民進党の政権復帰と両岸関係(下)

【オルタの視点】

民進党の政権復帰と両岸関係(下)

慎重だが日台関係強化に期待
当面は「冷たい平和」維持か

岡田 充


 台湾政権交代は、馬英九政権下で平和と安定を維持してきた北京と台北の関係にどんな変化をもたらすのか。当面の焦点は5月20日に迫った総統就任式での演説。蔡英文の新しい対中政策と北京の反応は、両岸関係だけでなく東アジア情勢全体に影響を及ぼす。海峡両岸論64号(上)では中国側識者の見方を紹介した。今回は台湾側。民主進歩党(民進党)関係者のほか国民党と民進党のシンクタンクやジャーナリストの見解を整理しながら分析したい。

◆◆ 新政権の骨格

 蔡次期総統(写真1)は3月15日、新政権の行政院長に林全・元財政部長を指名した。林は無党派で、経済・財政を専門にする外省人。経済立て直しという有権者の期待に応え、イデオロギー色を薄めた実務内閣になりそうだ。外務・国防など主要閣僚は決まっていないが、蔡は林全のほか邱義仁・元総統府国家安全会議秘書長や呉釗燮・民進党秘書長、林錫耀・元民進党秘書長などの「核心ブレーン」と相談しながら、新政策と人事を決める。

(写真1)左から林全、蔡英文、林錫耀・元民進党秘書長、呉釗燮、邱義仁=合成写真「風傳媒」
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 新人事で注目されるのはこれらブレーンの処遇。邱義仁は、林全が務めてきた「新境界基金会」の執行長に就任する予定。政権には入らず自由な立場から内政の他、安全保障、外交を水面下で仕切る。特に対中・対日政策で邱の判断は蔡政権の方向を決定することになる。「黒幕」である。呉釗燮は、総統府国家安全会議秘書長の可能性が高く新政権の骨格が次第に見えてきた。

 駐日代表には謝長廷・元民進党主席が内定。蘇貞昌・元主席がシンガポール代表、呂秀蓮元副総統がペルー大使になりそうだ。民進党の中心を担ってきた第一世代のリーダーを海外に異動させる背景には、うるさ型の長老を遠ざけ、蔡を中心とする第二世代への交代を印象付ける狙いがある。

◆◆ 「統独争い」から「現状維持」へ

 3月下旬に行った台北でのインタビューをまとめると(1)蔡新政権をはじめ北京とワシントンの三者は、緊張激化を避けるため自制している。緊張が突出する可能性は低いが、公的な対話・交流が中断し「冷たい平和」状態に(2)北京との最大の争点は「一つの中国」。蔡の就任式演説の内容について幾つかのバリエーションを探る(3)最初の試練は、6月にも出る国際仲裁裁判所の南シナ海領有をめぐる判断。新政権の対応によっては、両岸対立が一気に先鋭化する恐れも(4)安倍政権の蔡政権に対する過剰関与に対し、国民党は批判的。新政権側は、両岸関係へ波及しないよう慎重な構えだが、安保協力を含め対日関係強化に期待を寄せている―。

 本題に入る前に、頭の整理のため両岸関係史をざっとふりかえる。台湾問題の起点は、国共内戦に敗れた蒋介石政権が台湾に退却(写真2)した1947年である。冷戦下、日米など西側は蒋政権を中国の正統政府として承認。中国代表権を争う「二つの中国」時代は、71年の中国の国連加盟まで続いた。冷戦期には砲撃戦が展開されたが、改革開放政策に転換した北京は79年、台湾「武力解放」を止め「平和統一」に舵を切って、台北に交流を呼び掛けた。

