海賊党の挑戦と日本

海賊党の挑戦と日本

                     岡田 一郎


 2011年9月18日、ドイツの首都ベルリンの市議会議員選挙(ベルリン・ハンブルク・ブレーメンの3市は州と同格の扱いをされている)で、それまで泡沫政党と考えられていたドイツ海賊党が議席獲得に必要な5%を上回る8.9%の得票率で議席獲得に成功した。その後、ドイツ海賊党はザールラント、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン、ノルトライン・ヴェストファーレンの各州議会議員選挙でも議席獲得に成功した。2012年4月の世論調査ではドイツ海賊党の支持率は13%に達し、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)・社会民主党(SPD)に続いて支持率では第3党に躍り出た。(「独の海賊党、支持率3位に躍進 泡沫から台風の目に」『共同通信』2012年4月13日 http://www.47news.jp/CN/201204/CN2012041301001780.html 2013年10月27日閲覧

 しかし、今年9月22日に実施された連邦議会議員選挙ではドイツ海賊党の得票率はわずか2.2%にとどまり、悲願であった国政進出はかなわなかった。このように短期間で支持率が乱高下し、ドイツ政界に大きな衝撃を与えた海賊党というのはどのような政党なのだろうか。そして、海賊党の存在は日本政治にどのような示唆を与えるのであろうか。(本稿を執筆するにあたり、海賊党の歴史や思想については、海賊党に関する唯一の邦語文献である浜本隆志『海賊党の思想』白水社、2013年を参考にした)

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○海賊党とは
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 海賊党が初めて創設されたのはスウェーデンである。2005年、スウェーデンのプログラマー、リック・ファルクヴィンゲは自らが開発したファイル共有ソフト(インターネットを通じて不特定多数でファイルを共有することを目的としたソフトウェア)が著作権法に抵触するとして警察に逮捕された。この逮捕を不当と考えたファルクヴィンゲはインターネットを通じて逮捕の不当性を訴えたところ、たちまち1500人の賛同者を得た。この賛同者をもとに2006年1月1日に創設したのが海賊党である。

 海賊党はファイル共有ソフトの合法化のほか、著作権の適用範囲を商用に限定することや著作権保護期間の短縮を要求した。このように海賊党は世界的な著作権保護強化の流れに敢えて反対する立場を鮮明化し、著作権保護に躍起になる世界の潮流を揶揄する意味を込めて、各国が目の敵にする海賊版を自らの党名としたのである。海賊党の支持は次第にスウェーデン国内に広がり、2009年の欧州議会議員選挙で1議席を獲得することに成功した。また、海賊党はスウェーデンにとどまらず、ヨーロッパ各国に広まり、ドイツでは地方議会への進出に成功した他、オーストリア・スイス・チェコ・スペインでも地方議会での議席獲得に成功し、アイスランドでは国会議員まで誕生させている。

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○海賊党進出の背景
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 海賊党がヨーロッパ各国で進出した背景にはコンテンツ産業がインターネットやダビング機器の発達に対応しきれなくなっていることが挙げられる。インターネットの発達によって、何者かがある作品をネット上にアップロードした場合、多くの人間が一度にその作品を鑑賞することが可能となった。

 そのため、雑誌に掲載されたマンガをスキャンしてネット上にアップロードしたり、テレビで放映されたアニメ番組や音楽番組を録画してネット上にアップロードしたりする者が続出し、雑誌やCD、DVDなどを購入しなくても作品を楽しむことが可能になっている。コンテンツ産業はこのような行為によって、自分たちの経営が脅かされていると考えるようになった。さらにダビング機器の発達によってCDやDVDのダビングも容易になって、海賊版が途上国を中心に数多く出回るようになり、コンテンツ輸出国である先進国は海賊版の横行に目を光らせるようになった。

 こうして各国が国内の業界団体に押される形で取り組み始めたのが、著作権保護の強化と海賊版の取り締まりである。すなわち、ファイル共有ソフトのように著作権者の承諾なしに音楽や映像をネット上にアップロードし、多数の人間が同時に楽しむことを可能にする手段を開発した者を逮捕し、著作権者の許可無く音楽や動画をアップロードした者、時には違法にアップロードされたと知りながら音楽や映像をダウンロードした者にも重罰を課すことによって著作権侵害を減らそうとしたのである。

