直接民主主義の実施、対外的には「東北アジア不可侵条約」或いは「環太平洋
不可侵条約」の締結と「日米安保条約」の解消を前提条件に、九条を改正して自
衛隊を国軍として認め、そのかわり外国軍への基地提供禁止、国軍の海外派遣の
原則禁止、核武装の禁止はもとより、ミサイル、戦車、重砲など近代兵器の装備
を段階的に解消、徹底した機動性と小火器を重視したゲリラ戦向きの小型軍隊の
育成をはかるとした方が現実的と私は思うのだが、「九条を守る会」の人たちは
どう考えるだろうか。実は私自身、毎日新聞OBの「九条を守る会」に名を連ね
ているが、それはせめて日本が戦争に巻き込まれるような場合、その防波堤は九
条しかないと思ったからだ。

 しかし、それだけでは「安保条約」解消には至らず、それこそ永久に米軍は日
本に駐留を続け、日本は植民地から脱することは出来ないのではないか。少なく
とも私が提起したような「国軍化」ならば、対外的な疑惑や反対を招くことはな
いと思うのだが。


◇◆"小なれども凛として" 小国の姿


 これまでぐだぐだと私の「日本小国」論を書き綴ってきたが、改めて読み返し
てみると理詰めの筋の通った論文というよりなにかはかない夢を描いてきたに過
ぎないような気がする。日本の現状があまりにもひどすぎるので、もはや夢を語
るしか、まともに再建の方途をさぐる手がないのかも知れない。止むを得ず、も
う少し私の描く「小国日本」の夢を語らしてもらおう。「小国日本」を住宅に喩
えれば、決して豪壮な邸宅ではない。日本で通常良く見る中流の簡素な家を想像
すればよいが、内部は広からず狭からず、機能的な間取りで簡素、清潔な造りで
ある。庭の広さは七・八十坪というところか、芝生が敷き詰められ、片隅に花壇
が四季の花々をかざり、一方には野菜畑が新鮮な野菜を提供している。

 家人は温和で知性に富んだ夫妻と明るく元気で礼儀正しい子供たちが近所との
親交を深めている。庭の周囲は緑の生垣が囲み四季とりどりの花が道行く人々の
目を楽しませるが、乗り越えて庭の中に入ることは容易である。しかし家人の人
柄といい、家の厳とした佇まいといい、庭の清楚な雰囲気といい、何か凛として
容易に入りがたい気を起こさせる。
これが私の夢だが空しい思いを押さえることが出来ない。戦後世代からは恐らく
単なる荒唐無夢として片付けられてしまうであろう。昨年、癌で亡くなった筑紫
哲也は死の数週間前、「このままでは日本は滅びるでしょう」と語っていたこと
を、テレビの対談で瀬戸内寂聴が明かしていたが、私も全く同感だ。この論考を
書いたのも「このままでは」いけないと手を付けたのだが、「このままでどうに
もならない」思いのほうが強い。

 イソップの童話に「蟻とキリギリス」の寓話がある。夏の間、冬に備えてえい
えいと食糧集めに働く蟻をよそ目に、楽器を片手に遊び暮らしたキリギリスが、
冬、飢えて蟻の巣の前で倒れ付すという話だが、イソップ童話の本に倒れ伏した
キリギリスの絵があったように記憶する。その絵に未来の日本国民の姿を重ね合
わせるのは思いすぎであろうか。
                   (完)              
                (筆者は元毎日新聞社印刷局長)

                                                    目次へ