(写真2)宋美齢とともに台湾島を訪問する蒋介石(1946年=Wikipedia)
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 蒋経国政権は87年、大陸との間接貿易や大陸訪問を解禁し、両岸交流が始まる。88年には李登輝が台湾生まれの「本省人」として初の総統に就任。国民党の「一つの中国」政策を維持しながら、退任直前の99年「特殊な国と国の関係」(二国論)を発表、「台湾独立」と非難した北京との関係は一気に嫌悪化した。メディアが好んで使う「統一か独立か」という統独争いの開始である。2000年の陳水扁政権も「二国論」の焼き直しである「一辺一国」を打ち出し、政治的緊張が続いた。一方、経済は対中貿易・投資が急増し相互依存が深まる。「対立と共存」時代の始まりである。「実利と実態を理念や原則より優先」する方法は、欧米とは異なり、北京と台北に共通する思考方法だ。

 2008年に誕生した馬英九政権(国民党)は、統独争いを止め「現状維持」を打ち出した。両岸関係は大きく改善し、対話と交流が進んで台湾海峡に初めて平和と安定がもたらされる。「一つの中国」について、双方が「92合意」[注1]というマジック合意で一致したからである。

◆◆ 「三者三様」の現状維持

 蔡政権はこうした歴史的背景の下で誕生した。連載(上)[注2]の繰り返しになるが、蔡は両岸政策として「現状維持」を掲げる。馬の「現状維持」と変らないようにみえる。だが民進党は「一つの中国」と「92合意」の否定が党是。蔡が「一つの中国」を否定すれば、李・陳時代に逆戻りし、北京との政治論争と緊張が再燃する。北京は「92合意」と「一つの中国」は両岸関係の「政治的基礎」とし、その受け入れを迫っているから、蔡は党是と北京の要求の板挟みに陥る。
 「92合意」は「玉虫色」の内容だ。「建前を維持しつつ本音も捨てない使い分け」の典型でもある。これによって、双方は主権対立を棚上げし「現状維持」が可能になった。共産党も台湾側解釈を否定していない。ポイントは蔡側が「一つの中国」について、曖昧ながらもどのように北京と台湾民意を納得させる表現をするかである。

 もう一つ説明が必要なのが「現状維持」。馬英九や北京の「現状維持」とどこが異なるのか、内容を細かく点検するとその違いがみえる。比べよう。馬英九は2008年5月20日の総統就任式演説で、(1)統一せず(2)独立せず(3)武力使わず―という現状維持政策を出した。一方の北京は胡錦濤国家主席が08年の12月31日「両岸は統一していないといえども、中国の領土・主権は分裂していない」という「現状解釈」を示した。つまり台湾が独立しない限り、現行のステータスは容認するという論理だ。この「一つの中国」とは実在する国家だろうか。どう考えても概念上の国家にしかみえない。

 では蔡の現状維持は? 彼女は総統選の最中の15年11月「現状とは台湾の自由民主と台湾海峡の平和的現状を指す」と定義した。「自由民主」は台湾の民意向けであり、平和的現状は大陸向けの主張である。同じ現状維持でも、三者三様が理解できよう。蔡は「一つの中国」について「中華民国の現行憲政体制の下で両岸関係を推進」と述べてきた。「一つ中国」を前提とする「憲法」(1947年発効)に言及することによって、「一つの中国」を認めたかのようにも受け取れる。だが彼女が言ったのは「憲法」ではなく「憲法体制」である。ここがポイントだ。微妙な表現の違いから、合意を摸索しようとする高度なレトリックの世界がここにある。

◆◆ レトリック競争

 北京と蔡の「やりとり」を振り返ると、双方とも緊張を激化させず、「自制」を保っていることが分かる。習近平国家主席は15年11月シンガポールでの両岸首脳会談で馬に対し「過去にどのような主張をした政党、団体であれ、92年合意の歴史的事実を承認し、その核心的含意を認めさえすれば、彼らと交流したい」と述べた。日本メディアがほぼ無視した発言だが、民進党にボトムラインを示す「善意」の表明だった。核心的含意とは「一つの中国」を指す。「92合意」の表現にはこだわらないが、「一つの中国」はどのような表現でもいいから認めろという要求だ。

