特定秘密保護法とは何か

特定秘密保護法とは何か

                    藤生 健


 特定秘密保護法案が10月25日に閣議決定されて国会に提出された。法案の概要は、大臣など行政機関の長が、特に秘匿が必要な安全保障に関する情報を「特定秘密」に指定し、この機密を扱えるのは、大臣、副大臣、政務官の他、「適性評価」を受けた公務員などに限るとするもの。安倍晋三首相は21日の衆院予算委員会で同法案について「各国の情報機関との情報の交換、政策における意見の交換を行っていく上では、秘密を厳守することが大前提だ。NSC(国家安全保障会議)の機能を発揮させるには、どうしても必要ではないかと考えている」と説明している。

 その沿革は民主党菅直人内閣の下で「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」が設置され、6回の検討会議を経て2011年8月8日に報告書が発表され、時期を置いて自民党安倍内閣に引き継がれ、国家安全保障会議の設置と連動して内閣情報調査室にて法案が作成された。9月3日から2週間、パブリックコメントが募集され、9万件以上の意見が寄せられた後、与党内で調整がなされ、政府原案に至っている。審議の迅速化を図るために国会内に特別委員会が設置され、特定秘密保護法案と国家安全保障会議法設置案の二本のみ審議されている。

 この法案は国会に上程されるまでの経緯からして尋常ではない。菅内閣の下に設置された有識者会議は、官房長官を委員長とする「政府における情報保全に関する検討委員会」が意見を求めるために設置されたもので実は法令上の根拠を持たない。一般的には重要法案は、内閣府設置法や国家行政組織法に基づいて行政機関の下に設置される審議会において、法案作成に向けた意見の答申が行われるが、「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」はこれとは本質的に異なる。故に議事録は作成されず、公開された資料についても完全に情報公開されているのか検証できない仕組みになっている。安倍内閣の下で進められた法案作成に際しても、情報調査室内で厳重機密と扱われ、与党議員ですら内容を知り得なかったという。

 また、パブリックコメントは行政手続法に基づいて原則30日以上の期間が置かれることになっているが、本法案については国会で審議される法案であることから、「任意の意見募集」として9月3日から17日までの2週間に定められた。閣議決定が10月25日であることを考えても、9万件以上上げられたパブリックコメントを反映させるにはあまりにも期間が短く、「形式上国民の意見を聞いた」観が否めない。なお、9万件超の意見のうち、77%が反対で賛成は13%に過ぎなかった。
 これに関連して、女優の藤原紀香氏が法案に反対するパブリックコメントを求める呼びかけをブログに記したところ、公安が彼女の背後関係を捜査したという報道もあり、政府・治安関係者が神経質になっていることを伺わせる。

 あまりにも多くの問題を抱える同法案だが、最大の問題は秘密指定の対象が曖昧で恣意的な運用が予想される点にあろう。法案は特定秘密の対象になりうるものとして、㈰防衛に関する事項、㈪外交に関する事項、㈫特定有害活動の防止に関する事項、㈬テロリズムの防止に関する事項の4分野を挙げ、行政機関の長が「特に秘匿することが必要であるもの」と判断すれば特定秘密に指定できる。原案のままでは、防衛省、外務省および警察の情報は殆どが特定秘密に指定できる可能性があり、秘密指定の適否をチェックする仕組みは現状では規定されていない。政府は「別表で具体的に列挙」と言うが、その範囲はあまりにも広大で、それを逸脱しないという保証もない。また「特定有害活動」については、スパイ活動や破壊工作を指すようだが、定義の最後に「その他の活動」とあり、要は際限なく定義が拡大される恐れがある。

 また、同法案はテロリズムの定義を「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動」としており(第12条2項)、「かつ」ではなく「又は」で語句を繋げていることから、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」だけでテロ認定を可能にしている。これは反原発運動や反TPP運動でもテロ組織と認定することを示している。そして、同法案が扱う特定秘密指定の対象となる情報に「テロリズムの防止」がある以上、こうした市民運動や市民団体に対する調査、監視情報が特定秘密に指定され、非合法捜査などが特定秘密の名の下に非公然化されてしまう危惧がある。

