貧乏と貧困

[横丁茶話]                       西村 徹

貧乏と貧困  

●本当は低賃金な日本
日本のこどもの7人に1人は貧困状態だという。相対的貧困率というものがあって、国民一人あたり所得を順に並べ、真ん中の人の所得の半分に満たない人の割合をいうものだそうだ。日本では09年、17歳以下で約16%、320万人超。片親世帯の子なら50%を超える。先進国では最高の貧困率になるという。『貧困大国アメリカ』という本があるくらいだから日本はアメリカよりはましと思っていたが、そうではないらしい。

日経BP社の渋谷和宏という人がTBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」(7月7日)のなかで話していたところによると、スイスUBS調べ2012年の世界主要都市年収ランキングはこのようだという。

1. スイス・チューリッヒ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・533万円
2. スイス・ジュネーヴ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 503万円
3. デンマーク・コペンハーゲン・・・・・・・・・・・ 501万円
4. ノルウェー・オスロー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・485万円
5. ルクセンブルク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・429万円
6. 米・ニューヨーク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・407万円
7. オーストラリア・シドニー・・・・・・・・・・・・・・・・・383万円
8. 日本・東京・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・376万円

日本の経営者の誰かが日本の賃金は世界最高水準を保っているから競争力を失っていると言ったのは大嘘だった。さらに1時間当たり賃金を総労働時間で割ると、東京;1924円。コペンハーゲン;3047円、チューリッヒ:2948円、ジュネーヴ;2802円。シドニー;2277円、ニューヨーク;2177円より2~300円低い。東京はベスト20にも入らないという。

労働者以外の役員なども含めたものだから前記376万円より高ぶれするが日本人の年収は1997年には467万円であったところ、それをピークに下がり始め、2012年には409万円に減っている。97年以降、非正規雇用を増やしたため、日本の給与は減り続け、反対に他国は97年以降上がり続けている。2009年ドル換算で日本は先進国中辛うじてデフォルト寸前のイタリア、スペインを上まわるのみという恥ずべきていたらくだという。(以上UBS調べのリストは他でも確認したが、それ以外は聴いた記憶のままであることをお断りする。)

つまり日本は貧富格差が思っていたよりはるかに大きいのだ。階級のある欧米とちがい日本は割りと平準化されていると思いこんでいたが違うらしい。「一億総中流」だとか、社会主義国だと揶揄されるほどだったが今はちがう。いまや日本は低賃金国なのだ。80年代半ばから格差は開きはじめ小泉以後急加速したらしい。社長の月給は社員の月給の百倍二百倍。どうかしている。もう少し社会主義に戻したらいい。

ただ私のような昔人間にはひとつ引っかかることがある。というのは、これを報じた2013年6月21日の朝日新聞はその紙面上で、貧困家庭は「ツナ缶にマヨネーズをかけたものや、卵かけご飯でしのいでいる」というくだりがある。

●戦前の暮らし
戦前は、海辺は知らないが山国では、農家でも商家でも動物蛋白を摂るのは毎日のことではなかった。ジャコとか鰹節はダシとして食ったが、まともな魚は五の日とか十の日とかに限られていた。地主も水呑みも屋敷のつくり、家具、調度、什器がちがうだけで、大体が似たり寄ったり、野菜や根菜の煮物漬物を食っていた。保田輿重郎がどこかでそう言っていたと思う。京のオバンザイなどというのも棒ダラとか干物は使うが、まともな生魚を食うことは稀だ。テレビで見た「杉本家歳中覚」というのもそんな感じ、肉は皆無だった。

だからツナ缶はイメージとしてけっこうご馳走だった。ツナサンドは今も私の好むところだ。マヨネーズにいたっては味噌醤油とちがって大都会のハイカラさんの、月給取りの食いものであって、田舎では医者の家とかカフエや洋食屋でなければ、一般庶民には縁遠かった。卵かけご飯も子どもには十分うれしい食べ物だった。卵はバナナほど高級品ではないが主に病気のときなどに精をつけるために食った。『阪の上の雲』の中で秋山好古、真之兄弟が食うのはメシとタクアンだけだ。それと精々豆腐だ。真之は軍艦の上でも豆を食っては屁をしていた。