 これに対し蔡は12月25日のTV討論で「民進党は1992年の兩岸会談という歴史的事実を否定していない。両岸関係を前進させようと対話とコミュニケーションを推進した経緯と事実は認めている」と述べた。「92合意」に替え「92会談の歴史的事実」という表現をし、同時に「両岸関係の前進をもたらした」ことを評価した。習の「善意」に対するお返し。

 善意比べはまだ続く。王毅・中国外相は16年2月25日、米国での講演で「大陸と台湾は共に一つの中国に属することを基本にした、彼らの憲法体制の条項受け入れを期待する」と述べた。王は蔡が「中華民国憲法体制の維持」を表明したことを受け、一歩踏み込んで「一つの中国」を基本にする「憲法自体の受け入れ」を迫ったのである。王発言は台湾で過剰な反応を呼んだ。「中国が中華民国の存在を認めた」「事実上の2国論」などという誤判が生まれたのだ。中国と台湾の識者は、王発言は憲法を承認することによって「一つの中国」を認めるよう迫っただけで、蔡への妥協ではないと揃って解釈した。これもまた高度のレトリック競争と言えるだろう。

◆◆ 憲法と憲政体制の違い

 論点は整理されたと思う。ここで識者の見方を紹介しよう。中国側識者の見解は(上)の章念馳氏の発言を参照してほしい。台湾側はまず、ジャーナリストの江春男氏(写真3)。陳水扁元総統の就任演説のライターで、今回も蔡演説の内容に関する「討議に参加」している。彼はまず現状維持について「台湾は『独立している現状』を指し、大陸側は『統一している現状』を意味する。曖昧だが、内容が異なっても現状維持で合意できれば、『創造的曖昧』と言える。民進党には台独を主張する者はもういない。既に独立しているからだ」と解説。さらに「92共識は法律用語ではない。中国人特有のもの。山水画と同じように曖昧模糊としており、感覚的には理解できるが、はっきり言うことは出来ない曖昧なもの」と、比喩を交えて説明した。憲法については「憲政と憲法は違う。憲法は『台湾は中国大陸の中に包括される」』という解釈だが、憲政は憲法修正を含んでおり『一つの中国』ではない。憲法は91年以来7回修正し、総統選挙や立法院選挙は台湾だけで行うという実態に合わせた内容だった」。

(写真3)江春男氏
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 新政権を支える高名な重鎮は、匿名を条件に次のように解説した。「憲政体制についての蔡発言はいろいろな解釈が可能。第一は、『一中』を代表しているという解釈。憲法は『一中』だからという意味だ。第二の解釈は、われわれは中華人民共和国ではなく、中華民国の意思を突出させようということ。第三はもっと複雑。中華民国の憲法体制は、立法院選挙や国会の内容について7回修正[注3]を加えていることを含んでいる。これはある種の善意の表明であり、この3解釈のどれを選択しても、民進党は反対しない。我々は当然台湾を一つの国家と考えているが、国際的には承認されていない。国家承認は押し付けられない。これが台湾の困難だ」。

 馬政権に近い側はどうだろう。「両岸交流遠景基金会」の趙春山理事長(写真4)は「蔡が憲法を受け入れると言ったら北京の反応は」と問うと「予測は難しい。第一に蔡がそれを言えるか。第二に中国の反応の予測は困難。大陸と民進党の間には相互信頼関係がないから」と答えた。さらに「彼女の言う現状維持は明確ではない。就任演説では台独反対は言えないだろう。(北京と相互信頼関係を構築するには)民進党の台独綱領を凍結ないし廃棄する必要がある。台独を主張する自由はあるが、行動に移せば憲法に抵触する」と述べた。基金会は中国や米国、日本のシンクタンクや学者との交流を活発に行っている。趙も北京側の信頼が厚く、両岸首脳会談を事前に知っていたと書く台湾メディアもあった。

(写真4)趙春山理事長
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◆◆ 就任演説で何を言うか

 そこで、注目される就任演説の内容。趙は「彼女は憲法と言うか。それとも憲政体制と言うのか。あるいは両岸人民関係条例[注4]で使われている『一国両区』と言うのか分からない。一つの中国について言わなければ、中国の強い反応に遭うことになる。5月20日が近づくにつれ北京は忍耐力を失っていると」とみる。

