母と息子のインド・ブータン「コア」な旅(14)

【旅と人と】

母と息子のインド・ブータン「コア」な旅(14)

坪野 和子


◆「国境線の町」ジャイガオンから「国境の町」プンツォリンにて

 読者さまの疑問にお答えいたします。そして蛇足も。

「ホテルはその場で決めているけれど、トラベル社はそれを把握している。ホテルの数が知れているのかな。それともドローンで見ているのかな」

 州によって事情が異なる可能性がありますが、西ベンガル州では、外国人が宿泊できるホテル・ゲストハウスはライセンスが必要です。したがって、泊まれる場所が限定されてしまいます。また宗教によって泊まれる外国人を区別しているところもあります。ライセンスがあってもムスリムでない場合、泊まれない、というよりも、海外ムスリムの人たちの巡礼宿であったり、お祈りの時間など習慣を共有できる場所としての機能も含まれているからです。…ということで、外国人旅行者が少ない土地では限られたホテルしか泊まれません。ガイドブックや旅行ガイドサイトで紹介されているのは、すべてそういうホテルです。だから、ブータンのガイドさんが容易に私たちを発見できたのです。30年前にはライセンス制度がなかったと記憶しています。

 ちなみに、私はガイドブックを持って旅行に出ません。「A型人間」と呼ばれているタイプの人と旅行に出ると、その無計画さを呆れたり、怒ったりします。息子は「AB型」だったから、私の旅行のしかたに文句を言った後、だんだんと慣れてくれました。血液型占いは信じませんが、「A型人間」と呼ばれる几帳面な時間管理をする人たちにはたまらなくイヤでしょうね。ガイドブックよりも土地の人のご意見がもっとも参考になるという経験が多かったからです。

 それから、世界中総観光地と言っても過言ではないような時代。
 戦場…もしくは戦場と変わらない場所…あるいは外国人立ち入り禁止の場所…そんな場所ですら「ガイド」と称する人たちがいます。そんな場所に行くことはありませんが、どんな土地でも大抵インチキなので相手にしたことはありません。信じて命を落とすかもしれませんから。
 日本はボランティアガイドという登録制の…多くはインテリジェンスの高い現地ガイドが存在していて特殊ですが。また国内外関係なくどこでも観光案内所や現地観光ガイドマップが存在します。有料・無料さまざまですが、現地目線でのおすすめなのでそれで充分です。
 かつて秘境と呼ばれていた場所も旅行会社が銘打っただけで観光地になっていると思います。貨幣の正体が「周囲の人々との物々交換の媒介」ではなく、「外から収入を得る媒介」だったのだと感じます。観光を国の主要な産業としている国々もたくさんあり、ブータンもまたその中のひとつです。ブータンの国の収入は、観光と水力発電による売電が半分以上を占めています。蛇足はここまで。

 前回までの話し。日本から中国まわり経路からインド・コルカタで映画を見て過ごし、ダージリンでさまざまな人々と交流し、国境の町ジャイガオン、目的地ブータン。前回は食事の話し。

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1. プンツォリン お坊さんの楽しいお説法を聴けばワイドショーはいらない
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 食事を終えて、高僧との謁見のお約束の時間まで少し間があった。広場に歩いて出ると大きなマニ車があった。チベットでもネパールでも村や町の真中から少し外れたところにマニ車があったりする。…やはり懐かしい。前回でも述べたが、ブータンに「出た」ではなく「来た」のははじめてだが、まったくはじめてであるような気がしない。

 そして、その近くで、大きなテントのステージみたいなものが設置されていた。すぐにわかった、お坊さんの講話が行われているのだと。大勢の人たちがオシャレな民族衣装を着て…特に主婦や老人たち…ゴザに座り込み、おやつやお弁当、お茶を置いて、この日に配られたと思われるテキストを開いてお説法に耳を傾けていた。若者は学校、男たちの多くは仕事があるので数は少ない。でもいないわけではなかった。…なんて幸せなひとときなんだろう!! スケジュールが決められていなければ、そして公定料金が高くなければ、ここに一緒に座って、ずっとお話しをきいていたかった。
 お坊さんは丸顔でほがらかなお顔付き、そして30代くらい。お話しは六道輪廻。ユーモアたっぷりで、日本のテレビで見かける若いお笑い芸人より品よく面白い。内容は覚えていないが、日本でいえば「自業自得」「天に唾を吐く」…なにか悪いことを思いついた人が自分にかえってきた日常的な笑い話だった。この場を共有していた人たちは…言葉がわからない息子以外は、みんな爆笑して笑顔になっていた。

 こういった講話は日が暮れるまで続く。毎日行われているわけではない。誰か施主がいて、あるいは村や町の共同体がお金を出して、わざわざ招請する。または遠くの寺院で管長・住職をされているが共同体出身のお坊さんが帰省したとき、こういう機会を作る。あるいは共同体の寺院の偉いお坊さんが共同体の年中行事か寺院の法要のときにも行われる。日本だって毎日のように学者や有名人の講演会が行われているが、それもまた主催者には特別または定期での講演で、そのままお坊さんが行っていると思えばいいかもしれない。ただし、日本では2時間程度だが、チベット仏教ではほぼ一日だ。おひとりで長い時間飽きさせないで楽しくお話しをする、場合によっては何日も数時間ずつ分けてお話しをすることもあるのだが、かなりの訓練を受け、いろいろな場を踏んでいなければできないことだろうと思う。

 日本を出た当時、テレビのワイドショーでは、くどいくらい…いやくどい…偽盲目の作曲家について何度も何度も報道していた。

 友達から「ブータンって幸せの国だっていうけれど、行ってみて幸せの国だった??」と訊いてくることがある。いや、そういうことを求めてブータンに行ったのではないから、答えられない。ただし、この時間については「幸せの国」だと言えるのだが、こういった原稿でも書かなければ全部説明するのは難しい、口頭でするっと言える相手でないと無理だ。たぶん読者のみなさんにも説明しないとここまで書いたことがすぐに理解できないだろうから註を入れる。

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2. プンツォリン チベット仏教のこと
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 次回はプンツォリンからハ県の街道。高僧との謁見の話しからはじめる。

 (筆者は高校・時間講師)


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