 こうした世界的な著作権保護強化の動きにインターネットの使用頻度の高い若い世代は反発した。インターネットやダビング機器が発達した今日、違法アップロードや違法ダウンロード、海賊版をいくら取り締まっても効果は上がらず、むしろ著作権保護強化は多くの人間が知識を共有するというインターネットの利点を殺してしまうものだと考えたのである。

 現に2007年に世界に先駆けて違法ダウンロードの刑事罰化をおこなったドイツでは、その後も音楽業界の売上は回復しなかった。(「ドイツの消費者団体の著作権法改正に関するポジションペーパー(日独のダウンロード違法化・犯罪化問題)」『無名の一知財政策ウォッチャーの独言』2011年8月18日 http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-39f6.html 2013年10月26日閲覧
 一方、和解金目当てでユーザーを告訴するレコード会社などが続出し、ドイツ司法界は大混乱に陥っている。(「違法ダウンロード刑事罰化:日刊スポーツが音事協のプロパガンダを垂れ流してる件」『P2Pとかその辺のお話@はてな』2012年3月30日 http://d.hatena.ne.jp/heatwave_p2p/20120330/p1 2013年10月26日閲覧

 このようなドイツにおけるインターネット規制の迷走がドイツ海賊党の進出を促したといえよう。海賊党に投票した有権者を分析したところ、海賊党支持者はそれまで政治に無関心とされてきた若い世代に多く、さらに職に就けない若者たちも多くが海賊党に投票したという。インターネット規制への不満だけでなく、閉塞化した社会に突破口を開く勢力として人々は海賊党に期待したのである。(浜本、前掲書、49〜51頁)

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○ドイツ海賊党の迷走
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 2012年5月6日、財政破綻したギリシャで総選挙がおこなわれた。選挙の結果は、財政再建のためにEU諸国から強要されている緊縮財政に反発する政党が大きく議席を伸ばすという結果に終わった。各党による連立工作も失敗して、どの勢力も国会の過半数を占めることができず、翌月に再選挙を実施するという異常事態となった。緊縮財政に反発する政党がさらに議席数を伸ばし、反緊縮財政の政権がギリシャに誕生すれば、EU諸国によるギリシャ再建策は大幅な見直しを迫られ、ギリシャのEU離脱すらあり得る事態となる。

 6月の再選挙では緊縮財政派が国会の過半数を制したが、ギリシャの政治的混乱はギリシャ・イタリア・スペインといった国々の財政破綻によって危機的状況を迎えているEUの現状をドイツの人々に再認識させることとなった。このような混乱を前にして、ドイツ海賊党は有権者に対して事態の打開に必要な提言を何一つ提示することが出来なかった。ドイツ海賊党の議員たちは議員当選直後から市政府や州政府が抱える諸問題に関する知識が不足していることをマスコミから批判されていたが、EU危機に対する無為無策はマスコミの批判が的を射ていることを有権者に印象づかせることとなった。

 さらにドイツ海賊党のベルリン市議が海賊党の勢力拡大をナチスの勢力拡大になぞらえるなど海賊党関係者による不用意な発言が相次ぎ、ドイツ海賊党の勢いは急速に衰えていった。(小林恭子「ドイツ総選挙終了——ネットの自由をうたった海賊党、力及ばず」『読売新聞』2013年9月24日 http://www.yomiuri.co.jp/net/report/20130924-OYT8T00439.htm 2013年10月26日閲覧) そして、今年9月の連邦議会議員選挙ではドイツ海賊党の得票率はわずか2.2%に終わった。一時は支持率13%を誇った海賊党の勢いはわずか1年半ほどで雲散霧消してしまったのである。

 このようにドイツ海賊党の躍進は一過性のもので終わってしまったが、一時的にせよ、これまで政治に無関心であった若者層の取り込みに成功したドイツ海賊党のアピール力には侮りがたいものがある。また、現代人の生活に不可欠なインターネットの自由をどのように確保していくのかという問題は今後も政治的な争点として存在し続けることは確実であり、インターネット規制の動向によってはドイツ海賊党の党勢が再び拡大する可能性は十分存在する。ドイツ海賊党自身もインターネット政策以外の政策の充実を模索しており(ドイツ海賊党では党員がインターネットを通じて提起した提案を他の党員が公開で討論した上で投票に付し、一定の支持を集めれば党の政策として採用される)、今後、シングルイシュー政党から脱皮する可能性も十分にある。

