追悼の辞

【韓国からの便り】

東南海地震犠牲者を追悼する行事に際して
―追悼の辞―

金 正勲


日ごろは、当市民の集まりの活動に御連帯御協力のほどありがたく御礼申し上げます。
今から70年前の1944年12月7日に起きた東南海地震で韓国から強制連行され、日本で働かされていた韓国人6人のほか多くの方が犠牲となりました。

東南海地震犠牲者を追悼する行事に際して、謹んで追悼の言葉を申し述べます。

元朝鮮女子勤労挺身隊員で当時、名古屋三菱重工業の軍需工場で働かされていた梁錦徳ハルモニ(光州に住むお婆さん)は、「天井から落下した物で、体がつぶされ、足の指にも大けがを負わされた。その時に左肩を強く打ち、今も、痛むことがある。友達が死ぬのを見て、強い恐怖を覚えた」と証言したことがあります。

酷い地震に遭い、同僚たちが異国の地で死んでいく様子を目撃しながらどうすることもできなかった梁錦徳ハルモニの心はどれほど辛かったのでしょう。梁ハルモニは、同僚たちを亡くし、無賃金労働をさせられたことに対して、三菱重工業を相手に損害賠償訴訟を起こし原告の一人として闘いながらも地震で犠牲となった同僚たちへの済まない気持ちや悔恨の念を抱いて日々を送っているに違いありません。

梁ハルモニは次のようにも述べています。

日本人たちに騙されて日本に来たので、初めは日本人を全然信じることができなかったし、日本人の皆さんがきらいだった。しかし、そのうちに親切で善良な日本人たちに会うことになった。(名古屋三菱重工航空機製作所で)飛行機の機体にペイントを塗っていた私を可哀想に見ていたある40代の日本人班長は、監視官が席を外した隙に私の肩を揉んでくれながら「自分が作業をしているから貴方はしばらく休んでいなさい」と言った。彼が私に見せてくれた親切にありがたくて仕方がなかった。日本人の中でもよい人がいるという事実に気付いた。

それだけではない。そのほかに年取った人たちは監視官の目を盗んで私に餅を渡し、「泣かないで」と慰めてくれるなど暖かい心を見せてくれた。
今になって振り返ってみると、その時には暖かい慰労の一言が本当にありがたくてもっとも大きな力となった。「小さい朝鮮の子なのにどうしてここまで来たの」と言いながら宿所に遊びにくれと誘った日本人労働者たち、そして食べ物があるたびに私を呼んでくれた人たち、彼らのお陰で大変で苦しかったそこでも希望を失わず、最後まで堪えぬくことができたのではないかと思う。(最近光州の高校生の取材に応じてインタービュー)

そういえば1909年夏目漱石が朝鮮を訪れ、10月9日の日記に日本人も朝鮮人もいい人がいれば悪い人もいる云々といったような内容(たとえば漱石は「朝鮮人を苦しめて金持ちとなりたると同時に朝鮮人からだまされたものあり」と書いた)を思い出させる証言だと思います。梁ハルモニは、戦争時代に親切な日本人に出会い今でも感謝の気持ちを抱いているのです。

その東南海地震で亡くなられた方はほとんど日本人です。当時、名古屋地域は地盤が弱く、建物が次々と崩れ落ちるなど莫大な被害を受けたと聞いております。韓国人勤労挺身隊の被害者だけではなく、人命被害を受けられた日本人の方々とご遺族の皆様にも人道的な立場からお悔やみを申し上げます。

愛知県の生んだ著名な作家新美南吉は、戦争時代、日本に 出稼ぎに来た朝鮮人家族と日本人家族との、身分と国境を超越する真実の交流をテーマにした「アブジの国」という作品を書き残しました。そして、「ひろったラッパ」ではひろったラッパを持って戦争に参加し、手柄を立てて出世しようとする若者が、「戦争はもうたくさんです。戦争のために私たちの畠を荒らされ、食べるものもありません」という老人の言葉を聞いた後、平和の大切さを認識し、戦争主義者から平和主義者に変わっていく姿を生き生きと描いています。

政治権力の都合で国家の利益ばかりが強調され、韓日関係がジグザグの状況に陥った現在、私たちは新美南吉の交流の精神を見習うべきだと思います。東南海地震犠牲者を追悼する意味も、戦争は二度と繰り返してはならないという、反戦平和と交流の大切さを再認識するためではないでしょうか。

そのような精神のもと、「勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の集まり」と「名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会」との連帯と交流が一層深まることを願ってやみません。結びに、東南海地震で亡くなられた方々のご冥福を改めて心からお祈りし、追悼の言葉といたします。
2014年12月6日
「勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の集まり」

* 上記の追悼の辞は、戦争時代に被害を受けた元朝鮮女子勤労挺身隊の少女たち(現おばあさん)の支援活動を長期間続けてきた日本の市民団体「名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会」宛に、韓国の市民団体「勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の集まり」が感謝の気持ちを込め、東南海地震犠牲者の追悼行事70周年目に当たりお送りしたものである。オルタマガジンに投稿するに当たって若干手を入れたことを示しておく。
(韓国・金 正勲)


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