秋葉原通り魔事件が浮き彫りにした社会認識の乖離

■ 秋葉原通り魔事件が浮き彫りにした社会認識の乖離

                                   岡田 一郎
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 編集部から「無差別凶悪犯罪」とインターネットの関連について原稿を寄せる
よう依頼があった。「無差別凶悪犯罪」というのは、今年にはいってから各地で
発生している若者による通り魔殺人事件を指すと思われるが、やはりその中で世
論に最も衝撃を与え、そしておそらく編集部の方々も念頭に置いているのは、6
月8日、秋葉原の歩行者天国で発生した無差別通り魔事件(以後、「秋葉原通り
魔事件」と呼ぶ)であろう。インターネット上でも、若者による無差別凶悪犯罪
の中で秋葉原通り魔事件が最も大きな反応を引き起こしていたと思う。そこで、
本稿では秋葉原通り魔事件とインターネットの関係を中心に述べていきたい。

 マスコミの報道によれば、容疑者Kは幼い頃に教育熱心な両親に虐待とも捉え
られかねない厳しいしつけを受け、両親との間に確執が存在していたという。さ
らに、地元有数の進学校の高校に入学したものの学校では成績が伸び悩み、高校
卒業後、両親から逃れるように故郷から遠く離れた技術系短大に入学している。
短大での成績は優秀で、一流自動車メーカーへの入社も決まっていたようだが、
Kは四年制大学への編入を希望し、就職を辞退し、二級自動車整備士の実技試験
免除に必要な実習科目の受講も怠っている。しかし、四年制大学への編入に失敗
し、派遣社員として各地の工場を転々とする生活を送るようになる。(一時期は
運送会社に正社員として勤務していたこともある)事件直前には、Kは携帯サイ
トの掲示板に独り言のような書き込みをおこなっているが、そこで彼がこだわっ
ているのは自分が負け組であることと、容姿が醜く、恋人がいないということだ
った。

 両親との確執・進学の失敗・容姿へのコンプレックスなど、Kの犯罪の引き金
になったと推測される要素は多様である。しかし、事件後、なぜかマスコミでは
、派遣社員として彼が搾取され、悲惨な生活に追いやられていたこと(鎌田慧は
Kら派遣社員の待遇は『自動車絶望工場』に登場する1970年代の期間工以下の待
遇であったと事件後にコメントしている)

(1)が犯罪の要因として強調された。政府もこの事件を期に、日雇い派遣の
禁止に乗り出す動きを見せている。Kは凶悪犯罪者から一転して、格差社会の
被害者の代弁者となった。
  このようなKの地位の変化はなぜ起きたのか。インターネット文化に造詣の深
い森川嘉一郎(明治大学准教授)は、当初、Kがオタクとして報道されたことに
反発した2ちゃんねるなどのインターネット掲示板の利用者がK=格差社会の被
害者という構図をつくりあげたのだろうと推測している。そして、2ちゃんねる
を見た新聞記者がこの構図にあてはまるように報道を変化させていったのだろう
という。

(2)私はこの見方に懐疑的である。私の記憶では事件発生直後には既に、イ
ンターネット掲示板では「Kは格差社会のひずみの被害者」・「抑圧されてき
た派遣社員がついに行動を起こした」などというKに対する同情の声が次々と
書き込まれており、K=オタクという報道がなされてからKが格差社会の被害者
とインターネット上で強調されたわけではない。それに、インターネット掲示
板では格差社会に対する怒りは事件以前から激しく渦巻いていた。森川はKが
勤務していた自動車会社の親会社の社長(経団連名誉会長)を思わせる人物が
事件後に2ちゃんねるで「ブルジョワジーの象徴のごとく戯画された」

(3)などと書いているが、経団連名誉会長を思わせる人物の戯画はかなり以
前から2ちゃんねるに存在している。日本共産党の志井和夫委員長が格差問題
について国会で質問したとき、「志井GJ(Good Jobの略)」の書き込みが2
ちゃんねる内であふれたこともあるように、インターネット掲示板利用者の格
差問題への関心は高く、その是正を求める声はかなり以前から存在していたの
である。インターネット掲示板利用者が秋葉原通り魔事件の原因を格差問題に
すり替えたのではなく、格差社会に対する関心が従来から高かったがゆえに、
事件直後、Kが派遣社員であるという事実がインターネット利用者の関心を呼
んだのである。インターネット掲示板利用者はKが派遣社員であるという報道
を聞いて、「格差社会に対する怒りを体現する人間がついに現れた」という気
持ちを持ったのではないだろうか。
 