 一方、蔡側の江も「台独反対は言わない。総統の責任は領土、主権、安全の保護にある。言論の自由があるのに台独反対を言う必要があるか。北京にレッドラインがあるようにこちらにも最低ラインがある。われわれの最低ラインは民主憲政と人権だ」と、譲歩にも限度があるとする見方をした。また「重鎮氏」は次のように解説した。「両岸人民関係条例の『一国両区』を提案する可能性? 条例の前提は中華民国だから、大陸は受け入れられない。『一国』とは何を指すのか。国民党から言えば当然中華民国であり、われわれも理解できる。では二つの政府は一国になるのか、国家の定義については争いがある」。

 繰り返すが、蔡は「92合意」と「一中」受け入れは口が裂けても言えない。しかし「92合意」に替わる新しい「共識」を見つけなければ、大陸との交流継続は困難になる。識者への取材から五つの可能性が浮かんだ。(1)憲法を事実上認める表現。謝長廷・民進党元主席は「憲法共識」を使用(2)民進党綱領の「台湾独立条項」の凍結。江春男は「譲歩の必要はない」(3)「中国人」「台湾人」の区別を強調せず「中華民族」と共通性を強調。北京側は「それだけでは不十分」(4)趙春山は両岸人民関係条例の「一国両区」を提起するが「重鎮」は否定(5)「92合意」に代え「92了解」に(民進党中間派の陳明通・元大陸委主任、洪奇昌・元海峡両岸基金会会長らが主張)。

 陳水扁は就任演説で対中政策として「4不1没有」を出した。それは(1)独立宣言せず(2)「二国論」を憲法に入れず(3)国名変更せず(4)独立の住民投票は行わず―の「4不」と「国家統一委員会と同綱領は廃止せず」の「1没有」(2000年5月20日)。台湾独立の意図を否定したのだが、北京は受け入れず「聴其言、看其行」(言動を見守る)の姿勢を保った。今回も蔡がどんな表現をしても北京は受け入れる表明をせず、「聴其言、看其行」を貫くとの見方が大勢を占めた。

◆◆ 平和・安定が米中の共通利益

 もっと大きい構図から台湾問題を眺めよう。「大局観」からこの問題の捉えるためである。台湾問題をトゲにしたくない米中両国と比べ、安倍政権の蔡政権への過剰な関与姿勢が目立つ。

 まず米国。国務省は蔡当選の直後「両岸関係の平和と安定に強い関心を寄せている。蔡氏と台湾の全ての政党とともに、多くの共通利益を推進し非公式な交流の強化を願う」という声明を発表した。声明は馬にも言及し、「(両岸関係を改善した)馬の強固な歩みを称賛」すると付け加えた。趙春山・両岸交流遠見基金会理事長は「米国の両岸政策は米国の利益優先にある。彼らの最大の関心は、誤判によって想定外の突発事が起きること。両岸の争いに巻き込まれたくないのだ。だから地域の平和と安全を最優先している。日本人も同じだと思うが、安部首相は違う。安倍は日本と経済、安保関係を強調している。大陸内部には問題が多く米国とも争いはあるが、米中共に戦争は望んでいない。」と解説した。

 米大統領選の共和党の指名争いで、ドナルド・トランプがリードしている。新政権の「重鎮氏」は大統領選の行方について「われわれは台湾の国家利益からこの問題を考える。トランプであれヒラリーであれ、オバマに比べれば中国に対して強硬だ。二人の外交政策は対中圧力だから、台湾から言えば比較的によい」と答えた。オバマ大統領は、中国が主張する「新たな大国関係」という言葉を嫌うが、中国の同意なしに東アジア政策の展開はできない。4月にワシントンで開かれた「核サミット」で、習近平はオバマに「台湾独立反対」を強調すると、オバマは「独立を支持しない」と答えた。