小学校の制服は小倉木綿、入学のときダブダブで卒業のときツンツルテンの一張羅だ。あるいは六年間の途中一度は兄とか従兄とかのお古に着替えたかもしれない。履物は神戸の長田あたりで量産される、革靴のかたちをしたゴム靴だった。布の内張りなどない正味ゴムだけのゴム靴だった。砂場で遊ぶときはそのゴム靴で水を運んだ。校舎に入るときは裸足になった。体操の時間には上着とズボンを脱いでシャツと猿股になるだけ。女子はどうしたか、ブルマとかいって膝上までのタッツケ袴のようだった気がするが2年生からは共学でなかったので忘れた。体操衣など裏返せば赤帽にも白帽にもなる運動帽しかなかった。運動靴もなくてゴム靴のままか裸足だった。肘と膝小僧は擦りむき傷が絶えなかった。

弁当は持ってくる者と同数くらいが家に「食べ」に帰った。お粥は弁当にならないからだ。「食べ」と言ってじつは食べない者もいた。映画「ニュー・シネマ・パラダイス」のトト少年が撮影技師アルフレードに「昼ごはんなど食べない」と言うのとおなじだ。弁当も戦争が進むと日の丸弁当といって白いメシのまん中に梅干一つと決められた。小学生には芸者屋に売られたチビと呼ばれる子どもがいた。本当にちっちゃかった。チビはお粥に目玉を映してマメだと思って飢えをしのぐのだと聞いた。小中学校の教室に暖房はなく、かじかんだ手で絵や字を書いた。シモヤケとアカギレとアオバナは子どもの定番だった。ダンナ階級でなければ庶民の家庭に冷蔵庫はなく扇風機は床屋にしかなかった。

昔の平均的貧乏振りを言い出したらきりがないが、とにかく「ツナ缶にマヨネーズをかけたものや、卵かけご飯でしのいでいる」、とりわけ「しのいでいる」と言われると昔人間は戸惑う。ちょっと待てと言いたくなる。やはり相対的貧困率だけでモノを考えると片寄る。一国利己主義になる。相対も大事だが絶対が肝心で、両方併せて考えないと間違う。一国を絶対に置いての相対的貧困率でなく、また先進国の中だけでの比較としてでもなく、地球全体を睨んでの相対貧困率こそ正真正銘の貧困率になるであろう。なぜこんなときだけグローバルでなくなるのか。

●世界の9億が飢えている
なんでも直近の情報によると地球上で8億7000万人が飢えているという。そのうち5億6300万人はアジアが占めるという。飢餓といえばアフリカと思っていたが、灯台下暗しというか日本もその一員であるアジアがひどいらしい。

知恵蔵2013には「国際比較のために、世界銀行は1993年の購買力平価換算で1日あたりの生活費1ドルを貧困ラインと設定し、それ未満で生活している人々を絶対的貧困層(または極貧層)と定義している。これによると、2004年末現在、世界で9億6948万人(世界人口の15%)が絶対的貧困の状態にあると推定されている」とある。

絶対的貧困とは飢餓状態のことだとすると、その後9億6948万人から8億7000万人に、いろいろ国連が骨折って都合1億ほど減るには減ったらしい。それでもまだ日本国人口の9倍近くが飢えている。

また「国連開発計画の委託を受けた2000年度『人間開発報告書』によると、1日1ドル以下で生活している絶対的貧困層は、1995年の10億人から12億人に増加しており、世界人口の約半分にあたる30億人は1日2ドル未満で暮らしている」という資料もある。ツナも卵かけごはんも夢の夢だ。

これからすると、日本では貧乏人でもアジア、アフリカでなら、中流どころか長者になる。ジョージ・オーウェルが1940年前後に書いていたと思う。イギリスの労働者が日本の労働者より何層倍も高い収入を得ているのは労働組合ががんばっているからではない。大英帝国は植民地から搾取しているからだと。そして労働組合はその事実に目をつむっていると。だから労働貴族が発生するのだと。

先進国と途上国との搾取・被搾取の関係は今も変わらない。だから相対的貧困率だけでモノを考えたり言ったりしていると、頭隠して尻隠さず、自分たちが途上国を搾取している事実には目をつむる一種の労働貴族状態になるのでないか、フク1の超絶大惨事に目をつむって反原発に反対する労働組合のようなことに、日本そのものがなるのでないかと思ってしまう。
 