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○日本における可能性
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 2012年、日本海賊党が創設されたが、党員数はわずか十数名であり(浜本、前掲書、163頁)、ドイツのように海賊党が世間の耳目を集めるという事態は日本では当分起こりそうにない。しかし、一部の不勉強な人間によって国のインターネット政策が迷走させられるという、ドイツ海賊党躍進の背景となった動きは日本でも起こっている。その代表的な例が2012年に実施された違法ダウンロードの刑事罰化である。

 著作権者の許可無くネット上にアップロードされた音楽や映像をダウンロードすることは2010年1月1日の著作権法改正によって違法化されたが、罰則は課されていなかった。音楽業界は違法ダウンロードの蔓延がCDの売上減につながっているとして違法ダウンロードを刑事罰化するよう政府や国会議員に強く要求したが、文化庁は無許可ダウンロードを違法としてからまだ時間があまり経っていないことを理由に刑事罰化することに消極的であった。また、国会でも参議院自民党では消極論が強く、参議院自民党の政務調査会は違法ダウンロードに刑事罰化するための法案を否決していた。

 だが、音楽業界はその後も自民党や公明党の議員を中心に執拗に違法ダウンロードの刑事罰化を働きかけ、自公両党は政府が提出する著作権法改正案(本来は写真に著作物が写り込んでも著作権侵害としないことなどを規定)に違法ダウンロードの刑事罰化を盛り込んだ修正案をねじ込む形で刑事罰化を実現しようとした。当時の与党・民主党も野党の歓心を買い、消費税増税法案を通しやすくするために違法ダウンロードの刑事罰化に賛成した。
 民主党内では違法ダウンロード刑事罰化に対する反対の声は根強く、2012年6月19日の参議院文教科学委員会では森ゆうこ議員(当時、民主党に所属)が修正案提出者の池坊保子衆議院議員(公明党)に刑事罰化の根拠や冤罪を生み出すおそれについて質問した。森議員の質問に対して池坊議員はほとんど満足に答弁することが出来ず、修正案提出者自身が修正案の内容を全く把握していないことを露呈した。(「第180回国会 文教科学委員会 第6号」 http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/180/0061/18006190061006c.html 2013年10月27日閲覧) 翌日、森議員は半ば強制的に文教科学委員をやめさせられ、修正案は参議院文教科学委員会で可決され、即日、参議院本会議でも賛成多数で可決された。

 違法ダウンロード刑事罰化から1年がたったが、CDなど音楽ソフトの売上は回復するどころか、むしろ減少している。(Real Sound 編集部「違法ダウンロード刑事罰適用でもソフト売上伸びず…日本レコード協会に見解を聞いてみた」『Real Sound』2013年10月3日 http://realsound.jp/2013/10/post-114.html 2013年10月27日閲覧
 違法ダウンロードを刑事罰化してもCDなどの売上が伸びないことは、ドイツで既に明らかになったことであり、インターネットの発達に対応したビジネスモデルを音楽業界が構築しない限り、違法アップロードや違法ダウンロードをいくら取り締まっても効果をあげることはないであろう。

 違法ダウンロード刑事罰化の過程を見ても明らかなように、日本ではインターネットに関する知識を持った国会議員が少なく、業界が求めるままに自分たちが何をしているのかも理解しないままインターネット規制を推し進めるという事例が多い。一方、若い世代は国会議員がすすめる的外れなインターネット規制に反発している。また、若い世代はマンガ・アニメなどに対する表現規制やTPPによって著作権侵害が非親告罪化され、同人誌の創作やコスプレ(マンガやアニメのキャラクターを真似た扮装をすること)が禁止されるのではないかという問題にも大きな関心を寄せている。このような問題はこれまで、政治の争点とされることはほとんどなく、関心を寄せる政治家もほとんど存在しなかった。

 しかし、2010年の東京都青少年健全育成条例の改定が多くの若者を決起させ、都議会を揺るがしたように、時には大きな政治のうねりを生み出すことがある。今こそ、日本でも若い世代の民意を汲み上げる海賊党的な存在が必要なのではないだろうか。海賊党自身の成長または既成政党が海賊党の政策を取り入れて若者と向き合うことが日本でも求められているのである。(ヨーロッパでは、緑の党が海賊党の政策の一部を取り入れている。日本でも表現規制問題に関しては、みんなの党の一部国会議員や日本共産党、社会民主党などが熱心に取り組んでいる)

 (筆者は小山高専・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)


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