 陳水扁時代に新聞局長などを務めた葉国興氏は「民進党の対中政策は、すべて米国との協議の上で決まる。米大統領選の最中でもあり米中は台湾問題を大きくしないことで一致している」とみる。

◆◆ 北京の「9大原則」

 一方、北京の姿勢はどうか。台湾夕刊紙「聯合晩報」(写真5)が3月20日、台湾国家安全局の楊国強・局長の見方として、「北京の姿勢」をまとめた記事は一見の価値がある。対台湾政策の「9大原則」として(1)両岸関係の安定(2)過去の交流の成果を保持(3)関係逆転の防止(4)強硬姿勢を主とし柔軟政策で補助(5)弾力的対応(6)米国を通じて台湾を制する(7)台独批判を重視(8)蔡批判は抑制(9)両岸に緩衝空間を創造―を挙げた。

(写真5)「聯合晩報」より 対台湾政策の「9大原則」
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 就任演説の後に予想される北京の対応について、国民党の古参幹部は匿名を条件に「まず(台湾と国交のある国に断交を迫る)外交制裁から始まるだろう。5月23日に開かれるWHA(世界保健機関総会)への招待が来ていない。次いで6月にも出るとみられるフィリピンが提出した国際仲裁法廷の判断への新政権の対応。そして8月にはドミニカとパラグアイの大統領就任式が予定されている。新政権に招待状が来るかどうかもリトマス試験紙だ。第二の対応は民間交流窓口の交流中断。そして第三が経済制裁だ。両岸ともWTO加盟国だから制裁は簡単ではなく最後になるのでは」との見通しを明らかにした。

 重鎮氏の見方はどうだろう。「北京が(蔡演説に)不満なら外交戦争が始まる。中国の反応は選挙前と後では異なる。1月16日以前には基本的に自制を保った。選挙後に圧力を開始した。中国の圧力は蔡の譲歩を引き出すための戦術に過ぎない。もし戦術でないとするなら、就任演説で何を言おうと北京は受け入れない」。具体的な対応については「それほど厳しい内容にはならないと思う。中国は最近、日本との関係を少し好転させたが、主要な原因は経済問題。日本は中国から資金を引き揚げており、中国経済はますます悪化している。だから関係改善が必要なのだ。蔡政権に経済制裁しても効果はあまりない。そんなことをすれば自分を傷つけるだけ。例えば、観光客を減らせば、台湾に一定の害はでる。だが、中国は台湾に投資する場合「一条龍」(材料仕入れから、生産、販路まで全て中国企業が請け負う)でやっているから、制裁すれば台湾投資で被害を受けるのは中国側だ」と、経済制裁の可能性は高くないと見る。

 ジャーナリストの江は「北京は内政外交とも多くの問題を抱えている。外交でいえば朝鮮、南シナ海、インドなど周辺地域と全て問題がある。ただ台湾だけが問題はなかった。もし台湾に問題が起きれば、周辺に影響する。だから彼らは馬英九に感謝すべき。南シナ海でも(太平島)に行って中国に配慮している」と、穏やかな対応になる背景を説明した。
 米中は台湾問題を、米中関係の「副次変数」にすることに共通利益を見出している。北京は台湾問題の優先順位を上げたくない。それは陳政権誕生からこの16年で台湾海峡の環境が大変化したからだ。例えば陳政権時代の初め台湾と中国のGDP比は1対4だったが、現在は1対8に拡大した。

 北京が台湾問題を突出させたくない理由をまとめれば、第一は中国の台頭は米中関係の比重を格段に高めた。米国が「台湾カード」を切る空間は狭まった。第二に民進党と北京の間に意思疎通のパイプができ、危機管理システムが機能し始めた。第三は、中国の経済減速が顕著になり、北京にとって安定が優先課題。北京の対応は当面「聴其言、看其行」であり、緊張の激化はないが対話と交流が中断する「冷和平」(冷たい平和=民進党の洪奇昌)という見方は説得力がある―。