 同法案は安全保障に資することを目的とした立法であるだけに、非常に戦時立法色が強いものになっているが、これは安倍政権が進めている検討を進めている集団的自衛権の発動と密接な繋がりがある。報道によれば、政府が検討している集団的自衛権の発動要件の柱は、㈰周辺事態法の援用、㈪武力攻撃を受けた国からの援護要請、㈫国益を踏まえた高度な政治判断、の3つと言われるが、㈫のような「高度な政治判断」で自衛権の発動が認められるのであれば、無制限の武力行使を認めるのと同義だろう。
 この背景にはアフガニスタン戦争やイラク戦争においてそのつど特別法を制定して自衛隊を派兵し、「人道支援」などと虚偽説明を重ねて米軍支援を実現してきたが、同じ方法で続けるのは限界が生じていることがある。米国が求める支援を迅速かつ安定的に実行するためには恒久的な根拠が必要なのだ。

 ところが、全世界で国連を無視して武力を行使し続ける米国に対する軍事的支援は、明らかに日本の現行憲法第9条に背反する。当然ながら、自国防衛以外の目的での自衛権の発動も憲法に違反する。それらを隠蔽するために秘密保護が不可欠となる。例えば、イラク戦争時における航空自衛隊による輸送活動は「国連の人道支援協力」という名目でなされていた。そこで市民団体が輸送物の内容について情報公開請求を行ったところ、墨塗り黒一色の文書が開示された。2009年の政権交代を受けて、再度開示を求めたところ、実は輸送物の69%が武装した米兵であったことが判明した。この手の話は山ほどある上に、明らかにされたのは氷山の一角に過ぎない。

 イラク開戦に際して大量破壊兵器の有無が開戦理由として問題になったが、集団的自衛権と特定秘密保護法のコンビが実現した場合、「中東における大量破壊兵器の存在は日本にとっても脅威だ」という筋書きがつくられ、「大量破壊兵器は存在しない」という情報が隠蔽されて、「大量破壊兵器がある」という情報のみが開示されて脅威が煽られ、武力行使が無制限に正当化されてゆく可能性は否めない。
 日本から離れた場所で何らかの理由から「高度な政治判断」で自衛権が発動され、自衛隊が参戦したとしても、国会の秘密会で国会議員に説明されるとしても、守秘義務が課された議員は有権者に説明することも許されず、国民は何の検証もできないまま、政府の決定を追認する他なくなってしまう。
 英国の清教徒革命や米国の独立戦争に象徴されるように、政府の軍事支出に対して、主権者あるいは納税者の立場から監視と統制を行い、正当な支出であるかどうかを検証するのが本来の議会の役割であり、その権限を強化してきたのが議会史の根幹だった。外交と戦争の情報が秘匿されるというのは、デモクラシーと議会制度の明らかなる逆行であろう。

 秘密指定は行政機関の長の権限とされ、指定期間は原則5年以下だが期間延長も可能で、内閣の承認があれば30年以上の半永久的にも秘密指定が可能とされている。これは後世の歴史的検証にも多大な悪影響を及ぼす。
 現状でも、外務省は北方四島をめぐる多くの対ソ外交文書の開示を拒否または存在を否定しており、沖縄返還はおろか日米安保やサンフランシスコ講和条約をめぐるあらゆる密約文書の類は米国の公文書館で公開されているものでも、日本の外務省は「存在しない」と今日に至るまで秘匿を続けている。多くの密約文書を隠匿あるいは廃棄してきた外務省の行状を考えれば、この手の機密文書が秘密裏に廃棄され、痕跡も残されない可能性は十分考えられる。
 これは杞憂ではない。10月27日の共同通信の報道によれば、公文書管理法の対象外とされる「防衛秘密」を管理する防衛省は、2011年までの5年間に約3万4千件に上る秘密指定文書を廃棄する一方、02年に防衛秘密の指定制度を導入して以来、秘密指定が解除されたのは1件だけにとどまっているという。