ただ、Kの過去が次第に明らかになってくるに従って、インターネット上にお
けるKに対する支持は薄れていった。派遣社員であること以外にもKは数多くのコ
ンプレックスを抱えていたことから、Kを格差社員の被害者とは必ずしも言えな
くなったことや、インターネット掲示板利用者も次第に冷静さを取り戻したこと
で、「格差社会を告発するためとは言え、大量殺人を肯定することは出来ない」
という思いにとらわれていったためと思われる。

 むしろ、気になるのが、インターネット掲示板が冷静さを取り戻す一方で、マ
スコミの報道が過熱していったことである。私は、K=格差社会の被害者という
構図はインターネット掲示板ではなく、新聞やテレビといった既成マスコミが作
り上げたのではないかと考えている。インターネット掲示板利用者によるK賛美
が短期間で終了し、秋葉原通り魔事件に対する関心をも利用者はすぐに失ったの
に対し、秋葉原通り魔事件と格差社会を結び付ける報道の方は今日に至るまで断
続的におこなわれているからである。
  この背景には、今年あたりから顕在化しはじめている格差是正を求めるグルー
プとあくまでも規制緩和をさらにすすめようというグループのマスコミ内での対
立があるように思われる。

 今年2月、私は政府の審議会会長などを歴任されながらあくまでも派遣自由化
に反対し続けた高梨昌先生(信州大学名誉教授)の講演をうかがう機会を得た。
そのときに、私は昨今の規制緩和礼賛一辺倒のマスコミ報道について質問したの
だが、先生は「新聞社内でも規制緩和推進派と格差是正派に二分されており、自
分に意見を求めに来る記者も多い」という内容のお答えをされた。現に、今年に
はいったあたりから、規制緩和一辺倒だった新聞紙上に格差社会の悲惨さを追及
する記事や格差是正を求める論考がぽつぽつと掲載されるようになっている。そ
んな中、発生した秋葉原通り魔事件はマスコミ内の格差是正派にとって追い風と
なるという感触を、記者たちは2ちゃんねるなどインターネット掲示板を通して
得たのではないだろうか。(森川は知人の新聞記者が皆、事件直後に2ちゃんね
るを見ていたと書いている)現に政府は派遣問題に対する取り組みをようやく始
めた。「Kのおかげでみんな、格差問題に関心を持つようになったし、政府も重
い腰をあげた」と評価する者はインターネット上にも私の周囲にも現に数多く存
在する。
  一方で、『週刊新潮』が「2ちゃんねるではKが『神』として崇められている
」という記事を掲載するなど、格差社会に不満を持つ者をKにシンパシーを感じ
る者として、批判する動きもある。

(4)これは規制緩和推進派が巻き返しを狙ったものであろうか。
  私自身は、秋葉原通り魔事件を利用して、世間に格差社会の見直しを迫るとい
う最近のマスコミの報道傾向を肯定しない。そのような報道の仕方は容疑者を英
雄にし、被害者を貶めるものであるからである。だから、私はKを単なる大量殺
人鬼としか見ないし、Kが起こした事件に何の意義も見出さない。
  しかし、秋葉原通り魔事件が起きなければ、ここまで格差社会に対する関心が
高まることはなかったであろうということもまた事実である。毎年3万人以上も
の自殺者を出し、地方経済は壊滅し、ロストジェネレーションと呼ばれる30代を
中心とする世代が正規の職業に就けず、家庭も持てない状況に追い込まれている
。にもかかわらず、日本中の耳目を集める秋葉原で罪もない人々が7人も殺され
るまで危機感を持たなかった政府と一部のマスコミの感覚の鈍さにも私は戦慄を
覚えざるを得ないのである。

 事件発生直後のインターネット上の熱狂やその後のマスコミの報道を見ると、
もしも第二・第三のKが今度は格差社会に対する告発として政界や財界の要人を
襲ったときに、世論はテロを容認するのではないかという印象を受ける。特に、
インターネット掲示板利用者は今度こそ「自分たちの代弁者が出現した」と歓迎
するではないか。事態はそこまで切迫しているのである。
  しかし、事件発生から約4ヶ月。政府も一部のマスコミも秋葉原通り魔事件直
後に抱いていた緊張感を忘れ始めているように見える。このまま格差是正を怠っ
て、社会の鬱屈した空気をそのままに放置すれば、次は自分たちが標的となるか
もしれないという自覚を為政者たちは持っているのだろうか。

(1)『京都新聞』2008年6月10日付朝刊。
(2)森川嘉一郎「なぜ秋葉原が犯行の舞台に選ばれたのか」
     洋泉社ムック編集部(編)
    『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』洋泉社、2008年、P104~106
(3)同上、105ページ。
(4)http://news.ameba.jp/domestic/2008/06/14897.html

(筆者は 小山工業高等専門学校・日本大学・東京成徳大学非常勤講師)

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