編集後記54

【編集後記】 

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◎ 今月は「ハンセン病問題基本法」の成立を機会に、ハンセン病問題につい
て長い間関われてこられた江田五月参議院議長にお聞きした。政務日程の合間を
ぬって議長公邸で録音をしたのだが時間の調整では関係者のお手数をかけことを
お詫びしたい。
  私などは戦時中に、長島愛生園の小川正子医師が書いた大ベストラーの『小
島の春』を読んで涙がとまらなかった記憶がある程度で、戦後はすっかりハン
セン病問題は片ついたものだという認識不足でした。
しかし今回の「ハンセン病問題基本法」の立法過程や江田議員からその背景を
聞き、さらに「らい医療一筋に生涯を貫かれた」犀川一夫先生の遺著2冊を読
み、問題の深さを知るとともに、薬害・水俣・原爆症・年金・ILO未批准問
題などなど、どれをとっても日本の厚生労働行政というものが決して「先進
国」並みとはいえない低水準にあることにあらためて怒りを覚えた。
    なお、この取材には録音からテープ起こしまで西風陽子さんに、すっかり
ボランテアでお世話になり、読者とともに深く感謝の意を表したい。

◎ 昨年、らい医療一筋に生涯を貫かれた犀川一夫先生が亡くなられ、畏敬す
る河上民雄先生からその遺著2冊を「オルタ」で書評するようにと強くお勧めを
頂いていたが、このたび、犀川先生の1周忌を前にして「ハンセン病問題基本法
」が先生が生涯かけて主張された方向で成立し、その上、犀川・河上両先生と
同じクリスト者の木村寛氏に書評をお願いすることができたのは嬉しく、心か
ら感謝したい。
この2著はらい医療一筋に生涯を捧げられた誠実で献身的な犀川先生の生涯を描
いてあまりないが、同時に日本の医療行政がいかに立ち遅れていたかについても
教えてくれた。それと私個人にとっても、忘れられないのは、この偉大な先人が
、若い頃に私も畏敬する故羽生三七氏(元社会党長野県選出参議院議員)に『常
に弱い者の立場に立ちなさい』という一言の強い影響を受け、また個人的な親交
も深かったとのことである。さらに評者の木村氏が深く尊敬する米国人宣教師ニ
コルソン師の娘さんと犀川先生とがインドの僻地で出会われるなどの奇縁も重な
っていた。 
なお、この2冊は新刊ではないが、お近くの図書館またはアマゾンの中古書籍で
は安く簡単に手にできるので是非一読をお勧めしたい。

◎ 先号で山田麻衣さんの「ある日曜の出来事」という寄稿に読者から5通の
投稿があった。それぞれ優しいお気持ちでありながら、違った反応であったが、
これこそ私たち一人一人の心の襞ではないだろうか。さて編集部の手落ちで先号
の山田さんの原稿に筆者の肩書きを落としたことをお詫びし、改めて(筆者は桃
山学院史料室勤務・京都在住)と追記いたします。山田さんの「ある日曜の出来
事」に対する読者からの鋭い反応に、「オルタ」は改めていつまでも弱者の視点
を忘れないようにしたいと思う。

◎ 去る5月22日国分寺・祥応寺で故黒羽純久氏の告別式があった。個人的に
深いお付き合いがあったわけではないが、私たちのやっていた運動史の研究会に
夫妻でこられ長時間の報告をしていただいたのは忘れられない。客観的に見れば
60年安保闘争のころから、同じ「戦線」に立って戦っていた「同志」であっただ
けに淋しい。式場では、かっての学生運動仲間、参議院議長江田五月、衆議院副
議長横路孝弘両氏の花輪が印象的であった。私としても旧知の小塚尚男、小島弘
、篠原浩一郎、佐竹徹氏などの懐かしい顔ぶれと出会い、往時の激しいセクト争
いに思いを馳せ、一瞬感慨にふけった。故人は最後まで九条改憲反対に闘志を燃
やすとともに、深く音楽を愛していた。志は残った者が確りと受け止めるので安
らかに眠って欲しい。

◎私事に触れて恐縮ですが、先月から少し、体調を崩し、「オルタ」の編集
作業もままならず、関係者えのご挨拶などに無礼を重ねております。この欄を借
り、深くお詫びします。なお「オルタ」の編集は不行き届きが多いのですが今後
とも執筆者・読者各位のご鞭撻をお願いいたします。

                         (加藤 宣幸 記)

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