 英国では2009年6月に当時のブラウン首相がイラク戦争の独立調査委員会を設置して01年から09年までの8年間の対イラク政策を検証している。そのメンバーは政治的に中立なスタンスから専門家と有識者を選ぶことが前提とされ、機密文書を含む公文書を精査しながら、公聴会などから得られた証言を一つ一つ照らし合わせて裏付けを取って事実確認してゆくという手法が採られた。そして、ヒアリングはブレア首相やストロー外相からイラク帰還兵や戦死者遺族に至るまで多数から行われた。特にいくつかの機密を扱う秘密公聴会を除いて、原則的には公聴会は公開され、当時の政策責任者たちの内情を吐露する姿がテレビによって国民に伝えられた。2010年1月末に行われたブレア元首相に対する公聴喚問は6時間に及び、行政府に対する英国議会によるチェック機能の強さを示した。
 ソ連によるチェコスロヴァキア介入やアフガニスタン介入の意志決定過程については、ソ連崩壊後に軍や共産党の内部資料が公開されたことによってかなり詳細に検証できるようになっている。

 ところが、日本の対イラク戦争との関わりの場合、名目上は戦争参加・支援ではなく「復興支援」であったにもかかわらず、政府によるイラク戦争の検証「対イラク武力行使に関する我が国の対応」はA4でわずか4枚(うち表紙一枚)という有様だった。真にイラクの復興に寄与したのであれば、喜んで国民に情報を公開し、その成果を誇るべきであるにもかかわらず、何も公開できないということは自ら「二枚舌」や「後ろめたさ」を暗に認めていることになる。日本の国会ではイラク戦争の検証を行おうという機運も高まっていない。近代国家の統治機構(三権分立による相互チェック機能)としてあまりにも粗末であろう。
 現状では、日米安保や沖縄返還の成立過程を検証するのにアメリカの公文書館を頼らざるを得ないのと同様、日本国内の重要な公文書は破棄されて、十分な検証できままにある。このままでは30年後に至っても、歴史研究者は米国公文書館に籠って日本に関する英文資料を漁って事実関係を照合することでしか検証できないことになるだろう。

 原理的には行政府が指定した機密について、その守秘義務を国会議員に課し、違反容疑があれば公安警察が議員事務所などを家宅捜査し、公判で有罪判決が確定すれば刑事罰を科すという法案を行政府が準備するという時点で、三権分立に対するクーデターであり、立法府が唯々諾々と賛成するのは立法府の自殺に等しい。欧米諸国にも機密法制は存在するが、議会内での発言は自由が保証されており、国会議員による機密漏洩については立法府内(懲罰委員会)で罰する規定になっており、その法律は議員立法によってなされている。
 法案は、特定秘密を国会の秘密会に「提供できる」としているが、これは逆を言えば行政機関の長の判断で国会に当該情報を提示しない権利を認めることと同義だ。日本国憲法は国会に行政府を監督するために国政調査権を認めているが、法律によって特定秘密が国政調査権の対象外となるのであれば、憲法の規定が空洞化することになり、行政府の暴走に対する歯止めがなくなるだろう。
 例えば、外国と軍事や治安あるいは原子力に関係する条約を締結し、条文外の資料などに特定秘密が存在する場合、政府は国会での審議に秘密会の開催を要求することになると思われるが、これは憲法第41条(国の唯一の立法機関)や国会法第52条(委員会の議決により秘密会にすることが可能)に抵触することになる。
 しかも、秘密会で提示された特定秘密については、国会議員にも守秘義務が課され、有権者はおろか、秘密会に出ていない他の議員や秘書あるいは外部の専門家に伝えることは出来ず、法案や条約の正否について必要な相談、意見交換も許されず、ひいては立法と行政監督という国会の権限行使に制約が掛けられることを意味する。

 国家が開示できない情報を占有するということは、主権の限定を意味するものであり、「政府の所有物は全て国民のものであり、国民は所有物の内容について完全に知り得る権利を有する」というデモクラシーの原理に反しており、果たして日本の主権者は誰なのかという問題を提起している。あるいは「同盟国から得られる情報が限定される」マイナスと、「行政府が主権者に提示しない秘密を有する」マイナスを比較した場合、いずれが深刻であるかという問題でもある。
 特に危惧されるのは、情報公開制度と関連して市民が情報開示請求を行った途端に当該情報が特定秘密に指定され、開示拒否されるという事例が続出する可能性がある点だろう。現状では、これを抑止する手段は何も講じられていない。

