平和賞授与を考える

■ 平和賞授与を考える           望月 喜市

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  中国政府は、民主活動家であり、天安門事件のリーダーの一人、劉暁波氏
(12年の判決で獄中)へのノーベル平和賞授与の 決定を黙殺した。「平和賞
への冒涜」だ。中国各紙が報じたのは、中国外務省のごく短い談話ばかりだっ
た。平和賞 の決定を伝える外国のTVニュースは、妨害電波で画面を真っ黒に塗
りつぶされた。統制はインターネットにも及んだが「受賞を 熱烈に祝う」な
ど、劉氏の名前を伏せた書き込みがあふれた。厳しい報道統制をかいくぐってこ
のニュースを伝えるネット世論 が広がっている。

 歴史が示すように、「真実は壁を通して」知れ渡るものだ。これに逆らえば、
中国の異質性が国民と世界市民 の間に益々広がり、中国リーダーの立場が苦し
くなるばかりだ。中国政府は、国家転覆罪として処罰したものに、平和賞を与え
るのは、国家の権威に対する公然たる挑戦で断じて許せない、と述べている。

 苦境に立たされた状況は理解は出来る。しかし、 一党独裁による国の統治原
理と、民主主義の普遍的原則を貫徹させる領域とは、2つのまったく異質のもの
として、共存を許容 できないものか。中国の独裁による国家統合方式は、市場
システムを導入することで、大成功を収め、世界第2の経済大国になった。それ
はそれで良しとし、もう一つの領域(民主主義の領域)にまで介入する必要はな
かろう。しばらく、平和共存でいったらどうか。ちょうど、台湾と中国の関係の
ように。(10月13日)

              (札幌市・北海道大学名誉教授)

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