現地で見るタイ軍政

現地で見るタイ軍政
クーデターでめざすタイ式「民主主義」

松田 健


「アメージング・タイランド」

 タイ政府の観光プロモーションで外国人観光客のハートをつかむキャッチフレーズが『アメージング・タイランド(驚嘆のタイ)』だが、タイには驚くほど観光資源があると言いたいようだ。だが、2006年9月の軍事クーデターでタクシン首相を追放して以来、現在まで続くタイの政情不安もまさにこの言葉がぴったり。「近代国家になったタイだから、もうクーデターはあり得ない」と考えられていたにも関わらず、去る5月20日未明、プラユット陸軍司令官がタイ全国に戒厳令を発令、軍は「クーデターではない」と説明した2日後の5月22日にはタイ史上13回目にあたるクーデターが発生した。タイ全土を対象とする戒厳令はタクシン首相を追放した2006年9月の軍事クーデター後に発令されて以来のことで、現在もタイは戒厳令下にある。今回のクーデターを起こした陸軍司令官のプラユット国家平和秩序評議会(NCPO)議長は6月27日夜のテレビ演説で、2015年10月に民政移管に向けた総選挙を実施すると語っている。

 タイで長引く国民の対立は、振り返って見ると、タイの大手マスコミの『プーチャットカーン』グループのオーナーのソンティ・リムトンクン会長が、2006年にタクシン首相を追放したクーデターのそもそもの仕掛け人だった。同氏は2005年10月からバンコクの中心部にあるルンピニ公園で毎週金曜の夕刻にタクシン首相の汚職暴露集会を開始、その活動を契機として反タクシン運動が盛り上がった。今回の13回目の「クーデター」直前にも同氏は「クーデターは国をよくするから支持する」と記者会見で発言した。

 タイでは同氏以外にも大学教授などの知識人の多くに議会制民主主義を否定する言動が目立つ。例えば「タイ国民の全員に選挙権は不要」、「かなりの議席を任命制にすべきだ」などとタイの知識人が平然と口にするのは、「教育されておらずバラマキ政策に弱い農民に選挙権など要らない」と考えているからだ。反タクシン派デモのリーダーだったステープ元副首相(元民主党幹事長)らは総選挙より先に各界代表による「人民議会」を創設しようと訴えた。

 タイでは選挙で1票差でも勝った方が政権を担うという民主主義のルールが無視されてきた。タイ最古の伝統を誇る政党である民主党(党首はアピシット元首相)は来る選挙で勝ち目がないと見ると簡単に選挙をボイコットし続けてきた。タクシン首相がクーデターで追われる直前の2006年4月2日の総選挙もボイコットしたが、その時は最大野党の民主党が出ていない選挙は無効だと憲法裁が判断した。

 2013年12月8日、民主党は所属する下院議員全員の議員辞職を表明、来る総選挙を再びボイコットすることを決めた。翌9日、バンコクで20万人を動員した反政府デモが行われ、インラク首相は下院解散、総選挙に追まれた。そして今年2月、民主党が参加しない総選挙では反タクシン派デモ隊の妨害で投票が実施できないところも多かった。このため憲法裁では再びこの選挙も無効だと判断した。そして5月7日にタイのインラック首相らがタイ憲法裁判所の判断で失職、ニワッタムロン副首相兼商務相が首相代行に選任され、7月(2014年)にやり直し総選挙実現を目指したが、クーデターで潰された。もし7月に再度の総選挙を実現しても再び選挙妨害で選挙が成立しない可能性が高かった。インラック首相らがタイ憲法裁判所の判断で失職したのは、2011年8月のインラック政権発足直後に、国家安全保障会議(NSC)トップの更迭はタクシン派登用を狙った情実人事で違憲、と断定されたため。

 タイは東南アジアでは早い時期に民主化を進め、選挙で国のリーダーを選ぶことができる国となり、選挙制度がないアジアの国に羨望され、東南アジアの民主主義のリーダーとされた時期もある。だが、上記のように、タイ最古政党である民主党自身が選挙制度を危うくしてきた。

 最近、日本の大学院も卒業し、現在はタイの大手企業の幹部をしている旧知の知人と選挙が実施できなくなったタイについて話した。その時、去る5月のインドの総選挙でインド人民党(BJP)が大勝し10年ぶりにBJPが政権を担うことも話題になった。筆者はタイも隣国ミャンマーも中国とインドに挟まれる場所に位置し、歴史的にもこの2大国から大きな影響を受けてきたが、ミャンマー同様にタイも中国以上にインドから受けた影響の方が大きいと感じているのは、仏教、ヒンドゥー教の文化が浸透しているからだろう。インドの政権を担うことになったBJPはヒンドゥー教過激派だとされるが、今回の総選挙で敗退した国民会議派のシン首相は新首相就任が決まったモディ氏の選挙の勝利に対してエールを送ったところ、モディ氏は「インドの勝利だ」と応じた。2004年の下院選挙で、続投間違いなしと誰しも感じていたBJPが国民会議派にまさかの敗北を期した時にも、BJPのバジパイ首相(当時)は敗北宣言で、「BJPは負けたがインドの民主主義は勝利した」という言葉を残して速やかに政権を去った。

 そんな話を筆者はこのタイ人にして、世界最大規模で選挙をしてきたインドに学んでほしいと筆者が希望したところ、このタイの知識人は「(遅れている)インドなんかとタイを比較しないで欲しい」と、とりあわない。アジアで植民地化された歴史がない国は日本の他はタイだけ、という歴史も影響、タイ人のほとんどは心の中で「世界でもっとも良い国がタイだ」と信じている。

 前のクーデターから8年が過ぎたタイで国民を2分する政情不安の行方がまだ見えない。今回のクーデターが発生する前までは「タクシン派、反タクシン派のいずれにも肩を持たない」と繰り返し発言してきたプラユット陸軍司令官だが、クーデター後は明らかにタクシン派を追放する動きに出ており、民主党系からの登用の方が断然多い。しかしプラユット氏の国民和解に向けた精力的な取り組みから、農民の中には「タクシン」離れの動きも出ており、2015年10月に民政移管に向けた総選挙では従来のようにタクシン派が圧倒する選挙にはならない。
いずれにしてもタイの未来は世界が驚く「アメージング」のタイ式でタイ人が決めていく。

 (筆者はアジア・ジャーナリスト)


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