 さらに、特定秘密保護法案では、特定秘密に関わる全公務員について取扱適性評価がなされることになるが、その対象者は国家公務員だけで約6万人、さらに地方公務員、都道府県警と民間企業の従業員が加えられ、優に8万人以上になるという。
 評価に際しては本人の出身、履歴に始まり、飲酒、賭博、借金、薬物、病歴、犯罪・懲戒歴、交友関係などが調べられた上に、さらに家族や同居人についても出身、履歴、行動から交友関係まで調査されるという。特に外国人の配偶者・同居人の場合、偽装結婚の可能性を考慮して夫婦関係の実質を伴っているかどうか(性交渉の有無)まで調べなければ、調査の意味をなさない。また、配偶者の国籍によっても調査の深度が異なってくると思われるが、外国人差別の助長が懸念される。子どもが外国人と交際ある場合など、調査対象が拡大してゆくケースも考えられる。

 家族を含めると最低でも30万人以上、恐らくは50万人以上、さらに周辺まで調査が拡大した場合は百数十万人に及ぶという試算もある。その膨大な調査を誰が担うのか、その個人情報を誰がどう管理し、いかに目的外使用を禁じる手段が講じられるのか、全く疑問だらけで現実味を感じない。今のところ政府は「調査は行政機関の長が担当」「調査方法等の概要はまだ決まっていません」などと答えている。
 50万人の身辺調査となると、既存の組織では不可能であり、かつての特高のような秘密警察が必要だろう。それを主務大臣が担当するというのは明らかに不自然であり、調査手段が決まっていないのに法案だけ出すというのは余りにも準備不足だ。
 調査で得られる情報には、履歴者に書かれるような一般情報をはるかに超えるセンシティブ情報が多数含まれており、万が一にも流出するようなことがあれば、公務員としてはおろか社会人としての信用に関わる事態になりかねず、その家族についても同じことが言える。その機密性が担保されていないのに、身辺調査をすることのみが法案で規定されている。

 あるいはこの調査は外注することが前提で、警察関係者の天下り先を想定しているのかもしれない。だとすると、この外注費だけで巨額の予算が必要となろう。仮に一人10万円としても、50万人を調査するのに500億円が必要となるし、交友関係の厳密な調査まで行うのに10万円で済むとはとうてい思われない。
 調査の実費だけで500億円以上、さらに調査情報の保全や追跡調査、新規秘密取扱者に対する調査などを考えた場合、公務員の身上調査だけで相当の予算を必要とすることが分かるが、法案は予算を伴っていない。その調査が適正に行われているかを監査する機能もなく、予算が適正に使われているかのチェックも難しく、議会のチェックが働きにくい構造になっている。

 1941年5月に施行された国防保安法は、閣議や御前会議を始めとする諸会議のために準備された国家機密の漏洩から国内における諜報活動、国民経済を害する陰謀行為など幅広い行為を対象とするもので、最高刑は死刑とされた。また、検事の特別捜査権や弁護の制限が加えられた。リヒャルト・ゾルゲの死刑は治安維持法ではなく同法違反による判決だった。
 国防保安法は、もともと1937年に全面改正され、対象範囲を大幅に拡大させた軍機保護法が「軍事機密に限定されており、周辺から情報が漏洩している」との指摘を受けて、新たに制定された。同法は、現代の特定秘密保護法と同様、何が国家機密であるかということ自体が、外国等に対し国家機密を部分的にでも探知させることになるため、国家機密の内容範囲については法令中に明記されず、行政官庁の主観的判断で機密性が判断され、際限なく拡大される恐れがあったが、その審議過程で、担当者たちは次のように述べている。

 「国防保安法によつて、国民の間には今後はますます政府は秘密主義になりはしないかといふ心配があるやうに聞きました。つまりこれからは国民には何も知らされないのではないか。新聞にもラヂオにも本当のことが出ないのではないかといふ心配であります。しかし左様なことは断じてありません。と申しますのは、この国防保安法に依りて、しばられる重要機密は、閣議とかまた、四相会議、五相会議などにかけられた事項や、各役所のそれこそ最高の官吏のみ知つてゐるべき事柄で、従来とても決して公表されないものであります。従ひましてこの法案は決して国民から時局の真相に対する認識を奪ひ、また国策の基調や方向に対する国民の関心、理解を妨げようとするものではありません。」
 (1941年2月放送のラジオ番組における久富情報局次長の談話)

