愛国心を超えて真の連帯を

■愛国心を超えて真の連帯を         篠原 令

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 1937年7月7日、北京郊外廬溝橋での戦闘を発端に日中全面戦争は始まった。
今年はその七十周年にあたり、中国では各地で抗日戦争関連の記念行事がもたれ
たが、戦争を起こした側の日本では新聞報道に値するようなこれといった集会も
デモも行われなかった。多くの日本人にとって七十年前の出来事はすでに遠い昔
のことであるのに、中国ではまだ生々しく体験が語り継がれている。同年12月
13日の南京大虐殺についても真偽の論争以前に日中双方にはこの温度差の違い
がある。
 
四年前のことだ。自民党の元政調会長亀井静香氏と共に訪中した折、当時外交
部副部長であった王毅現駐日大使が一行を朝食に招いてくれた。その席で王毅氏
は「最近、日本の本屋さんに行くと、中国に対して否定的な本ばかりで困ります
ね」と漏らしていた。この傾向は四年経った今、更に顕著になっている。書店の
中国関係の書棚を覗いてみると「中国暴発」「中国という大難」「暴走する中国
軍」「中国反日の虚妄」等等、そして悪名高い張 戎著「マオ 誰も知らな
かった毛沢東」までがいまだに平積みされている。
 
今年は日中国交正常化三十五周年に当たり、6月には中曽根元首相を顧問とす
る「日中青年世代友好代表団」が北京を訪れ、1984年の3000人青年交流代表
団に参加した日本人やその家族を胡錦涛主席ら当時の共青団関係者らが人民大
会堂で歓迎した。しかしこうした中国側の日中友好ムードを盛り上げようとする
姿勢に比べて、日本社会はほとんど関心を示していない。これは両国の社会体制
の違いにその原因があることを果たして中国の対日関係者は理解しているのだ
ろうか。日本では官製ムード造りは行われない。
 
小泉前首相の五年間は日中関係を大きく後退させた。靖国神社など、私も含め
て行ったこともない日本人が大多数であるにもかかわらず、政治問題化されるこ
とによって小泉前首相のパーフォーマンスが脚光を浴びてしまった。扶桑社の教
科書検定問題にしても日本ではほとんど用いる学校もないということが中国に
は正しく伝 えられているのだろうか。
歴史認識が日中友好の大前提であることは当然としても、国情の違い、温度差の
違いから日中国交正常化三十五周年というスローガンだけが空回りしているの
が日本の現実である。
 
 私は日中国交正常化前の1970年7月7日、「七・七廬溝橋三十三周年、日帝
のアジア再侵略阻止人民大集会」という新左翼諸党派、学生ら4000人が集まっ
た集会に参加したことがある。今年の7月7日とはまさに雲泥の差である。長年
日中友好運動に携わってきた私には当時との違いがよくわかる。当時、日中国交
正常化を求める世論も日増しに強まり、人々の熱意と努力によって1972年の日
中国交正常化は実現した。中日両国人民の友情もあちこちで芽生え、日本政府の
経済支援も軌道に乗った。それに比べて今日のこの日中関係へのしらけたムード
は何なのだろう。私は小泉前首相一人の罪だとは思わない。時代が何か大事なも
のを忘れたまま突っ走っているのではないだろうか。
 
あの当時、中国には毛主席も周総理も健在であった。郭沫若、りょう承志らの
知日派もいた。胡耀邦、 小平らも日中関係を重視していた。日本にも石橋湛
山、松村謙三、高碕達之助、岡崎嘉平太ら親中派の見識ある政治家、財界人が
存在していた。ところが両国ともこうした指導者たちを次々に失い、日本はバ
ブル経済の崩壊とその後の低迷に遭遇し自信を失い、中国は経済発展を推し進
めたが精神的な支柱を失ってきた。
 
そうした中で、江沢民総書記の時代に始まった愛国心教育は中国の若者たちに
崇高な理想よりも狭隘な愛国心に重きを置くことを教えなかっただろう
か。一方、日本でも小泉前首相が首相になった途端にかつては一度も参拝したこ
ともない靖国神社の参拝を始めたり、安倍現首相は「美しい国」を標榜し、「愛
国心」教育に重きを置いている。毛主席も周総理も抗日戦争に勝利した立場から、
中日両国人民の友好の重要性にたびたび言及した。そこには日本人をも感動させ
ずにはおかない人間的な風格があった。私たちにいま求められているのは短絡的
なナショナリズムではなく、百年後、千年後を見据えたアジアの隣人としての日
中関係の構築である。
 
古来、あらゆる歴史を紐解いて確言できることは、国民として国を愛さない人
はいないということである。しかし口で愛国心を説くことはおよそくだらないこ
とである。排他的な愛国心は国を滅ぼすもとである。偉大な政治家は愛国心を説
かずに国を栄えさせ、愚劣な政治家は愛国心を国民に求めて亡国に導いてきた。
日本は昭和20年(1945年)にそれを実体験した。ところがその戦犯の一人、岸信
介の孫が政権を握り再び国民に愛国心を求めている。
 
私が中国に求めるのは、安倍首相の愛国心に対して愛国心で対するのではな 
く、もっと大人の、人類にとっての崇高な理想でもって対して欲しいのであ
る。
日本は身の程を知らない。自分の身の丈にあった国造りをすべきであるにもか
かわらず、未だに大国意識に毒されている。国連安保理常任理事国入りを希望す
るなどもってのほかである。すべてのアジアの国々から是非にと要請されても先
の大戦の責任を考えれば辞退しなければならないところを、政治家、官僚ともに
国連への分担金の多さだけを理由に安保理常任理事国入りを希望しているのは
人間としての分をわきまえない愚劣な行為である。こういうことを、人類の平和
と、世界中からの貧困の撲滅を願った周総理のような崇高な立場から反駁すべき
であり、自国の愛国心によって抗するべきではないのである。日中両国の指導者
も人民も、目先の問題にとらわれることなく、二十一世紀をアジアの時代にすべ
く共にアジアの一員として協力していくべきではないだろうか。
 
今の日本は逆立ちしてみたところで、昔の軍国時代のようなことは二度と来な
いし、金を作ってみたところで世界の富の半分も握れない。しかし一億の日本
人が精神文化にめざめたならば、全世界にそれをひろめることは困難ではな
い。現在、世界中が貧しているといえる。心豊かな人間が少ないのである。そ
して精神文化を失っているのである。中国もその例外ではないだろう。
 日本は今からでも遅くないから、1924年、孫文が神戸で行った「大アジア主
義」の演説の中で問うたように、 _覇道ではなく、王道を歩むことを世界に
宣言し、アジアに真の平和をもたらすべく中国とともに歩むべきである。アメリ
カに追随してイラクに派兵するなど覇道に組みする動きは即刻にやめるべきで
ある。憲法改悪など言語道断、非武装中立、戦争放棄をうたった世界に誇る平和
憲法を護持しなければならない。そのことが日中関係を再構築する原点であると
私は思う。
                 (筆者は日中問題コンサルタント)
                            
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