 こうした背景を踏まえれば北京の政策選択肢は(1)武力威嚇(2)閣僚級交流の凍結(3)交流窓口の対話交流停止―の三つ。(1)の可能性はまずない。(2)、(3)の可能性が高いが、それでも民間交流は経済を中心に維持される。政治的緊張を避け、「平和と安定」に向けた努力を継続しなければ、台湾問題を「副次変数」にできないからだ。

◆◆ 仲裁裁判所がリトマス試験紙

 最初のリトマス試験紙になるとみられるのが、フィリピンが提出した国際仲裁法廷の判断に対する新政権の対応だ。民進党系の領海問題の専門家、林廷輝氏(新台湾国策シンクタンク副執行長、写真6)は、民進党の南シナ海政策として、馬英九の(1)領土主権(2)「南シナ海平和イニシアチブ」の内容(3)争いの平和的解決―の3部分のうち、「南シナ海平和イニシアチブの多国間協力、共同開発、環境保護、人道支援については、民進党と緑は全て支持している。問題は領土主権についてだ」と述べた。

(写真6)林廷輝氏
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 林は、台湾が実効支配する南沙の太平島については、国際法にある「無主地先占権」に基づき領有したから台湾の主権が及ぶとする。ただし排他的経済水域(EEZ)は適用されず、主権が及ぶのは領海3カイリだけというものだ。

 北京、台北が主張する「十一段線」と「九段線」については「正式な(領土の)論述はしていない。フィリピンが提起した仲裁裁定でどんな決定が出ようとも、中国が本当に9段線に法的正当性を主張するなら、多くの国が反対し国際法上は通用しないだろう」と述べ、蔡政権が仲裁裁定を支持する可能性を示唆した。蔡新政権が判断支持の決定をした場合、裁定に従わない立場を貫く北京との対立することになり、南シナ海をめぐり中台関係が緊張するだろう。

◆◆ 安倍政権は同盟国扱い

 米中の現状維持姿勢に比べると、安倍政権の蔡政権への過剰な関与は突出している。(上)でも触れたが、重要ポイントだから繰り返す。岸田文雄外相は当選当夜に祝意談話を発表した。台湾総統選で外相談話を発表したのは1972年の断交以来初めてだ。声明は「台湾は我が国にとって、基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する重要なパートナーであり大切な友人。日台協力と交流の更なる深化を図る」と関係強化と深化を強調した。

 「大切な友人」「価値を共有」「緊密な経済・人的関係」の三要件を満たす国家は、近隣では台湾以外には見当たらない。まるで「同盟国」扱いである。日本政府は台湾とは政治関係は結ばない姿勢を貫いてきた。これを見て思わず政策転換を疑った。安倍自身も参院予算委員会で「心から祝意を表したい。日本と台湾の協力がさらに進むよう期待」と述べた。

 このほか、外務省高官が選挙当日、秘密裏に台北を訪問していた。自民党の古屋圭司元拉致問題担当相が1月27日蔡と会談した際、安倍の自民党総裁としての親書を手渡し、台湾のTPP加盟に全面協力すると表明したことを付け加えたい。

 一方蔡は当選夜の記者会見で「日本とは経済、安全保障、文化領域での協力に期待する」と、防衛協力を二番目に挙げた。安保協力を強調した初の次期総統である。岸田声明と蔡発言をきちんと取り上げ、歴史的な意味を分析した大手メディア報道は、残念ながらほとんどなかった。

◆◆ 南沙で日台情報交換も

 蔡陣営は、安倍政権の新政権重視を歓迎しつつも、安保協力については慎重姿勢だ。「重鎮氏」は「岸田声明は思ってもみなかったからびっくりした。安倍首相の祝意も非常にうれしい」と満面笑顔で答えた。安保協力については「日本には憲法上の制約があり多くは要求できない。東南アジアにおける災害救助などでは協力できるが」と慎重姿勢を崩さない。しかし、米中確執が続く南シナ海問題では「南シナ海では日本も情報收集をしており、台湾は注目している。日米は安保上密接だが台湾は参加できない。日台が比較的密接に連携して情報交換できれば、安保協力になる」と踏み込んだ。慎重ながら情報交換による安保協力に言及したのだ。アジア太平洋連携協定(TPP)と日台FTA調印の可能性については「TPP参加が容易とは思わない。中国と友好的なメキシコやペルーがおり北京はこれらの国を動員して台湾参加に反対するだろう。FTAも難しい」。日米の事情に通じた重鎮氏は、過剰な期待を戒める。