もちろん格差は断固としてただされねばならない。日本国民は世界の多くの貧窮国にくらべて貧困の度合いが、まさに相対的にましだから現状に甘んじるべきだということにはけっしてならない。けっしてそんなことはないが、一国内の格差と戦ってたとえ仮にも一定の成果を得たとして、そこで思考を停止してはならないと思う。世界のことを忘れてはならないと思う。国家という利己的な組織は往々にしてそれを忘れる。だから憲法前文には「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」と戒めている。

折角55年に大きな基地闘争があって米軍基地を相当程度日本本土から追い出しても、そこで気を抜いてあとのフォローが足りなかったから、結局は、ほとんどそっくり沖縄に基地を押し付けてしまった。そしてそのことにすっかり鈍感になって、沖縄では屈辱の日だという、そのおなじ日に本土では政府が音頭とって独立記念日だなどとはしゃぐようなことになっている。

●貧富と幸福
貧困、とりわけ飢餓はぜひとも撲滅しなければならない。それは言うまでもないが、先進国のなかだけで問題にするのでなく、地球全体を視野に入れて取り組むにはどういう心構えが必要か。それにはひとまず貧困という観念の虜にならないことが必要かと思う。つまり貧困を絶対視しないことが大事でないかと思う。

くどいようだが繰り返す。精神論とか清貧論とか言われそうだし、うっかりするとブラック企業に悪用されかねないから用心しなければならないが、貧困の観念に捕われると貧困の獄舎を抜け出せなくなるのでないか。心まで貧困になってしまっては貧困とは戦えない。心は貧困から自由でなければならない。むしろ「低賃金でも無いよりありがたいと思え」というようなことを言わせないためにも、先回りして覚悟が必要である。覚悟があれば相手もこれは通用しないとわかるはずである。つまり予防接種して免疫を確保しておく必要があるわけである。

相対とか絶対とか、率がどうとかいう抽象でなく、もっと具体的に貧富と幸福とはどう関係するのか、富は幸、貧は不幸という具合にきれいに正比例するのか、貧富はそんなに絶対なのかを考えてみる必要があるのではないか。

「貧乏と貧困ってどう違うの?」という動画をみた。2012年10月31日、笑福亭竹林と湯淺誠との対談である。

http://www.ustream.tv/recorded/26564082
 
そのなかで、竹林さんが言う:ある落語家さんが「ウチの呼び鈴、壊れとってビンボーと鳴ります」。するとドッと受けた。別な落語家さんは「ウチの呼び鈴、壊れとってヒンコーンと鳴ります」。するとお客さんは引いてしもた。

これがすぐに判らない日本語話者がいたとしたら、よほどのテンネンだろう。しかし、日本語話者でなければ、おそらくほとんど判らないだろう。ロナルド・ドーアさんならあるいは・・・。ピーター・バラカンさんは判るだろう。私が仮にそういう立場に置かれたとすれば、もう2万パーセントアウト。貧乏と貧困のちがいが非日本語話者に判るのは容易でないだろう。

そこをネイティヴでなくても判るように説明するにはどうしたらいいだろうか。竹林さんがそれを尋ねると、湯淺さんの答えは明快だ。「貧困は数値化できる。貧乏はできない」。五代目古今亭志ん生の貧乏は芸の源だが、汲めどもつきぬ芸の泉の豊かさは絶対に数値化できない。志ん生師匠の貧乏は貧困の真逆である。

湯淺さんはこうも言っている。幸せの反対は貧乏ではなく貧困、貧乏の反対は金持ち、貧乏+孤立=貧困。竹林さんがそれを受けて「噺家さんは大体貧乏。でも仲間はほんとにあったかい。あったかい輪に包まれていると気持ちは豊かでいられる」。また竹林さんはこうも言う。「貧乏してクーラーの無い生活8年続いた。いよいよ暑い夏にオカネもあったし買おかと思たが買わなんだ。買いたいのに買えないと、買えるけど買わないはおお違い」。ほかにも面白いところいっぱい。おあとは動画ごらんください。

森永卓郎さんはよく言う。エコノミストだからヒルズ族にも友だちは多い。シェフに出前させてるような贅沢していても彼等カネの亡者は資産が一円でも減ると不安になって悶々とすると。貧乏な噺家さんとどっちが幸せ?どっちが貧困?(2013.7.11.)..
    (筆者は堺市在住・大阪女子大学名誉教授)

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