 「是が運用に付きましては、極めて慎重な考慮を必要とする。」
 (1941年2月3日、衆議院国防保安法案委員会における近衛首相の答弁)

 「本法立案の精神たる間諜防止、国家機密の漏洩を予防する以外に之を他の目的に利用することは一切致さぬ。」
 (同、柳川司法大臣の答弁)

 ところが現実には、国防保安法施行から7カ月後に太平洋戦争が始まると、海軍省は「今次海軍作戦の戦況ならびに推移に関しては彼我の情況を含めて大本営の許可したるもの以外は一切これを新聞紙に掲載することを禁ず」とし、「大本営発表」以外の全ての情報について報道が禁止された。そして、1941年に軍機保護法、国防保安法などによる検挙者は1000人を超えた。
 この国防保安法は、41年1月30日から衆議院で審議され、2月8日の衆議院本会議において原案通り全会一致で可決された。質疑こそ交わされたものの、立法議会として本来あるべきチェック機能は全く果たされなかった。
 新聞が記事にする機会は稀で、『東京朝日』が社説で「希くは、本法が忠良なる国民に対する田となることなくして、専ら外国に対する防塁たらんことのみを期待せんとするものである」と言うのが精一杯だった。実質何も言わないに等しかったのである。国家総動員法の審議過程においても、新聞業界は内務省に「新聞、出版関係条項の削除」を嘆願し一部認められているが、その結果当局に対する一層の協力が要求されるところとなった。今回の特定秘密保護法案についても、マスコミは「知る権利」や「取材に対する配慮」を政府に嘆願し続けているが、いかにも同じ轍を踏んでいるように見受けられる。

 国家が機密を有すること自体は否定されるものではない。異なる国家間で外交が行われる以上は、手の内をさらすことは自らの立場を不利にするものであることは言を待たない。また、国家機密を扱う以上は、機密を扱うものの適性を審査することも必要だ。民主党政権下にあっても、尖閣諸島をめぐる漁船衝突事件や国有化問題で多くの機密にすべき情報が漏洩し、その少なからぬ部分が政務三役を始めとする政治家から漏れていたことも確かだ。
 であるからと言って、守秘義務に関する国家公務員法や国会規則の見直しを経ずに、問題の多い情報公開法や公文書管理法を現状のままにして、行政府が立法府の言論や監督権限を一方的に制約する機密法制が正当化されることにはならない。治安維持法は当初共産党と共産主義者を対象にしていたが、三・一五事件で共産党員が一掃されたのちも、法改正を経て合法社会主義者、反戦思想家、自由主義者や宗教家にまで取締対象を拡大させていった経緯があり、これを髣髴させる特定秘密保護法案の現状は甚だ憂慮されるべきものがある。
 1941年2月15日付け『東洋経済新報』の社説「国家保安法の運用を誤まるな」は言う。

 「この法案はいかなる意味においても最も重大なる非常時立法だ。この法案の重点は二つあろう。第一は解釈の範囲が広くなっていることだ。この法律を政治的に利用しないことは、当局者側がくり返しいっているところだ。しかし、一度び法律が実施されれば左様なる誓約はなんらの価値もない。第二はその政治的影響だ。教養あり外国の事情に通ずる者がかくかくの事を外国に知らせ、かつ国内において明らかにすれば国家のために利益だと確信する場合がありとして、一々厳罰に処されることになれば忠言は跡をたつに至るであろう。戦時において、言論報道の自由が相当の制約を受けねばならぬことは当然である。しかし、真相を知ればおのずから国民は緊張して来るが、真相を知らされずに、ただ精神の緊張のみ強いられたのでは、真底から湧き立つことができない。今後は、むしろ言論への制約を緩和する必要さえある」

 石橋湛山の見識にはいつも驚かされるが、この既視感たるや背筋が震えるばかりである。

 (筆者は東京都在住・評論家)


最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