 一方、馬政権に近い趙理事長は「日台関係は良好な関係を維持してきた。特に漁業協定に調印できたのは両岸関係が改善されたからだ。改善されたからこそ、(北京の圧力を強く意識せず)日本側は日台関係を処理する上で、大きな空間ができた。両岸関係は地域安定にとって重要」と論評した。ジャーナリストの江も「安保協力は多く話す事ではない。経済・科学技術では日台は離れられず、もっと緊密になる。安保も広い意味ではこの中に入る。ただ日本には多くの意見があるから多くは言わない。馬は過去8年、日本問題を重視してこなかったから、対日関係は疎遠で淡泊な関係になった」と評した。

◆◆ 過剰介入は危険

 安部の過剰関与は、安保法制と同じく対中包囲網形成のために台湾を利用しようという思惑が透ける。仮に「日本版台湾関係法」の国会上程などのカードをちらつかせれば、北京は激烈な対応に出るだろう。日中関係が足踏み状態に入った背景には、安倍政権の南シナ海問題への介入に加え、日台関係強化を目指す安倍の姿勢がある。米国も安倍政権による過度な介入を支持せずけん制するはずだ。

 蔡新政権は、両岸関係の悪化につながるような対日関係の強化は選択せず、当面は自重路線を貫くと考える。両岸の平和と安定は、米中、米台、日中、日台という東アジアの要になる二者関係の中で、台湾問題のリスクを低減させた。日台「投資協定」と「漁業合意」は、両岸関係が良好だったから実現したのであり、関係が悪化すれば北京は「台湾独立の試み」として反対したに違いない。良好な両岸関係は北京、台湾だけでなく、日米を含む東アジア地域全体の利益でもある。安倍政権の過度な肩入れは危険であり、自重しなければならない。

 日台双方ともお互いに「親近感」を感じる市民が多い。いいことだが、それが「嫌中」の裏返しの面があることは注意すべきだ。特に「親近感」から日本の植民地支配を正統化する言説が幅をきかせれば、日本側の台湾認識に「甘え」と「おごり」(植民地統治の正当化)が生まれる。良好な日中関係の推進という「大局」から判断すれば、日本の台湾問題への介入には制約が多いことを自覚しなければならない。

[注1]「92年合意」
 両岸の交流窓口機関が1992年の香港協議で「一つの中国」で一致したとする合意を指す。北京は「両岸は『一つの中国』原則を堅持する」ことで合意したと主張。一方、台北(国民党)は「『一つの中国』の解釈は(中台)各自に委ねる」(「各自解釈」)合意だったと「玉虫色」の解釈をした。一つの中国は、台北からすれば中華民国であり北京は中華人民共和国を指す。
[注2]「民進党の政権復帰と両岸関係(上)安倍政権の台湾カードを懸念」
  (http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_66.html
[注3]憲法修正
 1991年の「動員戡乱時期臨時条款」の廃止以来7回修正した。一つの中国を前提とする憲法の条文に、台湾だけで選ぶ立法委員の選挙内容を盛り込んで台湾のみを統治しているという実態に適応させる修正だった。憲法の条文そのものを改正したのではない。
[注4]両岸人民関係条例(台湾地区与大陸地区人民関係条例)
 「中華民国の領土」として「中国共産党のコントロール下にある地区」である「大陸地区」と、台湾本島・澎湖・金門・馬祖を実効支配する「台湾地区」の両地区を指し、「一つの中国」を前提にした条例と国民党は解釈。

 (筆者は共同通信客員論説委員・オルタ編集委員)

※この原稿は著者の許諾を得て「海峡両岸論65号」から転載したもので文責はオルタ編集部にあります。


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